【壱】竜の血脈

Prologue 炎が連れ去った平和

 焼け付くような匂いがしていた。現実なわけがない。これは何年も前の——だから夢の中でも匂いってあるんだなと妙に冷めた気分ではっきりと自覚した。

 夢の中で繰り返されるあの日のことを忘れたことは一度もない。忘れるなというふうに折をみて去来するのだから当然だ。


 その日の夜は寝つきが悪く、妙に心がざわつくような気がしていたのだ。

 両親が塾に行っていた兄を迎えに行ってから、随分経っている。いつもの倍以上の時間だ。

 怖くなって不安で祖父にそのことを尋ねにいくと、いつもは飄々としている祖父の顔には明らかな緊張があった。

 携帯電話をポケットにしまった祖父が言ったのは、端的な事実だった。


 両親と兄を乗せた車が事故に遭い、火に包まれている。


 その日、彼は全部を失った。

 焼け付くような匂いを感じたあれは正夢で、焼け落ちた車からは死体は出てこなかったが、警察からは火が強すぎて消し炭になった可能性があると祖父は言われたらしい。


 空っぽの棺を送り出す虚無感を抱えている少年が葬儀場で、ただただ涙も流せず呆然としていると、年若い女が祖父に連れられてやって来た。


「君のご家族は事故に遭ったんじゃない。怪異事件に巻き込まれたんだ。失礼、私は天城という者だ。君が望むのなら、ここへ来るといい」

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