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おかしな転生 作者:古流 望

第34章 ふわふわお菓子は二度美味しい

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414話 魔の森のお天気詳報

 魔の森の奥。

 光の届かぬ暗闇の中。

 異様な音がこだまする。

 聞きなれない、それでいて音節をもって流れる音。いや、声。

 異常というのなら、これほど異常なこともない。


 「ハイホー、ハイホー」


 異常の原因は、お菓子馬鹿であった。

 陽気な声ではいほーはいほーと歌いながら体を動かす。


 「何ですか、それ?」


 若手従士のバッチレーが、疑問を呈する。


 「きこりの掛け声?」

 「なんで疑問形なんすか」


 ペイスは目下、樵仕事中である。

 訓練にも丁度いいからと、自ら率先して力仕事だ。

 斧を持ち、直径が数メートルありそうな巨木を切り倒す。

 カンカンと楔を使い、或いはガンガンとばかりに斧の刃を木にぶちあてる。流石に市井では出回らないほどの大木ともなると、一本切り倒すにも半日がかり。

 天気は晴れ時々獣。所によって魔獣が襲ってくる陽気なお仕事。


 「また来ました!! 今度も狼です!!」


 部下が、大声で叫ぶ。

 樵仕事の皆にも聞こえるように、絶叫にも近い叫び声である。


 「大きさと数は?」

 「馬ぐらいのが二十!!」


 馬と言えば、体重も数百キロはある動物。

 騎士にとっては最も馴染み深い動物であり、基準となりやすい。

 部下が馬ぐらいと叫んだのは、どれぐらいの大きさなのかが咄嗟に分かりやすいからだ。

 人よりも遥かに大きいであろう獣。それも、群れで狩りをする肉食の獣。

 普通の人間であれば、荷物も何も放り投げて、一目散に逃げねば死ぬ。殺されて餌にされる。

 普通の犬でも、本気で戦うと人間は勝てないと言われるのだ。狩りを専門とする獰猛な相手ともなれば、戦うのは愚策である。

 普通ならば、だが。


 「それなら、訓練に丁度いい。バッチ、出番です」

 「うぅ……なんで俺ばっかり」


 軍の指揮を任されている若手が、軍の態勢を整える。

 今の指揮官は、バッチレー。モルテールン領軍並びに国軍の指揮を任されるという大役を担っており、若手や後輩からは羨ましがられている。

 当人は、重責と仕事の大変さに内心で救援を求めているのだが、可愛い子には無一文で旅をさせ、我が子は千尋の谷に投げ落とすのがモルテールン家の初代から続く教育法だ。鍛えに鍛え、更に鍛える。試練はむしろご褒美。

 若手の幹部候補生と目されるバッチを育てる為にも、ペイスは育成に手を抜かない。


 「一班、迎撃態勢、三番!!」

 「しゃあ!!」


 端的で短い指示に、バッチ指揮下のモルテールン領軍がさっと態勢を整える。


 「二班も一班後方に備えよ。迎撃態勢同じく三番!!」

 「了解です」


 綺麗に隊列を整える兵士たち。

 短い指示であったが、出来上がったのは円陣。シンプルに防御に優れた陣形と言われている。

 全方向からの攻撃に対応して守りを固め、どこからの攻撃にも対処できる基本戦型とされているものだ。

 そして、円陣の中には七人の若手従士。

 彼ら、彼女らは、味方の円陣に守られた上でやらねばならないことが有る。

 ずばり、魔法だ。

 モルテールン領軍が魔の森を開拓できている最大の理由が、この“大勢の魔法使い”の集団運用に有ることは明らか。


 「魔法、最奥のデカブツを狙え。合わせろ!! 3、2、1、放て!!」


 バッチの号令と【発火】の魔法が飛び出した。

 ごうと音をたてて立ち上がる火柱。

 鬱蒼として暗かった森が、眩しいほどに明るくなる。


 「おお、相変わらずこの魔法は凄い」

 「神王国でも有名な魔法ですからね」


 最奥という指示の元、恐らくは群れのボスと目される一頭が複数の【発火】の魔法によって焼かれる。

 一つ二つなら魔法でも避けられるかもしれないが、同時に幾つも火が起きれば逃げるにも逃げられない。

 距離にして二十メートル程は離れていた場所に立ち上った炎の熱波が、やや遅れて兵士たちにも届く。

 むわっとした熱い風が、獣のいた方からやってきた。しかも、狼を焦がした臭いが一緒になってやってくる。


 いつ見ても壮観だと、国軍の代表としてペイスの傍に居た筋肉マッチョが呑気に評する。

 ペイスもペイスで、樵姿で斧を担いだまま、のほほんと見物していた。

 バッチが狼狽えて指揮をミスするようならこの二人が尻ぬぐいもしようが、今はそんな必要も無さそうである。

 無難に、堅実に、冷静な指揮を執れていた。

 やはり、実戦に勝る訓練は無いと、ペイスはバッチの成長を喜んでいるが、当のバッチは失敗すると自分も死にかねない為必死である。


 「二班、右へ!! 三班は左へ!!」


 円陣を組んでいた隊形が、バッチの指揮で形を変えていく。

 訓練されている兵士たちに澱みは無く、綺麗に足並みを揃えて動き始めた。さながら鳥が羽を広げるように、陣形は細長い形になっていく。

 円陣でも、狼を防いでいた部隊はそのまま動かない為、隊列行動としては一般的な包囲戦術を試みているのだろう。

 不意遭遇からの防御態勢、守り切って落ち着いてからの反転攻勢。敵戦力を混乱させてからの包囲戦。

 どこぞの教科書にでも載っていそうな、マニュアル通りの戦い方だ。


 「お? やはりアレが指揮していた個体だったのか。狼が目に見えて混乱してますね」

 「ふむ、欺瞞では無さそうだな」


 ペイスとバッツィエン子爵の観戦評は、百点中九十点といったところだろうか。

 魔法の発動が少々バラついたところと、バッチが自信なさげなのを除けば、上々の指揮っぷりである。

 更に、子爵はじっと観察を続ける。

 これが狼相手ならば心配要らないのかもしれないが、混乱しているのが演技の可能性も有るからだ。

 相手が人間であったなら、混乱して撤退した振りをしておいて敵をひきつけ、足並みを乱したところで反攻といった戦術もあり得る。

 欺瞞撤退戦術は運用こそ難しいが、決まれば強敵相手でも痛撃を与えられるのだから、戦況が有利だからと油断している人間は足を掬われるだろう。

 狼がそこまでの戦術を使うとはとても思えないのだが、そういった油断が死につながるのが戦場というもの。

 知恵の有る獣が居ないと、何故言い切れるのか。油断大敵である。


 「お? 包囲が出来たようですね」

 「拙いな……右翼がどうにも遅れた」

 「足元が悪かったようですね。森の不整地ですから、完璧に左右で足並みを揃えるのは難しいのでは?」

 「そうかもしれんが、だとしたら左翼がもう少し気遣うべきだったかもしれん」

 「なるほど。流石の御見識です」


 狼の集団が、兵士たちに囲まれて閉じ込められる。

 といっても、馬並みに大きな巨獣を囲っているのだ。相手にする兵士としては、肝が冷えっぱなしのはず。


 「魔法、牽制、順に連続。3,2,1,放て!!」


 囲みを作り、槍を構えて牽制を続ける中で、また【発火】によって炎が上がる。

 ボスらしき相手を焼いた時とは違い、一人づつが順に魔法を使っていく。

 これで、狼は何がしか行動を起こそうとする度に、動いたその個体が焼かれるようになる。じわじわと、群れを少しづつ削っていくような戦い方。

 一班七人、一巡りする間に、最初に魔法を使った人間ももう一度魔法を使う準備が出来ていて、最後の一人が魔法を撃った後に続けて、最初の一人がまた魔法を撃つ。

 間断ない、魔法の連射体勢の出来上がりである。

 モルテールン家の考案した、魔法を最大限活かした戦術。子爵などは殲滅魔法陣と名付けたようだが、ペイス的には紛らわしそうなので特殊包囲陣形と呼んでいた。


 「撃ち方止め!! 総員、警戒態勢に移行!! 二班はそのまま、三班、戦果確認急げ!!」

 「お? 終わりましたか」


 群れの最後の一匹がローストウルフになったところで、魔法の攻撃も止まる。

 隊の一部が早速とばかりに焼かれた狼を集め出す。

 七人がかりでも引きずるのがやっとの巨大な狼である。何かに使えるかもしれないと、討伐の度に後方に送られている。

 毛皮などはなかなかに良い値段で引き取られるらしいのだが、焼け焦げている部分はマイナス。

 今回は流石に焼き過ぎているようだ。


 「ペイス様、報告です。大型の狼と思われる敵を排除致しました。軽傷が二名。重傷者、死者共になし。任務継続には支障ありません」

 「結構」


 ペイスがこの場に居たわけなので、バッチの報告は形式上のこと。

 しかし、自分の勝手な判断で上司に報告しないというのは許されないので、バッチは訓練通りにペイスへ被害報告と戦果報告を行った。

 かるく頷いたペイス。

 戦った兵士たちは、早速とばかりに焼け過ぎた狼を埋めている。【掘削】の魔法が活躍するのが土木作業というのは皮肉である。

 戦った後始末もやらねばならないのは、兵士の辛い所だろう。


 「さて、続きと行きましょう。村を大きくするためにも、森林の伐採と土地の整地。そして土壌改良と防壁設置。水路建設に道路敷設。やることはまだまだいっぱいありますよ!!」

 「……休暇欲しいっす」


 晴れ時々獣。所によって魔獣。

 今日は一日過酷な実戦が続くでしょう。


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