【『天穂のサクナヒメ』特別対談】「やっぱり日本人にとって米というものが特別なんだと感じさせられた」前代未聞の<稲作ゲーム>の魅力に離島の米農家が迫る【えーでるわいす なる氏×米農家 村上氏】
令和2年11月12日。株式会社マーベラスさんより、とあるゲームが発売されました。
(画像は株式会社マーベラスより提供)
そのゲームは、メインシステムに“ガチすぎる稲作”が組み込まれていたことで大きく話題となり、全国で売り切れ報告が続出。
もちろん日本海に浮かぶ離島・隠岐の島町においてもその名声はとどまることを知らず、町のおもちゃ屋さんでもしっかり「令和の米不足」が起きていました。
PS4&Nintendo Switch『天穂のサクナヒメ』プロモーション映像(3)
実は本町と『天穂のサクナヒメ』には面白いほど共通点が多く、何とかしてその真偽を確かめたいと思っていたところ、まさかの『天穂のサクナヒメ(以下サクナヒメ)』の制作サークルであるえーでるわいす様と、隠岐の米農家である村上様との対談が実現。
ある意味同じ「モノづくり」を営むインディーゲームクリエイターと米農家。お二人の対談はそれぞれのこだわりの話から、果てはゲーム業界とコメ業界の話にまで発展していき……。
取材/あーさ、野一夢二
文/野一夢二
サポート/藤川大夢
日本人にとって、米というものが特別なんだと感じさせられた
――それでは、皆さま自己紹介からお願いいたします。
なる氏:
えーでるわいすのなると申します。代表兼プログラム、ゲームデザインをやっております。よろしくお願いいたします。
村上氏:
隠岐の島町で米農家をやっております、村上と申します。よろしくお願いいたします。
――早速ですが、まずお二人の共通点である「お米」に焦点を当ててお話を伺いたいと思います。お米のゲームを作ろうと思ったきっかけは何でしょうか。
なる氏:
前作として『花咲か妖精フリージア』というアクションゲームを作っておりまして、今回の『サクナヒメ』はその発展形として作り始めました。その中で成長要素に何か遊びの要素を入れようということで、始めは村を作るシミュレーションというアイディアを考えていたんです。
――村ですか。
なる氏:
……ですが、村を作ろうとするとやることが非常に広くなってしまって。僕としてはもうちょっと視点を下げて、等身大で関われるものの方がいいなと思ったんです。和風のゲームにしようというコンセプトは決まっていましたので、そうなったらもう「米しかないだろう」と。
――やはり、「米」にテーマを絞ったのが今回『サクナヒメ』が話題を呼んだ一因だと思いますので、ある意味目論見通りですね。
なる氏:
ここまでとは思いませんでしたが(笑)。やっぱり日本人にとって「米」というものが特別なんだと感じさせられましたね。
――村上さんがお米に興味を持ったきっかけはいかがでしょうか。
村上氏:
僕は代々、家が米農家でして。学生時代に父が亡くなったのを機に、農家は大変なので周囲から猛反対されていたんですが、そこで「俺は農家を継ぐんだ!」みたいな変な男気が出ちゃって。
一同:
(笑)
村上氏:
それがきっかけで米農家になってしまいました(笑)。
――初っ端からとんでもないお話が出て参りましたが……。そんな村上さん、『サクナヒメ』を実際にプレイされていかがでしたか。
村上氏:
元々僕は子供の頃は外で鼻水垂らしながら野原で駆け回るようなタイプだったので、実をいうとゲームがあまり好きではなかったのですが、『サクナヒメ』をやってみて衝撃を受けましたね。お世辞抜きで本当に面白いなと思って。
なる氏:
ありがとうございます。
村上氏:
リアルの田んぼでも重要なポイントがいくつかあるんですけど、そういったところが忠実に再現されているので、仕事と同じぐらいストレスを受けちゃいまして。
一同:
(笑)
村上氏:
仕事に支障が出るぐらいハマっちゃってますね(笑)
――たぶん隠岐で一番『サクナヒメ』を楽しんでらっしゃると思います(笑)。
「島流しの聖地」と「ヒノエ島」
――さて、我々は離島在住の者ですので、やっぱり『サクナヒメ』をやっていると「“離島”の稲作」というところが結構引っかかったんです。どうして稲作の地を“離島”にされたのでしょうか。
なる氏:
ストーリー的に外界から隔絶された世界の方が都合が良かったからですね。一から空家に住んで、環境構築を経験していくということが、サクナヒメの成長物語としても描きやすかったんです。
――実はゲームに出てくるヒノエ島と隠岐の島町の形状がそっくりなんですが、うちの島を参考にデザインされたということは……?
なる氏:
すみません、東京にある青ヶ島を参考にしました(苦笑)。
ヒノエ島(左図)と隠岐の島町(右図)。
村上氏:
島の形状だけじゃなくて、隠岐の島と『サクナヒメ』ってすごく境遇的に似ているところがあるんです。隠岐って昔から高貴な人々が流刑にされてきた「島流しの聖地」としての歴史があって、『サクナヒメ』は神様が島流しにされてくるわけじゃないですか。そういうところの共通点が面白いなと思ってプレイしてましたが……。
――我々の片思いでしたね。
まさか本当に塩を撒く農法があったとは……
――隠岐の島町の米づくりの特徴を教えてもらえますでしょうか。
村上氏:
うちは日本海に浮かぶ離島なので、海の波しぶきが霧になって少しずつ大地に降り注いでおり、まず本土(※)に比べて土のマグネシウムの値が高いんです。
※本州のこと。
さらに “藻塩”という海藻を煮詰めて作った貴重な塩があり、これを稲が枯れない程度に薄めた藻塩液を散布して “藻塩米”を作っています。
自然の力で一万年かけて形成されたどこにも真似できない土壌と貴重な塩を使っているというのが、うちの出している「島の香り隠岐藻塩米」の一番の特徴かなと思います。
「島の香り隠岐藻塩米こしひかり」(画像はJAしまね隠岐本部より提供)
――実は我々の方で「ゲームの中でも藻塩米を再現しよう」というようなことをやってみたんですが、『サクナヒメ』では田んぼに塩を撒くと毒性が上がってしまうという特徴があったので、村上さんはゲーム内では藻塩米を作るのを嫌がってましたね。
村上氏:
そうでしたね。
なる氏:
まさか本当に塩を撒く農法があったとは……(笑)。海藻を煮詰めて作った塩というのは何か米に特別な影響があるんですか。
村上氏:
恐らく江戸時代よりも前から畑や田んぼの肥料として塩や海藻を肥料として撒くという手法がありまして、それを現代風にアレンジした「藻塩水溶液」を散布しています。(稲に負担をかけるという意味で)塩ストレスという言葉があるんですが、これを適度に与えると一般的なコシヒカリよりも触感がしっかりした美味しい米になるんです。なので「『サクナヒメ』では塩を撒くと毒性が上がる」っていうのはこの塩ストレスを指してるんじゃないかと勝手に想像して楽しんでます。
なる氏:
(笑)
――藻塩米もいつかアップデートで採用していただけたら嬉しいです(笑)。そういえば、実際に村上さんがプレイされたときに、「どこまで稲作が細かく反映されているかわからないから、(本職としては)ついつい真剣にやりすぎてしまう」という意見が出たんです。稲作要素の中で、採用・不採用の取捨選択はどのように行ったのでしょうか。
なる氏:
稲作パートについては色々な本や論文を参考にしたのですが、やっぱりゲームなので、拾える要素を拾っていったという感じですね。とはいえ、本編の中のミニゲームというよりは稲作シミュレーターとして動くように設計したつもりです。
我々は米農家ではないので、本作を作るにあたって一から米づくりを勉強したんです。なので『サクナヒメ』に関して、本物の米農家さんからコメントをもらうというのが実は怖かったんですが……。今は好意的に受け止めてくださっている方が多くて安心しています。
村上氏:
めちゃくちゃ面白いですよ!
自分の職業がゲームになっているというのはすごく嬉しかった
――『天穂のサクナヒメ』発売後、ゲーム業界もコメ業界も大きく盛り上がりましたが、えーでるわいす様はこのように実際の米農家さんからアプローチがあることを予期していましたか。
なる氏:
僕は「発売後どうなるか」っていうのはあまり考えないようにしています。まず出してみてどうなるかを自分が楽しみにするというか、ありのままを受け入れるようにしていますね。
今回は販売がマーベラスさんでしたけれども、販売に関してはやっぱり僕たちは素人なので……。
――米農家さんも「クオリティの高い米を作る」ことに集中していて、販売はJAさん等に任せがちなところがあるというか……。同じ「クリエイター」としても、米農家とゲームクリエイターは近しい存在なのかもしれませんね。
村上氏:
そうですね。
―― 一方で、村上さんはこのようにゲーム業界からコメ業界へのアプローチがあると予期しておりましたでしょうか。
村上氏:
ゲームをほとんどやったことがなかったので、こんなことを予期できるはずもなく……。それだけにやっぱり自分の職業がゲームになっているというのはすごく嬉しかったですね。米づくりが注目されるっていうことはなかなか無いことなので、本当に感謝しています。改めてありがとうございます。
なる氏:
こちらこそありがとうございます。
――本対談でゲームクリエイターと米農家が職業的に意外と似ているのではないかという点が明らかになってきましたが、実は業界の性質的にも「供給過多によって競争が激化している」という共通の特徴があるのではないかと考えています。そんな中で『サクナヒメ』は見事大ヒットを成し遂げたわけですが、えーでるわいす様はその要因をどのように分析していらっしゃいますか。
なる氏:
うーん……。後から考えると色々あったなと思うんですけど、今回は「米」をテーマにしたのが一番良かったのではないかと思いますね。冒頭でもお話しましたけども、米っていうのが日本人にとってやっぱり特別な存在なのかなと。
あと、プレイヤーの皆さんが遊んでいるところを見ていると自分でも思うんですが、このゲーム、実はすごく不親切にできていて(笑)。
稲作パートとか単語の説明を一切していないし、「普通(専門家以外は)わからんよ!」という感じなんですけど、でもやっぱり「なんとなくわかる」んですよね。その距離感が“わからないことを自発的に調べる” っていう行動を生んでいて、それによって広まっていったのかなと。
――確かに、我々も自然と手探りでプレイしていました。
なる氏:
だからこれが米じゃなくて、もし日本人に全然馴染みのないものを取り扱っていたら「わからん」で終わってたと思います。
―― 一方で、村上さんはプレイ中に田右衛門(※)のアドバイスを一切聞かずに進めていましたね。
※田右衛門:侍の身でありながら稲作の知識が豊富な、心優しき大男。
プレイヤーは基本的に田右衛門のアドバイスを聞きながら稲作を進めることになる。
(画像は『天穂のサクナヒメ』公式サイトより)
村上氏:
大体わかるんで(笑)。
でも、基本的にゲームが苦手なので、アクション部分は小学生の息子にやってもらって、自分は稲作を中心にプレイしています。
あと、凄いなと思ったのが「根肥・葉肥・穂肥」ですね。我々は稲作のプロなので、やっぱりゲームをやっていると「葉肥ってリン酸だよね……?」みたいなことを考えながら、こだわって肥料を配合しちゃうんですよ。そんな風にプレイしていると、毎年もっといい米を作りたい欲が出てきちゃうんですよね。
一同:
(笑)
(稲作以外にも)ほんとにこだわりが凄いです! 僕も息子もそうなんですけど、特に田んぼの周りにいるときの音楽が好きで、ついつい口ずさんじゃうんですよ。……好きなところがありすぎて、全部伝えきれない!
なる氏:
ありがとうございます(笑)
――こんなに楽しんでらっしゃる方は島でもなかなかいないですよ(笑)。そんな村上さんですが、『サクナヒメ』の大ヒットの要因はどのように分析していらっしゃいますか。
村上氏:
これはコメ業界もゲーム業界も一緒だと思うんですけど、特に米で言わせてもらうとなかなか味とか香りなどの違いがパッと見で分かりにくいものなので、「どうやって差別化するか」っていうのが重要な問題なんです。なので『サクナヒメ』がヒットしたのは、「アクションと稲作」に特化したのがヒットした要因なんじゃないかなと思いますね。
「島の香り隠岐藻塩米」も、『サクナヒメ』のように何か特化できれば日本中の皆さんに知ってもらえるんじゃないかなと思います……!
――隠岐の米づくりは今苦境に立たされています。日本海の離島という土壌的なメリットもある一方で、輸送コストや限られた農地面積などの問題が山積みですが、『サクナヒメ』の大ヒットを受けて、「島の香り隠岐藻塩米」を広めるための次なるアイディアはありますか。
村上氏:
おっしゃる通り、島という限られた土地の中でこれ以上「量を生産する」ということが物理的に不可能という状況です。なので先ほども申し上げた通り、「何に特化するのか、どう特化するのか」ということを常に考えていければと思っています。
……例えば「島の香り隠岐天穂(※)」で商標を取っちゃうとか!
※作中でサクナヒメは自らの米に「天穂(あまほほ)」と名付けるシーンがある。
一同
(笑)
村上氏:
冗談ですよ、もちろん(笑)
神風が吹いた
――これまでのインタビューで分かった通り、『サクナヒメ』はコメ業界にもゲーム業界にも多大な影響を与えたんじゃないかと思っています。この劇的な大ヒットを受けて、えーでるわいす様の次回作に影響はありましたか。
なる氏:
ここまでの反響は考えていませんでしたし、経験もありませんでしたので、僕らにとっても『サクナヒメ』の与えた影響は大きかったです。
……とはいえ、我々は元々二人の同人サークルなので、ヒットしたからといって、例えば「これから組織を大きくしていこう!」みたいなことは考えていないですね。これからも自分たちが作りたいものを大切にしていこうと思っています。
――ゲームも米も「製品が実るまでに長い年月を要する」という共通の難点から、「それ一本だけで生活するのは難しい」という特徴があり、新規参入が難しいのではないかと考えています。最後に、それぞれの業界で新規参入の方に向けてアドバイスをいただけたらと思います。
村上氏:
どの仕事も一緒だとは思うんですが、特に農業は根気のいる作業が多く、思い通りにいかないことも多いです。毎年毎年天候などの環境が全く違う中で、毎回一年生のような気持ちで稲から学ばせてもらっている経験から言わせてもらえば、米づくりは引き算です。百点の米が作れるということは絶対に無くて、色々なマイナスの要素が絡んでいく。なので、諦めたり妥協したりすることを受け入れて、あまり肩ひじ張らずにやっていくのが大切かなと思います。
――ありがとうございます。『サクナヒメ』をプレイされた方々も稲作で何かを諦めた経験がおありだと思うので、伝わりやすいメッセージなのではないかと思います。えーでるわいす様はいかがでしょうか。
なる氏:
日本の同人ゲームという土壌では、「(インディーゲーム自体が)自分たちの作りたいものを作る」という趣味の延長から発生しているものだと思っています。なので他でもよく言われることなんですが、本業がある方はいきなり会社を辞めてゲームづくり一本に絞ったりしないようにしてください。
インディーゲームは基本的には儲からないです。なので、あくまで作りたいものを作るというのを忘れないのが大切なんじゃないかと思います。
――大変クリエイターさんらしいお言葉だと思います。それにしても、あれほどのヒットを飛ばしても謙虚なんですね……。
なる氏:
今考えると「なんでこんなに稲作を作りこんだんだろう」と思いますけど、作りこんだ要素のうちの一つが偶然バズってくれただけだと思ってますからね。神風が吹いたとしか言いようがないです。
村上氏:
いや、神風というかね……ゲームに興味のない人間がハマるぐらいなんだから、めちゃめちゃ面白いですよこれは!
一同:
(笑)
(了)
えーでるわいすのなる氏と村上氏、異なるフィールドでモノづくりを営むお二人の対談はいかがだったでしょうか。
ここまでの大ヒットゲームを生み出してもなお「神風が吹いただけ」と謙虚に構えるなる氏と、「農業は諦めや妥協も大切」と説く村上氏のお二人の姿勢は、激化する競争を生き残ってきた“職人”ならではの凄みを感じました。
一方で、近年では各地方自治体で、都市部からの移住者の奪い合いもさらに激しさを増すばかりです。
我々も自然や歴史などの天から授かった遺産を享受するばかりではなく、エンターテイメント業界のような新しい場所から吹いてくる風を積極的に受け入れていくのが肝要ではないかと、お二人の勇姿を見ていて痛感した次第です。
編集後記
令和2年12月28日、本インタビューにお答えいただいたなる氏から、以下のようなツイートがありました。
筆者は令和元年に京都から隠岐へ移住した身でありますが、「島の特産品だし一回ぐらいは食べてみるか」程度の気持ちで購入した藻塩米の魅力にすっかり取りつかれ、今では毎食のように藻塩米が食卓を飾っております。
本文中で米農家の村上氏から“お米”というものの欠点について「なかなか味とか香りなどの違いがパッと見で分かりにくい」ということが挙げられましたが、今にして思えば、それは「食せばすぐに違いがわかる」という自信の表れだったのかもしれません。
たかが米、されど米。
皆様もこの機会にぜひ「島の香り隠岐藻塩米」をご賞味くださいませ。
⇒ふるさと納税の返礼品「島の香り 隠岐藻塩米」のページはこちら
藻塩米PR漫画
商品情報
タイトル:
天穂のサクナヒメ(通常版)
希望小売価格:
4,980円+税
対応機種:
Nintendo Switch™ / PlayStation®4
ジャンル:
和風アクションRPG
発売日:
2020年11月12日(木)
プレイ人数:
1人
(情報は『天穂のサクナヒメ』公式サイトより引用)
企画責任者・文
企画責任者
あーさ
隠岐の島町役場農林水産課所属の地域おこし協力隊一年目隊員。
現職漫画家として、Twitter及び隠岐の島町役場公式HP上で『隠岐のナミと離島(しま)ごはん』を連載中。
代表作は、『めざせ!ポジティブADHD』など。
司会進行・文
野一 夢二
隠岐の島町役場地域振興課所属の地域おこし協力隊二年目隊員。
「ゲームによる地域振興」を信条に、隠岐の島町のエンタメ事業のほぼ全てに絡む。
「東方隠岐誉事業」のプロジェクトリーダーなどを担当。
- このページに関するお問い合わせ
- 隠岐の島町役場 農林水産課 農林振興係
TEL:08512-2-8563
FAX:08512-2-2460
MAIL:nourin@town.okinoshima.shimane.jp