過食嘔吐だったことがある。期間にして1年くらい。食べ吐きを生涯辞められないような人たちからしたら全く大したことないレベルだったと思う。
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
ただ両親に心配されたかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。物心ついた頃から親の機嫌をうかがってばかりで、私の自己肯定感は1ミリも育たなかったし甘え方もわからなかった。
ただ気にして欲しかった。期待と理想を押し付けるんじゃなくて、私自身を見て欲しかった。存在そのものを認めて欲しかった。
子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。自分の周りの手首切る女はほんとの疾患持ちしかいなかったし。
もともと食べることが好きだった。中学生の時、親に叱られてばかりで、深夜にやけ食いが止まらず10kg太った。
高校生で不登校になって、通信制高校に転校した。家にいたくなかったからバイトも始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
彼氏もいたけれど、童貞が性を知ってから会うたび必死になって盛ってきて、本当に気持ちが悪かった。でも自己肯定感が空っぽだったから、捨てられたくないと怯えていた。正直摂食障害のことよりも黒歴史。無かったことにしたい。自分を大事にできるようになってから、ありとあらゆるSNSをブロックした。話が逸れた。
3年生になって、進路が全く決まっていなかった。受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitterで『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太っちゃうのになんでと思ってプロフィールに飛んだ。どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
嘔吐したことありますか?私は幼少期に一度だけした記憶があって、どろどろした食べ物だったものが喉を逆流してくる感覚がすごく最悪だったから二度と何も吐きたく無かった。
女の子たちもすぐに吐こうと思って吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度みたいな風潮もあったりした気がする。
私は嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。人に言えることじゃないから詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと励まし合っていた。
ちなみに界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する人が多かった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳って都合よくできてるね。
練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の食費は数万円かかった。バイト代から出す子、働いているお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、いろいろだった。
でも頭の悪い高校生が多かったから、ほとんどの女の子がパパ活だの援交だのして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらデリとパパ活。たいていは毒親育ちか、親と上手く行ってない子達ばかりだった。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、深夜にホットケーキ焼いたりドーナツ揚げたり砂糖いっぱいかけた揚げパン作ったりしてた。親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!って嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日食べ物買い込んでて夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べても太らないラッキー!なんて気持ちはいつからか消えて、義務みたいに食べて吐いていた。
食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。親と進路について話し合って大泣きして仲直りしても、食べ吐きは治らなかった。
きっと何か大きなきっかけがないと、一生辞められないんだと思っていた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それに四六時中家に家族がいてバレちゃうから吐けなかった。バカみたいな理由だけど、その1週間で過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと、嘔吐反射が復活してしまって吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのがちょっと辛かったコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて本当に良かったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、あんまり覚えてないけど、親も1人の人間だからそう簡単に変わらないし、世の中結局は自分が大人になるしかないし、Twitterで何かしら負の“界隈”に属するアカウントは作らない方がいいし、痩せたい子は食事制限よりも毎日散歩してリングフィットした方が良いです。