第8話 術師道具の買い足し

 燦月学園は高校・短大を兼ねたカリキュラムが組まれている。選択制の講義を取って単位を獲得し、卒業する——それが主だが、であれば七年間も通学する必要がないではないかというのは最もだ。普通に考えれば五年かそこらで済むのだから。

 ではなぜ七年も通うのかといえば、燦月学園——特に退魔師関連のコースの場合は実習が多い。わかりやすく端的なところで言えば、実戦の場に出る退魔師コースは依頼をこなしてそれに応じたポイントを獲得し、進級と卒業の単位とするのだ。


 ゆえに退魔師コースまたそれに付随するコースへの入学は死亡リスクへの同意も行わねばならず、より安定した依頼実習をこなす上で訓練も必要となり、結果的に七年制のシステムに行き着いたというわけだ。

 余談だが在学中に命を落とす危険度が高いこの学園への入学を反対する親は本当に多い。

 奏真は親がいないのもあって祖父を説得するだけで済んだが、一般的な家庭の出身でこの学園に来るには相当に骨が折れる。単に入学倍率や授業・実習の過酷さだけが学園生活の難しさの全てではないのだ。


 午前二コマの講義を終えた奏真は術師道具——魔道具や呪具が揃っている販売所に来ていた。正門のすぐ西にある工場に併設されたもので、学園内で製造された術師道具が揃っている。

 工場で働くのは学園の卒業生はもちろん、燦月市から通勤している者も多い。

 性能評価は退魔師協会規定でA等級が付けられており、文句なしの品質だと大きくポスターに描かれていた。

 奏真とクラムは同じ講義を受けていたこともあり、二人でここへ来ていた。同じように講義の空き時間に来ている生徒、あるいは街の術師もいる。


「奏真さんは何を買われるんです?」

「水の圧縮式符カートリッジ。俺の技量じゃまだ妖力を水に変換するなんて難しくて、時間をかけてやっと大気中の水分をかき集められるくらいだから」


 少し困り笑い気味に言う奏真。妖力だけで物質を生成することは極めて困難なのは、術師の間では普通のことで恥いることではない。

 しかし彼の祖父は奏真と同じ術式で、妖力のみで膨大な水量を生成・制御できていて、奏真としてはついそのレベルの術と比較してしまっていた。

 だからこその困り笑いである。同じ血筋、同じ術式なのに——そう思い込んでしまう。もしかしたら神童と謳われた兄のことも、少し意識しているのかも知れなかった。


 それはさておき——。


 クラムは以前の依頼で奏真がペットボトルの水で攻撃していたことを思い出した。

 妖力は可能性のエネルギーとも言われ、高度な術師になれば練り上げた妖力だけで土塊を隆起させたり、金属を生成したりもするらしいが、一般的な四等級退魔師の中でそんなことができるものは極々わずか、ほんの一握りの天才だけである。

 普通はすでにある物体に妖力で働きかけることが多いし、なんなら一等級退魔師の中にも呪具などを頻用する者だっているのだ。


「カートリッジって結構安いんだな」


 と言いつつ奏真は一本、強化繊維素材とカーボン素材を用いた強固な外殻を持つカートリッジを手に取った。

 封入量は一本につき二〇リットル。灯油を入れるポリタンク並みの封入量が、握り拳一つ分ほどの円筒に収まるのだから妖術処理とは凄いものである。

 値段は一本一万三〇〇〇葎貨。安心安全な裡辺皇国製品、退魔師協会規定でA等級品質、そして性能と素材——それを鑑みれば充分安い。圧縮した水が暴発すれば、それは立派な爆弾並みの威力を発する。そんなものが手の中で弾ければ、肘から先が消し飛びかねないのだ。

 それを思うとこれは文句なしの買い、である。


「すみません、このカートリッジと同じものをあと十一個ください」

「合計で十二点、お値段は税込で一五万六〇〇〇葎貨となりますが……」

「大丈夫です。祖父の手伝いでまだ貯金はあるので」

「かしこまりました、少々お待ちください」


 店員の一人とそんなやりとりをして、奏真は手元のエレフォンのマネー管理アプリを開いた。アヤペイという、現在裡辺でポピュラーな電子マネー管理アプリである。

 本土にいた頃、祖父の仕事の手伝いで色々やっていて、小遣いという形で報酬を得ていた。現金でここにチャージしている貯金額は、一般的な高校一年生が持つには持て余すほどである。


「奏真さんの貯金額、いまちらっと見えましたけど……凄いですね」

「祖父さんの手伝いでな。贈与税で取られた分もあるけど、それを差っ引いても充分な初期資金にはなったよ。退魔師としての訓練や勉強もできたしさ」

「竜のお勉強も教えてもらったとか?」

「うん。本土の家に小さい翼竜が遊びに来てた。祖父さんの知り合いの竜なんだけど、乗り方をその翼竜で学んだ。前にも言ってなかったっけか」

「そういえばお聞きしましたね。いや、奏真さんなら載せてもいいかなってことでちょっとプッシュしただけです」


 結構素直に本音を言うのがクラムだ。短い付き合いだが、思ったことをダイレクトに口にするという彼女の性格についてはもう把握している。

 奏真はカウンターで電子決済し、紙袋に入れてもらったカートリッジを受け取った。クラムは式符を選んで購入し、二人は販売所を出る。


 今日はリエラたちと四人で依頼を受け、チームとしての動きを確認しようということになっていた。

 幸か不幸か、退魔師が仕事に困ることは滅多にない。普通に考えれば退魔師が笑い物にされるくらい平和な世の中の方がいいに決まっているが、なかなかに世知辛いもので、退魔師稼業は恐らく金輪際なくなることはない、というのが退魔衆上層部の総意だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゴヲスト・パレヱド 雅彩ラヰカ @N4ZX506472

作家にギフトを贈る

カクヨムサポーターズパスポートに登録すると、作家にギフトを贈れるようになります。

ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?

ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画