2 ファーストコンタクト
異世界人との初接触。
2016.8.12 挿絵を追加。
2016.12.23 内容を微修正しました。
昨日あれから一旦ログアウトして寝て、今俺はクランの拠点惑星である『フロンティア』に来ている。
見つけた村に行く前に、面倒な下準備を終わらせておくことにしたのだ。
――攻略に使う、アイテムと金の用意。
あの世界で仮拠点も作ったし、一旦クラン拠点のフロンティアと俺の農場に、それぞれを取りに来ていた。
勢いで思わず先に世界検索してしまったが、本来の俺はオプション弄りの件といい、こういう事は先にやっておくタイプなのだ。
部屋の扉を開けて中に入る。
フロンティアは外が真空なので、一応二重扉になっている。
外の扉は普通サイズなのに、中の扉はアホみたいにでかい。
そして扉と同じく中身も無駄に広い。
それなのに家具がほとんど置いてなくて、相乗効果でスッカスカだ。
俺がデザインしたクランエンブレムの描かれた巨大な旗だけが賑やかし。
クランを作った時、10人の拠点となるということでスペースだけは広く作った。
最初はとりあえず機能性重視で必要な設備だけ入れ、後は金が入り次第徐々に揃えたり改装したりしようという話になった。
だが居住空間としてではなく集会所として作ったため、最低限の設備さえあれば機能は完璧に果たしてしまう。
そして現状で不満が無いのにわざわざ改造する気も起きない。
結局手間や面倒臭さがいい感じに入ってきて、こうなった。
2階建ての家を建てたのに、階段の上り下りが面倒臭くて1階でしか生活してない……みたいな話。…………か?
部屋の一番奥、件のクランエンブレムの旗の裏に回る。
「3578」
パスワードを唱えると静かに壁にトンネルが開いた。
トンネルの中に入り少し歩くと、俺とクラツキで昔作った白い部屋に出る。
我らがクランの隠し金庫である。
一応、探知スキルや魔法でも見つからないように数々の細工をし、割と金をかけて作られている。
ギミック好きの俺とクラツキは、集会所はあの有り様なのに、こちらは嬉々として手間をかけた。
正面に設置された拠点用アイテムボックスから金を取り出す。
所持金が上限に達した奴から、余った分をここにぶち込む決まりになっている。
ちなみに使う時は誰でも自由だが、10人もいて半分ぐらいが俺1人によって預けられた金だ。
正直俺のサブ金庫みたいな扱いになっている。
上限一杯まで金を引き出し、部屋を後にする。
あ、しまった。そういえばあの世界には拠点用アイテムボックスをまだ設置してなかったな……。
先に設置して、そこに金とアイテムを全部置いてから来れば、所持枠が空いて効率が良かったか。
勢いで行動すると手間が増えるな……。
今度は集会所の端に設置された倉庫から、いくらかのモンスター素材アイテムを引き出す。
俺個人の所持世界であるハネットファームには、モンスター素材がほとんど無い。
なぜなら――全部売ったからだ。
だって農場から収穫したアイテムの枠が足りなかったんだもん。
まあ100人いれば1人ぐらいは俺と同じ選択をするだろう。たぶん。
ちなみにあの金庫の半分が俺の金なのは、それのせいだ。
大量のモンスター素材は、莫大な金に変わった訳である。
それとこの倉庫が表に置いてあるのは、隠し金庫の為の囮だ。
一応プレイヤーにこの惑星と部屋が見つかり襲撃された時……しかも敗北して荒らされた時のことを考え、俺の発案でこの配置にした。
しかし実際にはこの拠点が襲撃されたことなんて1回か2回しかない。
俺達FFFの悪名は本当に悪名として轟いているので、多分みんな関わり合いになりたくないんだろう。
暴言以外の迷惑プレイは全部やるという最悪のクランだからな。
俺という爆弾も抱えてるし。
ちなみに実は裏では暴言も言っている。
一旦あの世界に帰り、家の二部屋目に拠点用アイテムボックスを設置して、所持金とアイテムを全部移した。
ちなみにアイテムボックスは同じ世界の中でならどこからでも中身を取り出せるので、無理にアイテムを持ち歩く必要は無い。
ただし所持枠に携帯していないアイテムはショートカットに登録できないので、戦闘中に咄嗟に使うのに不便だ。
回復アイテムや装備とかはちゃんと携帯するのが望ましい。
次は農場の方に移動する。もはや世界とか惑星じゃなく、農場と呼んでいる。
事実あの星は丸ごと畑に変えてある上、実はもういくつかの惑星も同じような感じにしてある。
そっちでは家畜とか飼っている。
フロンティアの集会所と打って変わり、5千倍ぐらいの労力をかけて作られた自慢の我が宮殿に到着する。
この辺のクオリティーの差に性格が出ているのは間違いない。
さて、ここからが本日のメインイベント。
俺の作った生産素材アイテム達を、空いた枠も使って上限一杯まで持って行く。
所持枠上限まで持って行っても、俺の膨大を誇る貯蔵量からすれば減ったか減ってないか分からないぐらいの物だ。
こう言えばどれぐらいその物量が異常なのか分かると思うが……恐らく俺1人で、ザ・ワールドの数億人いる全プレイヤーに供給することも可能だと思う。
アップデートでボックスの拡張上限が解放される度に課金する日々だ。
ちなみにリアルでは貧乏なので、ボックス拡張以外には絶対に課金しない。
前に現実で飯を買う金すら無くなり、ゲーム内で飯を食って気を紛らわせていたら、それをメンバーに見つかりドン引きされてしまったぐらいだ。
あの時は俺も本気だったのだが、言われてみればマッチ売りの少女的な悲壮感がある。
何しろアイテムの数と種類が多過ぎるので、所持枠には入りきらない。
持って行く分は厳選する必要があるだろう。
これに一番時間がかかった。
畑に関することだけは真剣度が桁違いである。
もう1度フロンティアの隠し金庫に寄って、上限まで金を引き出してから世界に帰った。
これだけあればまず金には困らないだろう。
ボックスに農場の素材を突っ込んで、やっと準備が終わった。あー時間かかった。
新拠点の窓を見たら、外は朝っぽかった。
最後に見た時は夕方にもなっていなかったので、この下準備だけでほぼ1日かかったらしい。
まあ朝なら村を訪ねるのにちょうどいいか。日が昇りきったら出向こう。
こういうのの定番らしく、最初は現地人との接触は最低限にし、生活レベルとかその辺を探ってみよう。
どれぐらい関わるかは、そこで得た情報によって変えるのだ。
そういえば服とかどうしようか。
昨日『マップ作成』スキルでデータを手に入れたマップから、中継映像タブを開いて現在の村の様子を見る。
村を歩く村人達の服装は簡素な物だ。
季節的なのか土地の気候的なのか分からないが、外はやっぱり寒いらしく、みんないくらか厚着している。
(つーか服ボロっ……!)
これが平民という奴か。ほんの2~3着ぐらいを長年着古しているのだろう。
マジで漫画の世界だな。
さて、やはりこの格好で行くのは不味そうだ。
俺の
魔法のアレやらソレやらで装飾がジャラジャラ付いている上に、上から下まで真っ白なので、そもそも色が目立つ。
クランメンバー内一番どころか、対戦中64人の中で一番目立っている時もある。
「あの辺のに似た見た目の装備、持ってたかなぁ」と考えていた時、『それ』に目が留まった。
――物凄く魔法使いっぽい服装の女の子がいる。
つばの広いトンガリ帽子に黒っぽいマントを羽織り、手には身長ほどもある長い杖……いわゆるスタッフを持っている。
杖にはプレイヤーの杖と同じく魔法鉱石っぽい物が埋め込まれており、親近感を覚える。
どこからどう見ても魔法使いだ。
実際には見た目が偶然似ているだけで全く関係ない服装である可能性も高いが、問題はそこではない。
この世界には魔法使いっぽい見た目の服が存在している。
それならなんとかなるだろう。
唯一のサンプルが小さい女の子なので、もしかしたら少女しかしないような格好という線も濃厚だが、この世に存在しないような格好で出向くよりはマシだろう。
まあ現実ならしないけど、ゲームだしな。
早速装飾過多な装備をいくつか外していく。
とりあえず最低限ローブとズボン、靴だけはそのままにして出かける。
杖は元々手に持っていない。だって邪魔だもん。ショートカットでいつでも出せるし。
「『フローティング』」
魔法陣が瞬き玄関から空へ舞う。
とりあえず魔法を見られると良くないかもしれないので、村の近くまで行ったら歩こう。
本当は手っ取り早く『テレポート』で村の近くまで瞬間転移したいが、テレポートした先に現地人がいたら大変だ。
2kmほど飛んで地上に降りる。
少しの間歩いていると、村の畑が見えてきた。
……もしかしたら今の季節は春なのではないだろうか。
それも冬明け最初の方だ。そう考えると畑に何も植えてないことに説明がつく。
畑にはちらほらと人がいて、耕したり邪魔な物を退けたり初期段階と言える作業をしている。
いや、していたと言うのが正しい。今は全員揃って俺をじっと見ている。急に居心地が悪い。
やっぱり服が変だったのだろうか。滅多に人が寄りつかない閉鎖された村なのか。それとも髪が白いからか。
そこまで考えて思い至った。
(ああ、顔の造りが違うからか?)
俺はアバターの顔をリアルの自分の顔に似せて作っている。髪の色と体型は違うが。
今すれ違ってきた農夫達も、さっきマップで眺めた住民達も、全員が白人系だ。
ぱっと見た限り、アジア系の顔は俺しかいない。
……いや、候補には入る事実だが、それだけでここまで無遠慮に見られるだろうか。
やはり何かが変なんだろう。俺自身にはそれが分からんけど。
開き直ったら視線が平気になった。まあいいや精神は偉大だ。
直接文句まで言ってくる奴もいないし、別にいいだろう。
しばらく歩いていると、遠くで魔法の反応があった。
そちらを向いてズームすると、畑を土魔法で耕しているらしきさっきの魔法少女の姿が見えた。
やっぱり魔法使いだったらしい。
だとしたら俺のこの格好もそんなに変じゃない筈なのだが……。
にしても、スキルやシステムじゃなく、魔法で畑仕事をしているのか。
攻略サイトに書いてあった、『オリジナル』――現地固有の能力や生活様式の総称――ってやつか。
なんとなく村の入り口っぽい所から中に入った。やはりみんな見てくる。
村を見回すと、建物は全てが平屋だ。2階建て以上の建物は1つも無い。
基本的に木造のようだが、屋根だけは簡素な材質の物も紛れている。
恐らく完全木造の家以外は、移民か何かを受け入れた際に急拵えで作った物なのだろう。知らんけどな。
あとはちょっと臭いのは気になる。
多分この文化レベルだと下水とかそういうのがちゃんとしてないんだろう。
……変な物とか踏んだらやだなぁ。
適当にぶらついていたら女の子と目が合った。
とりあえず会釈しておく。オドオドとしながらも返してくれた。
(――はて、頭を下げるという行動が挨拶として存在するのか、それともただ本能的に動きを真似しただけか……)
そういえば、もしかしてこの子は同い年ぐらいだろうか。
白人の顔はちょっと分からんな。結構可愛い気がするが。
肩ぐらいまでの髪を両サイドで細い三つ編みにしている。
……というかみんな髪がボサボサしているな。
もしかしてあれか。風呂に入るという文化が無いのか。
まあ薪か炭で生活してるんだろうし、そんなホイホイ燃料が用意できないか。
水浴びぐらいなのかもしれない。というか石鹸とか存在するのだろうか。
現地との初邂逅は疑問だらけだ。
色々と知りたい事が出来た。
考え事しながら歩いていると、システムのレーダーがふいに作動する。
前方に動物オブジェクトを探知。顔を上げた。
牛だ。
角が一本だが。
脳天から一本角が伸びている。
ユニコーン牛とでも名付けるか。俺の農場にもいないタイプだ。
農場と関係無くとも俺は動物が大好きだ。興味が湧いたので、その隣に立つ牛の飼い主と思わしき男に声をかける。
さあ、現地人との初会話だ。
自動翻訳とやらはどんな感じだろう。
「なあ、それってもしかして牛か?」
「……ああ、牛だが。お前さん、まさか初めて見るのか?」
若干警戒されたが、少なくとも言葉はお互い問題無く通じるらしい。
「いやいや、俺の故郷の牛と角の生え方が違ったんで、驚いただけさ。俺の故郷のは、頭の左右から生える二本角なんだ。それか最初から生えていないか」
一応イメージが伝わり易いように両手でジェスチャーしながら言う。
「本当か。そんな牛は聞いたことも無い。お前さん一体どこから――」
「なあ、こっちの牛も草を食べるのか?」
怖い質問が出かけたので無理やり質問を被せた。
よく考えたら、こちらの情報を無闇に与えるのは、今後交渉などがあった時に良くない方向に作用するかもしれない。
「あ、ああ、この牛も草を食べるぞ」
草食なのは変わらないらしい。
……
「ちょっと角を触ってみてもいいか?」
「良いが、怒らせないように優しく触れよ。そうなったら怪我をしても知らんからな」
レベル1の牛に角で突かれたぐらいで、ダメージなんて負う筈が無い。俺はレベル1300越えだ。
牛の頭に手を伸ばす。牛は微動だにしない。
これも農場の牛たちを最初に手に入れた時と同じだ。
大抵の動物オブジェクトは、俺から本能的に恐怖を感じ、蛇に睨まれた蛙状態になってしまうのだ。
もしかしたら、雑魚戦用に『威嚇』スキルをレベルMAXまで強化してあるのも関係しているのかもしれない。
スキル説明のテキストには、『低レベルの敵性オブジェクトが逃走する』と『味方オブジェクト以外の全オブジェクトを弱体化』としか書いてないんだけどなぁ……?
角を触ると、感触も全く同じく普通に牛の角だった。
どういう進化の仕方をしたのか、なぜか生え方だけが違うらしい。
「ふーん。どうやら違うのは生え方だけらしい。草をやってもいいか?」
「この季節じゃ草なんてどこにも無いぞ」
「は? じゃあ餌はどうしてるんだ」
「納屋に去年の干し草を固めてある。それを死なない程度に与えながら、なんとか冬を凌ぐんだ」
「へぇー」
餌すらギリギリなのか。かわいそうに。
俺が飼い主だったら、逆に冬は運動できなくて太るぐらいまで行くだろうに。
おっさんに見えないよう背中に片腕を回し、アイテムボックスからトウモロコシを取り出して前に出した。
緑の葉を実からむしり取る。
「ちょっとこれをやってみるか」
「お、お前さん、やっぱり魔法使いなのか?」
「本業は農場主だ」
「…………」
「……いや、あえてこう言おう。 全ての農場主の頂点、『農場王』と」
「…………」
「…………」
なんか言えや。
なぜか変な空気になったので、無言でトウモロコシを牛にやった。
これまでの様子で既に俺が敵ではないと分かったのか、割と素直に食べた。
腹が減ってるのか勢いが良い。
「随分気に入ったらしい。見たことないが、何という物だ?」
現地にはトウモロコシが無いのか……!
という事はサトウキビとかどうなんだろう。砂糖あるのかな。
「これはトウモロコシという。人間も食べられて、牛にやると乳がよく出るようになる」
こっちの牛だと知らん、というのは口に出さないでおいた。
多分大丈夫だと思うが、死んだらすまん。実験の尊い犠牲だ。
「……あの、もしかして別の賢者様なのでしょうか? 土の賢者様なら、今は畑の方に出向いている筈です」
急になんだコイツは。
よく分からないので、我らニホン人の伝家の宝刀、愛想笑いで適当に誤魔化した。
「はは、そう警戒しないでくれ」
さて、いよいよもっておっさんの疑惑の眼差しが強くなってきた。
故郷では牛の角の生え方が違うと言い、何も無い場所から物を取り出し、聞いたことも無い植物を知る。
怪しまれても仕方がない。元から怪しまれてんのに。
幾つか実験も出来たし、早々にエスケープすることにした。
「なあ、この村では買い物は出来るか?」
「商店でという意味なら、ちょっと戻った角を左に行ったら、この村唯一の店があります。そこで手に入らない物は、この村では手に入らないです」
「助かる。じゃあな。元気でなー、牛」
別れの挨拶を言いながら早々と振り返る。
手をヒラヒラ振る俺に、背後からモ~という鳴き声がかけられた。やはり完全に牛だ。
人間も同じだし、文化の方はともかく、生き物はあんまりファンタジー感無いな……。
もっとドラゴンとか獣人とかいないのか。
牛飼いのおっさんに言われた通りに進むと、ドアが開けっ放しの家があった。
どっからどう見ても完全にただの家だが、ドアの見た目通り「開いてますよ」という感じがなんとなく店っぽい気もする。
突然入ったりすると不味そうなので、とりあえずその開いたドアから声をかけることにする。
「ここは店かー!?」
「ああー!」
自称店。入ってみるか。
この世界での通貨とかが知りたいんだ。
開いたドアから中に入ると、店主と思わしき少女が俺を見てびっくりしていた。
俺も彼女を見てびっくりしていた。
だってさっきの返事は男の声だったぞ。
「い、いらっしゃいませ……」
「あ、ああ……」
他の村人たちと同じく俺の見た目に動揺しているせいかもしれないが……気の弱そうな印象を受ける女の子だ。
歳は10代後半だろうか。
ぶっちゃけ割と好みだ。……見た目じゃなくて、自信が無さそうで虐めたくなる所が。
「…………」
「…………」
え、つーか本当にどういうことだ。
もしかして今が猫被ってて、普段の声と態度があんな感じなのだろうか。だとしたら騙された気分だ。
お互い探り合うように黙っていると……嘘。女の子は俺が怖いのか、怯えているだけだ。存在してごめん。
静かなことに異常事態を察知したのか、すぐに奥の部屋から父親と思わしき男が出てきた。
「おい、どうし……な、なんでえ、オメーは!」
「お父さん!」
「いやいやいや、ただの客なんだが……」
女の子は父親の陰に隠れてしまった。
俺5秒ぐらい立ってただけなんだが。
「客だと? じゃあ娘は何で怯えてんだ!」
「知らん。俺、君に何かしたか?」
「あの、い、いえ……ただ、変な人だからびっくりしちゃって……」
「…………」
「…………」
うーむ、俺の何がそんなに変なんだろう。それとも全体的に変なんだろうか。
黙っていたら、バツの悪そうな父親から謝罪が入った。
「す、すまねえ旅の旦那。娘の悪い癖で、人見知りなんだ」
「……ふむ、まあ別に良いが」
人見知りキャラか。いよいよ持って俺の大好物パターンだ。許す。
ここに来て、初めて自称店の内装に目が行った。
8~10畳ぐらいの部屋で、三方の壁には雑貨が並び、父親と娘の後ろには、奥の部屋へ続くであろう長方形の穴がある。ドアを取り外した跡みたいな感じだ。
その先に続いている隣の家が、この親子の住居らしい。
さっきの声は、あの穴の向こうから父親がした返事だったのだろう。
なんかの用事があって娘に店先を任せる時の、定番スタイルか何かっぽいな。
「この辺の物は見てもいいのか?」
「ああ、構わねーよ」
(さっきから客に口悪ィーなこいつ。敬語使えや。殺すぞ)
どっちの口が悪いのか分からない言葉を飲み込んで、品定めに移った。
どうやら食料は置いてなく、道具とかが主な売り物らしい。
何に使うか分からない木の棒を1本取って店主に見せる。
「これはいくら?」
「2本で銅貨1枚だ」
2本セットだったのか。結局何に使うんだろう。
いや、そうじゃない。――『銅貨』、か。
ただの木の棒が銅貨ということは、一番安い貨幣なのだろうか。
今度は逆に一番高そうな、動物の皮かなんかで作られた鞄を指差す。
「こっちは?」
「そいつは銅貨20枚だ」
ありゃ? まだ銅貨か。
もしかして、そもそも通貨が銅貨しか無いのだろうか。
銀貨とか金貨とかもあるのかと思ったのだが。
それともこの程度の村だと銅貨ぐらいしか稼ぐことができないのか。
どうも後者の気がするが。
「ここで一番値の張る品は?」
「あんた、変な物の見方をするんだな。うちで一番高いのはこいつだ」
おお、羊皮紙だ。
現実では見たこと無いが、ゲームだとスクロール用によく見るやつ。
「手紙用の王国羊皮紙だ。これ1枚で銀貨1枚もしやがる。一応
お、やっと出てきたな銀貨。
まあ銅貨何枚で銀貨1枚分なのかが分からないので、「銀貨1枚もしやがる」とか言われても凄さが分からんのだが。
まあ紙が鞄より高いというのだから凄いのだろう。
つーか同じ動物の皮なのに、この値段の差はどこから出ているのか。
「インクの方はいくらだ?」
「1瓶、銅貨20枚だ」
「鞄と同じ値段なのか?」
インクも高過ぎじゃね?
親指ぐらいのサイズのくせに、皮数枚で作った鞄と同じ値段って何が入ってんだよ。
「あの鞄はこの村で作ったもんだから、特別安いんだよ」
ああ、インクが鞄レベルに高いんじゃなく、鞄がインクレベルに安いのか。
店主は俺の質問は「鞄が安過ぎないか?」という意味だと勘違いしているらしい。
俺の質問がどっちにでも取れる言い方だったから世間知らずがバレずに助かったが……次から意識的に曖昧な言い方にするようにしよう。
相手に勝手に判断させれば、より詐欺りやす――納得を得られやすいからな。
村で作ったから安い……ということは、やはり余所から運んでくるのには税金やら手間賃やらで余計な金がかかるということかな。
という事は羊皮紙とインクの方は生産地で買えばもっと安く買えるのか。
さて、ザ・ワールドでプレイヤーが普段使っているのは金貨だ。
金貨が存在するのかどうかがマジで気になる。
銅貨銀貨も所持金としてではなく、アイテムとして突っ込めばボックスにも入るだろうが……それはしたくない。
なぜならその分ボックスが圧迫されて、農場素材が入らなくなるから。
思い切ってここらでちょっと冒険に出てみる。
「……『金貨』、で買うような物は置いてないのか?」
「おいおい、流石にその冗談はきついぜ……」
……やべえ、この世界金貨無かった。
貨幣の種類すら知らない馬鹿だと思われたかもしれない。というか事実やで……。
「――こんな村に、金貨で買い物するような金持ちがいるかよ」
あんのかよ殺すぞ!!
……まあでも、とりあえず銅貨、銀貨、金貨が存在する事が分かった。
金貨が存在する事さえ分かれば、何とかなる。
しかも金貨は価値が高いらしいので、もしかしたら俺たちプレイヤーにとっての1円(金貨1枚)が、数倍ぐらいの価値になる可能性まである。
「なるほどな。そうか分かった。ありがとう」
情報を手に入れたらもうここにも用は無い。
道具とか、生活スキルにポイント振ってる俺は自分で作れるし。
「え? あ、おい! 何も買わねーのかよ!」
「すまんな」
冷やかしに文句を言う店主の声を聞き流して店から出る。
後半空気と化していた娘さんが、最後に何か言いたそうにしていたのはちょっと気になったが……。
まあ、あれだな。
なんとかなりそうだ。
とりあえず帰って情報を整理するか。
そんで攻略サイトでも見て、この先どうするか考えてみよう。
◆
この日私は朝早く、村の井戸の脇で洗濯をしていた。
私の家は祖母と両親に子供2人の5人家族で、畑も1枚しか持っていない。
普段は私以外の4人で畑仕事をしていて、畑もお兄ちゃんが継ぐことになっている。
みんなが畑で頑張っている間、私は家のことを全部任されていて、ご飯作りもこの洗濯も日々の日課だ。
みんなからはいつ嫁に出ても良いと褒められているけど、この村では私の同年代は運悪く女の子ばかりだ。
それにまだ男の人を好きになったことが無い。友達以上に感じたことが無いのだ。
それでも私は成人して2年が経ち、もう17歳になってしまったし、いい加減嫁ぎ先かお婿さんを探さなければいけない。
お父さんとお母さんは幸せそうだけど、2人は元々好き合っていて結婚したらしい。
運が良かっただけで、普通は結婚してから愛を育んでいくんだーなんて言っていたけど、それで2人みたいになれるだろうか。
……なんだか最近は相手もいないのにこんなことばかり考えている。
成人を迎えた女の仕事は、早く結婚して子供を産むことだ。
結婚するまではきっと延々とこれが続くのだろう。気にしても仕方がない。
塗れた手でほっぺたを叩いて気分を入れ替えた。
桶を持って家まで歩いていると、向こうから変な人が歩いてきた。
距離が近付くにつれて、息を飲む。
その人は、とにかく白かった。
顔は今まで見たことも無いような造りで、なんと言うか印象の薄い感じ。
歳は同年代ぐらいに見える。
肌は日に焼けてなくて生っちろい……のに、完全に白いとは言えない不思議な色合いだ。
私たちとは元の肌の色からして微妙に違う気がする。
日に焼けてないということは、青い血……貴族様なのだろうか。
そして一番目を引くのはその服だ。
魔法使いなのだろうか。
一昨日村にやって来られた土の賢者様と、似た印象の服装だ。
でも違うのが、その美しさ。
目の前の人のローブは眩しいぐらいに純白で、傷どころか汚れ1つ無い。
春の草原を思わせる柔らかな萌黄色で植物の刺繍が精緻に施され、所々に金細工まであしらわれている。
賢者様の高そうな服を見た時にも驚いたのに、この人の服はそれすら忘れるぐらいだ。
もしかしたら、こんなに美しい物は人生で初めて見たかもしれない。
これが噂に聞く、貴族様とかが金貨で買うという服なのだろうか。
この村に生まれてから金貨なんて見たことも無いが、確かにこれほどの服なら、その金貨を何枚も使わないと手に入らないというのも頷ける。
思わずじっと見ていると、左の二の腕に黄色い、魔法陣?……のような紋章が描かれているのに気付いた。
やっぱり魔法使いなんだ。
つい一昨日、生まれて17年で初めて魔法使いという物を見たのに、まさかまたすぐに別の魔法使いを見る機会が来るとは。
「あれ?でもよく考えたら賢者様みたいな大きな杖を持ってないな~」と考えていると、いつの間にか近くまで来ていた彼と、完全に目が合ってしまった。
し、しまった。遠くから眺め始めたというのに、どうやらこの距離になるまでじっと見つめ続けてしまっていたらしい。
こんな凄そうな人を不快にさせてしまったかもしれないと思ったら、桶を持つ手が震えてしまった。
もしも貴族様だったら、私みたいな村娘なんて手打ちにされてしまうかもしれない。
それか歳が近いし、その、そういうことのために、無理やり連れて行かれてしまうかも……。
悪い想像に血の気を引かせていたら、どの予想にも反して、白い人は柔らかい微笑を浮かべて軽く頭を下げてきた。
思わず頭を下げ返す。あれ、今のって挨拶だったのかな?
白い人は既に私を通り過ぎ、そのまま止まること無くのんびりとした雰囲気で歩いていってしまった。
あ、牛と遊んでる。
なぜかたったこれだけの間で悪い人じゃないように思えてしまう人だ。
ふと気付くと、私だけでなく村のみんなも足を止めて白い人のことを見ていた。
白い人の来た方角では、既に女性陣が集まって何やら話している。
普段は熟練者の圧に押されて参加できないが、今回は流石に興味があるので、私もその輪に頑張って加わることにした。
……あれ? そういえば、今山の方から来なかった?