アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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7.閉幕

 

 

 

 

 

 モモンガの双眸が、辺りをゆっくりと見回した。

 

 カジット、ゼロ、周りを囲む『八本指』の手勢、アンデッド達……。戦闘不能になっているクライム、それからゼロに髪を掴まれている重傷のイビルアイ。誰かに説明を求めずとも、現状の把握は容易だった。

 

 

「『黒姫』の……モモン……」

 

 

 嗄れ声をあげるゼロが、低く呻いた。

 焦りが滲み出した表情で、彼は下唇を噛んでいる。

 

 黒姫のモモン。

 それはゼロにとって唯一計画の歯車を狂わせる存在だったと言っても過言ではない。

 

 各地で起きていた異変。

 それからこの場に黒姫が現れた理由、その意味。聞かずとも、ゼロにはそれが理解できてしまった。点と点とが繋がる。

 

 

(足止めをしくじったか……! クソ……まさか『六腕』もクレマンティーヌもこいつにやられたというのか……?)

 

 

 流れの商人に偽装した絡め手の他にも、決して雑魚とは言えない刺客をモモン邸には送り込んでいた。倒す為ではない。あくまでもゼロは『足止め』に全力を注げと命令していたはずだ。しかし今、モモンガがここにいるということは結局それも何の意味も持たなかったということだ。

 

 ゼロは額から顎に伝う汗に気が付かない。

 それほどの圧迫感を、モモンガのシルエットから感じていた。

 

 

「近所迷惑もいいところです。そろそろ、この騒動の全てを終わりにさせていただきます」

 

 

 美しい声を奏でながら、モモンガは重厚なグレートソードを構える。その声の抑揚は、今から草刈りでも始めるかの様な軽いものだった。恐らくそういった感覚で各地の『六腕』を潰してきたのだろう、ということをゼロは察した。クレマンティーヌやブレインが恐れていた存在は伊達ではないということだ。

 

 

「ま、待て! モモン!」

 

 

 蛇に睨まれたゼロは、堪らず声を上げる。

 噂通りの存在なら、暴力で何とかなる相手ではない。彼は決死の対話を試みた。

 

 

「……俺達と手を組まないか」

 

「は?」

 

「これを見ろ」

 

 

 ゼロはそう言って、イビルアイの頭を握り込んでモモンガに見せつけた。吸血鬼の顔が、はっきりと見える様に。

 

 

「イビルアイ、さん……」

 

「リ・エスティーゼ王国はアンデッドと組んでいた。それがどういうことか分かるか? この国は、アンデッドに支配されている可能性がある。そう、俺達は必要悪なのさ。この国を本当により良いものにしようとしているのは、誰あろうこの俺だ」

 

 

 紅い瞳。

 牙とも言える程に鋭利な犬歯。

 

 その姿は、間違いなく吸血鬼だ。

 

 

(仮面で素顔を隠してた理由がこれか……なるほどな)

 

 

 モモンガは心の内で得心した。

 なるほどこれなら素顔を曝け出せないわけだと。

 

 ……それと同時に、俄かに苛立ちの様なものが浮かび上がる。次第に、心がささくれ立っていく。ゼロの言葉など、もとより彼の心には届いちゃいない。

 

 

「なるほど、イビルアイさんが吸血鬼だから……アンデッドだから、そうして痛めつけているというわけですか」

 

「痛めつける……? いや、違う。これは制裁だ。この王国を穢している異形に、正義の鉄槌を下してやったまでのこと。お前も同じ人間なら、分かるだろう」

 

 

 悪魔相手に、その台詞は片腹痛い。

 ゼロの言葉はそのどれもが、モモンガの神経を逆撫でていく。彼の脳裏に過るのは、自分が弱かった頃のあの時の記憶だ。

 

 異形種だからと、スケルトンのアバターが気持ち悪いからと、不当にPKを受けていたあの独りぼっちの頃の記憶。あの時の気持ちをモモンガは忘れちゃいない。

 

 正義のヒーロー(たっち・みー)がモモンガの前に現れなかったら、きっと今の彼はいないだろう。あのまま虐げられたままだったなら、ユグドラシルを辞めていたかもしれないし、アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達に出会えなかったかもしれない。

 

 あの時の記憶が呼び起され、重なる。

 

 

(状況も違うし、たっちさんみたいに正義執行だなんて大それたことは言わない……けど、苛々するんだよ)

 

 

 今もゼロがモモンガに何かを語り掛けている。

 しかしそれらは全く彼には届かない。

 

 

「……」

 

 

 モモンガは静かにゼロに歩み寄ると、目前で立ち止まった。僅かに身構えるゼロに手を翳すと、彼は小さくこう唱える。

 

 

 ──『(デス)

 

 

 兜の中でしか反射しない程度の囁きは、それだけでゼロの肉体に死の概念を注ぎ込んだ。即死魔法を受けた彼はいとも簡単に事切れ、ぐるりと白目を剥いて膝を折った。その余りにもな展開に、部下達は憚らずどよめく。

 

 

「お……っと」

 

 

 ゼロの腕から逃れたイビルアイの小さな体を抱き留める。モモンガはその幼い顔立ちを覗き込んだ。呼気は浅く震え、瞳の光が濁り始めている様にも見える。弱っているのは火を見るよりも明らかだった。

 

 

「大丈夫ですか、イビルアイさん。もう無事ですよ」

 

「……わ、た……構……な……っ……」

 

「喋らないでください。お体に障ります」

 

 

 衰弱し始めているイビルアイにポーションを飲ませようとして、モモンガは慌ててそれをアイテムボックスの中へ仕舞った。アンデッドにポーションは寧ろダメージを与えてしまう。初歩的なミスをしてしまうところだった。

 

 

「……」

 

 

 そっとイビルアイを抱き上げるモモンガは、僅かに逡巡して、切っていたパッシブスキルの『負の接触(ネガティブ・タッチ)』を起動させた。触れている者に負のエネルギーを送り込むこのスキルは、アンデッドに対しては癒しの効果を与える。

 

 

「あ……」

 

 

 何か、温かいものが身の内に流れ込んでくる感覚にイビルアイは目を見開いた。その感覚は次第に身の内を満たしていき、先程まで感じていた痛みや苦しさをあっという間に和らげた。腹を抉る様な傷も、痛みも、忽ち消え去っていく。

 

 

「モ、モ……」

 

 

 イビルアイは次第に、『負の接触』の温かな感覚に身を委ねる様にして目を閉じ、意識を手放した。静かな寝息を立てている彼女の健やかな表情を見れば、心配がいらなくなったことは瞭然だろう。そうしていると、アダマンタイト級冒険者などではなく本当に見た目通りの無垢な少女のようだ。

 

 

「……さて」

 

 

 イビルアイを抱きかかえるモモンガはそう言って、鷹揚に振り返った。自分達の大将を手品の様に下した彼に、『八本指』の手勢はびくりと肩を跳ね上げる。

 

 

「イビルアイさんが吸血鬼(ヴァンパイア)だとお前達が触れ回るのは少々……面白くないな」

 

 

 かつての自分を重ねたからか。

 それとも同じ異形種であるからか。

 

 モモンガは、イビルアイの味方であることを決心する。それ即ち、この場にいる彼女の正体を知る者の命は保障されなくなるということ。

 

 

「筋書きはこうしようか」

 

 

 ……それはまるで独り言のような。

 モモンガは誰ともなく、言葉を並べ始める。

 

 

「アンデッドを発生させた『八本指』が、その力を制御できずに負の力を暴走させてしまう。意図せず強大なアンデッドを産み出したお前達は、愚かにもそのアンデッド達に蘇生も不可能なほどに惨たらしく殺されてしまった……と。死人に口なしとは言うが、お前らが復活してイビルアイさんのことを喋らんとも限らないからな」

 

「な、何を……」

 

「一人も逃がさんよ」

 

 

 モモンガが静かにそう告げると、彼の周りに世にも恐ろしい異形達が現れる。闇の中からずるりと生み出されたそれらは、カジットが支配しているアンデッドとは明らかに格が違う。

 

切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)

屍収集家(コープスコレクター)

魂喰らい(ソウルイーター)

蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)

 

 圧倒的な存在感。威容。

 この世界では目にすることすら難しい程の、強力なアンデッド達。それらが複数体。その道に精通しているカジットの目が、ころりと零れ落ちそうなほどに見開かれる。

 

 

「き、貴様……その強大なアンデッドはどこから……! ま、まさか、そのナリで死者使い(ネクロマンサー)だとでも言うのか……!?」

 

「……その質問に答えてやる義理はない。シモベ達よ、低位の蘇生では復活できないように奴らの体を滅茶苦茶にしてやれ」

 

 

 静かに告げられる、死刑宣告よりも惨たらしい命令。主人の命を受けたアンデッド達は、嬉々として鈍い眼光を光らせる。そこかしこから、悲鳴が相次いだ。

 

 

 ──そこからは、地獄の幕開けだ。

 

 

 イビルアイの素顔の目撃者が一人も逃げぬよう、容赦のない虐殺が執り行われる。カジットが生み出したアンデッド達もモモンガの支配下に置かれ、事態は地獄の様相を呈していた。

 

 イビルアイとクライムを抱えて、モモンガはその地獄の中を悠々と歩いていく。血飛沫が天高く飛び、人間の四肢や頭がそこら中に散らばり始めた。

 

 助けを求める声に、モモンガの心が動じることはない。彼はどこまでいっても結局は悪魔(サキュバス)なのだ。カルマ値が極悪に振り切り、精神が異形化してしまったモモンガに今更慈悲を乞うても遅すぎる。

 

 濃厚な血の匂いが辺りに沈澱していく。

 

 

「……」

 

 

 周囲一帯が静かになるまで、一分と掛からなかった。幼な子を抱く様にイビルアイを片手で抱え、首根っこを掴んでクライムを引きずるモモンガは、さてこの後どうしたものかと首を捻った。

 

 

「ご苦労だったな」

 

 

 彼の前で待機しているアンデッド達の赤黒い目が光る。表情は読めないが、主人の労いに喜色を露わにした……様な気がする。恐らく尾があれば、ぶんぶんと横へ振っていたに違いない。

 

 しかしアンデッド達の役目は終わった。

 後は消すだけだ……と考えたところで──

 

 

「モモンさん! 援護に駆けつけ──えぇ!?」

 

「なんだ、こりゃあ!?」

 

 

 ──蒼の薔薇の一行が駆けつけた。

 

 それだけではない。

 王国の兵士達も引き連れて、だ。

 

 ラキュースを始めとする彼女達は、この状況に目を丸くしていた。

 

 血の匂いがむせ返る程の惨状。

 目も当てられない死体が辺りの壁や地にへばりつき、そこに君臨する悍ましくも強大なアンデッド達。

 

 ラキュース達からすれば、今まさにそのアンデッド達がイビルアイとクライムを抱えたモモンガを殺そうとしている……という場面に見えるだろう。

 

 戦乙女達はアンデッド達の気配に気圧されながらも、各々に得物を構える。決死の覚悟をした表情だ。

 

 その臨戦態勢を見たアンデッド達の目は鋭く光り、咆哮を上げた。新たな標的、殺すべき生者がまたノコノコとやってきた。彼らは使命を全うするべく、『蒼の薔薇』に殺到して──

 

 

「ま、待て!」

 

 

 ──主人たるモモンガが慌ててそれを諌めた。

 

 ……え? と言わんばかりに振り返るシモベ達。

 モモンガの呼び止めに素直に応じた異形達に、『蒼の薔薇』の面々もおっかなびっくり目を丸くしていた。

 

 

(おい馬鹿野郎! 味方にまで牙剥く必要があるかよ! いや、俺がちゃんと指示しなかったのが悪いんだけどさ……!)

 

 

 要領の悪いシモベ達に、モモンガの背中に冷や汗が伝う。ぴたりと動きを止めた彼らは『どうしますか、ごすずん』と言わんばかりに主人の顔色を窺っている。

 

 モモンガはやぶれかぶれと言わんばかりに、吠えた。

 

 

「は……『八本指』が生み出した悍ましいアンデッド達よ……! お前達の相手はこの私です! 一匹残らず葬ってやるから、全員まとめて掛かってきなさい!」

 

 

 僅かな時を要して主人の意を汲み取ったシモベ達は、『なるほど合点承知』と言わんばかりにモモンガの下へと殺到していく。召喚時間が切れたらただ消失するだけの彼らは『ご主人が手ずから葬ってくれるなら最高だぜ』と言わんばかりにモモンガのグレートソードの錆になるべく、嬉々として主人のもとへ突っ込んでいく。

 

 あとは言わずもがな、だ。

 

『八本指』が召喚した世にも悍ましいアンデッドは、こうしてモモンガが一体残さず殲滅した……という体で、この騒動は全ての終わりを迎えることとなる。

 

 それは、空が白み始めた頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ネガティブ・タッチは原作では修正パッチ当てられてアンデッドに対してのHP回復はありませんが、本作はアリとします
何故ならその方がロマンティックだったから

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