第5話 依頼受注
ワニのような外見をした異形が歩を進める。細身で頭部のマズルも鋭いが、異様なのは胴体から伸びる後ろ足の二本が発達し、ワニでありながら獣脚類の恐竜ように二足歩行を可能としていることである。
そいつは喉を低く鳴らし、己の薄暗いテリトリーに入り込んできたイタチを咥え、粉々に噛み砕いて
パキパキパキッ、と小骨のように全身の骨を砕きながら、ワニはさらなる餌を求めて進んでいく。
ぶちまけられた血を、ほかの異形が啜りとっていく。
異様な光景。
そんな、自然界ではありふれているはずなのにどこか冒涜的な光景は、燦月学園の旧学舎で繰り広げられているのだった——。
×
燦月市の天気は曇りときどき雨。ニュースの気象予報通り、正午を過ぎると同時に雨がぱらつき始めた。
岩戸の中は雨風の影響をあまり受けず、巨岩内に張り巡らされた雨樋や人工的なポンプ装置などを使って擬似的に雨を降らせることで外の天気を再現していた。
乾燥しすぎるとさまざまな弊害がある。雨が降らないというのは決していいことではなく、ある程度の悪天候もまた必要なのだ。
「以上十名に、四等級退魔師資格を授与するものとする」
半ドンで授業が終わったあと、度胸試しで好成績を収めた五ペア十人は校長室で四等級退魔師資格を受け取っていた。大々的な表彰式はないが、ここに呼び出された五ペアは既に有名人と言えるだろう。
普通、四等級資格は二、三年生になって取れるものであり、一年生が四等級というのは入学以前に各々が自力でそれ以上の等級を取らない限り——退魔師の家系などでは学園入学前に四等、三等級資格を取ることもあるのだ——、滅多に得られる資格ではないからだ。
多くの退魔師が一等級で頭打ちである中で、学園に来て間もない者が四等級というのは憧れであると同時に嫉妬の眼差しを向けられる立場である。
そういった期待と責任、重圧に耐えられずに志半ばでこの業界を去る者も少なくはない。
「おめでとう。我が校から優秀な退魔師を輩出できることを期待しているよ」
初老に差し掛かりつつある人狼系妖怪の女性——燦月学園校長から書状を受け取った十人は各々一礼し、別の先生が退室を促すのを待って校長室から出た。
緊張した、というのが奏真の率直な意見である。
ブレザーとワイシャツが締め付けてくるように感じられる威圧感と、実際ネクタイに至っては絞め殺そうとしているんじゃないかというくらいに息が詰まる空気感だった。
周りには術師としての技量が格上である教師が複数。しかもその中には現役の退魔師までいるのだから当然だろう。
並大抵の一般退魔師では放てない凄み、堂々たる存在感を教員全員が放っているのである。緊張しない方が無理だ。
「ふぅ……現役退魔師に囲まれると緊張しますねえ。一等級の先生方もいらっしゃるそうですし」
「退魔師やってる教員は大半が二等級らしいな。中には上等級、なんてのもいるらしいけど」
「大抵は一等級で頭打ちなんだよね?」
「そうだな。どこの国でも一等級で大抵は頭打ちらしい」
同じく四等級資格を受け取ったリエラがそう言って、奏真が応じると彼は改めて書状をしまった筒をぎゅっと握る。
「この学校の自由な校風が許されるのも強い先生方がおられるから……ということでしょうね」
フリルをあしらって、胸元を開いたデザインの洋服めいた制服に身を包むアリサがそう言った。昨日知ったが、リエラとアリサは吸血鬼ハンターと吸血鬼のペアという、極めて稀有な関係で退魔師をしているらしい。
どうしてそのような関係に至ったのかはさすがにいきなり過ぎて聞けはしなかったが、いずれにせよ変わったやつなんてのはこの学校にはごまんといる。彼らの関係よりも変わっている者くらいそこかしこにいるだろう。
「いざというときはオイタをした学生を叩けるだけの力がある——という自負でしょうね。私もあんな強そうな先生方に逆らう気にはなれませんでしたし」
クラムが筒を弄びながら言った。
四人は校長室を内包している学園中央部の職員棟を出ると、西にある依頼斡旋所へ向かった。
ここは学生、あるいは学園を拠点に活動している退魔師が依頼を受ける際に使う建物である。
奏真たちはあらかじめ依頼に受注の電子捺印してから荷物をしまいに行くつもりだった。
依頼斡旋所のドアは強固な強化ガラスであり、それを用いた自動式の扉が左右にスライドする。軋りはなく、滑らかに開いたドアを越えれば、待っているのはアマチュアを許さぬプロの退魔師の世界だった。
上級生や、卒業後ここを拠点とする退魔師があちこちにいる。彼らは値踏みするように、あるいはあいつが噂の……とでも囁きながらこちらに視線を寄越してくる。
だからこそ奏真は自分がプロであるという自覚を強く持った。無論、実績などないに等しい。けれどこの商売は舐められたら終わりだ。たとえ新人であろうと胸を張らねば、下に見られておしまいである。
それはやや気弱なところがあるリエラも自覚しているらしく、彼なりに堂々と振る舞って斡旋所を進んだ。
依頼の類が貼り付けられているボードは、かつてはコルクボードなどに直接紙を貼り付けていたらしい。けれど時あたかも芽黎五二年——西暦二〇五二年ではそれらも電子化され、電子端末があちこちに備えられていた。
奏真たちはめいめいエレフォンやエレパッドをそれらの端末と有線で同期し、それからすぐにテーブルに向かった。
一度システムを同期してしまえば、あとはいつでも電波の通じるところで依頼を吟味できる。だからこそ依頼斡旋所という退魔師の職場の割に人影があまり多くないのだ。
理由は大半が携帯端末で依頼を受注してしまうから、である。
ここに集まるのはブリーフィングをしておきたい者——それが大半で、あとはシステム同期のための一見さんであった。
「俺は戦闘系の依頼を受けるつもりだけど、クラムは?」
「私も腕試しにそういったものを受けたいので、それで構いませんよ」
「僕たちもそうしようかな。アリサ、なにかいいのある?」
「四等級
それぞれが意見を出し合い、依頼を選ぶ。
奏真・クラムペアと、リエラ・アリサペアはそれぞれ異なる依頼を受けることにしていた。
四人一組というのはチーム運用では極めて合理的な人数だが、まだ知り合って日が浅くそれぞれに経験が少ないため、まずは臨機応変に動きやすい二人一組のツーマンセルで動こうということを今朝決めたのである。
無論、ペア行動は学生課に申請すればいつでも解消できるし、ルームメイト同士で四人チームを組めという決まりもない。
けれど奏真たちはほとんど勘でしかないが、この面子であればいい結果を出せる気がするという予感を持っていた。奏真とクラムはお互いに縁があるような気がしていたし、リエラとアリサも一言では説明できないくらいには付き合いが深いらしい。
ひとまずペア行動をするのは、何をおいてもまずは小さな成功体験を積み重ねていくため——それにほかならない。
やがて奏真は一つの依頼を見つけてクラムに見せた。彼の第六世代エレパッドに映っているのは、この学園の敷地内で発生した五等級及び四等級魍魎の
「新文化学舎の西にある旧学舎で魍魎が出たらしい。異空間化……
「鬼截路……といいますと、大陸の
「うん。本土の有名な漫画だと妖怪横丁もこの類だし、北米だと幻夢境ってのもこれに類するものって言われてるんだってさ」
奏真がこういった雑学——退魔師にとっては普通のことだが——に詳しいのは、彼の祖父が本土で退魔師をしているからなのと同時に文学を好む老爺だから、というのがある。
いや、包み隠さず言えば奏真の祖父はいわゆるアニオタであり、ライトノベルから純文学、海外作家の作品に至るまで多くの書籍が本土の家にあるのだ。珍しいところで言えば、フランス語圏の漫画であるバンドデシネなんかも置いてある。
「僕は市内の廃工場に出た魍魎退治にしようかな。こっちは鬼截路が起こってるらしいけど、初めてじゃないからどうにかできると思う。アリサ、この依頼受けるね」
リエラが手元のエレフォンを操作して依頼に電子捺印する。
奏真もクラムに「旧学舎でいいか?」と最後の確認をし、彼女が頷いたのを見てから依頼を受けた。
エレパッドが承認の文字を返してきて、奏真は「よし……」と頷いた。
あとは不必要な荷物を置いて現場に急行するだけである。
昨日の度胸試しでは結局刀を抜いていない。
なまっていなければいいが——己の実力を試せる場を前に、奏真は内心武者震いしていた。
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