アルベドになったモモンガさんの一人旅   作:三上テンセイ

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あけましておめでとうございます
今年もよろしくお願いします


6.回答

 

 

 

 

 

「『水晶騎士槍(クリスタルランス)』!」

 

 

 夜の闇を切り裂くように、水晶の槍が飛ぶ。

 イビルアイの魔力で練り上げられたそれは、驚異的な速度でゼロのもとへ迫るも、命中することは敵わない。空より舞い降りた巨大な骨の竜に遮られたからだ。槍は骨の身に激突すると、何の成果もあげられぬまま光の粒子へと還っていく。

 

 

「クソ……」

 

「馬鹿が」

 

 

 死の宝珠を手に『骨の竜(スケリトル・ドラゴン)』を操るカジットがにやりと笑んだ。対照的にイビルアイが、舌を打つ。

 

 大量のアンデッド、そして『八本指』の構成員に囲まれたイビルアイとクライムは窮地の事態に陥っていた。彼女達は背中合わせとなって、乱れる呼吸を整えられないでいる。光の見えない、絶望の持久戦の様相を呈していた。

 

 

「『骨の竜(スケリトル・ドラゴン)』は一切魔法を受け付けぬ。小娘よ、いくら貴様が魔法に長けていようが、これを突破できる手段はない。大人しく殺されておけ」

 

「顔も戦い方も、喋り方も陰気なジジイだ。お前なんかに殺されるなら死んだ方がマシだな」

 

 

 憎まれ口を叩きながら、イビルアイは歯噛みした。

 魔法詠唱者にとって『骨の竜』は天敵。彼女にとってカジットは相性最悪の相手と言っても過言ではない。

 

 戦闘能力やレベル差だけでは覆せない相性の噛みあいがこれだ。

 

 

「ゆけ、アンデッド達よ」

 

 

『死の宝珠』が、妖しく明滅する。

 カジットの命令を受けたアンデッド達が、イビルアイとクライムのもとへ雪崩れ込んだ。

 

 

「イビルアイ様!」

 

「狼狽えるな! 『骨の竜』以外なら何とでもなる!」

 

 

 イビルアイは叫ぶと、クライムの襟首をむんずと掴んだ。

 

 

「『砂の領域・全域(サンド・フィールドオール)』!」

 

 

 魔法を唱えたイビルアイを中心に、砂塵が大きく吹き荒れる。これは行動阻害の他に盲目化、沈黙化のバッドステータスを相手に与えるという性質なのだが、アンデッド相手にそれらの副次効果は期待できない。単なる目くらましだ。

 

 

「『飛行(フライ)』!」

 

 

 小さな体が微光を帯び、イビルアイはアンデッドが形成した(サークル)を離脱するように飛んだ。クライムを抱えながらということもあり鈍い速度だが、骨の戦士達は対空性能を持たぬ故、空は安全圏だ。空中にさえ逃げれば、追撃の手はない。

 

 

「──なっ……!」

 

 

 ……しかしこの場に於いて制空権を支配しているのはイビルアイではなかった。砂塵を突破した先に現われたのは『骨の竜』の禍々しい眼光だ。

 

 ひゅ、と冷たい空気が背筋を駆け抜ける。

 

 骨の尾が大きくしなり、『骨の竜』はイビルアイをクライム諸共空から叩き落とした。

 

 巨大な尾にぶち当てられた衝撃は生半可ではない。肺に溜まった空気が押し出され、二人の体は石畳に激突するとゴムボールの様にバウンドした。

 

 しかし、彼女達に休む暇などなかった。砂の嵐を吹き飛ばしながら、ゼロが追撃の拳を固めている。

 

 一級のモンクの拳が直撃すれば致命傷は避けられない。

 

 

「く、そ……!」

 

「武技・『要塞』!」

 

 

 イビルアイを庇う様に、クライムがゼロの前に躍り出た。

 

 武技を発動させた剣で、鉛の塊の様な拳を受ける……が、威力を殺しきれない。ガードを大きく弾かれ、がら空きとなった腹にゼロの二撃目が容赦なく突き刺さった。

 

 

「うご……ぉっ!」

 

「小僧、お前が俺の拳を受け止めようなんざ百年早ェ」

 

 

 鎧を砕き割り、鳩尾をしっかりと抉る拳の質量にクライムは悶絶した。この拳が腹を突き破っているのではないかと見紛う衝撃だ。骨肉に尋常ではないダメージを与えられているのは勿論のこと、もしかしたら内臓も破裂しているかもしれない。

 

 

「クライム!」

 

 

 叫び、水晶の槍をゼロに飛ばすもこれも『骨の竜』によって防がれた。胸ぐらを掴まれたクライムが、高く掲げられる。

 

 

「弱えってのは罪なもんだな。えぇ? 強者の荷物にしかならねぇ」

 

 

 憐れむ様な眼差し。

 クライムは大量の脂汗を額に浮かべながら、怒気を以ってその眼差しを睨みつける。闘志はまだ死んじゃいない。

 

 

「フー……ッ……フー……ッ……!」

 

「ほう……良い目をしてるな小僧。このゼロの拳を受けてもまだ目が死んでいないとは、お前に対する評価を改める必要がありそうだ」

 

 

 ……しかしその闘志は、この場面に於いては何の足しにもなりはしない。ゼロが冷徹にもう一発クライムの腹に拳を打ち込むと、彼は呆気なく意識を手放した。

 

 からりと、手を離れて落ちた剣の音が空虚に鳴った。

 

 

「クライム……ッ!」

 

 

 仮面の下で、イビルアイが奥歯を鳴らした。彼女は、どうしようもない無力感と責任を今感じている。『イビルアイとペアなら大丈夫』とクライムを託したチームのメンバーにも、そして何よりラナーにも申し訳が立たない。

 

 

(くそ、こんなはずじゃ……っ!)

 

 

 ここまで相性が悪い相手がいることなど、想定の範囲外だ。

 

 魔法は『骨の竜』に阻害され、接近戦に持ち込もうとしても王国最強クラスのモンクが立ちはだかる。煙に巻いて逃げの一手を取ろうとも、周りを囲む『八本指』の手勢とアンデッドが邪魔でそれどころではない。

 

 イビルアイは確かに強い。

 ……が、流石にこれだけ手札を封殺されるとどうしようもない。

 

 何より、クライムを守りながらだと猶更だ。

 

 

「『蒼の薔薇』のイビルアイ。貴様、この小僧が大事か」

 

 

 気絶したクライムを掲げながら、ゼロが問う。

 その顔には、勝利を確信した笑みが張り付いていた。

 

 

「……何が言いたい」

 

「お前の態度次第では助けてやらんことはないぞ」

 

 

 言いながら、ゼロはクライムをカジットの方へと放り投げる。じろりと主人がそれを睨むと、『骨の竜』が無遠慮にクライムの体を受け止めた。

 

 

「……一発。俺の本気の拳を受けることができたならあの小僧を解放してやる」

 

「……」

 

「断ってくれても構わない。その場合は即座に……言わなくても分かるな?」

 

「くっ……」

 

 

 選択の余地はない。

 イビルアイには、捨てきれない甘さがあった。それは、戦場に於いては足枷にしかならない甘さだ。

 

 いざという時は非情に徹することができると彼女は自負していたつもりだった。しかし、体が動かない。自分自身、愕然とするような、或いは笑ってしまう様な甘ったれさがそこにはある。

 

 

「いい子だ……」

 

 

 ゼロの口角が上がる。

 是とするイビルアイの態度に満足したようだ。彼は筋繊維の厚い体を揺らしながら、彼女のもとへゆっくりと歩みよっていく。体の至るところに彫られた動物の墨が、順々に発光していた。豹、犀、隼、獅子、野牛の力が、彼の体に充実していく。

 

 

「……約束は守るのだろうな」

 

「ああ。俺は筋はきっちりと通す男だ。お前の心意気に泥を塗る様な真似はしない」

 

「……そうか」

 

 

 子供と大人以上の身長差……それから体重差だ。

 見上げるゼロの体の厚みには、努力か才能のどちらかだけでは到達できぬ凄みが仄立っている。

 

 イビルアイは直感していた。

 あの拳をまともに食らえば、生きていられる保証はないと。

 

 しかし僅かでも仲間を助けられる方法があるのなら、それを取らないという選択肢はない。たとえ、己が身がどうなろうとも。

 

 

「……」

 

 

 馬鹿正直な正拳突きの構え。

 腰を落としたゼロの姿に、僅かにイビルアイの体が怯む。

 

 

「いくぞ」

 

 

 一撃必殺の力を溜め込んだゼロの体が、パンプアップする。大木の様だった存在感が、更に重みを増して──

 

 

 

「ご、ぁ……っ!?」

 

 

 

 ──腹に突き刺さる、砲弾の様な一撃。

 重く、鋭く、疾い。イビルアイの腹を抉る痛撃は、彼女の体をいとも容易く吹き飛ばした。

 

 体がバラバラに千切れそうになる感覚。

 腹を木の幹が貫通した様な、生々しい痛み。

 

 イビルアイは煉瓦倉庫の壁にぶち当たると、なす術もなくそこに崩れ落ちた。

 

 

「ぁ……か……」

 

 

 余りの痛みに、催される吐き気。

 天地がグルグルと入れ替わり、灼熱と凍結が交互にイビルアイの神経を焼いていく。

 

 ──死は目前。

 

 むしろ生きているのが不思議なくらいだった。単純なレベル差があるとはいえ、物理防御に薄いイビルアイが超特化近接職のゼロの全霊の一撃を受ければこうもなる。

 

 

「ほう、まさか生きているとはな」

 

 

 興味深そうなゼロの言葉の暢気さったらない。

 彼はブーツを鳴らしながらイビルアイの下へ歩み寄ると、彼女の髪をむんずと掴んで引っ張り上げた。

 

 

「ぁ、ぎ……」

 

「だが、致命傷のようだな。無理もなかろう」

 

 

 くつくつと、喉奥で嗤う。

 ゼロは苦しそうに喘ぐイビルアイの姿に満足そうに鼻を鳴らした。

 

 雌雄は決した。

 誰が見ても、明らかだった。

 

 ゼロはその結果に笑みを隠さない。

 

 

「イビルアイ……王国でも随一と呼ばれていたアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』……。その中でも特異な存在感を放つ、謎の魔法詠唱者(マジックキャスター)の仮面に隠された素顔を俺はずっと気になっていたんだ」

 

「はぁ……っ……う、つ……」

 

 

 橙の髪を掴まれ、目線に合うように掲げられたイビルアイに抵抗する力は残っていない。尋常じゃないダメージと痛みが、彼女の体を蝕んでいる。

 

 ゼロはにやりと笑んで、イビルアイの仮面に手を掛けた。まずい、と手指がぴくりと動くが、それ以上は腕が動かない。イビルアイは為すがままに、仮面を剥ぎ取られた。

 

 

「な……っ!?」

 

 

 露わになったイビルアイの素顔に、ゼロは目をひん剝いた。驚愕を隠しもしない、素の感情をさらけ出した表情だ。

 

 

(ばれた……)

 

 

 心身が青褪めていく感覚。

 イビルアイは苦悶の表情を滲ませた。

 

 彼女の瞳は鮮やかな赤色をしている。

 犬歯はまるで牙の様に細く尖り、まさに吸血に適した形を晒していた。

 

 ゼロは今までにそれを見たことがない。

 噂でしか聞いたことがなかった。

 しかし一目見るだけで十分だ。

 

 ──イビルアイが、吸血鬼であると理解するには。

 

 

「お前……まさか、アンデッドだったのか……!」

 

 

 まさかという言葉がここまで適切なこともそうそうない。ゼロのその言葉に、その場に居た全ての『八本指』の部下達に驚愕が伝播した。

 

 傍観していたカジットもそうだ。

 彼も隠すことなくしわがれた顔を歪め、まさかといった表情を曝け出していた。

 

 

「は、はは。こりゃあいい! 王国がまさか、アンデッドの助力を得ていたとはな! よもやの大スクープだ!」

 

 

 驚愕から笑みへ。じわりと変化したゼロの表情からは、邪な気配が滲み出している。彼にとってこの情報は何よりの収穫に違いない。王国を手中に収める為の良い手札が手に入ったと、ゼロは喜色を露にした。

 

 アンデッドと組んでいたラナー王女。

 アンデッドを黙認していた冒険者組合を検めなかった王国。そしてその王。揺するには、これ以上ないスクープだ。

 

 ガゼフと『蒼の薔薇』を滅ぼした後に、更に王国に追い打ちが掛けられる。ゼロは腹の底から笑った。全てが、彼に追い風だ。

 

 

「イビルアイ。今までよくこれを隠し通せたものだ。人間との仲良しごっこは楽しかったか? それとも、『蒼の薔薇』をも欺いていたのか?」

 

「だ……ま、れ……」

 

「黙るのは貴様だ、アンデッド風情が。とは言っても、減らず口もその体じゃあそれが限界か」

 

 

 イビルアイは、動けない。

 ゼロは、込み上がる笑いを止められない。これからの自らの覇道の行く末を思うと、喜色を隠すことなど出来なかった。

 

 

「くく、はははははは──……ん?」

 

 

 ……しかしはた、と気がついた。

 何か、言いようのない違和感がゼロの神経に緩やかに通っていく。

 

 ゼロは空を見上げた。

 先程まで様々なことに気を取られて気が付かなかったが──

 

 

「……おい、静かすぎやしねぇか」

 

 

 ──王都が、有り得ない静謐を湛えている。

 

 そう、アンデッドが溢れ返る地獄に変えたにしては、王都が静かすぎる。

 

 ゼロを取り巻く環境はさておいて、彼の計画通りにことが進んでいるならこの王都は今、耳を澄ませなくてもどこからともなく悲鳴や怒号が聞こえてくるはずだ。

 

 

(……それなのに何なんだ、この静かさは)

 

 

 ぞわりと、ゼロはこの不気味な違和感に悪寒を覚えた。冷や水を浴びせられた様な感覚だった。先程まで、あれほど昂っていたというのに。

 

 

「ゼロよ……たった今連絡が入った」

 

「なに?」

 

 

 その違和感に回答する様に、カジットがしゃがれた声を上げる。彼は『伝言(メッセージ)』を受け取っている様だった。その表情は、いつにも増して陰険としている様にも見える。

 

 

「ストロノーフに仕向けた『幻魔』『不死王』……それから儂の部下達が、『黒仮面の宣教師』を名乗る魔法詠唱者(マジックキャスター)にやられた」

 

「……なんだと!?」

 

 

 まさかとしか言いようがない事態。

 謎の魔法詠唱者の乱入により、ゼロの計画の歯車が狂った。

 

 

「ならば、ストロノーフは……」

 

「ブレイン・アングラウスとの一騎打ちに勝利し、現在も生存しておる」

 

「くそ……」

 

 

 ゼロは歯噛みした。

 この機会に王国の精神的支柱を殺せなかったのは、かなり惜しい。

 

 しかし『蒼の薔薇』だけでも全滅させられたなら──と思っていたところで、カジットが口を挟む。どこか、苛立ちが滲む口調だった。

 

 

「それだけではないぞ。クレマンティーヌもやられた。残る『六腕』の手勢もじゃ」

 

「なに……っ!? まさか、全滅したというのか……!?」

 

「どういうことだゼロよ……お主の計画は完璧じゃなかったのか。儂の同胞もその殆どが討たれた。これも全てお主の計画に乗ったからだぞ……!」

 

「有り得ん! 各個撃破できるだけの戦力を整え、相性の良いマッチメイクできるよう根回ししていたはずだぞ!? 何故、悉く敗北しているッ!」

 

 

 黒仮面の宣教師という謎の闖入者が割り込んだガゼフ・ストロノーフに関してはゼロも良しとする。しかし手筈通りであればガガーランとティアにクレマンティーヌを、残る蒼薔薇には『六腕』の残った手勢とカジットの部下をぶつけているはず。

 

 

(何故……? 何故だッ!)

 

 

 ゼロの想定では余程のことがない限りは、勝てるはずだ。今、彼らがイビルアイとクライムを下している様に。

 

 しかしそんなこと、加担したカジットにしてみれば知ったことではない。計画は破綻。『死の螺旋』が成就しないばかりか、同胞も殺されてしまったのだから。

 

 

「ゼロよ。貴様、責任は取れるのだろうな……!」

 

 

 ぎょとりと、カジットの双眸がゼロを睨め付ける。対するゼロは、自身の中に渦巻く怒りと困惑とを消化しきれないでいた。

 

 俺の計画は、完璧なはず。

 今なおそう信じて疑わない。

 

 ならばどこで歯車が狂った? 

 どこで選択を違えた? 

 それとも、自分の揃えた手駒がそれほど使えない連中だったというのか? 

 

 答えてくれる者は誰もいない。

 ゼロの口内に、じわりと嫌な味が滲む。

 

 

 

 ──……そしてその直後、ゼロの持つ疑問の回答そのものと言ってよい戦士が空から降ってきた。

 

 

 

 着地と同時に振り下ろされた一振りのグレートソードの軌跡が、『骨の竜』の正中線に淀みなく閃いた。

 

 たったのそれだけで『骨の竜』は真っ二つに分たれ、骨の身が力無く崩壊していく。

 

 

「な、にぃ……!?」

 

 

 召喚主たるカジットの目が見開かれる。

 そんな彼を嘲る様に、戦士はゆっくりと落とした身を起こした。

 

 

「……さて、終幕(フィナーレ)といきましょうか」

 

 

 漆黒の鎧に身を包む戦士は、美しいソプラノでそう告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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