第一章 第一話 崩壊
注意事項
*模倣するのはやめましょう。現行の法律に抵触する恐れがあります。
*何も考えずに鵜呑みにしないでください。
*マジレスすると来年のおみくじの結果が悪くなるのでやめましょう。
―――塗炭にあえぐ、怨嗟の声が聞こえた。
―――その声が、いつまでも脳に残り続けるのです。
―――日常を不条理に壊され、逃げ惑うしか術を無くした人々がいた。
―――その悲しみが、いつまでも胸を刺し続けるのです。
―――人民を抑制し、ただ仲間内だけで全てを牛耳る豚どもがいた。
―――それへの憎悪が、際限なく胸に、張り巡らされていくのです。
―――全人口を養えるだけの資源を、分け与えられない人々がいた。
―――行き場のない憤りが、胸を叩き続けるのです。
―――必死にあるべきはずの自由を求め、果敢に声をあげ続ける人々がいた。
―――何も出来ず、ただただちっぽけな自分が、申し訳なく思えてくるのです。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
______カチンッ
何かが爆ぜるような音と共に閃光と轟音が代表委員会室を包み込んだ。
――その日、代表委員会は崩壊した。 森下は目を見開いたままその場に立ち尽くしていた。目の前には頭から血を流した戸田が、山村が、福生が、沼上が、福山が、元村が...ぴくりとも動かず寝そべっていた。あれほどまでに叩き続けたキーボードは 熱に歪み、輪転機には紅い何かがこべり付いていた。
カチ、カチカチ...森下の歯が震える。カチカチカチカチ―― 森下は咄嗟の吐き気をしゃがんで堪えながら、うつ伏せになっていた山田の顔をひっくり返した。 空虚な目が...最早何も写さなくなった水晶体がそこにはあった。
「ひ、」
思わず森下は後ずさった。その間も歯は震え続ける___カチ カチカチカチ- 次の瞬間、森下は咄嗟に頭を左に傾けた。何かを考えたわけでもなく感じたわけでもなく本能としか言い
ようがないものが彼をそうさせた。その頭の横を銀色の物体が通過し、肩に激痛を与えた後壁に突き刺さった。___扇子だった。
「ありゃ、ちょっと外したかな?」
場違いな素っ頓狂な声が灰色の部屋に響いた。
「お前は___お前が_どうしてここにいるんだよ」
森下の目線の先には灰色のパーカーに身を包んだ少年がいた。
「しょうがないだろ、頼まれたんだよ。生き残りがいたら困るってね。それよりも、よく肩だけで済んだよね、生物部員ってみんなこうなのかな?」
声の主は屈託もない声で話し続ける。
「じゃあそろそろ終わりにするね。君たちは少し色々と知りすぎたんだよ...何か言いたいことは?」 「指図したのは誰だ」
精一杯落ち着いた声を絞り出す森下に彼はこう答えた。
「それかあ、一応君にだけは言ってもいいと彼から指示が出ているからね、彼の...僕たちのボスの名前は ...」
――灰色の男が答えるのを聞いて森下は呟いた。
「そうか...あいつだったのか」
その音が空気中を伝わるのと同時に紅い華が咲いた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「俺の仲間が作った怪文書には、溺れるものはしがらみをも掴むって言葉があるんですよ」
床の木目を見つめながら、男はその声を聞いていた。
頭と床は最早接していると言っていいほど近かった。そして近いと言えば彼の心臓の脈拍の間隔はけたたましく鳴り響くタイマーのように近く、さながら全員で疾走した後のようだった。
男は教師だった。それ故に、なぜこのようなことになっているのか理解できなかった。彼はごく平凡だが、しかし趣味もある幸せな生活を送っていた。
――――その日常が、自分の甥と同じくらいの歳の少年に跪かせられていることへの理解を拒んでいた。
「しがらみってわかります?流石にそんだけ生きてきたんならお分かりですよね、いくら体育教師でも。し がらみに捕まれば一生苦しみ続けるのに、いっそ死んだ方がマシなのに、何故か溺れそうになっている人は 掴もうとしてしまう...」
「―――」
「わかりやすく言えば、その場凌ぎってことですよ。『溺れるものは藁をも掴む』って言う語が元なんです けどね、そっちはもしかすると助かるかもしれない。でも助からないとしてもそのまま苦しまずに済む。」
妙に音程の高い声が頭上を流れ続ける。 男が跪かせられているのは大講堂だった。周りにはバスケットボールやテニスラケット、電車の模型などありとあらゆる朝貢品が無造作に並べられている。そして目の前で足を組み、座っている少年こそが、力をほしいままにふるい、しがらみからの解放を訴える少年。 人呼んで『しがらみの王』___彼こそが最もしがらみに囚われ、かつそれを嫌悪する、最も哀れな少年だった。
「ねえ、聞いてる?」
少年の注意が哀れな男に降り注がれる。男は咄嗟に答えた。
「あ、いや」
「俺が話してる」
少年の目線がじっと男に向けられる。彼が問いたいのはただ一つ。 ――お前もしがらみをばら撒くのか? 男は答えない。本来は否定すべきだ、それは誰よりも彼が理解していた。しかし出来なかった。 この哀れな少年が何を思うか、どうするのが正解なのか___少しでも気に触れれば命はない。 彼は目まぐるしく思考し続けた。脂汗が日焼けした肌に垂れる。そのまま長い数十秒間が流れた。
「そうだった、少し話し過ぎてしまった。本題に入ろう。今日の朝貢品についてだ。」
少年が口を開く。
「へえ、オリックスのジャケットと野球ボールか、なかなかいいじゃない」
「へえ」
安堵した男が答える。これで今日も無事生きて帰れると、男は恋人の顔を思い浮かべながら、ほっと胸を撫で下ろした。
「ところでさ、オリックス...好きなの?結構ずっとオリックス関連の品が多いよね」
「ええ、我々オリックスファンクラブは常日頃から啓蒙活動に励んでいまして、政治家の皆様も..」
「チッ」
少年は呟き、パチンと指を鳴らした。 刹那、クシャッと言う音と共に男の頭が砕け散った。
「政治家とのコネはしがらみだと、そう教えたじゃないか、キムコ」
そう言ってから少年は口を押さえる。
「ウエエエエエエエエ...やっぱり殺し方キモいな。」
「殺しておいてそれは可哀想だよ...」
後ろで控えていた黒川がそう答える。彼の目線の先には妙な装置を 2 階の座席付近で操作する男がいた。
「しかしいつ見ても一瞬だな、やっぱ時代はレールガンだな...うん物理科を協力させた甲斐があった」
少年が微笑を浮かべる。
「少し疲れた...あ、死体は図書館棟裏のあそこに埋めといて、後弾で傷ついた穴は西宮に修理させといて」
「了解」
黒川が短く答える。 その答えを聞き、少年は役目を終えて護衛を連れて妙に軽いステップで大講堂から出ていった。
彼は濯川を渡り、そのまま元は校長室だった場所に着いた。そこは以前にも増して鍵やらカードキーの装置やらが取り付けられ、一層凄みのある部屋になっていた。
「亜硝さん」
少年は新しく横に備え付けられた部屋でコーヒーを嗜む男に声をかけた。
「あいよ、また今日も一段と疲れた顔をしていますねえ。伊佐和くん」 相変わらずの不敵な笑みと共に男が答える。
「鍵を」
「ほいよ」
亜硝が渡したのはテープレコーダのようなものだった。伊佐和がボタンを押す。
「Emphasize!」
陽気な声が流れた途端、鍵が一つ一つ開いていった。
「しかしよく考えましたよね」
護衛の 1 人の島根が声を発する。
「普通こう言うものを見るとカードキーやら金属製のアレを探してしまうけれど、まさか全部音声認識だと は夢にも思わねえよ」
伊佐和は黙って部屋に入る。護衛 2 人と亜硝はもうドアの辺りで早速 UNO を始めている。 伊佐和は部屋のソファに寝っ転がった。机の上やら棚やらにはそこらかしこに書類の山が積み上げられてい た。巨大な機械に繋げられた PC には沢山の付箋が貼り付けられ、佐々木がひたすらキーボードを叩いていた。
「進捗は」
「まあぼちぼちかな。後もう数時間で新しいプログラムも完成しそう。」
佐々木は画面に目を凝らしながら答えた。いつもと変わらぬ声に安心して、伊佐和は束の間の休息を得た。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
部屋の中を少年たちが忙しそうに片付けていた。せわしく何かを歌いながら燃えカスを掃除機で吸い取 り、焦げかけた物品を段ボールに詰め込む。
「同志スターリン、後小一時間ほどで片がつきそうです。ラックは多少変色していますが、そのまま使えそ うです。」
片付けをしていた少年の 1 人が壁にもたれかかって本を読んでいる男に話しかける。同志と呼ばれた彼は本 から目を離し、部屋の全体に目を向けた。
「そうか、ここは水道も近いし一階だからな。飼育にはもってこいだ。にしてもボスは一体何を考えている のだろうか?代室メンバー粛清の褒美としてこの部屋をもらったまでは分かるが、生き物の飼育展示を許さ れるとは。あそこまで『しがらみ』とやらを憎まれているのに。普通に考えれば全て生き物を逃せと___ いや、彼らもこの世界から出られるわけではない。単なるスケールの問題だ」
少し考えた後、彼は再び口を開いた。
「そんなことはどうでもいい。我々は地下施設を失った代わりに、好条件の飼育部屋を得た。それで十分だ。」
自問自答する彼に向かって銀色の光が襲いかかる。キンッと軽い音を立ててピンセットに弾かれたそれは 無造作に床に落下した。
「あ〜あ、また弾かれたか〜藤原防御固過ぎんだろ」
灰色のパーカーを無造作に羽織った男が歩いてくる。
「村森、死体の処理は終わったか?」
扇子で傷付いたピンセットを持っては聞いた。
「うん、一応全部片付いたけど、そろそろ埋める場所が無くなってきたよ。焼くための灯油とかはまだある 程度残ってるかな?_にしてもよかったの?ああ見えても一応部長だったんでしょ。」
「命令なんだからしょうがないだろ」
読んでいた本を置きながら藤原は屈託もなく答える。
「ところでお主、『しがらみ』ってなんなんだと思う?」 突然の問いに一瞬困惑したような顔で村森がこちらを見つめる。
「あーね、人と人との繋がりから生まれる仲間意識、謎のプライド。まあこんなところじゃないかな」
「そうか。そういう意味だったのか。」
彼は嘆息し、天井を見つめながら口を開く。
「俺たちは一体何を目指し、どこに向かっているんだろうな」 爆発で煤が付いたまだら模様の天井を眺めても答えは出なかった。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「10 時の方向ッ、距離 400、敵影有り、数 1 ッ」
緊急電が入り、伊佐和は目を覚ました。
「どうした?」
彼は眠目を擦ってソファから起き上がった。
「どうやら敵の一名がこっちに向かっているようだね。詳しいことはよくわからないけれど」
画面から目を離さず佐々木が答える。
「そうか、ああよく寝た」
伊佐和は大きく伸びをして、部屋を後にした。
「同志スターリン、全く標的に当たりませんッ」
藤原は双眼鏡越しに標的を眺めていた。
「標的がレールガンを避け続けていますッ」
それは信じ難い光景だった。中肉中背のなんの変哲もない男が音速で飛んでくる弾を避け続けているの だ。黒い土が爆ぜ、土埃が舞うその中を不気味な影が縦横無尽に動き回りながら大講堂に向かってくるのだ。
「砲撃やめ、小型ミサイル及びロケットのロック解除。弾幕を浴びせるッ」
その指示と共に、多数の飛翔体が空を舞った。
「流石に無傷では済まない」
誰もがそう思った。しかしその男が腰に下げた棒のようなものに手をかけた瞬間、藤原は全身の血流が止ま ったかのように感じた。脳ではなく体が警鐘を鳴らしていた。 「伏せろッ」彼の声が飛ぶや否や、凄まじい衝撃波が校舎に襲いかかった。ガラスは全て割れ、屋根の一部 は抉り取られていた。間一髪で回避した彼らは声にこそ出さなかったが、誰もが同じことを考えていた。
______________________________あれは化け物だ。再び彼らが双眼鏡を向けた頃には、その男は 忽然と消えていた。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「___お前だろう。あれをやったのは」
大講堂に、伊佐和の甲高い声が響く。彼は野球ボールを弄びながらそう目線を上げた。
「待っていたよ_________________________比屋定番太」
目の前には刀のようなものを持った男が、憎悪に満ちた目を向けながら直立していた。
「やはりお前だったか、ここまで来るとは随分とまあ〜ご苦労なこった。それで、その棒切れみたいなもの はなんだい?僕には刀のようにも見えるけれど、どうして黒、いや虹色になっているのかな?」
「そのぺらぺらと良くしゃべる口に免じて教えてやろう。これは東急電鉄のレールで作られた、ただのなまくらだ。」
比屋定は一旦口を閉じ、剣を真っ直ぐと突き上げた。
「終わりだ」
オレンジ色の光が縦に扇状に走ったと思えば、その次の瞬間には衝撃波が周囲を襲っていた。壁にかけられた肖像画も天井 のライトも全てが破片となった。
「.....?」 比屋定の顔がひきつった。彼の眼前にいる男は、さらに一層不敵な笑みを浮かべていた。
「ククククッどうしたんだい?元代表委員長。僕を斬るんじゃなかったのかい?」
伊佐和はさも愉快そうに笑った。 比屋定はその男の横に、あの仇敵の横に、かつての後輩が自分と同じように剣を構えているのを見た。
「犬塚.....」
「簡単な話だよ、衝撃波は打ち消し合うんだ。そして君のそれはもう長くは持たないだろう。所詮は消耗品だ。」
伊佐和が残忍な笑いを堪えながら語る。
「覚えているかい?あの選挙を。僕は圧倒的な得票数で勝利した筈だった。にもかかわらず 3 度も不信任が なぜか出され、皆が票を入れるのに飽きた結果結局小委員長は沼上になった。そんなに君はしがらみが大事 だったのかい?民意を打ち消してまで。賄賂を渡しての票稼ぎは楽しかったかい?いくら上からの命令だっ たとはいえ、悪党気取りでさも楽しかっただろう。それが全ての原因なんだよ。」
「俺は...」
「俺が話してる」
伊佐和は比屋定を遮った。渾身の一振りまで防がれたその男に、最早その圧に抵抗する気力は残っていなかった。
「しがらみこそが悪だ。しがらみこそが原因だ。しがらみさえなければ僕も他の人々ももっと平凡な日々を 過ごしていただろうに。しがらみさえなければ彼らは今頃生きていたかも知れない。しがらみさえなければ ___理想郷ができる筈だ。」
伊佐和は恍惚とした表情で言葉を発し続けた。
「しがらみさえなければ今頃社会主義国家は平和で平等な模範的国家となったのかも知れない。戦争なんか が起きたりなんかしなかっただろうに。しがらみがあるからこそ、人は下らない仲間意識の餌食となり、互 いに争い続けることを余儀なくされ、平和な生活を奪われている。どうして、どうして皆で平等に分け合え ない?どうして肌の色の違い如きで争う?この世界には平等に分配すれば本当は全人類を養えるほどの資源 があるのに」
伊佐和は比屋定を見下ろし、踵を返した。
「君のような聞き分けの悪い人間は嫌いだよ。」
「しがらみは...」
比屋定が口を開いた。
「しがらみは人と人とを繋げるものだ。人は繋がりによって力を発揮する。ロンドンでのコレラ流行の阻止 だって、公民権運動だって、全てはしがらみをなせる技だッ。しがらみがなければ人は人として生きていけ ない。人種問題だっていずれ対話で解決する筈だ、しがらみを悪と決めつけ...」
「五月蝿い」
伊佐和が遮る。
「お前だって計画にしがらみを使っているじゃないか。今世界中で起きていることだって、しがらみが成した技だ。」
「最後に教えてやろう。歴史は繰り返す。自然の法則を見つけていった時のように、人間は容易に互いの差異を何事もなかったかのように受け入れることはできないんだよ。」
伊佐和が歩き出した。
「犬塚、後は任せた。俺はここを出て、最後の仕事をする。」
振り返らずに伊佐和が指図する。
「あいよ」
犬塚は地面に、比屋定番太の正面に降り立った。
「さあ、いつかの延長戦を始めようか」
けたたましい音が伝わる間もなく火花が散り、閃光と衝撃波が乱れ、もつれ、周囲に拡散していく。その余波を食らってモジュールも、ジャケットも、次から次へと灰塵に帰し、最早塵と血飛沫が舞って何も見えな いような空間をオレンジ色の二つの光が踊っていた。
伊沢は徐々に爆音と共に崩壊していく大講堂を背にし、一路かつての天体ドームに向かっていた。
「さて、いよいよ完成する。あの体制が、あれさえあれば誰でも皆等しく幸せになれるんだ。」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
佐々木は相変わらずキーボードを叩いていた。
「くそ、時間がない。後少しだ....後少しなんだ...ここをこうしてああしてっと..よしできた。」
佐々木は USB を引き抜き、部屋を出た。
「亜硝さん」
「あいよ」
亜硝と共に佐々木はマルチメディア室に向かっていた。亜硝が訝しげに尋ねた。
「どうしてあのパソコンから拡散しないの?」
「あそこはハッキングを防ぐために Wi-Fi はおろか、外部電波を遮るようにしてあるんです。」
「ほー」
亜硝が呑気そうに答える。
その 2 人の前に傷だらけの男が現れた。
「比屋定番太....」
「佐々木か....久しいな。さあ早くそれを渡すんだ。でなければもっと収拾がつかないことになる。」
「でも」
「いいから」
「その傷は....」
比屋定はまさに満身創痍であった。身体中に切り傷あり、両腕に食い込んだ刀傷はまさにそれを落としそう になっていた。そしてその切り傷の数と同じくらい返り血がべっとりと付き、破れた服からはとめどめもな く血が滴り落ちていた。
「6340 万人だ...」
比屋定が呟く。
「君たちが始めたしがらみ解放運動は決して日の元に現れるはずの無かった、しかし陰で燻っていた各国の 反体制運動に火をつけ、ありとあらゆる人々がアジアで、アフリカで、欧州で、アメリカで犠牲になった。 その数字の中には何の関係もない一般市民も混じっている。この狂気と憎悪の炎は全球を包み込み、君達は そこへ更なる油を注ごうとしている。」
比屋定が一呼吸して、再び口を開く。
「その USB の中身はしがらみに囚われているかを判断するプログラム、そしてもう一つ入っているのは__ _しがらみに囚われずに物事を判断し、適した人物に適した処置を施す超高性能 AI プログラムだろう。全ての人間の動き、思想を統制するための。」
「何故___」
「しがらみさ、しがらみが僕にそう教えてくれた。君と僕との仲だ。それを早く、テロリスト共の手に渡る 前に.....」
比屋定の口から血が溢れ出る。その胸には先の細いスコップが突き刺さっていた。
「随分と運のいいやつだ。」
西宮が後ろからそれを引き抜いた途端に比屋定が倒れた。
「さあ早く、マルチメディア室に」
西宮と倒れた比屋定を残して佐々木たちがマルチメディア室に向かう。残された西沢は血塗れの比屋定にとど めを刺そうとしていた。その時だった。比屋定が微かに呟いた。
「お前達は終わりだ、現在上空には核を乗せた爆撃機がいる。後は...これを押すだけだ。残念だったな。せいぜい消えるまでの数十秒間を楽しむといい。」
ボタンが比屋定の手によって押された瞬間、西宮はトランシーバに叫んだ。 「伊佐和、爆撃機だッ。おそらくすぐ上空だッ」 天体ドームだった場所で画面を眺めていた伊佐羽が番号を入力した。
「こいつか...よし」
発射ボタンが押され、数秒後には空で火の手が上がった。
「しっかしこいつも大したもんだなあ。レーダーで常に上空を監視しつつ、ボタンを押せばこのでかいレー ルガンから弾が飛んでいくなんて。比屋定はまだしも、所詮爆撃機が避けられるはずもない___やっぱ時 代はレールガンだな」
伊佐和が触れていたものは、元は天体ドームだったところに設置されたレーダー連動式レールガンだった。 「さて、でもどうして村森はこれを設置しろなんて僕に言ったんだろうか?」
伊佐和は首を傾げた。
「彼だけがこれの設置を執拗に要求したし、まあ結果としては『なんか格好良さそう』ってことで全会一致 で作ったけど。」
伊沢は少し考え、無造作に伸びた髪の生える頭を掻いた。
「まあ、村森だしな」
――――――その日、全世界の政府機関が混乱し、稼働を停止すると同時に大粛清が始まった。無秩序な殺 戮が猛威をふるい、人類はまさに淘汰されていった。新しい体制が築かれ、人々を平等な世界へと導いていくようにも見えた。
瓦礫となった大講堂にメンバーが灯油を巻いていた。その瓦礫の中には無数の朝貢品やら書類やらが.... 全てつぎ込まれていた。
「もうそろそろいいだろう」
伊佐羽が燃えたマッチを投げ込む。炎が一気に広がり、爆ぜていく。しがらみも、その証拠も次から次へと 灰になり、風に飛ばされていった。
「これで、全てが解放される。___俺も、あいつらも、今日ここで縁が切れるんだ。」 彼らは目の前に広がる炎の海を眺めていた。
______________________________________________世界が喝采していた。