KTDK Imagesong
Web Anthology
18
明日、きみと。
♪ それを愛と呼ぶなら / Uru
Written By 早紀
「ねえ、かっちゃあん。僕、明日お見合いするんだあ」
「おー」
「『おー』ってさあ……。もうちょっと反応あるでしょお? 僕たち、幼馴染なんだし……」
「オサナナジミ、なァ……」
勝己は気付いていた。アルコールに弱いはずの出久が、先ほどまで日本酒の入った枡とにらめっこしていたことを。そこまでして勝己のもとへやってきたのは、これを伝えるためだったらしい。出久の身体にまわったアルコールは、許容量をとっくに超えているのか、夢の世界へ呼ばれるように首がカクン、カクンと揺れる。
柄にもなく、グラスを掴む勝己の手に力が入る。カラリ、と溶けた氷が滑る音だけが、ふたりの間に響いた。
今日は、雄英高校元三年A組の同窓会だった。プロヒーローとしてデビューしてから、早数年。元クラスメイトからも、ヒーロービルボードチャートJPの上位に入るものも出てくるようになってきた。かく言う勝己もそのひとりで、不本意ながら目の前で潰れかけている出久もまた、そのひとりなのだ。
船を漕いでいた深緑のモサモサは、ついに机の上へガタンと音を立てて沈んだ。相当無理をしていたのだろう。Tシャツの襟から覗くうなじまで、茹でたたこのように紅く染まっていた。
こうなってしまった出久がなかなか起きないことを、勝己は知っている。とりあえず呼吸がしやすい体勢に整え、先にタクシーを呼ぶ。金曜の夜にしては比較的早く、十分後には迎えにくるそうだ。その間にふたり分の荷物をまとめ、財布から適当に札を何枚か取りだす。それを幹事である上鳴の横に、無言のままポスと置き捨てた。
「バクゴーのカッチャン。『まだ』送り狼になるなよ?」
「……誰がンなヘマすっか」
「それもそーか。またな。気を付けて帰れよ」
出久を担いだままだと手が使えないため、短く「ン」とだけ答えて、居酒屋ののれんをくぐる。
酒が入ってアホになりかけた上鳴が、意外と聡いと知ったのはいつごろだっただろうか。そんな風に感じてしまうぐらいには、この同窓会兼近況報告会も行われたということになる。
はあ、と吐きだした息がうっすらと白く凝結する。日本には四季があるとは言うが、春秋は短く、夏冬は長い。
今年も、勝己の苦手な季節が訪れようとしている。
出久の住むマンションから少し離れたコンビニで、タクシーを降りる。そして、マスコミ対策として与えられた個性による変装アイテムを使用してから、出久を抱えてマンションへと歩く。
この行為だって、もう両手では足りないぐらい繰りかえしてきた。だが、それを知っているのは、出久を除く元A組だけで。数日後の出久は「酔ってて記憶はないんだけど、今回も無事に帰れたみたいでよかった!」なんて、ヘラヘラと笑うのだ。冗談ではない。
勝己は勝手知ったる部屋の中をスイスイと移動し、出久をベッドへ横たえる。アルコールによってほんのり上気した頬と、その上に散らばるそばかす。ぷっくりとした唇の隙間が、浅い呼吸に合わせてゆるやかに開閉される。
その表面に、己の唇を重ねたらどのような感触がするのだろうか。カサついているのか、それとも、しっとりとしているのか。そんな不埒なことを思えど、目の前でクゥクゥと寝息を立てる男には伝わらない。
わずかに残された理性を命綱のごとく握りしめ、勝己は今日もこの部屋をあとにした。
◇
ふわり、と浮上した意識に合わせて、出久は重く閉ざされていたまぶたをゆっくりと持ちあげる。眼の前に広がる天井は、見慣れた部屋のものだった。
しかしひとつだけ、いつもと異なる光景に違和感を覚える。出久は電気を消した真っ暗な部屋で眠るのが好きなのだ。そのほうがなんだか深い眠りにつける気がするから。それなのに、頭上のシーリングライトはほんのりと橙色に光っていた。
寝ぼけてリモコン操作を間違えたのかもしれない。そんなことをぼんやりと思いながら、人工的な夕陽を見つめる。その橙色のあかりに、昨日見た幼馴染を思い浮かべてしまうのはなぜだろう。
二日酔いのせいか、なんだか胃のあたりがモヤモヤする。出久は吐き気を飲みこむように、ひとつ大きく息を吸った。
ここ数日は、散々なことばかりだった。
出久は、無機質な白い空間に呼び出されていた。呼び出し元は、ヒーロー公安委員。なぜ出久が呼ばれるのかも理解できないまま、向かいの机に掛けた男が話しはじめる。
「ヒーローデク。君には、結婚してもらいたいんだ」
「……けけ、けっこ、ん? 僕が?」
まさに、青天の霹靂というべきだった。だって、出久の人生には婚約者どころか、恋人さえいたことがないのだから。そんな男に、一体全体どうやって結婚しろと言うのか。
出久の表情がコロコロと変化するのが面白かったのか、男の口もとがフッと歪んだ。
「こちらが次期『平和の象徴』の入院率に手を焼いていましたら、『デクと結婚して楔になる』と言って聞かないひとが現れましてね。利害が一致したので、本日この場をセッティングさせていただいたのです」
「……どんな理由であれ、あまりに非人道的すぎませんか? お断りしたいのですが」
「ならば、実力行使をするまでですね。セントラルにはこちらから連絡をして、入院期間に軟禁させていただきます。随分と勝手に入院期間の短縮をなさっているようなので」
耳が痛くなる話だった。何度も「もう動けますから!」と言いくるめて、ヒーロー活動に復帰している自覚はある。それを勝己をはじめとする元A組のみんなや、オールマイト、母である引子がよく思っていないことも知っている。
出久が反論できないでいると、男は話を続けた。
「こちらとしては、無理強いをしたくありません。なので、これは『お見合い』です。どうなさるかは、デク自身が見極めてくださいね」
スッ、ちいさな白いカードが差し出される。そこには、待ち合わせの日時と場所だけが記されていた。
それにしても突然すぎる話だ。情緒はジェットコースターに乗って、どこかへ行ってしまった。
ちいさな白い箱のなかには、出久とカードだけが残された。
カードをもう一度、よく見る。『来月第一土曜 十八時 NR田等院駅前』と、整った右肩あがりの文字がお行儀よく並んでいた。手書きなのか、ボールペンのインクがすこしだけ滲んでいる。その文字にどこかで見覚えがあった気もするが、明瞭には思い出せなくて。
お見合いなんて経験したこともないが、テレビのなかでは「あとは若いものだけでごゆっくり」だなんて言っていた気もするから、引子を呼ぶ必要もあるかもしれない。果たして、喜ぶのだろうか。それとも、困惑するのだろうか。「とりあえず、顔合わせをするだけだよ」とでも宥めれば、納得してもらえるだろうか。
早いうちに電話しなければ。なんて、ぼんやりと考えながら、出久の意識は午後のパトロールの順路を組みたてていた。
◇
――忘れていたわけではない。断じて。と言っても、言い訳にしかならないが。
公安委員に呼び出されてから、一週間は経過していただろうか。仕事上がりに、引子から電話が来たのだ。時折ある生存確認だと思って取ると、浮ついた声が聞こえてきた。
「お見合い楽しみね! 出久がなかなか言い出してくれないから、お母さん困ってたのよ」
「お母さん、知ってたの……?」
「知ってたもなにも、ねえ」
いつになく饒舌な引子に、公安委員に仕込まれたものだと伝える勇気は出なかった。ひとまず、当日の朝実家に戻ることを約束して、電話を切る。忘れていたのは出久だったとはいえ、疲れがドッと肩や腰にのしかかる。だからこそ、伝えるのが遅くなってしまったのだ。
出久はおおきく息を吐きだし、ソファーに倒れこむ。そこでふと、先ほどの電話について思いだした。
「そういえば、僕、お相手についてなにも知らないな……?」
ちいさな疑問は、水紋のようにおおきく広がっていく。普通、とひとまとめに括るのはよくないが、お見合いならば気になるところではないだろうか。
「なんでだろう……」
出久の呟きは、オールマイトの等身大ポスターが貼られた天井に吸い込まれていった。
◇
どう足掻いたって、あと三十分でお見合いが始まる。出久は緊張した面持ちで身なりを整えていた。
跳ねた髪をどうにか抑えつけ、アイロンのしっかり掛かったシャツのボタンを締める。ネクタイはいつまで経っても不恰好なままだが、これはご愛嬌ということにしておこう。
出久が鏡を何度も覗いて変なところはないか、と確認していると、後ろから声を掛けられた。
「そんなに緊張する相手でもないでしょう」
「え、お母さん、誰だか知っているの?」
「ふふ、それは会ってからのお楽しみ。ほら、そろそろ家を出なきゃ、間に合わなくなるよ」
そう言いながら、引子もスーツのジャケットに袖を通した。
駅までは歩いて十五分。ふたりでこの道を歩くのはいつぶりだろう。懐かしい景色に囲まれながら、思い出話に花を咲かせる。いつの間にか引子の身長を追い越して、見下ろすかたちになっていたことに気付かされる。
「ほら、出久。行ってらっしゃい。わたしは光己さんとお話ししてくるから」
あっという間に、駅前のロータリーに着いていた。目の前にはスーツに身を包んだ勝己と、彼の母である光己。母親たちはさぞ当たり前のように、ふたりでどこかへと消えていってしまった。
この状態で、どうしろというのだろう。出久はお見合い相手の顔も名前も知らないのだ。それに、横からジッと見つめてくる視線が煩い。
「……ぼ、僕、待ち合わせがあるから。またね、かっちゃん」
とにかく足早に去ろうとしたのに、右腕をがっしりと掴まれてしまい叶わなかった。
「な、なに……?」
「テメェの待ち合わせは、俺だ」
出久の背景に宇宙が広がる。某猫もこんな気分だったのかもしれないな。なんて、呑気に思っていると、額に衝撃が走った。視界はチカチカと点滅しているし、目の前には星さえ瞬いている気もする。
「い……った! なにするんだよ!」
「それはこっちの台詞だわ! こんなに根回ししてやったのによォ……」
思わず見上げた勝己の額もほんのりと赤く染まっていて、頭突きされたのだと理解する。
いい歳の大人ふたりが、駅前で頭突きをしている。その光景がなんだかおかしくて。出久が眉尻を下げてふにゃりと笑うと、勝己からはおおきな舌打ちが返ってきた。
「店、予約してんだわ。早よ行くぞ」
勝己は大股でスタスタと歩いて行ってしまう。ちいさい頃もこんな風に、勝己の後ろを追いかけてばかりだった。だから、出久もあの頃と同じ言葉を掛ける。
「待ってよ、かっちゃん!」
◇
勝己の向かった先は、高級そうな和食屋だった。地元にもこんなお店があったなんて、出久は知らなかった。勝己は椅子に掛けると、おしぼりに手をつけるよりも前に鞄から書類を取り出した。
「出久。書け」
「嫌だ」
出久が拒否するのも仕方がないだろう。だってこれは『婚姻届』なのだから。しかもご丁寧なことに、証人欄には勝と引子の署名まで。
公安も両親も巻き込んだ。これが、勝己の言う『根回し』なのだろう。どこまでいっても、敵わない。
「公安から、話は聞いたろ」
「一応ね」
「だったら、選べ。俺と一緒に生きるか。セントラルに軟禁されるか」
「どっちも嫌だよ」
「じゃあなんで昨日、言ってきた」
「昨日……?」
昨日の飲み会で、勝己と話そうとして無理に日本酒を煽ったところまでは覚えている。けれど、結果までは思い出せない。
出久が記憶の糸を手繰り寄せようと苦戦していると、向かいからおおきなため息が飛んでくる。
「……覚えてねェンか。ったく、テメェは本当にクソデクだな」
「うぅ……。でも、僕ちゃんと帰れたよ?」
「あんなァ。飲みで潰れたテメェを毎回毎回送ってやってンのは俺なんだわ! いい加減にしやがれ!」
「えっ、そうだったの!? ありがとう」
「……ンで、なんで言ってきた」
ここまで来てしまえば、言うほかなかった。本当は一生伝えるつもりはなかったのに。
出久は勝己と視線を合わせる。その紅い瞳はどこまでも澄んでいて。まるで海のように、すべてを包みこむ。
「ずっと、好きだったんだ。かっちゃんのこと」
ぽつり、とちいさな声だった。けれど、勝己にはしっかりと伝わったらしく、彼の口角がにんまりと持ちあがる。
「……やっと言ったな」
「かっちゃんは、どうなの? 僕だけ言うのは、不公平じゃん」
「俺のは『好き』なんて可愛いモンじゃねェ。ここまで我慢したツケ、ちゃあんと身体で払ってくれよ」
「……え?」
聞き捨てならない言葉だったが、勝己がそれ以上語ることはなかった。
予め用意してあったのだろうボールペンを差しだされ、判断する隙も与えぬまま出久に署名をさせる。
そのやりとりが勝己のスマートフォンから親たちへと筒抜けになっていて、お店に突撃されるのはあと数十分後のお話だ。
作者 : 早紀様
あとがき この度はアンソロジー開催、誠におめでとうございます!♡ 主催・副主催のおふたりには大変お世話になりました。 この場をお借りしまして、お礼申し上げます。 このアンソロジーにお誘いいただいた当初は、別れてからヨリを戻す勝デクが書いてみたいな〜と漠然と思っていました。 ただ、そのタイミングで本誌No.362(単行本Vol.36最終話)が来てしまい……!;; どうにか幸せな勝デクに持っていきたい!とかなり大幅な方向転換をしました。 ボツばかりで苦しいこともありましたが、皆さまの素敵な二次創作に救われ、なんとか書ききることができました。 素敵な曲に対してすこしギャグチックなお話にはなってしまいましたが、ふたりの幸せな未来を存分に詰めこんだつもりです。 どなたかに楽しんでいただけましたら、嬉しく思います。 末筆になりましたが、勝デクというカップリングに出逢えて本当によかったです。 そして、その盛り上がりに少しでも貢献できましたら幸いです。 2022.11.05 早紀