はじめに
この記事では、代表的な鉄鋼材料の特性、選定ポイントを解説します。これまでの記事で、鉄鋼材料の材料・加工方法の基礎知識や、材料選定のポイントについて分かりやすく紹介していますので、そちらも合わせてご参考ください。
機械構造用鋼の特性、加工・処理法、用途、選択時の留意点
機械構造用鋼は、一般機械、産業用機械、輸送用機械などの構造用材料として用いられるものです。使用する際には機械加工や熱処理が施されます。
機械構造用鋼としては、機械構造用炭素鋼、機械構造用合金鋼および焼入性を保証した構造用鋼がJISで規定されています(鋼種別のJIS記号は、<図1>に示すように、炭素含有量および添加されている合金元素の種類や量によって英字および数字の組み合わせで構成されています)。
(1)機械構造用炭素鋼
機械構造用炭素鋼は、炭素(C)を0.10~0.60%含有するもので、一般にはSC材と呼ばれており、SとCの間に数字が表示されています。この数字は規定されているC量の代表値(中間値またはその近似値)を示しており、例えばS45Cの炭素量は0.42~0.48%です。このC量は平衡状態(完全焼なまし)のときの硬さの目安になり、一般にC量が多いほど高い硬さが得られます。高硬度が得られる理由は、鋼中では炭素は鉄と化合して硬質の炭化物(セメンタイト:Fe3C)を形成するためだとされています。
(2)機械構造用合金鋼
機械構造用合金鋼とは、0.12~0.50%の炭素のほかに<表1>に示すような種々の合金元素を適量添加したものです。
これら合金元素の添加は鋼の性質に多大な影響を及ぼし、使用する際には注意が必要です。炭素量とその合金元素の種類や量が選定目安は、下記(a)~(e)の通りです。
鋼種 | 合金元素の種類と添加量(%) | ||||
---|---|---|---|---|---|
名称 | 記号 | Mn | Cr | Ni | Mo |
クロム鋼 | SCr | 0.60~0.85 | 0.90~1.20 | - | - |
クロムモリブデン鋼 | SCM | 0.30~1.00 | 0.90~1.50 | - | 0.15~0.45 |
ニッケルクロム鋼 | SNC | 0.35~0.80 | 0.20~1.00 | 1.00~3.50 | - |
ニッケルクロムモリブデン鋼 | SNCM | 0.30~1.20 | 0.40~3.50 | 0.40~4.50 | 0.15~0.70 |
マンガン鋼 | SMn | 1.20~1.65 | - | - | - |
マンガンクロム鋼 | SMnC | 1.20~1.65 | 0.35~0.70 | - | - |
(a) 高い硬さが必要なときはC量の多い鋼種を選ぶ
(b) 高い引張強さが必要なときはC量が多く、CrやMoを含有する鋼種を選ぶ
(c) 高いじん性が必要なときはC量が少なく、NiやMnを含有する鋼種を選ぶ
(d) 高い引張強さと高いじん性の両方が必要なときはCr、MoおよびNiすべてを含有する鋼種を選ぶ
(e) 大型部品で内部強度が必要なときはMn、Cr、Moなどを多量含有する鋼種を選ぶ
例えば、要求される引張強さが800MPa以下の小型部品であればS45C程度でも良いでしょう。ここで、もし800~1000MPaが必要であればSCM435やSCM440を、1000MPa以上が必要であればSNCM439を使用する方がじん性まで加味した場合には有効です。しかし、いずれの場合も「焼入れ焼戻し」と呼ばれる加工プロセスの組合せによってはじめて性能が発揮されることを忘れてはいけません。
また、MoやNiを含有する鋼種の利用は材料コストが高騰するため、過剰品質にならないように考慮し、要求に応じた最適鋼種の選定と熱処理をうまく組み合わせなければなりません。
(3) 焼入性を保証した構造用鋼
焼入性を保証した構造用鋼とは、化学成分よりも、焼入れした際の表面硬さだけでなく、内部への硬さの推移まで保証した構造材になります。
主な用途は肉厚の大型部品です。鋼種記号は、機械構造用合金鋼の記号の末尾にH(焼入性:Hardenability)を付けて表すため、通称H鋼とも呼ばれています。
以上で述べたように、機械構造用鋼には炭素鋼と合金鋼があり、引張強さに関しては、所定の硬さを得るべく熱処理を実施すればほとんど問題は生じません。しかし、衝撃値に関しては合金元素の影響が大きいため鋼種の選定が重要になります。また、質量が大きい部品の場合は、質量効果を十分に念頭に入れて使用する材質と強度計算におけるパラメータ設計が必要になります。
建設用鋼材の特性、加工・処理法、用途、選択時の留意点
(1)建築構造用圧延鋼材(SN材)
SN材は従来の一般構造用圧延鋼材(SS材)や溶接構造用圧延鋼材(SM材)に対し、建築構造専用の鋼材として開発されたものです。鉄骨造建物の耐震性を確保するためには、建築物を構成する各部材の変形能力向上が重要であるとの認識が高まり、これに伴い素材としての降伏後の伸び能力向上のため鋼材の降伏比(=降伏強度/引張強度)を低く抑えた低降伏比鋼となっています。
そのため、SN材は降伏比を80%以下に抑え、降伏後の変形性能を確保しています。さらに、建築鉄骨には他の分野と異なる形態があります。最も特徴的な構成の一つが柱梁接合部であり、このような部位の板厚方向の引張耐力を高め、更に溶接性能を改善したこともSN材の特色とされています。
(2)様々な特性の建設用鋼材
一般的な建設鋼材の強度は400MPa、500MPaですが、強度を通常の半分以下に抑えたダンパー用鋼材(LYP100)などや、強度を2倍以上に高めた高張力鋼(BT-HT880)など様々な鋼材が開発されています。
ダンパー用鋼材は、エネルギー吸収性能が必要な制振ブレースなどに適用されています。
一方で、高張力鋼は高層ビルの柱や、軽量化が必要な長大橋に使われており、特に吊り橋のケーブルでは、引張強度が1,800MPaにも及ぶ超高張力鋼が実用化されています。
原子レベルに及ぶナノ領域を扱う材料技術者と、実際の建物や橋梁を研究・設計する構造技術者とが連携し、新しい材料と、それを活用した鉄骨造りの開発を並行して行っています。その成果として、東京スカイツリー、東京ゲートブリッジなど国内の鋼構造物は勿論のこと、ドバイのブルジュ・ハリーファなどでも日本の鋼材が選ばれています。鋼材の強度は理論的には更に高くできると考えられており、積極的な研究開発が推進されています。
高張力鋼の特性、加工・処理法、用途、選択時の留意点
日本の重要な産業のひとつである自動車製造においては、あらゆる面での技術革新が、日々求められています。その自動車の重量の約70%、使用部品の100種類以上は「鉄鋼材料」により構成されています。なかでも「燃費向上のためにより軽く」「衝突安全性を高めるためにより強く」しかも「加工や成形がしやすい」という高度な複合的要求に応えているのが、高張力鋼、通称「ハイテン」材です。成分調整(合金元素微量添加を含む)、圧延・メッキ工程での加熱・冷却の温度制御によって、鉄の結晶構造や組織を造り分けることでさまざまな特徴を持った「ハイテン」が生み出されています。例えば、自動車の安全規制や環境規制がますます厳しくなっている昨今、衝突エネルギーを吸収するハイテンや、強度が非常に高いハイテンなどを適材適所に使用することで、安全性の向上や車体の軽量化による燃費の向上・省エネに貢献しています。また、「環境負荷低減のための軽量化」と「衝突安全性向上」という相反する課題を解決するため、強さだけでなく成形性にも優れるハイテンが広く活用されているのです。
自動車<図2(イメージ)>には、現在車体の4~6割をハイテンが占めており、外板パネル類(~440MPa)、足回り類(~780MPa)、内板・構造部材・補強部材(各種~1,780MPa)などに用いられています。
厚板・薄板の特性、加工・処理法、用途、選択時の留意点
一般に、鋼板は、その厚さにより、薄板(薄鋼板) 厚さ3mm未満、 中板(中鋼板) 厚さ3mm以上6mm未満、厚板(厚鋼板)厚さ6mm以上、そして極厚板(極厚鋼板)厚さ150mm以上の4種類に分類できます。
(1)厚板の用途
船舶、建築、橋梁、エネルギープラントそして海洋構造物が主なもので、社会インフラを支える素材であり、厚さは3mm以上です。重要な特性は、安全性・信頼性を高める「強度」「靱性」「溶接性」であり、そうした特性をもたらす高度な金属組織制御技術や、構造物の安全性に不可欠な利用加工技術(溶接)までをも考慮した材質制御メカニズムに基づく技術開発が行われています。
(2)薄板の用途
薄板製品の主要な用途は、自動車、家電、建材などに代表されます。元々はさまざまな形状に成形しやすい「軟鋼板」の開発から始まりましたが、現在では、自動車用外板パネル用の薄鋼板において過酷な成形加工が求められ、成形性向上に不可欠な結晶組織制御や大量生産を可能にする製造プロセス開発などが実施されてきました。
線材の特性、加工・処理法、用途、選択時の留意点
熱間圧延した直径5~38mm程度の細さの鋼材をコイル状に巻取ったもので、 条鋼の一種です。一般的には、5.5mmの円形断面のものが標準です。
炭素量によって普通線材と特殊線材 (低炭素特殊線材,高炭素特殊線材) に分けられます。そのまま使用されることはほとんどなく、線材二次製品メーカーによって常温で引抜き加工され、鉄線、鋼線(ピアノ線材、綱索材など) となります。そして、さらにそれが加工されて釘、ねじ、針金その他各種の二次、三次製品となります。
(1)ピアノ線(piano wire)
最も純良で高級な高炭素硬鋼線で、ばね、PCコンクリート(プレストレストコンクリート)心線などに用いられます。組成は共析鋼 (約0.8%C鋼) を中心として炭素 0.60~0.95%の範囲で、JISでは9品目をマンガン量の多少によりそれぞれA、B級に分けて 18種が規格化されています。
線引き工程中にパテンティング処理と呼ばれるプロセスを施し、組織をソルバイト化しておきます。以後の強制伸線加工で引張り強さは1,500MPa以上に達します。
JIS記号 SWRS87の組成例は炭素0.85~0.90%,ケイ素0.12~0.32%、マンガン 0.30~0.60% (B種では 0.60~0.90%) 、リン・硫黄0.025%以下、銅0.20%以下です。
実は、ばねに用いられる2大材料はステンレス材とピアノ材です。以下の記事では、自動車、家電、産業機械…様々な製品に欠かせない部品であるについてばねを設計する際の流れ、ばねの形状等、押さえておくべき基本的なポイントなどを紹介しています。
(2)パテンティング処理(patenting treatment)
硬鋼線、特にピアノ線材に施される特殊な熱処理工程であり、線材を冷間引抜き後、900~950℃に数分間加熱し、さらに500℃前後の鉛浴(→熱浴) に急冷したのち冷却します。空冷の場合もあります。ピアノ線の特性であるばね性の向上のために必要な処理で、処理後の組織はソルバイト*で、以後さらに強く伸線加工して強化します。
*ソルバイト(sorbite):炭素鋼のフェライト・セメンタイト混合組織の一つで、パーライトより細かいが、トルースタイトよりはやや粗なフェライトとセメンタイトの薄片組織。
まとめ
ここでは、代表的な鉄鋼材料について解説しました。他の記事では、鉄鋼材料の材料・加工方法の基礎知識に加え、ステンレス鋼材、その他鋼材(電磁鋼板・表面処理板・鋳鉄)について分かりやすく紹介していますので、そちらも合わせてご参考ください。