通説2:バイキングは異常なまで残虐だった
「かつてこれほどまでに、ブリテンが異教の人種によって恐怖に陥れられたことはない。野蛮な者どもは祭壇の周囲に聖人の血を注ぎ、神の宮で聖人たちの遺体を路上の排泄物のように踏みにじった」
西暦793年、英ヨークの神学者アルクインは、イングランド北東部沖の島にあったリンディスファーン修道院襲撃を、このように記録した。ヨーロッパでの250年以上におよぶバイキング時代の始まりだった。(参考記事:「バイキング、その恐るべき戦法と強さの秘密」)
バイキングが人々に恐怖を与えたことは確かだが、専門家によると、暴力はバイキングに限ったことではなかったという。英ケンブリッジ大学のジョアン・ショート・バトラー氏は、次のように語っている。「バイキングが、ほかの国や民族よりも特に残虐だったということはありません。殺人、放火、略奪は、当時当たり前に行われていたことです。同時代にフランク王国の国王だったカール大帝は、4500人のザクセン人を虐殺しました」
通説3:どくろの杯で酒を飲んだ
こうした残虐な襲撃の物語を聞くと、バイキングは敵の頭蓋骨を杯にして酒を飲むことを好んだという話にも真実味を感じてしまいそうだ。しかしこれは、誤訳から生まれた誤解がそのまま広がってしまったものだった。
17世紀、デンマーク国王の侍医を務めていたオーレ・ボームは、言語学者でもあり、特にルーン文字(ゲルマン語や北欧語の書き文字)が刻まれたルーン石碑に強い関心を抱いていた。1636年、ボームはルーン文字に関する研究成果を発表し、そのなかで、ある北欧の詩を引用した。その主人公は、殺された北欧神話の戦士たちの天国とされるバルハラで、頭蓋骨の曲がった枝から酒を飲むのだと語っていた。
しかし、詩の作者が言わんとしていたことは、「動物の頭蓋骨から生えている枝」、つまり動物の角だった。ボームは、これをラテン語に翻訳するときに「戦士たちが殺した者たちの頭蓋骨から」と訳してしまった。こうして、バイキングにまた一つ悪評が加わった。他の民族にも、敵の頭蓋骨から酒を飲むという言い伝えがあるが、それもバイキングと関連付けられることが多い。(参考記事:「バイキングと北欧神話とトールキンの「異世界」へようこそ」)
通説4:「血のワシ」の儀式を行っていた
バイキングの習慣に関するおぞましい通説はほかにもある。いけにえとなる人間に、生きたまま「血のワシ」の印を残す儀式を行うというのだ。まずいけにえの胸を切り開く。肋骨を背骨から切り外し、手で押し広げる。肺を外に取り出し、翼の形に並べる。これは、北欧神話の主神であるオーディンのもとへ体が飛んでいくことができるようにするためだと考えられている。しかし、英ダラム大学で中世史学の教授を務めるエレノア・ロザムンド・バラクロー氏は、これもまた原文の詩の特徴的な文体を直訳しすぎた結果生まれた誤解だろうと指摘する。
米エール大学のロバータ・フランク氏も、この儀式の信憑性に長い間疑問を抱いてきた。そして、スカンディナビアにおける初期のキリスト教の著述家たちが、異教の神を信仰していた祖先を貶めるためにこのようなことを書いたのではないかと考えている。1984年に、フランク氏は学術誌「English Historical Review」の記事で、「血のワシを作る手順は文献によって異なり、新しい文献になればなるほど、不気味で異教的で、手の込んだものになっていく」と書いている。
アイスランド大学と英キール大学の科学者たちは、生きた人間の体で「血のワシ」の儀式を行うことが可能なのかという分析を行った。2022年1月に中世研究の学術誌「Speculum」に発表されたその研究結果は、当時の道具を使っても解剖学的には可能だが、犠牲者は早い段階で失血死または窒息死していただろうと結論付けている。つまり、生きた体で儀式を完了させることはできない。実際にこのような儀式が行われていたことを明確に示す遺体が発見されない限り、本当のところはわからない。(参考記事:「バイキング、知られざるその壮大な歴史」)



















