「包括的性教育(ほうかつてきせいきょういく)」を知っている大人は、どれくらいいるだろうか。

ユネスコなどによって発表された国際セクシュアリティ教育ガイダンスは、世界の性教育の指針となっている。ガイダンスでは、身体や生殖の仕組だけでなく、性の多様性、ジェンダー平等、人間関係や価値観など、「包括的性教育」が提唱されており、日本でも少しずつ認知が広がっている。

UNESCO公式サイトより

そんな中、株式会社ベネッセコーポレーションでは、包括的性教育に関するサービスの企画開発を進めている。社内の事業アイデア提案制度をきっかけに生まれた『ponoel(ポノエル)』だ。これは、行動範囲や人間関係が広がり性に対しての悩みも増える、中高生に向けたLINE公式アカウントである。

中高生に向けたLINE公式アカウント『ponoel(ポノエル)』

ponoelは、月経周期の管理をしながら、身体や心、人間関係のことなど、性にまつわる情報を得られるプラットフォーム。月経管理機能の利用は選択できるため、生理の有無や性別を問わず利用できる。

このponoelを軸とした包括的性教育プロジェクトには、パートナー企業として生理用品ブランド「ロリエ」を展開する花王株式会社と、吸水ショーツ『Bé-A〈ベア〉』を手がける株式会社Be-A Japanも参画。今後は包括的性教育を伝える中高生向けのセミナーや、生理用品の無償提供などを含めたさまざまな実証を行う予定だ。

先日、このプロジェクトにおけるひとつの取り組みとして、高校3年生による中学生への「包括的性教育」の特別授業が行われた。

左から伊藤煌耀さん、石川愛さん、佐藤楓さん、吉川陽菜さん

教壇に立ち授業をしたのは、都内の郁文館夢学園に通う高校3年生の石川愛さん、佐藤楓さん、伊藤煌耀(こうよう)さん、吉川陽菜(ひな)さんの4人。

彼らは包括的性教育をともに知り、考えていくことの必要性を伝える『being』というユニットで活動している。『being』の根底にあるのは「自分らしく生きることのできる社会を実現する」という熱い思いだ。その手段として包括的性教育を推進している。

2022年12月、同じ学校法人の郁文館中学校に通う1〜3年生に向けて行われた特別授業の様子をレポートする。

社会的問題と生理をつなげて考える

教室には中学生と、教壇に立つ石川さんと吉川さん。国際セクシュアリティ教育ガイダンスで提唱される8つのキーコンセプト(※)のひとつである「人間のからだと発達」の中から、今回は「生理」にフォーカスした授業を行う。

(※ 1.関係性 2.価値観、権利、文化、セクシュアリティ 3.ジェンダーの理解 4.暴力と安全確保 5.健康と幸福のためのスキル 6.人間のからだと発達 7.セクシュアリティと性的行動 8.性と生殖に関する健康)

石川さんは「みんなそれぞれの幸せがあると思いますが、私たちは自分のことを自分で選択できることが、幸せだと思っています」そして、「包括的性教育は、幸せになるための学問です」と語りかけた。

スライドには、「女子トイレの写真です。何か足りないものはあるかな」と書かれた一枚の写真。これは2019年に国際会議が開催された期間、テロ対策として駅構内のトイレのサニタリーボックスが撤去されて問題になったことを伝えるものだった。

続けて2011年の東日本大震災で被災地の支援物資として生理用品が十分に配布されなかった問題についても触れた。なぜこのようなことが起きたのか?生理への理解がなかったことが原因のひとつであると話した。

こうしたニュースを取り上げることは、社会全体が生理への理解を深める必要性を学ぶことにつながる。

生理用品に触れながら、対話を深める

石川さんと吉川さんは、生理の仕組みや、PMSを含む身体と心の変化を詳しく説明していった。

平均して1日に30mlになる月経時の経血量や、ナプキンの役割の説明が終わると、「1日に何枚くらい使うと思いますか?手を挙げたときの指の数で表してください」と吉川さん。

生徒が挙げた指を見ると1〜3本が多かったが、「経血量に個人差はありますが、1日に5、6枚が推奨されています」と答えを伝えると、生徒からは「えー!?」という声が漏れていた。

ここからは、実際に生理用品に触れてみる時間に。テーブルごとに「ロリエ スリムガード」や「ロリエ しあわせ素肌」などの複数種類のナプキンと、カップに入った色水が渡された。ナプキンにこの色水を垂らして、その特徴を話し合ってもらうというわけだ。

おそらく男子生徒のほとんどが初めてナプキンに触れたことだろう。戸惑いながらも、同じ班のメンバーや石川さん、吉川さんから説明を受けながら感触を確かめたり、ナプキンの吸水性に驚いたり。

女子生徒からしても、生理用品を前に、クラスメイトとじっくり話す機会はなかったはずだ。話し合う時間のなかで生理の経験の有無に関係なく、お互いの理解が深まっていくように感じた。

生理を知ると、自分にも周りにも優しくなれる

最後に「生理について知っていてよかったこと」が石川さんと吉川さんのふたりから伝えられた。

「包括的性教育を伝える活動をするなかで、生理について詳しくなっていきました。とくにPMSは名前すら知らなかったけど、イライラするなど心の変化の原因がわかってよかったと思っています」(石川さん)

「周りが生理について知ってくれていたから、生理痛があったときに友達が保健室に連れていってくれて、苦しんでいることを先生に伝えてくれた。それがとてもうれしかったです」(吉川さん)

45分の授業は濃密で、あっという間に終了した。

参加した女子生徒は、次のような感想を述べていた。

「生理用品はナプキンくらいしか知らなかったけど、吸水ショーツとか、他にも選択肢があることを知ってよかった」

「生理で体調が悪くなって休むこともあるので、男子にも知ってもらえる機会になってよかった。同じグループの男子は、ちょっと気まずそうだったけど、ちゃんと真剣に話を聞いていた」

男子生徒からも「生理がどんなものか知らなかったけど、妹がいるのでちゃんと知る機会になってよかった」との声を聞くことができた。

第二次性徴のただなかにあり、身体と心の変化が大きい中学生だからこそ、今日学んだことによる気づきは大きいのではないだろうか。

包括的性教育との出会い

beingの4人は高校に入るまで包括的性教育という言葉すら知らなかったという。

石川さんは、高校1年生のとき待機児童をテーマに課題に取り組んだ。調べていくなかで出合ったのがスウェーデンの保育について書かれた本。そこで包括的性教育という言葉を知った。

beingリーダーの石川愛さん

「スウェーデンでは保育園でプライベートゾーンや性の多様性などの包括的性教育が行われていると知って驚きました。同時に『私たちは包括的性教育を受けてない』と思ったんです。日本ではなぜ行われていないのか疑問に思い、本やインターネットで調べ始めました」(石川さん)

もともと性教育に苦手意識があったが、知れば知るほど包括的性教育は、人生に関わる選択肢の話であることを実感した石川さん。多くの人に伝えたい思いが高まっていった。

同校には、新聞から興味のあるトピックを選び、それをテーマに生徒が授業を行うNIE(Newspaper in Education)の時間がある。石川さんは高校1年生と3年生を合わせた200人へ包括的性教育の授業を初めて試みた。

「授業をしてみたら予想以上の反応があったんです。『こういう話を聞く機会は今までなかった、話してくれてありがとう』『話してくれたことが実際に役立った』など、前向きな言葉をもらえてすごくうれしかったです」(石川さん)

石川さんの授業に心を大きく動かされた生徒が、佐藤さんと伊藤さんだ。

佐藤さんは、情報の授業で「女性だから」という理由でメイクやパンプスを強要されるニュースを取り上げた。性別を理由に服装や、生き方を制限されることに強い違和感をもっていたからだ。それが「ジェンダーバイアス」と呼ばれるものであること、包括的性教育に含まれていることを石川さんは佐藤さんに伝えた。

佐藤楓さん

「それまで性教育といえば、生殖に関するイメージしかありませんでした。でも包括的性教育は、ジェンダーバイアスなどの身近なものまで含まれる。石川の授業を聞いてすごく感動して、一緒に取り組んでみたいと思いました」(佐藤さん)

男子高校生、ナプキンをつけてみる

唯一の男性メンバーである伊藤さんも、性教育に関する考え方が大きく変わったと話す。

伊藤煌耀(こうよう)さん

「私が通っていた公立の中学校では性教育の授業はほとんど行われていなくて、私自身、男性は女性の生理について知ってはいけないと思い込んでいました。石川の授業を受けて、男性だからこそ、生理の仕組みや、生理が実社会とどう繋がっているかを知らなければいけないという使命感が生まれました」(伊藤さん)

伊藤さんが包括的性教育の活動を始めてから、同級生たちの意識が高まり、性の話へのタブー意識が低くなってきたと感じている。変化の波は大人たちにも伝播している。最初は彼らの活動を心配していた教員も「なんでも相談して」と、いっそう協力的になったという。

さらに伊藤さんは、こんな驚きのエピソードも教えてくれた。

「グローバル高等学校1年生に向けた特別授業で、ナプキンを実際につけて授業をしてみたんです。違和感があるし、ずれたりもする。一時間だけなら大丈夫だけど、これを月の1/4の期間つけ続けるのは大変だと思います」(伊藤さん)

男性は生理を想像することしかできない。だからこそできる限り知りたいと行動する伊藤さん。これは男性もナプキンを経験するべきという話ではない。ただ、わからないものだと切り捨てるのではなく歩み寄ろうとするその思いが、女性にとっては何より心強い。

自分の体のことは、自分で選択する

4人目のメンバーである吉川さんは、HPVワクチンが包括的性教育に興味をもつきっかけになった。高校一年のときに母親から接種するかどうかを尋ねられ、初めてHPVワクチンの存在を知った吉川さん。

吉川陽菜(ひな)さん

吉川さんの母親が公費で摂取できるギリギリのタイミングになるまで話せなかったのは、過去にHPVワクチンの副反応に関する訴訟があったためだ。現在は改めてワクチンの安全性と有効性が認められ、厚生労働省もHPVワクチンの積極的勧奨を再開している。話し合いを重ねて吉川さんはワクチンを受けることにした。

「保護者がH P Vワクチンにネガティブな印象を持ち、接種の選択肢を与えてもらえない未成年が一定数いるのではないかと考えています。私の場合は母が話してくれましたが、今度は私がみんなに伝えたい。体についてちゃんと知って、自分で判断するべきだと思うからです。石川の活動への熱い姿勢を同級生ながらに感じていたので、彼女となら実現できると思いました」(吉川さん)。

きっかけはそれぞれ異なるが、全員が感じているのは包括的性教育を伝えていくことへの使命感。そして、その行動がよりよい未来につながると確信しているのだ。

人生の選択肢を広げる。それが幸せにつながる

授業でも語られたがbeingは包括的性教育を「幸せになるための学問」だと捉えている。

「以前の私のように性教育という言葉に拒否反応を示す人もいたかもしれませんが、包括的性教育は人生の選択肢を広げるためのもの。生きるなかで『自分で選択できること』が、幸せにつながると思っています。それを今回の授業で中学生に伝えることができたならうれしいです」(石川さん)

「包括的性教育は自分の体と人生について、深く考えるきっかけになるものだと思っています。私たちは情報を伝えられるけれど、答えを与えられるわけではありません。情報を得たあと、どう判断するかはその人の自由です。それをお互いに受容していくことも大切です」(佐藤さん)

他者を受け入れながら、自分で選択する。簡単なようで多くの人ができていないことなのかもしれない。

「中学生は生理がきている子とまだきていない子がいる狭間なので、女子同士でも生理の話は恥ずかしい人も多いと思います。だからこそ生理についての壁をなくすことが大事なんです。男子にとっても生理を知ることは、これからの人生、恋愛や人間関係を築いていくうえで欠かせません。そこで包括的性教育はとても役立つことをもっと知ってもらいたいです」(吉川さん)

「生理が身近でない人々にとって生理の話は、自分ごととして捉えてもらうことが難しい。その壁を越えるには、相手の立場や考え方を想像する幅広い視野をもつことが重要になると思います。今回の授業はそこも意識して作りました。包括的性教育は性別問わず、また先生と生徒、家庭、社会、学校も含めて『みんな』で話し合い一緒に考えていく必要がある。それがいまあるさまざまな壁を低くしていく一歩になると考えています」(伊藤さん)

包括的性教育によって広がる可能性

冒頭で紹介したponoelを通じた包括的性教育のプロジェクトを協働する花王は、初経からの生理に関するヒアリング調査を約600名に実施。すると、学生の頃に「生理に関する困った体験」をしたことがある一方で、「生理は隠すもの」という意識により一人で悩みを抱えているという実態がわかった。

「ponoelのようなツールがあれば、不安や悩みを一つでも少なくすることができるのではないか」。その思いが、このプロジェクトに参画するきっかけになった。

花王の「ロリエ」マーケティング担当の小松桃子さんはプロジェクトへの意欲をこう話す。

「生理用品などを提供した今回の特別授業を見て、率直に『自分が中学生の時に受けたかった』と感じました。本プロジェクトを通じて発信する生理の情報が、『あってよかった』、『助かった』と思ってもらえるように、ロリエにできる最大限のサポートをしていきたいです」(花王・小松さん)。

包括的性教育は、一人ひとりがよりよく生きるヒントを与える。従来の性教育だけでなく、社会の仕組みすらも大きく変える可能性を秘めている。

この取り組みははじまったばかりだ。私たち大人も、人生を通して包括的性教育を学び、次の世代に伝えていくべきなのだろう。

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