第7話 アイアンヘッド

 芽黎五二年 四月八日 月曜日


 朝六時に鳴った電子時計の喧しい目覚ましですぐに目を覚ましたのは奏真とアリサだった。


「ふぁ……ふ……。ここは。……ああ、寮だ」


 学園に来て最初の月曜日。ここで眠ったのはまだ二回だけ。体が覚えていないこともあって、奏真は一瞬、本土にある実家とは違うざらついた壁紙の部屋に思考が鈍った。

 日曜日の昨日、下町に少しだけ出て部屋を飾る小物なんかをみてきた。裡辺特有の変わった神道系宗教である神闇道しんあんとうの神社に行って、御朱印をもらうついでに小物を買ってきたのだ。


 その神社——燦月市は桜花町にある桜花常闇之神社にて購入した小物は、刀のスモールな模型と『常闇之神社』と達筆で描かれた掛け軸、あとは鳥獣戯画のようなタッチで描かれている鬼がかっこいいカレンダーである。

 それに加えクラムからは「こういうのは?」と、金運上昇の風水狐の置物をもらっており、それを本棚に飾っていた。


 奏真は寝起きの頭でそんなことを考えて少しずつ意識をクリアにしていく。

 ベッドから降りてカーテンを開けると、巨岩の天井に空いている穴から青空が見えた。山の方にあるばっくりと裂けた岩間はちょうど東の空を見通せて、太陽が登ってくるのが見える。

 首を回して肩を動かし、腰を捻る簡単なストレッチをして、奏真は自室を出た。


 彼らは各々の部屋で目を覚ますなり、まずアリサはリエラを起こしに行き、奏真は寝ぼけ眼を擦ってから顔をぱしんと叩いて気合を入れると、洗面所できんきんに冷えた水で顔を洗った。

 そうこうしているうちにクラムも自然と目を覚まして、リエラも起こしてもらってのそのそと全員がリビングへ。


「おはよ」


 奏真がそう言うと、クラムとアリサは「おはようございます」と綺麗に返し、リエラは眠そうに「おはよう……」とうめくように返事をした。

 どうやらリエラは朝に弱いらしい。


 それはさておき、一つしかないシャワールームに真っ先に入って行ったのは烏の行水であるリエラだった。これはくじ引きで決めたことだが、一番手が早く済ませてくれる者というのはありがたい。

 ちなみに一番遅いのはアリサらしいが、流石に学校でそんな遅く風呂には入らないとアリサはやや憤慨していたのを覚えている。

 昨日の日曜日は親睦を深めようと言うことで学園敷地内で色々みたりしながら意見交換したり、コートにいた先客に混ぜてもらいながらドッヂボールで遊んだが、いい運動になったのと同時にお互いを知れて良かったと思っている。


 シャワールームには交代で入ることになっており、空いている時間に授業の支度をしていた。電子化されたノートや教科書の類なので、一昔前のように紙の本を用意する必要はない。しかし術の訓練に使う式符や専用のインクのチェックなど、すべき作業は多かった。


 リエラが出てクラムが入り、奏真が入って最後にアリサ。

 全員のシャワーが済むと、時間的にちょうど学食で朝食をするのにいい具合になった。


「忘れ物はないです?」


 クラムがそう聞いてきて、全員が「大丈夫」と応じた。戸締まりと電気を切るのも忘れず、ガスの元栓は最初から開いていないのでそのあたりの安全は問題ない。

 全員が部屋から出てクラムが鍵をかける。最新のバイオメトリクスを用いたロックだ。そうやすやす泥棒は入れないし、そもそも一流の退魔師をうんざりするほど抱えた学園敷地内に忍び込む馬鹿はいないだろう。自殺志願もいいところだ。


 寮を出ると他の生徒もすでに外におり、部活動に励む者はスポーツウェアで掛け声を出しつつランニングしている。

 燦月学園は近現代には多数のコースを新設し、一般の普通科高校としての側面も持っている。七年制カリキュラムのなかで一年生から三年生の退魔師関連コースの生徒を合わせれば、マンモス高並みの在学者がいるのだ。


 職員棟北に隣接する学食は三階建て。二階のインナーバルコニー的な席を取って、奏真たちは料理が並ぶ——一階から三階それぞれにキッチンがあるのだ——屋内で、トレーとトングを手に列に並ぶ。


「いっぱいありますねえ。色々食べたいですよね」

「食い過ぎるとまた眠くなるんじゃないか?」

「大丈夫です、竜族ですので」


 そういう問題か? そう思いながら奏真はベーコンエッグを皿に乗せ、レタスとカットパプリカ、スライスされたアーリーレッドを乗せていった。

 さまざまな妖怪がいる学園だ。アレルギーが起こらないよう、「◯◯妖怪用」と書かれた代用食材料理もある。

 チキンライスを乗せて、あとはスクランブルエッグ。トングを返却口に入れてから空いた手でコーンスープを注ぎ、続く学友とテラス席に戻った。


「いただきます」


 手を合わせて言ってから、フォークを手に取った。サラダを口に運んで、四人は思い思いに盛り付けたバイキングに舌鼓を打つ。

 クラムはとにかく肉料理が多く、野菜の類は気休め程度。リエラは魚料理が好きなようで、アリサはなんともわかりやすくトマト系ばかりであった。

 妖怪の好みもあるだろうが、卵料理を多く取っている奏真を含めそれぞれの個性が出たチョイスとなっていた。


「続いてのニュースです。二ヶ月前から裡辺皇国辰巳たつみ県を騒がせている空賊『アイアンヘッド』の飛行船が燦月市近隣で目撃されたとのことです。こちらの映像をご覧ください」


 備え付けの有機ELパネルに映る、視聴者提供のテロップと映像。遠くから撮影されたそれには、ツインマスタングのように双胴を持つ飛行船、その機影がはっきりと映っていた。


「センスのない飛行船ですね……中学生じゃないんですから」


 クラムがばっさりとそう言い捨てたが、誰も否定しなかった。

 デカければ勝てる——中学生ですらそう思わないだろう。アイアンヘッドだとかいう空賊は、どうも小学生めいた哲学を持って行動しているらしい。

 リエラがサーモンのバターホイル焼きを嚥下してから、


「僕でももう少しマシな名前を名乗るかな。アイアンヘッドって……」

「頭が弱いから賊などに身をやつしたのですよ。とはいえ気をつけたほうがいいでしょうね。馬鹿なりにずる賢いようですよ。でなければとっくに捕まってますし」


 アリサの言う通りだ。

 燦月市内に来るのも時間の問題だとすれば、明日は我が身という言葉がそろそろ現実味を帯び始めるに違いない。

 奏真はニュース画面を注視しつつ、スクランブルエッグを口に運んだ。

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