第2話 数年に一度の催し

 校長、学園長、そして退魔衆幹部も兼任している理事長の挨拶が済んだ。やはりというかどこの学校でも偉い人の話というのは長いもので、この時点で二時間が過ぎている。途中で一度休憩を挟んだが、早く退魔師になろうと血気にはやる新入生は大きな肩透かしを食らったような顔をしていた。

 それもまあ無理のないことだ。他ならない奏真自身も、長たらしい話にはうんざりしていたし、途中で船を漕いでクラムから肘で小突かれていたのだから。


 休憩が終わり、午後十時半から生徒会長だという女性生徒の諸々のセキュリティ面の話が終わった頃には十一時半。予定通りと言わんばかりにエナジードリンクとカロリーゼリーが配られたのには呆れてしまった。

 こうして忍耐力を試しているのかと勘繰りたくなるような午前中である。


「はぁ……なんか思ってたのと違うなあ。でも聞いておかないといけませんよね。友達一人目はなんどか寝落ちしかけていますし」

「ぐぅ……でもそれは俺も思ったよクラム。だけど、仕方ないんじゃないか」


 ただ、奏真にはむべなるかなと思うところもあった。


「退魔師コースに入る奴らは事前のテストで少なくとも五等級資格を与えられてるんだ。学生とはいえ立派な退魔師。ちょっと道を踏み外したら規定で闇退魔師として処刑対象にされるんだよな。……厳しすぎるくらいに規則を叩き込もうって、そうなるんじゃないか?」

「奏真さん割とスパルタな考えですねえ。いやまあ、時にはそういう汗臭い根性論も必要ですけど」

「侍の家系だから、掟とか規則が色々あって慣れてるだけだよ。……それにしても酷い味のカロリーゼリーだな。長い話って嫌いなんだよなあ。俺の祖父さんも話長くてさ……」


 メーカーを見ると『燦月学園製薬』の文字。この学園が作っているものだ。南西の研究棟でこういったものをテスト製造し、隣接する学園内工場で生産しているのだと、例に漏れずパンフレットの書き込みで知っていた。


「お祖父さんって、侍なんですよね?」

「そう、退魔師で侍。本土の退魔衆に所属してた。酒が大好きで女の子に甘くて男に厳しい頑固者。説教になると毎度毎度決まった武勇伝を一時間も話すんだ」

「私の父上そっくりですね……あっと、休憩時間もう終わりますよ」

「ごみ捨ててくる。貸してくれ」


 二人分のごみをカゴに入れて席に戻ってくると、先ほど正門で絡んできた生徒指導部——だと先の紹介でされていた——のイクオクレエルフ、嬢園寺美久じょうおんじみくが壇上に上がった。

 マイクの調子を確かめつつ、美久は生徒、主に新入生を見渡した。

 まさかここで大々的にイキオクレを宣言するわけでもあるまい——、彼女は意を決したように口を開いた。


「毎年恒例というほどでもないが、本年度は度胸試しを行わせてもらう。数年に一度の催しだな。新入生を歓迎するための」


 生徒たちの間ににわかな囁き声。それを咳払いで美久は黙らせ、


「言いたいことはわかる。退魔師コースの生徒限定だが参加してもらう。

 参加賞だけでも充分いいものをもらえるだろうし、上位入賞者の一部にはもっといいものがある。それは私とデートというほどいいものではないが……どうだ? 退魔師として名を挙げる上ではこの上ない武器になるぞ?」


 拒否権がないということだけはわかった、というのが奏真とクラムの共通見解で、それは間違いではなかった。すぐさま美久は「では起立。移動するぞ」と言って退魔師コースの新入生の移動を促したのだ。

 あらかじめそういう段取りになっているのか、先輩や教員がルートに先導していき、講堂の外に出すとさらに巨岩の外に広がっている山林の方へと導き出した。


「鬱蒼としてますねえ。最低限の手しか入れられてないというか」

「妖怪にとってはコンクリートジャングルよりはマシなんじゃないか?」

「それはそうですが……でも私、こ二十年近くは都会で暮らしてましたしねえ」

「ふうん……クラムって人間換算だと何歳なんだ?」


 えっと、と目を宙に投げ、すぐに答えた。


「十八歳かそこらですかね。八十年は生きてますし」

「さすが妖怪……リアル時間でも十五年しか生きてない俺からだと充分長生きだよ」


 とはいえ妖怪換算であれば奏真は既に六十代くらいということになる。いざ「お前は妖怪判断だと六十歳だぞ」と言われてもピンとこないが。もしかしたら妖怪たちにとっての人間換算年齢という表現もそんな感じなのかもしれない。

 さても山林地帯に入ってしばらく進んできた。さっきまではある程度は舗装された石畳の道が続いていたものの、気づけば獣道に近いようなところを歩いている。


 先導する嬢園寺美久にはなにがどうなって、どこがどう通じているのかわかっているかのように歩いているし、彼女だけでなく他の教員も勝手知ったるふうに歩いていた。

 大自然の中に放り出されても冷静に、いっそ冷徹なほどに振る舞っている。

 人間も妖怪も誰しも人工物が失せていくと、脳が自然とリミッターを外していくものだ。一種のハイという状態になっていき、野生の本能が刺激されるのである。

 余談だがそれが行きすぎた結果、妖怪でありながらその中でも異質なモノになるケースがあるのだが、それが山の神に魅入られたアガリビトとされている——。


 それはさておき、一向はちょっとした開けた空間に出た。あたりには簡素なテントとトイレ付きのプレハブ小屋。

 教員の何名かが小屋に消え、またあるものはテントの机の埃を風を起こす術で払ったりしていく。


「さあついたぞ。——傾注」


 美久がそう言って指を慣らし、注目を集めた。


「この度胸試しは数年に一度、新入生を対象に行う。諸君らはすでに五等級退魔師資格を所持し、法的な規則の上では立派な退魔師といえる。

 この度胸試しはその素質をさらに磨き、諸君らにより大きな投資をするに足るか否か、それを判断するものだ。

 今から説明するルールに則り、それをクリアできたならば退魔衆幹部でもあらせられる理事長の一筆を添え、特別に四等級退魔師資格を交付する」


 生徒たちがにわかにざわめく。その多くが自信に満ち溢れたものだったが、中にはどういったルールなのかと心配そうに話し合うものもあった。


「まずは諸君らにこの勾玉を与える。一人一つだ」


 妖怪も人間の姿をとっているときは便宜的に人、という字を当てる。なのでこの場の人間の術師や妖怪の混成集団に対し、一人二人というのは間違いではない。

 教員から配られたのは微かに水色に発酵する勾玉だ。容易く握り込める大きさで、首にかけるための紐が通されている。


「次に、二人一組を組んでくれ」


 言うや否や、奏真は隣のクラムを見た。この中で一番気心を知れているのは彼女だ。


「じゃあ私は奏真さんと、」

「待ってよ君。竜だよね? 僕と組もうよ。僕は由緒ある瀬田せた家の術師だ。この学園で僕と縁を持っておけば将来を約束されたも同然だ」


 突然わって入ってきたのは七三分けの、二十代くらいの男だ。

 学園には年齢制限などなく、三十代四十代、あるいは大器晩成型の五十代以降から入学する者も少なくない。なのでむしろ二十代の一年生など若い方だ。

 若さ故の自信か、それとも単に家柄を傘に着ているのか——いずれにせよ決して付き合っていていい気分になる男ではない。


「すみません瀬田さん。私は奏真さんと組みますので」

「そうま? ああ、そっちの冴えない少年君か」


 蔑んだような目を向けられたが、奏真は肩をすくめるだけだった。同じ人間、同じ五等級だ。本当に力や才覚があって優れた術師なのならば、等級云々以前にこんな町場のチンピラのような振る舞いはしない。

 奏真が興味を向けないと知るや否や、瀬田何某はあからさまに不機嫌そうな顔をした。取り巻きか、それとも護衛か、ごつい人間の術師が睨みをきかせる。


 それに全く動じない奏真とクラムを見て、瀬田は舌打ちした。「行くぞ」と吐き捨てつつもねちっこいガンをくれてから二人揃って離れていく。

 なんだったんだと思いながら、奏真は改めてクラムに向き直った。


「話が逸れたな。俺と組んでくれると嬉しい。知り合いがいなくて」

「ええ、私こそ。……この勾玉をどうするんでしょうね」

「なんとなく察しはつく」


 各々二人一組が出来上がっていくと、美久がまたよく響かせるように指を鳴らした。


「よろしい。さあルール説明だ。といってももう察しているだろうがな。

 この勾玉を二つ集めること、それだけだ。他の参加者と勝負する、盗む、はたまたたった今組んだ仲間を騙す? それは自由だ。君たちの決めることだからね。

 学生間の決闘は殺さないのなら何をしてもいい。そういう取り決めを、入学時に君達と書類でやりとりしているわけだしね。


 勾玉を二つ集めたらそこのテントで提出してくれ。

 早ければ早いだけ、そして監視している教員の目を唸らせればそれだけいい報酬が得られると明言しておく。


 以上だ。余計な質問はないな。

 制限時間は午後六時までだ。死んでも責任は取らんと、事前に死亡同意書にサインしたことを忘れるんじゃないぞ。では解散」


 教員たちは見ているのかいないのか、まるで休憩のようなムードでテントや小屋に消えていく。しかし今しがた監視している者もいるといったのだ。電子機械であれ術式設備であれ、何らかの方法で会場となる——範囲は明言されていないが——山林を見ているのだろう。


 生徒たちは今この場で奪い合うか、騙し合うかの腹の探り合いだ。

 奏真は冷静に考えて、乱闘になるような場にいるのは危険だと判断した。


「クラム、少し離れよう」

「わかりました」


 退くことは卑怯ではない。奏真はそう考え、クラムと共にその場を離れた。

 そんな彼らを瀬田とその護衛が睨むように目で追っていた。


×


「お疲れさんです、嬢園寺先生」

大瀧おおたきさん、いらしてたんですね」


 プレハブ小屋の中、空調の近くで煙草を吸っていた狼のような耳と尾を持つ、金色の毛の青年に嬢園寺美久は応じた。

 男盛りの、筋肉のついたいい男だ。ワイルドなイケメンが多い狼系妖怪でも、ここまでの男前は滅多にいないだろう。


「本当は万里恵が来る予定だったんですけど、最新のスイーツがどうとか。俺が代わりにいけとケツを叩かれまして」

「自慢ですか? イキオクレの私に」

「元同僚にそんなこと。というかまだ彼氏さえいないんですか」


 ばちっ、と嫌な火花が散るが、大瀧と呼ばれた男は微笑んで、


「うちにもちっこいのがいるので……まあ、慣れましたよ。子供の相手も」

「病的なまでの子供嫌いだったのに、驚きましたよ」

「俺が一番驚いてます。まあ中には虫唾の走るクソガキもいますが」


 大滝の目が瀬田家三男の瀬田一正かずまさに向けられた。

 彼は入学が決まって早々女性関係で爛れた問題を起こし、スキャンダルを嫌がる実家の力で揉み消すという真似をしていた。

 学園としてはさっさと除籍したいくらいだが、瀬田家は政財界とも深い関わりがある。行動するなら確実な証拠と、もみ消される前にすかさず先手を打つ迅速さが必要だ。


「気になる子はいますか、大瀧さん」

「面白そうなのが少し。この侍少年と、吸血鬼ハンターの一族の子ですかね」

「黒塚奏真に、ガブリエラ・ベルモンドですね。……確かに面白い経歴です」


 放っている小鳥の式神が見ている景色が小屋のスクリーンに映っていた。黒髪の少年が、青い髪の竜族と行動し、一方のベルモンド一族の少女らしき影は赤い髪の背が高い女と別グループと戦闘になっている。


「あまり面倒を起こさない子たちだといいんですけどね。残業が続くと合コンにも出られなくなる」


 美久が半ば本気でそう言って、あたりはささやかな笑いに包まれた。

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