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「それで?」
「それで、あのロボットが急に『目が……目がぁああ』って叫び始めて……気づいたら首ちょんぱされてました」
「首ちょんぱねえ……」
ナマエの話をメモしていたHLPDの刑事が、少し離れたところにいるレオとツェッドに訝しげな視線を向けた。レオが冷や汗をかきつつにへらと笑い、ツェッドは掠り傷の手当てを受けながら真顔で刑事を見つめ返した。
あれから数十分後、「デビーのおいしいパンケーキ」は写真映えする人気店から、荒れ果てた瓦礫の山へと変わり果てていた。事件がひと段落してHLPDが現着した今は、鑑識や救急隊員が忙しなく店内(であった区画)を動き回っている。幸い客に大きな怪我はなく、ロボット──正確にはパワードスーツらしいがナマエには違いがわからない──に乗っていた人間……つまり犯人も、早々に逮捕されて救急車で運ばれた。「パンケーキ~……」と悲しそうに呻きながらストレッチャーに乗せられていたのが印象的だった。パンケーキのためにここまでする人間がいるのか、と思うところだが、ヘルサレムズ・ロットに染まりきったナマエは「よっぽど食べたかったんだろうなあ」という感想しか出てこなかった。
「他に気づいたことや見たことは?」
「ないです。ツェッドくん……あ、ミスタ・オブライエンが咄嗟に庇ってくれて、ほとんど目を瞑ってたので」
「ほォ、あいつが」
「首ちょんぱの後は気づいたらロボットがサイコロステーキになってて、あのおじさんがのびてました」
「あんな硬ってぇステーキがあってたまるか」
盛大に溜め息を吐いて頭をかいた刑事が、コートのポケットから煙草を取り出した。迷いなく煙草に火をつけた男を見て、ナマエは「すいません。わたしも一本いいですか?」と言った。実はそろそろ限界だったのだ。煙を吐き出した刑事が「あ? ……おー、どうぞ」と頷く。ヘルサレムズ・ロットのいいところはこういうところである(この刑事が特殊なのかもしれないが)。
ナマエも鞄から煙草を取り出し、ライターの着火レバーを押した。数時間ぶりに肺を煙で満たしたナマエは、疲れと一緒に有害物質を押し出した。
あの後、ナマエは気づくとツェッドに抱えられていた。テーブルの陰に隠れるように押し込まれ、目を瞑った彼女の耳にはレオとツェッドの会話だけが聞こえていた。「レオくん、君の“眼”でどうにかなりますか?」「いける……と思います。動きが止まったら頼んます、ツェッドさん!」というような内容だった。そしてパワードスーツから発せられる機械音声が目の不調を訴え、数秒後には叫び声に変わっていた。
ナマエが恐る恐る瞼を上げると、ちょうど巨大なロボットの頭が吹っ飛んでいるところだった。先ほどこの刑事から聞いた話では、操縦していた犯人の身体はボディ部分に収納されていたため全くの無傷で済んだとか。しかしコアのある頭部が切り離されてしまい、強制的に電源が落ちたとのこと。気づくと金属製のスーツは手のひら大ほどのサイコロになっていて、ナマエはポカンと口を開けることしかできなかった。
「そういやパワードスーツってこないだも事件になってましたよね? すごい人数だったとか」
ふと思い出して言うと、刑事が「よく知ってんな」とナマエを見た。ライブラがかかわっていたことも知っているが、主な情報源はザップではなかった(その日帰宅したザップは何故か泣きながらインスタントラーメンを食べていた)。
「新聞記者の友達が取材してたので」
「なるほどな。で、この件もネタとして提供すんのか?」
「『パンケーキの割り込みパワードスーツ』って見出し、ヘルサレムズ・ロットじゃちょっと弱くありません?」
「ハ、言うじゃねェか。だが正しいな」
二人の様子は段々と「目撃証言の聞き込み」から「喫煙所の会話」になりつつあった。このまま深く追求されずに終わりたいところだが、相手もHLPDを担う一人だ。男がすっと目をすがめた。
「しかし本当に、本ッ当~にそれ以上何もなかったんだな?」
「本当ですって。見たことは全部お話ししました」
今度はナマエに疑わしげな視線が向けられた。しかし自分は本当に嘘を吐いておらず、“己の目で見たこと”は正直に証言した。これ以上拘束される理由もないはずだ。ツェッドの手当ても終わったようだし、そろそろ帰ってもいいだろうか? これ以上警察とかかわると、ボロを出してしまいそうな気がする。
そのとき、ドドドドド……という地響きのような音が聞こえた。ナマエと刑事が同時に顔を上げると、砂埃を巻きたてて何かが近づいてきていた。それはパトカーや消防車を飛び越えて二人のそばに着地した。
「あ、ザップ」
現れたのはザップだった。突然やってきた恋人はゼェハァと息をしながら周囲を見回した。寝不足のせいか、完全に目が据わっている。刑事が思いきり顔をしかめる中、敵──ナマエの目には外敵をさがす獣のように見えた──がいないことを確かめたザップが勢いよくナマエに近づいた。
「生きてんのか? 生きてんだな? クソガキと魚類は?」
「死んでたらその質問答えらんないでしょ」
矢継ぎ早に聞くザップにナマエが「てかなんでここに?」と聞き返した。すると仲間の登場に気づいたレオとツェッドが慌てて駆け寄ってきて、刑事が「やっぱりテメーんトコのか。やけに落ち着いてると思ったぜ」と舌打ちした。おや知り合いだろうか、いやそもそも最初から怪しまれていたのか? そうナマエが疑問に思った刹那である。
「ッンの大馬鹿!!」
ザップ・レンフロの大声が通り中に響いた。あまりの声量に、ナマエは「うるさっ」と顔をしかめながら仰け反った。同時に、口に咥えた煙草から灰が舞う。レオが「ざ、ザップさん落ち着いて」と窘めようとするが、ザップの勢いは止まらなかった。
「起きたらクソ腹減る写真送られてるわ『HELP』だけきてるわ、何がなんだかわからねーから仲間に聞きまくってここ探したんだぞ」
「あれ、場所言ってなかった?」
「言ってねーッわ! クソ! 番頭から聞かなきゃ今怒鳴れてもねェよ!」
「えっミスタ・スターフェイズがこの店を……?」
予想外の情報にナマエが困惑していると、そこでザップはようやく恋人の前に立つ刑事を見た。目を細めたザップが「あンだ税金ドロボウ仕事しろよ」と言い、男は煙草を咥えたまま「マトモに税金納めてから言えクソチンピラ逮捕すんぞ」と言い返した。その様子を見て、ナマエは眉根を寄せレオとツェッドに視線を送る。二人がブンブンと首を振って人差し指を口元に寄せた。
「これもお前らの持ち込み企画か?」
「だとしたら俺より先に旦那たちが来てるはずだろうが。何があったか知らねえがよ」
バチバチと睨み合うザップと刑事に、レオが狼狽えている。ツェッドもどう処理したらいいか判断しかねているようだ。ナマエが煙を吐いて「なんかね、ロボットが『パンケーキ食べたい』って強引に割り込みしてきたんだよね」と言うと、ザップは歯を鳴らして威嚇しつつ「全然わかんねえからお前は黙ってろ」と言った。
「とにかくコイツは俺らとは無関係だ。事件に巻き込まれたっつんなら被害者だろ。さっさと解放しろ」
天下の警察相手にザップは一歩も退かなかった。止めたほうがいいと思うのだが、ライブラ戦闘員とHLPD刑事の睨み合いは流石に凄まじかった。何よりザップから異様なプレッシャーを感じ、ナマエはゆっくりとレオとツェッドに視線を向けた。二人も驚いたようにザップを見ていた。
ややあってから、刑事が苛立った様子で煙草を携帯灰皿に押しつけた。「わかった。とりあえず帰っていいが、連絡つくようにしといてくれ」と言われ、ナマエは素直に「わかりました」と頷く。最初にもらった名刺はしっかりとポケットに入れてある。男は最後にレオとツェッドをジトリと睨むと、現場の警察官たちのほうへ向かった。
11/26開催予定のジュゲムジュゲ夢vol.6にて、このシリーズの再録本(書き下ろしあり)の頒布を予定しています。部数アンケートを行っておりますので、協力していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
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表紙はらこぺ様のillust/83117578よりお借りしました。