第4話 部屋割り

「よかった、残ってた」


 度胸試し終了から二時間ほどが経った、午後八時過ぎ。

 結果発表は文句なしで奏真とそのあとクリアした二人組、そして五着までが四等級を交付されることで決定となった。退魔師コース新入生の二四〇名のうち十名だけが最もいい報酬を受け取る運びである。


 あのあとで学内の説明を講堂の南にある第二体育館で受けたのだが、今日はもう遅いからという理由で先ほど学食で夕飯を済ませることとなった。

 奏真はクラムと共に四等級資格に必要な書類へのサインと捺印を済ませてから食事を終え、寮が並ぶエリアの購買で買い物をしていた。クラムは先に部屋に戻って、寝床決めや荷物の整理をしているという。


 置いてかれる形で購買にやってきた奏真はというと、消灯時間の午前〇時までの間のお供となる菓子類やドリンクをカゴに入れていた。

 そしてたった今手に取ったのは週刊少年ステップという週刊誌で、その名の通り少年漫画を多く取り扱っている雑誌である。毎週月曜発売だが、今週は買いそびれていた。ここで出会えたのは奇跡というに他ならない。


 ラックに並んでいた最後の一つを手に取ると、いつのまにか隣にいた子から「あっ……」と声が漏れた。

 そこには背が低い、金髪の少女。


「ああ、悪い。読み終わったら貸そうか?」

「ありがとうございます。僕の部屋は……って、黒塚君ですか?」


 どうして俺を——そう思ったが、よく見ればこの金髪で小柄な女の子は知っていた。

 度胸試しで二着だった子なのだ。

 身に纏っているのブリテン帝国はスコットランドに発祥を持つインバネスコートのようなデザインの制服で、先ほどのことを踏まえれば一年の退魔師コースだろう。

 人形のように可愛らしい子で、まるで御伽の国の妖精のような外見である。事実、肌の白さに加えやや尖り気味の耳からしてハーフエルフであろうと想像がついた。美しい宝石のような碧眼は優しげだ。


「君は……えっと」

「リエラです。ガブリエラ・ベルモンド。こう見えても男です」

「そうなんだ。俺は黒塚奏真。奏真でいいし、敬語もいらない」

「じゃあ僕もリエラで。あの、僕と同じ部屋って知ってるかな?」


 そうだっただろうか。

 いかんせん男女混成の部屋割りに面食らっていたのでろくに同部屋のメンバーを見ていなかった。

 退魔師コースの規定上ペアを組んだ者が同じ部屋になると言われただけでも驚いていて、プラスもう一組で部屋が決まると聞いた記憶は微かにあるが、クラムがうるさいくらいにはしゃいでいたせいで別の同部屋の者のことをすっかり忘れていたのだ。


「混乱してて忘れてた。でも同じ部屋なら都合がいいな。金払って寮に戻ろうか」

「そうしましょうか。僕はちょっと飲み物選んでくるね」


 レジはセルフであり、奏真はカゴを未精算商品を載せる台座に置いて、一つ一つバーコードを読み取っていく。やや遅れて別のセルフレジでリエラが精算し始めた。

 一見すると温室育ちにも見える彼女——否、彼だが、大丈夫だろうか。

 奏真は手早く精算を済ませて金を払うと、リエラの方を見た。

 案の定というか、手間取っている。この時間の購買は混むため、迷惑そうにしている生徒もいた。


「リエラ、ちょっと貸してくれ」

「あっ、うん」


 奏真は商品をリーダーに対してさっとスライドさせた。

 それだけで苦戦した読み取りがすぐに済む。


「凄い。どうやったの?」

「バーコードは見なくても適当にさっと読み込ませるように流せば通るんだよ。大体の位置はやってくうちに覚えると思う。あと、焦りすぎないことだな」

「わかった、ありがとう」


 リエラの手際が少し良くなり、精算が終わった。質の良さげな革財布から裡辺通貨である葎貨りっかを出してお金を払い、商品を提げて二人は購買を出る。

 四月五日、金曜日の午後八時半。

 外はもうすっかり暗い。


「奏真は明日から早速依頼を受けるつもりでいるんだっけ?」

「ああ。クラムに聞いたのか?」

「話し声が聞こえてて……ほら、四等級資格の書類にサインしてる時。明日の早くに交付されるって聞いたくらいのときだったかな。僕も依頼を受けようって思ってたから。なんなら、そのためにここにいるし」

「そっか。確かに無名の退魔師が大きなバックを持つなんて、それこそ学園に入るくらいしかないからな。ここで人脈作っとけば、卒業後も色々太いパイプを持てるし」


 意外と計算高い男である。

 購買は寮エリアの北西にあり、その東に三つAからC、三つの南にD棟の合計四つの寮がある。

 見た目は完全にマンションといった佇まいで、あたりは電気灯篭やなんかで照らされていた。カーテン越しに暖かな光が漏れているのが外からでもわかる。


 奏真たちの寮はB棟である。三つ並んでいる棟の真ん中で、南側にもD棟があるまさに真ん中の寮だった。

 奏真たちは階段を使って四階まで上がり、四〇七号室のロックを渡されていた生徒手帳をスキャンして開けた。


「ただいま」「ただいま、アリサ」

「奏真さん、おかえりなさい!」

「おかえりなさいませ、リエラ様」


 寮は六畳の個室が四つとリビング、簡易的なキッチンエリア、シャワールームと洗面所、クローゼットやトイレがある間取りである。

 部屋割りは決まっているらしく、個室のドアにはローマ字でそれぞれの名前を付けたプレートがかけられていた。

 もともとこの寮は周囲の山から妖力鉱石を掘り出す作業員が暮らす団地だったらしく、学園の前身組織が買い取ったものを改装したものらしい。

 なので一家で過ごすことを想定し、一つの部屋の中にも多くの小部屋がある作りになっていた。

 クラムとアリサという赤い髪の女はそれぞれリビングを挟んで部屋を設置し、彼女らの隣に奏真とリエラを割り振ったらしい。


「アリサ、トマトジュース買ってきたよ。このメーカーのでいいんだよね?」

「ええ、ユリカゴ食品のトマトジュースが一番ですから」


 奏真も袋の中身をリビングのテーブルに並べていく。ジュース、お菓子、その他使えそうな日用品などだ。

 食事は学食で摂ってもいいし、各々の部屋で自炊してもいいらしい。あいにく奏真には自炊スキルはあまりないのだが。


「一国一城の主人になった気分だ」


 奏真は缶コーヒーを片手にそんなことを呟く。

 いずれにせよ、明日からはその城を拠点に切った張ったの日々が始まる。

 級友同士、将来を志すライバル同士、奏真もいっとき難しいことを忘れて青少年らしく少し羽目を外して一夜を賑やかに過ごした。

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