領置金の差押え
2017年5月31日公開
2022年8月21日更新


 犯罪被害者が、加害者に対し、損害賠償請求(被害をうめあわせるためのお金の請求)をする方法として、民事訴訟の提起刑事損害賠償命令の申立てなどの法的手続があります。

 ですが、こうした法的手続を利用して、損害賠償請求をする権利があることをきっちり確定させても、事実上、加害者にお金がなかったり、加害者の財産の所在が分からなかったりして、その権利を実現できない場合は少なくないです。本当に悩ましい問題だと思います。

 うまくいくとは限りませんが、加害者が服役中である場合、刑務所の「領置金」の差押えによって、一定のお金を回収できる可能性はあります。


※ 令和4年8月16日第三小法廷決定は、作業報奨金の支給を受ける権利は強制執行の対象にすることはできないと判断しました(本記事の最後に決定文を引用します)。強制執行の対象としてお考え頂くのは、作業報奨金ではなく、受刑者が刑務所に預けているお金である「領置金」です。


 一応、私も、「領置金」の差押えについて、申立代理人をした経験があるので、誰かのお役に立てればと思い、書式などを一部公開します。


(1)領置金の差押え


 領置金の差押えは、債権の差押の一種です。

 「判決」などの「債務名義」(強制執行してもいいよ!という国のお墨付き)を取得した上で、債務者の所在地を管轄する地方裁判所に、債権差押命令の申立てをすることになります。

 申立書別紙「当事者目録」の第三債務者の欄は、次のようになります。


当 事 者 目 録

第三債務者  国
代 表 者  支出官
                      ●●刑務所長 ●●●●(氏名)
(送達場所)〒●●●-●●●●
       ●●市●● ●●刑務所内


 差押債権目録の表示は、次のようになります。

差 押 債 権 目 録

金●●円

 第三債務者が債務者に関し刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第47条第2項第2号により本命令送達時までに領置している領置金について、債務者が第三債務者に対して有する返還請求権にして、頭書金額に満つるまで


 念のため、上の目録に書いてある「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」の一部を抜粋しておきます。

【刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律】
(金品の検査)
第44条
 刑事施設の職員は、次に掲げる金品について、検査を行うことができる。
一 被収容者が収容される際に所持する現金及び物品
二 被収容者が収容中に取得した現金及び物品(信書を除く。次号において同じ。)であって、同号に掲げる現金及び物品以外のもの(刑事施設の長から支給された物品を除く。)
三 被収容者に交付するため当該被収容者以外の者が刑事施設に持参し、又は送付した現金及び物品
(収容時の所持物品等の処分)
第45条
 刑事施設の長は、前条第一号又は第二号に掲げる物品が次の各号のいずれかに該当するときは、被収容者に対し、その物品について、親族(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。以下同じ。)その他相当と認める者への交付その他相当の処分を求めるものとする。
一 保管に不便なものであるとき。
二 腐敗し、又は滅失するおそれがあるものであるとき。
三 危険を生ずるおそれがあるものであるとき。
2 前項の規定により物品の処分を求めた場合において、被収容者が相当の期間内にその処分をしないときは、刑事施設の長は、これを売却してその代金を領置する。ただし、売却することができないものは、廃棄することができる。
(差入物の引取り等)
第46条
1 刑事施設の長は、第四十四条第三号に掲げる現金又は物品が次の各号のいずれかに該当するときは、その現金又は物品を持参し、又は送付した者(以下「差入人」という。)に対し、その引取りを求めるものとする。
一 被収容者に交付することにより、刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがあるものであるとき。
二 交付の相手方が受刑者であり、かつ、差入人が親族以外の者である場合において、その受刑者に交付することにより、その矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがあるものであるとき。
三 交付の相手方が未決拘禁者である場合において、刑事訴訟法の定めるところによりその者が交付を受けることが許されない物品であるとき。
四 差入人の氏名が明らかでないものであるとき。
五 自弁により使用し、若しくは摂取することができることとされる物品又は釈放の際に必要と認められる物品(以下「自弁物品等」という。)以外の物品であるとき。
六 前条第一項各号のいずれかに該当する物品であるとき。
2 第四十四条第三号に掲げる現金又は物品であって、前項第一号から第四号までのいずれかに該当するものについて、差入人の所在が明らかでないため同項の規定による引取りを求めることができないときは、刑事施設の長は、その旨を政令で定める方法によって公告しなければならない。
3 前項に規定する現金又は物品について、第一項の規定による引取りを求め、又は前項の規定により公告した日から起算して六月を経過する日までに差入人がその現金又は物品の引取りをしないときは、その現金又は物品は、国庫に帰属する。
4 第二項に規定する物品であって、第一項第六号に該当するものについては、刑事施設の長は、前項の期間内でも、これを売却してその代金を保管することができる。ただし、売却できないものは、廃棄することができる。
5 第四十四条第三号に掲げる現金又は物品であって、第一項第五号又は第六号に該当するもの(同項第一号から第四号までのいずれかに該当するものを除く。)について、差入人の所在が明らかでないため同項の規定による引取りを求めることができないとき、若しくはその引取りを求めることが相当でないとき、又は差入人がその引取りを拒んだときは、刑事施設の長は、被収容者に対し、親族その他相当と認める者への交付その他相当の処分を求めるものとする。
6 前条第二項の規定は、前項の規定により処分を求めた場合について準用する。
7 第四十四条第三号に掲げる現金又は物品であって、第一項各号のいずれにも該当しないものについて、被収容者がその交付を受けることを拒んだ場合には、刑事施設の長は、差入人に対し、その引取りを求めるものとする。この場合においては、第二項及び第三項の規定を準用する。
(物品の引渡し及び領置)
第47条
1 次に掲げる物品のうち、この法律の規定により被収容者が使用し、又は摂取することができるものは、被収容者に引き渡す。
一 第四十四条第一号又は第二号に掲げる物品であって、第四十五条第一項各号のいずれにも該当しないもの
二 第四十四条第三号に掲げる物品であって、前条第一項各号のいずれにも該当しないもの(被収容者が交付を受けることを拒んだ物品を除く。)
2 次に掲げる金品は、刑事施設の長が領置する。
一 前項各号に掲げる物品のうち、この法律の規定により被収容者が使用し、又は摂取することができるもの以外のもの
二 第四十四条各号に掲げる現金であって、前条第一項第一号、第二号又は第四号のいずれにも該当しないもの
(保管私物等)
第48条
1 刑事施設の長は、法務省令で定めるところにより、保管私物(被収容者が前条第一項の規定により引渡しを受けて保管する物品(第五項の規定により引渡しを受けて保管する物品を含む。)及び被収容者が受けた信書でその保管するものをいう。以下この章において同じ。)の保管方法について、刑事施設の管理運営上必要な制限をすることができる。
2 刑事施設の長は、被収容者の保管私物(法務省令で定めるものを除く。)の総量(以下この節において「保管総量」という。)が保管限度量(被収容者としての地位の別ごとに被収容者一人当たりについて保管することができる物品の量として刑事施設の長が定める量をいう。以下この節において同じ。)を超えるとき、又は被収容者について領置している物品(法務省令で定めるものを除く。)の総量(以下この節において「領置総量」という。)が領置限度量(被収容者としての地位の別ごとに被収容者一人当たりについて領置することができる物品の量として刑事施設の長が定める量をいう。以下この節において同じ。)を超えるときは、当該被収容者に対し、その超過量に相当する量の物品について、親族その他相当と認める者への交付その他相当の処分を求めることができる。腐敗し、又は滅失するおそれが生じた物品についても、同様とする。
3 第四十五条第二項の規定は、前項の規定により処分を求めた場合について準用する。
4 刑事施設の長は、被収容者が保管私物について領置することを求めた場合において、相当と認めるときは、これを領置することができる。ただし、領置総量が領置限度量を超えることとなる場合は、この限りでない。
5 刑事施設の長は、前項の規定により領置している物品について、被収容者がその引渡しを求めた場合には、これを引き渡すものとする。ただし、保管総量が保管限度量を超えることとなる場合は、この限りでない。
(領置金の使用)
第49条
 刑事施設の長は、被収容者が、自弁物品等を購入し、又は刑事施設における日常生活上自ら負担すべき費用に充てるため、領置されている現金を使用することを申請した場合には、必要な金額の現金の使用を許すものとする。ただし、自弁物品等を購入するための現金の使用については、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 購入により、保管総量が保管限度量を超え、又は領置総量が領置限度量を超えることとなるとき。
二 被収容者が未決拘禁者である場合において、刑事訴訟法の定めるところにより購入する自弁物品等の交付を受けることが許されないとき。
(保管私物又は領置金品の交付)
第50条
 刑事施設の長は、被収容者が、保管私物又は領置されている金品(第百三十三条(第百三十六条、第百三十八条、第百四十一条、第百四十二条及び第百四十四条において準用する場合を含む。)に規定する文書図画に該当するものを除く。)について、他の者(当該刑事施設に収容されている者を除く。)への交付(信書の発信に該当するものを除く。)を申請した場合には、次の各号のいずれかに該当する場合を除き、これを許すものとする。
一 交付(その相手方が親族であるものを除く。次号において同じ。)により、刑事施設の規律及び秩序を害するおそれがあるとき。
二 被収容者が受刑者である場合において、交付により、その矯正処遇の適切な実施に支障を生ずるおそれがあるとき。
三 被収容者が未決拘禁者である場合において、刑事訴訟法の定めるところにより交付が許されない物品であるとき。
(差入れ等に関する制限)
第51条
 刑事施設の長は、この節に定めるもののほか、法務省令で定めるところにより、差入人による被収容者に対する金品の交付及び被収容者による自弁物品等の購入について、刑事施設の管理運営上必要な制限をすることができる。
(領置物の引渡し)
第52条
 刑事施設の長は、被収容者の釈放の際、領置している金品をその者に引き渡すものとする。


(2)そもそも債権差押えとは


 そもそも債権差押えってなんなの?という人のために、具体例を書いておきます。

 ここでは、給料の差押えを例にとってみます。

 Aさんが、Bさんに「お金を払え」という裁判を起こして、無事に「判決」や「審判」などの債務名義(国のお墨付き)をもらえたとします。

 Aさんは、Bさんの預貯金のありかは分からないものの、Bさんの勤務先は把握しています。

 そこで、Aさんは、Bさんが、勤務先であるC社に対して有している月々の賃金債権(給料をもらう権利)を差し押さえることにしました。こういう場面で、C社は、「債務者の債務者」という立場なので、「第三債務者」と呼ばれます。上の(1)の目録では、国(刑務所)が第三債務者になっています。

 給料は、全部を差し押さえることはできません。普通は、1か月あたりの手取額の4分の1までしか、差押えができないのです(民事執行法152条1項)。手取月額が33万円を超えるなら、また話は別ですけどね。それと、婚姻費用や養育費などの支払を求める場合は、1か月あたりの手取額の2分の1までは差押えできます(民事執行法152条3項)。

 Aさんが、地方裁判所に債権差押命令の申立てをすると、地方裁判所は、その申立てがきちんとしたものかどうかを確認した上で、BさんとC社に「債権差押命令」を出します。

 具体的にいえば、Bさんに対しては、差し押さえられた部分について、「給料をもらったらだめよ」と取立ての禁止を命じます(民事執行法145条1項)。

 C社に対しては、差し押さえられた部分について、「Bさんに支払ったらだめよ」と弁済の禁止を命じます(民事執行法145条1項)。

【民事執行法】
(差押命令)
第145条
1 執行裁判所は、差押命令において、債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならない。
2 差押命令は、債務者及び第三債務者を審尋しないで発する。
3 差押命令は、債務者及び第三債務者に送達しなければならない。
4 差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生ずる。
5 差押命令の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。

 Bさんに差押命令が届いてから1週間が経つと、Aさんは、C社に対し、「差し押さえられた部分は、私に支払ってください」と請求できます(民事執行法155条1項)。

 これが、「金銭債権の取立て」というものです。

【民事執行法】
(差押債権者の金銭債権の取立て)
第155条
1 金銭債権を差し押さえた債権者は、債務者に対して差押命令が送達された日から一週間を経過したときは、その債権を取り立てることができる。ただし、差押債権者の債権及び執行費用の額を超えて支払を受けることができない。
2 差押債権者が第三債務者から支払を受けたときは、その債権及び執行費用は、支払を受けた額の限度で、弁済されたものとみなす。
3 差押債権者は、前項の支払を受けたときは、直ちに、その旨を執行裁判所に届け出なければならない。

 さて、AさんがC社に取立てをしようとしたときに、C社が、「差押命令?知ったこっちゃないわ。よく分からんから、かわいい従業員のBに給料は全額支払ったわ。」なんてことを言い張っても、認められません。「差押えを受けた債権の第三債務者(=C社)が自己の債権者(=Bさん)に弁済をしたときは、差押債権者(=Aさん)は、その受けた損害の限度において更に弁済をすべき旨を第三債務者に請求することができる」のです(民法481条1項)。

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 仮に、Bさんの手取が月額20万円だとすると、Aさんは、取立てによる回収ができない部分(通常は5万円、養育費等であれば10万円)について、自分に更に弁済をするよう、C社に請求できます。

 それでもC社がAさんに支払をしないときは、Aさんは、C社を相手取って「取立訴訟」(民事執行法157条)を起こすことになります。取立訴訟に勝訴すれば、今度はC社の財産に強制執行をかけることも可能です。


(3)作業報奨金は?


 冒頭で米印を付した箇所でも述べましたが、作業報奨金の支給を受ける権利を差押債権として、強制執行をすることはできません。

【最高裁令和4年8月16日第三小法廷決定】
 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律98条は、作業を行った受刑者に対する作業報奨金の支給について定めている。同条は、作業を奨励して受刑者の勤労意欲を高めるとともに受刑者の釈放後の当座の生活費等に充てる資金を確保すること等を通じて、受刑者の改善更生及び円滑な社会復帰に資することを目的とするものであると解されるところ、作業を行った受刑者以外の者が作業報奨金を受領したのでは、上記の目的を達することができないことは明らかである。そうすると、同条の定める作業報奨金の支給を受ける権利は、その性質上、他に譲渡することが許されず、強制執行の対象にもならないと解するのが相当である。したがって、上記権利に対して強制執行をすることはできないというべきである。このことは、受刑者の犯した罪の被害者が強制執行を申し立てた場合であっても異なるものではない。



 本日の記事は以上です。