平壌で消えた金正日の料理人・藤本健二氏 秘密を知り過ぎた男に何が起きているのか
日米韓三国の情報関係者が、北朝鮮で行方不明になった「金正日の料理人」として知られる藤本健二氏死亡の可能性を口にし始めた。金正恩総書記の命運を左右する秘密を、握っていたという。それは何か。
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藤本氏は平壌で日本料理店「日本料理たかはし 」を経営していたが、2019年6月頃から姿を消した。捜査当局の取り調べを受けていた。日米韓三国の情報機関のスパイ疑惑で、拘束されたようだ。彼に関連して拘束された金正恩の秘書室長、金昌善はその後名誉回復したが、藤本氏の姿は消えたままだ。
コトの始まりは2019年2月の、ベトナム・ハノイでの米朝首脳会談だった。金正恩がハノイに汽車で向かった2月23日未明に、スペインの北朝鮮大使館が襲われた。犯人グループは、ハノイ到着までは襲撃情報が金正恩に届かないことを知っていた。金正恩は、3日後の26日にハノイに到着し、襲撃事件を知り激怒した。
この襲撃犯たちは、北朝鮮の秘密情報を知っていたから、金正恩は驚愕した。実は、北朝鮮のヨーロッパでの情報収集本部は、英国のロンドンに置かれていたが、駐英公使が韓国に亡命する事件が起き、北朝鮮は情報本部をスペインの大使館に移転させたばかりだった。犯人グループは、韓国系米国人が中心で、北朝鮮の機密情報を盗んで逃げたのだ。
この事件は、北朝鮮の工作活動や秘密警察機能を持つ国家保衛省が、責任を問われ幹部が更迭される大問題に発展した。北朝鮮は、米CIA(中央情報局)が仕組んだ事件と判断し、北朝鮮の内外で米国のスパイ狩りが展開された。
国家保衛省は、名誉回復のために日本や韓国と米国にいる工作員に、スパイ情報の収集を命じた。これが、藤本健二氏拘束のきっかけだった。
金正恩の機密情報とは
金正恩は、日本にいた大物工作員に藤本氏に関する情報の確認を、直接指示した。この過程で、藤本氏が日本の公安機関や内閣調査室、韓国の情報機関、米CIAの幹部職員と接触していた事実を確認した。この工作員は、藤本氏が接触した人物の名前も確認して、報告書を北朝鮮に送った。
ところが、この報告書類が送達事故で国家保衛省の手に渡ってしまった。名誉回復に必死の国家保衛省は、この報告書の内容を横取りし、藤本氏の捜査と逮捕に着手した。その過程で藤本氏は、米CIAや日本の情報機関、韓国情報機関との接触と機密漏洩を、明らかにした。
秘書室長の金昌善は、藤本氏の身元保証人であったため、取り調べを受け解任されたが、スパイ事件や藤本氏の機密漏洩には関わっていない事実が明らかになり、名誉回復した。この捜査で、藤本氏が朝鮮総連の議長派宛に機密の全てを伝えていた事実も、明らかになった。このため、金正恩は反議長派の朴久好副議長を第一副議長に任命し、次期議長であると指示したが、現議長を解任できなかった。議長が、金正恩の機密情報を藤本氏から聞いていたから、と情報 関係者は理解した。どんな機密なのか。
機密が何であるかについては、アメリカの情報機関関係者も口を閉ざす。その中の一人は、「アメリカは金正恩の血液検査とDNAを入手している」とだけ述べた。これは何を意味するのか、DNAは本人確認に必要なものだが、関係者の間で判断は分かれる。
情報関係者が改めて注目しているのは、藤本氏の発言だ。2010年の金正日総書記の死去直前に、金正恩がテレビ映像に初めて映し出された 。テレビ局は、藤本氏をスタジオに呼び、本人かどうかの確認を求めた。
衝撃を与えた重村氏の発言
藤本氏は、1989年から金正日の専属料理人となり、金正恩が7歳の頃から相手をした。2001年に「殺される危険」を 教えられ、日本に脱出した。なのに、また北朝鮮に帰ったのだから、何かがあったと考えないと理解できない。
北朝鮮からの脅しは、日本に「逃亡」後も続き、北朝鮮から持ち帰った金正日の機密写真数百枚を、親しくなった女性が焼いて逃げた事件も起きた。女性は明らかに、北朝鮮の手先だった。「お前をいつでも殺せる」との脅しが込められていた。
藤本氏は、12歳までの金正恩を知る唯一の人物だ。金正日は、子供や家族への高官の接触を禁じていたから、藤本氏以外には金正恩を知る人は、ほとんどいなかったので、彼の発言は注目された。藤本氏以外には、金正恩に 身近で接触し話を交わした人物は北朝鮮でもいなかった。
朝鮮問題の専門家や政府関係者、取材記者らが注目する中で、藤本氏がテレビ局のスタジオで発言した。
「いやー、変われば変わるものだ」
この発言は、平壌に衝撃を与えた。普通なら、「ご立派になられて、感激だ」と言えばいいのに、なぜ「変われば変わるものだ」と言ったのか。あたかも、自分が知っている金正恩とは違うとの意味に受け取られる表現だ。
後になって、私は藤本氏に発言の真意を聞いたが「覚えていない」と逃げられた。北朝鮮は、口封じのために、平壌に呼び寄せたのか。情報機関関係者は、「藤本の発言に驚愕した平壌当局が、真実を口外させないために平壌に『永久帰国』させたが、スパイ容疑で消されたのではないか」とも推測する。
彼はなお生存しているのか、あるいは刑務所か、政治犯収容所にいるのか。藤本氏の行方が分からなくなってから三年半が過ぎた。「金正日の料理人」は、金正恩への疑問とその謎を解くカギだけを残した。
重村智計(しげむら・としみつ)
1945年生まれ。早稲田大学卒、毎日新聞社にてソウル特派員、ワシントン特派員、論説委員を歴任。拓殖大学、早稲田大学教授を経て、現在、早稲田大学名誉教授。朝鮮報道と研究の第一人者で、日本の朝鮮半島報道を変えた。著書に『外交敗北』(講談社)、『日朝韓、「虚言と幻想の帝国の解放」』(秀和システム)、『絶望の文在寅、孤独の金正恩』(ワニブックPLUS)、『半島動乱 北朝鮮が仕掛ける12の有事シナリオ』(ビジネス社)など多数。
デイリー新潮編集部