416話 空に架ける
奇人変人、
世情に不思議は尽きねども、モルテールンには敵うまい。
今日も今日とて非常識。
いつも通りの斜め上。
「で、何で俺が呼ばれたんですか?」
「そりゃニコロ、お前の報告があったからだ。坊がまたいつもの病気だ」
「いつもの病気? 今度は何をやらかしたんです? まだ新人の教育も終わってないうちに、人手の要るようなことは止めて下さいよ。戦争でもやらかすというなら、前線より先に会計部門に戦死者が出ますよ?」
従士長シイツは、会計責任者のニコロを呼び出した。
我らが領主代行ペイスが、シイツでも判断に悩むことを言い出したからだ。
いつもの病気と聞いて、嫌な予感がしてくるニコロ。
そもそも、ペイスがまともだった時期が一度でもあっただろうか。
いや、無い。ニコロはそう断言できる。
モルテールンに雇われて従士となり、会計部門を従士長から引き継いで早幾年。モルテールンの中では古株となりつつある会計責任者であるが、雇われてから今日まで、苦労しなかった年は存在していない。
一年たりとも例外なく、会計部門は激務であった。原因は勿論、お菓子馬鹿の非常識な行動である。会計部門というのは前例踏襲主義であり、何事も無く平穏であることが最善であり、ごく当たり前に収入を計算でき、ごく当たり前に予算を組んで、ごく当たり前に予算を消化し、ごく当たり前に経理処理をし、最後にピッタリ一ロブニの間違いも無く計算が合うというのが理想なのだ。予算計画を狂わせ、経理処理を複雑化させ、急に出費を捻出せねばならず、事後に帳尻を何とか合わせねばならない事態などは、最悪というもの。
悲しいかな、最悪が毎年であるという事実は、ニコロを純朴な青年から、モルテールン色に染まったスレた大人に成長させてしまった。
人員不足甚だしい部署。
今年は流石に増員するということで、ニコロは新人の配属を狂喜乱舞して喜んだ。
これで、楽になると。
目下のところ、新人たちがモルテールン流の会計処理と予算管理を覚えるよう、色々と教えている。
彼らが戦力になってくれれば、つまりは突発的な事態でも動じないようにモルテールンに染まってくれれば、ニコロもようやくまとまって休みが取れるようになるだろうし、晴れて婚活も出来るようになるのだ。
内勤故に出会いも皆無、華も彩りも無い男だけの部署。
ようやく、ようやく普通の生活になるかもしれないというのに、ここへきてペイスの病気が発症したという。
また今年も、無茶ぶりがくる。
新人の教育と同時に、予算をしっちゃかめっちゃかにされてしまうとするなら。断固とした抗議も辞さない構えだ。
「二人とも、病気とは失礼じゃないですか?」
「いいんすよ、事実なんすから。俺も被害者です」
ニコロが、ペイスの抗議にも動じず、開き直る。肩を竦めたまま、わざとらしい溜息までついた。
この図太さが実に頼もしく、またモルテールン家の従士らしいのだが、こうやって頼もしく成長すればするほどモルテールンの重役たちに将来を期待され、後継者候補として鍛えられることになるのだからニコロも災難だ。
「それで、今度は何です?」
ニコロが、ペイスの病状を聞く。
「なんでも、街道を空に作るってよ」
「……は? ついに夢と現実が分からなくなりましたか。重症ですね。甘いものの食べ過ぎじゃないですか?」
「ニコロ、お前も大概言うようになったな」
ニコロも、常識というものを知っている。
非常識が日常になっているモルテールン家でも、唯一まともに常識人だという自負。
自分の常識に照らして考えるのなら、道路というのは地面に作るものだ。
これには自信がある。
何度でも反芻するが、道路は地面に作るもの。
それが常識だ。確信をもって断言できる。
「まあ、順に説明しましょうか」
「はい」
ペイスは、自分でコポコポとお茶を用意する。
三人分用意して座るように言ったことから、話が長くなりそうなのだろう。
「そもそも、ニコロの報告にあった、街道での襲撃。あれについてはニコロも詳細を知っていますね?」
「ええ。何でも嘘みたいにデカいイノシシの化け物が出たとか」
「そうです。幸いにして当家の軍が退治出来たので問題は最小限に収まりましたが、街道が使えなくなるという状況になりました」
「はい、それは承知しています」
街道の破損と、復旧に伴う封鎖措置は、ニコロも把握していた。
会計部門の責任者として、物資の購買は自分の担当範囲だ。
ナータ商会から物資を買い付け、駐屯地での受領をもって支払いを行う一連の手順はニコロの管轄する流れ。
流通が滞ったためにものが届かないが、支払いだけは先に欲しい、などという要望が来ていて頭を痛めていたところだ。
詳しい話も勿論聞いている。
「当家としては、街道が使えなくなり、結果として開拓が滞り、駐屯地が孤立してしまう事態は避けたい」
「当然ですね。俺もそう思います」
誰だって、被害が出て嬉しいはずは無い。
ましてや領民に被害が出るというのなら、領主やその部下としては防がねばならない事態である。
道徳的な良心としても勿論だが、納税する人間、生産する労働者が減ってしまうのはそのまま、領地の経済に悪影響が出る事態に繋がる。金庫番としても税収に関わる事態は平穏であって欲しい。
「そこで、再発防止策を考えた訳です」
「ええ、良いと思います。同じようなことがしょっちゅう起きて貰っても困りますから」
今回は巨大イノシシであったが、今までも巨大な蜂、巨大な蜘蛛、巨大な狼、巨大な鹿などが確認されている。
抜本的な対策を取らねば、また同じように民間人が獣に襲われる事件が起きてしまう。
「だから結論として、街道を空に通すわけです」
「……そこが分かりません。どういう意味です?」
途中までは理路整然としていたはず。
街道で人が襲われた。同じことが起きて貰っては困るから、再発防止をしたい。
ここまでは良い。ニコロも完全に同意できるし、理解も出来る。
だから、街道を空に作る。
これが分からない。
「……ニコロ、例えばですが、イノシシが川に掛けた橋の下から襲ってくることは有ると思いますか?」
「……橋の下から? まあ珍しいんじゃないですか?」
一体何が言いたいのか。
ニコロは疑問を感じつつも、ペイスの質問に答える。
「橋の高さが凄く高い所にあれば、どうですか。魔の森の木の上ぐらいの高さです」
「そりゃ、襲ってくることは無いと思います」
魔の森の木は、そこら辺の森の木よりも高い。
幾ら巨大なイノシシだろうと、ジャンプして森の木を越えることは無理なはず。
ならば、その高さの橋の上を襲うことは、理論的に不可能だ。
「だったら、ザースデンから開拓地まで、その高さの橋をかけ、橋で直接町と繋げば、再発防止になるでしょう」
ニコロもシイツも、ペイスの言わんとすることがようやく分かってきた。
空に道を通すというのは、つまりは手の届かない高さまで街道を持ち上げてしまおうという発想なのだ。
確かに、理論的には可能かもしれない。
深い河に橋を架ける技術は存在する。仮にそこで河が干上がったとして、橋が無くなるわけでも無い。
ならば最初から、干上がった河の橋を、街道に沿って作ってしまえばいい。
技術としては既に有るのだから、場所が河でないだけの話だ。
「なるほど、そういうことですか」
「相変わらず坊の考えることはどっかおかしい」
「でも、言われてみると効果的に思えますよね」
「確かに」
ペイスに説明されて、ようやく理解した二人。
通行困難な場所に橋を架ける。
発想としては納得も出来るし、理解も出来た。通常であれば橋を架けるであろう河川や崖ではなく、普通の平地に架けるという点が違うだけだ。
実現性も高いだろうし、技術的にも問題は無い。
いきなり結論を思いつくペイスがおかしいだけだ。
「しかし、普通『道路を空に浮かべましょう』なんて思いつくか?」
ペイスは、現代の知識も持っているからこそ、高速道路に代表されるような「高架道路」の存在を知っている。
しかし、知らない人間からすれば、道路を宙に置くというような発想は奇妙奇天烈に映る。
ペイスとしては常識的なことを言っているつもりなので、非常識という誹りは甚だ不本意でしかない。
「だが、これで“魔の森の村“と、ザースデンが安全に行き来できるようになるか」
「村は防壁と堀で守られ安全。いよいよ、入植も見えてきましたね」
「人が入り、産業が出来れば……魔の森が宝の山になるぞ」
「うひゃあ、夢が膨らみますね」
シイツとニコロは、魔の森開拓という未来予想図を頭に思い浮かべ、大きな期待を膨らませるのだった。
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