第3話 行間を読み解いて

「命を奪わないっていうのが一番難しい」


 奏真は木の上から周囲を見下ろしつつそう己に言い聞かせるように言った。

 木登りをしていると幼かった頃を思い出す。あの頃は自然の中にあるもの全てが遊具で、アスレチックだった。何度『ターザン』ごっこをしたか数えきれない。


 決して深読みしていたわけではないが、殺す以外はなんでもありと言われた以上それをなるべく回避できる方法がある気がして、この十分間あちこちを歩き回りながら周囲を見回していたのだ。


 行間を読む——まずは何においても説明自体をしっかりと理解することだが、それができると言葉に込められた意味や、なぜそんな言い回しをしたのかというのを考える余裕ができる。

 言葉そのものの意味がわからないとか、ちゃんと理解できないうちにこれをやると本当にただただ無意味な深読みに終始するが——。

 何はともあれ、普段から色々と作品に触れている奏真には、初心者レベルとはいえ行間を読む能力を身につけていた。


 要するにこの試験は戦いや権謀術数に目を向けさせた上で、しっかりと話を聞いて探し物をすれば簡単にクリアできる宝探しに過ぎないのだ。

 困難にぶつかった一度冷静になる。それを実感として持っている者は、今頃争いなどせず大人しくあちこちに目をむけ勾玉を探しているだろう。


 そうして奏真もあちこち探し回った結果、すでに三つの勾玉を見つけていた。

 掘り返されたような跡がある木の根っこのそば、湿った面が上になっていた石の下、そして今登っている木の枝の先など。

 戦い以外の方法で退魔師稼業を全うする者がいることは純然たる事実であり、であればそうした者が突破できる糸口があるのではないかと考えて行動していたが、当たりだった。


「俺の元々のと合わせて合計四つ。……クラムと合流するか」


 奏真は枝から飛び降りて真下に着地。腰には竹刀袋から取り出した刀を剣帯に差して身につけていた。妖力を纏わせて刃を包めば鈍器としても使えるが、それでも一キロ近い物体を振り回すので、加減を謝れば骨が折れて死ぬのが刀の恐ろしさだ。

 特に術式効果を持っていたり、妖力親和性の高い裡辺刀は一般的な刀に比べ殺傷力・対魍魎・対術師能力が極めて高いのだ。

 あらかじめ集合場所に指定していたところ——目標になる二股に裂けたような大木のもとまでやってくると、クラムがすでにそこで待っていた。


「待たせた。こっちは合計四つになった。そっちは?」

「私は三つです。余裕でクリアできますね」

「ああ。早さ勝負の兼ね合いも兼ねて、そろそろ戻ったほうがいいかもな。これだけあれば早さとスコアからして、四等級資格も貰えるだろ」


 等級が一つ変われば、それだけランクに応じた厚遇を得られる。福利厚生、給料、支給品の質などが向上するのだ。退魔師は決して慈善活動ではなく仕事だ。労働環境はなるべく良くしたい。

 奏真たちは各々持っていたポーチなどに勾玉をしまって、ふとクラムが突然奏真を突き飛ばして、飛びかかるようにして奏真に覆いかぶさりその場に伏せた。


「なん——、」


 疑問を口にした瞬間、樹皮に火球が激突して大きな音を立てる。水分を多量に含んだ樹皮がぶすぶすと音を立て、焦げたような匂いが辺りに立ち込めた。

 不意打ちめいた攻撃。しかも妖力防御レジストなしで無防備なまま食らえば重傷を負っていたであろう威力である。いっそ殺意があったとすら言えるような。

 クラムが奏真の上から退いて呪符を取り出し、断定まじりに誰何した。


「瀬田さん、ですね」


 軽く呪符を振ってボフッと舞った煙の中から一振りの斧槍ハルバートを手にして握る。


「正解だよ、節穴のトカゲ女」


 現れたのは先ほどクラムに絡んでいた二人組。術師の家系の出である瀬田と、その護衛だった。

 瀬田の方は呪符を手に、護衛の方は一振りの直剣を握っている。


「君らのことを見てたけど、随分勾玉を集めたみたいだね。どうかな、取引しないかい?」

「取引、ですって?」

「うん。僕が君たちに多額の謝礼を。君たちは勾玉を僕に。いい話だと——」

「断ります」


 クラムの即断即決に、瀬田のこめかみに青筋が浮かんだ。

 震えるため息を漏らして、肩をすくめる。


「いくら欲しいんだい?」

「お金はいりませんよ。どうせ退魔師になれば稼げますから。それに私たちに支払うお金ってあなたの稼いだお金じゃなくて、あなたのご両親の資産でしょう?」


 さらに青筋が強く浮かんだ。それからすぐに腕を大きく払うように振るって、


「図に乗るなよ。僕がその気になれば新入生の一人二人、容易く除籍できるんだからな」

「だからあなたじゃなくてご両親の力でしょうに」

「っ、このトカゲ風情が! わからせてやらないと理解しないようだな!」

「悪い意味の世間知らずだな、お前ら。関わりたくなかったのに」


 成り行きを見守っていた奏真が呆れ、それから拳を握り締める。左リードの構えを取り、親指でしっかりと指を握り込んで拳骨を意識して構えを調整。肩幅、やや斜め前に体が出るように足を踏み替える。


「術師に拳闘かい? バカだね、そんなんじゃ猿も同然——」


 余裕をぶっこいている瀬田に、奏真が瞬時に間合いを詰めた。

 足が速いというよりは地面が縮んでいくような錯覚に陥る肉薄。その独特な歩法は、剣術の世界においては縮地とも呼ばれる技法である。

 半歩の加速から右のアッパーを脇腹に叩き込み、瀬田の息を詰まらせた。苦しげにうめいた瀬田は出鱈目に呪符を振るい、火力が弱い火の玉を生み出す。


(この程度……!)


 奏真は妖力をまとって術式抵抗を高めた拳で火の玉に裏拳を叩き込んで霧散させる。パリィと呼ばれる、対妖術技法の一種だ。

 すぐさま護衛が剣を手に斬りかかるもクラムのハルバートがそれを食い止めていた。


「奏真さん、そっちの世間知らずをお願いします!」

「任せろ!」


 新たな呪符を抜いて妖力を込めている瀬田に、奏真はローキック。ふくらはぎを鋭く蹴り付け、左のブロー。肝臓に食い込んだ拳に、瀬田が悶絶した。


「ぐぅっ、ごえっ——、くっそ……野蛮人が!」

「それはもっと品を磨いてから言うことだろうが!」


 戦いという興奮状態の中、奏真の声音は荒っぽい。それを自覚してヒートアップしている思考に歯止めをかけつつ頬にフックを叩き込んで距離を置いた。

 瀬田は腹を抱えてうずくまり、顔だけあげてじっとりと睨みつけてくる。


「綺麗なお顔を殴られたのは初めてか? 親父にも殴られたことなさそうだもんな」

「畜生……棒切れ腰に差した野蛮人の分際で……!」


 と、バキンッと金属を叩き折る音がした。

 視線を投げ掛ければクラムのハルバートが護衛の剣を半ばからへし折っており、ガタイのいい護衛は負けを認めたように握っていた柄を投げ捨てる。


「まだやりますか? 殺し以外は特に禁じられていないですし、術式を出せば手足の一本は持っていかれることになりますよ」

「……っ!」


 脅しではないだろう。クラムの桃紫の目には決して嘘偽りなど浮かんでいない。

 竜の翼と尾が広げられ、威嚇するようにクラムは人の姿のままで竜のようにグルルル、と喉を低く鳴らす。お世辞にも小鳥の威嚇という可愛らしい表現はできない。どんなに控え目に言っても飢えた狼のような声である。


 瀬田と護衛はじり、と一歩下がる。


「勾玉は置いていってもらう。勝負には俺たちが勝ったんだからな」

「くそっ、追い剥ぎが!」


 瀬田は己の勾玉一つと、護衛は一つを投げて寄越した。奏真はそれを受け止めて、己の首に提げる。

 彼らはこけつまろびつしながら奏真たちから遠ざかり、木々の向こうへと消えていった。


「あっけなかったですね。まあ程度の低い連中でしたし目に見えてましたけど」

「本当にな。さ、これを持っていって四等資格をもらおう。四等にもなれば受けられる依頼は増えるし、金払いもいい」


 失わないため、見つけるため。

 クラムは入学式前に奏真が言っていた言葉を思い出した。あれは果たして何を意味しているのだろうか。


 二人は広場まで戻って、テントまできた。二人で集めた合計九つの勾玉を見せると、担当の若い犬系妖怪の教師は微笑んだ。


「よく集めました。温かいものでも飲みながら待っててね」


 男性だが柔和で優しそうだ。オレンジ色のミドルヘアの髪の毛はちょっとクセっぽく、尻尾の毛並みは整っているがそういう毛質なのかやはりところどころぴんと跳ねていた。

 奏真たちは「失礼します」と言ってから隣の炊き出しからお汁粉を受け取り、適当に空いていたブルーシートの上に座った。先客はいない。どうやら一着のようだ。


「やっぱりみんな規定数だけじゃ満足しないか。時間ギリギリまで粘ってチキンレースでもする気かな」

「どうでしょうね」


 と、そこに金髪の背の低い少女と、それとは対照的に背が高い赤い髪の毛をした女がやってくる。彼女らは一見すると洋服のようなデザインにした制服を身につけていた。

 ここから見た感じ、彼女らも十個前後集めて早めに戻ってきたらしい。


 学園内でのライバルになりそうだなと思いつつ、奏真はお汁粉を啜って時間が来るのを待った。

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