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おかしな転生 作者:古流 望

第34章 ふわふわお菓子は二度美味しい

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415話 ナイスなアイデア

 「畜生が!!」

 「怯むな。あと少しで倒せる!!」

 「一班魔力切れ!! 重傷者が三人!!」

 「二班と交代。絶対に死ぬなよ!!」


 大声が飛び交う。

 戦場での油断は命取りになるだけに、皆が皆真剣である。

 何時間も戦い続けた時。

 そして危機が去ったと確信した時。

 歓喜の鼓動は天をも焦がす。


 「やった!! 倒したぞ!!」


 重傷者多数。軽傷を入れると無傷の人間の方が数える程という激戦の後。

 指揮官は、戦いの痕跡に素直に喜べずにいる。


 「街道がボコボコで穴だらけ。水路が壊れて水浸し……。これ、どうするんだろう」


 指揮官バッチレーの憂慮は続く。



◇◇◇◇◇◇


 その日、モルテールン領々主代行ペイストリーは、執務室で部下からの報告に顔を顰めていた。


 「魔の森駐屯地への街道で、襲撃……ですか」

 「ああ、そうらしいですぜ」


 報告をまとめた従士長シイツも、ペイスと同じく渋い顔をしている。

 領主代行を補佐し、従士を取りまとめるのが従士長の役職だが、悪い知らせを伝えるのは何時だって嫌なもの。

 出来ることなら景気のいい朗報だけを報告する仕事であって欲しいものだが、そういう願い程裏切られるように出来ているのが世の中というもの。

 だいたいが、悪い知らせほど急ぎで知らせなければならない重要な話だったりするものだ。


 「全く、問題ごとは無くなりませんね」


 ペイスは、椅子に座りながら手を頭の後ろで組みつつ上にあげ、ぐっと背を反らせながら背伸びした。気が滅入る報告というのは、肩が凝ってしまう気がする。

 ストレッチで体をほぐしつつ、報告の続きを待つ。


 「そりゃ坊が問題を作ってる人間だからでさぁ。俺も早いとこ、問題に頭を悩ませねえ暮らしがしてえです」

 「実に不本意な評価ですし、シイツを手放すのはまだまだ無理ですね。後継者もいないので」


 部下からの報告とは、街道に発生した重大なトラブルについて。

 主たる報告者は領軍代理指揮官バッチレーだが、同じ報告が国軍のバッツィエン子爵を始め金庫番ニコロやデココ商会頭からも上がっている。

 最前線を預かるバッチレーや子爵からだけでなく、後方での補給や物資調達を担当していたニコロや、実際の物資調達でモルテールン家と連携を取るナータ商会まで報告をあげてくるのだから、ことは重大事案。

 報告内容は、目下のところ開拓の最前線となっている駐屯地と領都ザースデンの間の街道が、使えなくなったという報告だ。


 「若手も育ってきてるでしょうが。今回のバッチもいい仕事してるじゃねえですか」

 「まだまだですよ。それで、襲撃は現在も続いているのですか?」


 街道は、軍人だけでなく民間人も使う。

 むしろ、新しい街道については民間利用を主目的に整備したものだ。

 被害が民間に出たとすれば、放置することは出来ない。何としても元凶を取り除かねば、また同じような被害が起きかねない。

 敵の存在によって街道が使えない状況を座視するわけにはいかないのだ。


 「襲撃自体は、国軍も動いたことで解決しました。しかし、ことの重大性に鑑みて至急の報告をとそれぞれに考えたようですぜ」

 「確かに、至急の報告をあげてきたのは良い判断だったと思います。それに、問題が解決したという報告ならば朗報でしょう」

 「まあ、確かに」


 シイツの報告は、今のところ最悪の事態にはなっていないということであった。

 敵が街道で暴れ、道路が使えない状況を既に解決できたというのら喜ばしい。


 「襲撃の原因とは何だったんですか?」

 「どでけえイノシシだったって話ですぜ」

 「それはまたまた。普通に出てくれればお肉にして美味しく食べてあげたのですけど」

 「そう言えるのは、坊ぐれぇなもんでしょう。三階建ての家ぐれえデカかったと報告がきてます」

 「……魔の森産の獣ですね」

 「そりゃまあ、そんな馬鹿みたいな大きさのイノシシが、そこらにいてたまるかって話でさぁ」


 報告では、襲撃を行ったのはイノシシと断定されていた。

 実際に兵士が戦ったのだが、その際には被害も少なからず出ている。

 魔法部隊の活躍があって撃退が適ったということだが、普通に戦っていれば死者続出の大惨事だったに違いない。


 「話を戻して、経緯を説明すっと……ことは、うちのニコロの買い付けた食料を、駐屯地に運ぼうとしていた時に起きやして」

 「ふむ。食料の中身は生鮮食料品でしょうか?」

 「らしいでさぁ。焼き立てのパンやら、果物やらも積んでたってことらしい。何をどれぐらい積んでたかは、ナータ商会からの被害報告に詳細が……ああ、これだ」


 シイツが、ぺらりと紙を渡す。

 ずらずらと物資の名前と量が記載されているもので、内容自体はニコロが買い付けた物資一覧である。

 そこに、どの品目がどれぐらい駄目になったかを書き足して、被害報告としたらしい。


 「なるほど。開拓地の入植に先立って、色々と運んでいたんですね」

 「ええ」


 街道を使って物資運搬を行うのは、モルテールン家では民間委託を行っている。

 そこまで回す人手が無いからというのも有るし、わざわざモルテールン家で一旦引き取り、ザースデンあたりで荷を移し替えて集積して再度積みなおして開拓地に運ぶ、などと手間をかけるより、必要とする現地までさっさと運んでもらった方が全体として効率的だという面もあった。

 最近は入植者も増えそうだという情報をナータ商会に回したことで、物資搬入の頻度が増えていたという報告も受けている。


 「そこをイノシシが嗅ぎ付けて、襲った……ってことでしょうぜ」

 「イノシシは鼻が利きますからね。きっと御馳走が歩いているように思えたのでしょう」


 襲われた場所は、魔の森の外縁部。開拓している場所のすぐそばであったらしい。

 駐屯地そのものは無事だったらしいが、化け物のような獣が現れたことで騒然となったとのこと。

 幸いであったのは、モルテールンの精鋭部隊が駐屯していて、すぐに対応できたことだろうか。


 「駐屯部隊が撃退に動いて、戦ったわけですか」

 「最初は国軍が動いたってありますぜ?」

 「国軍がわざわざ出張っているのは、まさに今回のような時の為ですからね」

 「騎士の義務ってやつですかい」


 神王国は騎士の国。弱きを助け、正義を旗印に悪と戦い、強きを挫くのが戦士の生き様、とされている国だ。

 民間人の、自分の身を自分で守れない者。騎士の生活を支える側の者たち。彼らを守る為に戦うというのは、騎士としての本分だ。

 国軍がわざわざモルテールン領に出向いて魔の森に駐屯しているのも、いざというとき魔の森からの“何らかの脅威”から、民間人を守る為である。

 つまり、今回の襲撃のような時だ。

 だが、実際問題として超巨大な化け物イノシシに対して、国軍は時間稼ぎが精一杯だったらしい。

 モルテールン領軍の魔法部隊と連携してようやく脅威の排除に成功したものの、一部には重傷者も出たとの報告。

 しばらくは国軍も動けなくなるという話だった。


 「バッツィエン子爵は、ぴんぴんしてるらしいですぜ」

 「あの御仁も歴戦の将ですし、実力は本物ですからね。シイツも親戚として頼もしいでしょう?」

 「やめてくだせえ。嫁の実家とはただでさえ面倒くせえ付き合いなのに、気が滅入る」

 「そうは言っても、親族なのは事実ですし」


 シイツが、ペイスの言葉に嫌そうな顔をした。

 何故かシイツを始めカセロールやペイスはバッツィエン子爵家に気に入られていて、シイツなどはバッツィエン子爵家所縁の女性を伴侶にしている。

 子供まで作っているのだから、最早身内と言っても良いだろう。

 シイツ自身は、頭の中が筋肉一色のバッツィエン子爵家には近づきたくないのだが、向こうから寄ってくる。因果なことだが、シイツも数奇な人生を送っているのだ。


 「ごほん。それで、バカデカイノシシが大暴れしたせいで、街道や水路に甚大な被害がでたってことでさぁ」

 「……大問題じゃないですか」

 「だから、最初っからそう言ってるでしょう」


 今現在、魔の森―ザースデン間の街道は使用不可である。

 水路の一部が破壊され、街道も散々に荒らされた上に水没。

 復旧を進めているものの、すぐに使えるようになるわけでも無い。

 街道も水路も封鎖された影響で、駐屯地は孤立した。

 情報伝達の手段は魔法で幾らでも可能なのだが、物資の運搬はしばらくはペイスの【瞬間移動】に頼るかもしれないと、報告には書いてあった。


 「更に問題なのは、これで終わりとは思えねえってことでしょうぜ」

 「確かに、シイツのいう通りですね。今回のイノシシが、食料運搬の匂いにつられて出てきたとするなら、今後も似た様な問題は起きるでしょうし、次もイノシシとは限らない」

 「……民間人に被害を出すわけにゃあいかねえですぜ?」

 「勿論です」


 今回の問題で一番頭が痛いのは、イノシシに襲われた原因が食料運搬に有るという推測。

 仮に推測が事実だとするなら、魔の森の中で食料運搬を行った場合、獣の襲撃が今後も十分あり得るということになる。

 たまたま駐屯地の近くで襲われ、対応が即座に間に合ったから良かったものの、一歩間違えれば運搬していた人間は全滅ということも有りえた。

 同じ轍を踏まない為にも、対策は急務だ。


 「やはり、ザースデンと魔の森村を結ぶには、普通の道路じゃダメっすわ」

 「むむむ」


 魔の森の開拓。

 一見すれば順調そうに見えるのだが、トラブルというのは必ず起きる。

 そう簡単に開拓が進むのならば、今までの貴族は何をしていたのかという話だ。


 「道路を作っても、まともに通れなければ意味ないでしょ」

 「……常時、国軍の護衛を付ける訳にもいきませんしね」

 「領軍も無理ですよ。ただでさえうちの人的資源枯渇は深刻なんですから」

 「魔の森の魔獣は、半端な人間では餌になってしまう。“精鋭部隊”を用意するには、コストが嵩む……」

 「坊の【瞬間移動】でってのは?」

 「僕が常に運び続ける訳にもいかないですし、流石に“魔法の飴”もそこまで大々的に使えばあちこちにバレますよ。運ぶのはナータ商会専従って訳にもいきませんし」

 「そりゃまあ。街道が使えねえんじゃ、何のための街道整備なんだって話ですしね」


 普通に水路や街道で物資を運搬すれば、いつ化け物に襲われるか分からない。

 魔法で対策するのが一番かもしれないが、それにはモルテールン家がリスクを抱え込むことになる。

 理想は、街道を使いつつも獣に襲われなく。そんな“都合の良い”対策が出来ることだろう。


 どうしたものか。

 じっと考え込むペイスと、嫌な予感がヒシヒシと迫ってきたと冷や汗を流すシイツ。


 しばらくして、ぱっとペイスがシイツの方を見る。


 「なら、道路を空に飛ばしますか」

 「は?」

 「街道が地面にあるから襲われる。そもそも襲われない場所に、街道を作ってしまえば良いのですよ。襲われない場所。つまりは、空中です」

 「はい? 何言ってるんで?」


 ペイスの言葉に、従士長はあっけにとられるのだった。


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