417話 村の名前
ある晴れた日。
陽光が森の一角を明るく照らす。
常に闇に覆われ続けてきた場所が、今日この日から、陽の元に出る。
「完成、ですか。いやあ、やっとここまで来たといった感じですね」
「……ああ、そうですね。へえへえ、そりゃよかった」
「どうしましたシイツ。そんな不貞腐れたような態度を見せて」
「不貞腐れたようなじゃなく、不貞腐れてるんでさぁ」
ぶすっとした表情の従士長が、ペイスと共にいる。
二人のいる場所は、魔の森の中に作られた駐屯地。
その中に作られた、広場である。
「仕方ないでしょう。シイツ以外に適任がいなかったんですから」
「にしても、俺にゃあ、女房子供もいるんですぜ?」
「ちょっと長期の出張と思ってください」
「にしても……」
シイツは不満そうな顔のまま。
盛大に愚痴を続ける。
「俺が代官ってなあ、おかしいでしょうよ」
「臨時ですよ。あくまで、正式に決まるまでの」
はあ、とシイツはため息を吐いた。
◇◇◇◇◇◇
ペイスが高架道路建設を指示してよりしばらく。
「坊、例のトンでも橋の建設について報告でさぁ」
「シイツ、その呼び方は何とかなりませんか。トンでもではなく、合理的な理由を説明して、貴方も納得したでしょう」
「そうは言っても、道を空に架けるって話をする度に、聞いた人間が全員揃って耳を疑うもんで。いつの間にか定着しちまってますぜ?」
報告事項を持ってきたシイツに対して、ペイスはぶちぶちと文句を言う。
お互いに気やすい関係だからこそ、不満ごとも含めて忌憚なく意見を言い合えるのだ。
ペイスの提案した高架橋。いやさ、高架道路については、魔法を使えることも有って驚くほど急ピッチに建設が進んでいる。
材料は魔の森に幾らでもある木材を使用しているのだが、この木材が下手な鉄骨よりも頑丈で強度があり、建築資材として向いているという事実が判明したからだ。
そうかと思えば木材であるため、酸などで腐食させることは出来ることから加工もしやすい。
しかも、加工した後に腐食しないように防腐剤を塗布すれば弱点も無くなるのだから、実に使いやすい資源である。
まずは作ってみて、問題が有るなら都度改善すればいいというペイスの号令によって、材料現地調達での木製の高架が出来つつあった。
ちなみに、木の乾燥は【発火】の使い方が上手い者が、上手に水分だけ飛ばすという芸当をマスターしている。木の伐採に関しても、根っこのところから【掘削】すれば秒で倒せる。
枝打ちも【発火】で焼き切ればよく、魔法使いが如何に反則的なのかをここでもまざまざと見せつけることになった。
国軍からの引き抜き攻勢が強まったのは言うまでもない。
既に完成しつつある高架道路であるが、これについてはモルテールン家中でも驚きをもって迎えられた。
とにかくデカい建造物であるから、遠目からでも良く目立つ。
あれは何なんだと誰もが疑問に思う訳だが、シイツやニコロが最初に「ありゃ坊が考えたトンでもな橋だ」と伝えたものだから、皆が皆トンでも橋と呼ぶようになってしまったわけだ。
「不本意極まりない。いっそ正式名称を決めるべきですかね」
自分の提案が、非常識の塊であるかのように言われるのは嫌だと、ペイスは不満げである。
いっそのこと、正しい名前を決めてしまい、それで呼ぶように強制するべきでは無いかと考える程度には。
「なんてつけるんです?」
「そうですね……ロード・クロカンブッシュとか、ロード・ブルーベリータルトとか、どうでしょう」
「坊のネーミングセンスの無さったらねえですね」
「何故ですか。良い名前じゃないですか」
「どこがです。長ったらしい名前ですし、馴染みのねえもんの名前を付けても、意味ねえでしょうよ。結局みんな、トンでも橋と呼びますぜ?」
「むう」
確かに、シイツの言うことは正論である。
幾ら良い名前だろうと、皆に馴染まなければ意味がない。皆が覚えられないような名前なら、結局愛称や俗称で呼ばれることになるだろう。
つまりは、トンでも橋だ。
「じゃあ、馴染みのあるものを先に付けた名前なら、良いんですね?」
「まあ、さっきよりマシになるんじゃねえですか?」
「シイツロードやカセロールロードというのはどうです。いい名でしょう」
「俺の名前を付けるなんざやめてくだせえ。あんなトンでもに俺の名がついたら、俺が誤解されちまうでしょうが」
「失礼な!!」
「事実でさあ」
シイツの言葉に憤慨するペイスだが、この場合はシイツも譲らない。
例えば、ナメクジやらアメフラシやらのように気持ち悪い生き物に、自分の名前を付けられ、気持ち悪いものを指さして自分の名前を呼ばれるところを想像すると分かりやすい。
最早イジメかと思うレベルだろう。
シイツにとってみれば、得体のしれない、前代未聞の、訳の分からない建造物は、自分の名前を付けることに抵抗する程度には気持ち悪いものなのだ。
「じゃあどうすればいいんですか」
「果物の名前でも付けりゃ良いんじゃねえですかい?」
「なるほど!!」
シイツにしては良い提案だと、これまた失礼なことを抜かすペイス。
じゃあ、どういうフルーツにするべきか。
「じゃあ気まぐれに……オレンジロード」
「駄目でしょうそりゃ」
「何故?」
ペイスの思いついた名前にシイツが反対を表明する。
「オレンジなんてもんに、馴染みがねえです」
「むう、じゃあボンカロードか、ベリーロード」
「ボンカが良いんじゃねえですかい?」
「じゃあ、決まり。あの高架道路は、ボンカロードとします」
「へえへえ。好きにして下せえ」
半ば投げやりな従士長の提案も有り、高架道路は無事に名前が決まった。
ボンカであれば、アップルパイを作ったことで領民にも馴染みが有る。
領内に輸入もされていて、庶民でもたまに食べることがあるという。
正式名称で呼ぶように通達しておけば、そのうちボンカ橋とでも呼ばれるようになるはずだ。
ペイスはうんうんと満足げに頷く。
「それで、あの橋が出来たらいよいよ村開きですかい?」
「橋ではなく道ですよ。“ボンカロード”です。それが出来れば、そうなるでしょうね。既に村としての体裁は整ったと報告がありましたら。村開きを行って、村民の入植を始めないと」
「入植者は決まったんですかい?」
「かなり選別に揉めましたが、何とか六十人ほどに絞りましたよ。予定よりちょっと多いですが、許容範囲でしょう」
現在、魔の森の駐屯地は高架道路とあわせて同時並行で整備が進められている。
全体を守る壁は、囲う範囲を半径1キロほどに大きくしたうえで入念に分厚く、そして高くした。ちょっとやそっとの相手では絶対に崩せないような頑丈さで、領都であるザースデンの防備より手厚いほど。堀もかなり深くしたうえで幅も広くとり、水を蓄えて守りを手厚くした。仮に化け物イノシシが出ても、堀で足を取られること間違いなし。城壁を越えることも無理だろう。
また、水路として駐屯地まで引いていたものを上下水道として整備して、居住性の向上と衛生管理の徹底を行った。
共有の倉庫を設けて、五十人ならば一年篭れる程度の食料も蓄えており、人数が予定より増えたところで、半年以上は籠城出来るように準備は出来た。
あとは、高架道路から降りることなく防壁を越え、駐屯地に降りられるようになれば完璧。
一切地面に降りることなく、つまりは外敵に襲われる不安を持たずに、ザースデンから駐屯地まで移動できるようになる。
「あのトンでも橋の名前でおもいだしやしたが、あの村の名前はどうします?」
「ボンカロードです。そうですね……良い名前の候補を募集してもいいと思うんですが」
「勝手につけさせると、他所から来た連中が“自分たちの村”だと、自治権を要求し始めますぜ?」
「……外部からの入植者なら、それぐらいは警戒しておいた方が良いですか」
新しい駐屯地の村に入植するのは、神王国各地から集まった者たち。
モルテールン領開拓初期の入植と違うのは、新しい入植者は別に生活に困って移住するわけでは無いということだ。
色々と思惑を胸の内に秘め、あわよくば成り上がってやろう、一攫千金を当ててやろうと考えている人間が多い。
そんな者たちに、村の名前という大事なものを任せる。名前を自分たちで付けるなら、自分たちのものだという所有欲も出るだろう。
シイツの考えは、考え過ぎかもしれない。しかし、ちょっとペイスが頑張って名前を付けるだけで防げるリスクだ。
だったら名前を付けないのは怠慢だろう。防げるリスクは事前に防いでおくのが出来た領主代行というものである。
「では、チョコレート村にしましょう」
「……聞いた俺がバカでした」
ぱっとペイスがつけた名前は、チョコレート村。
最早ネーミングセンス云々の次元では無いとシイツも匙を投げた。
今更ながら実感する。我らが次期領主の頭の中は、お菓子のことでいっぱいなのだと。
どうせ、名前が必要だったのだ。そのうち溶けてしまいそうな名前だったとしても、そのまま使うことに決定した。
じゃあ、そういうことでと色々と雑務に入ろうとしていたシイツ。
そんなシイツを、ペイスが呼び止める。
「あ、それと、取り急ぎ代官が決まるまで。臨時の代官を、シイツにしてもらいますね」
「はぁ!?」
「心配しなくとも、短い間だけですよ。当てはありますから」
「そんなもん、保障もねえでしょうが」
「保障があるかどうか。神のみぞ知るってところですかね」
「横暴でさぁ!!」
ペイスの言葉に、シイツは猛烈に抗議を始めるのだった。
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