現在高校三年で奨励会2級のKクンは4日に三連勝し、11勝4敗で1級に昇級した。7月に9勝3敗で2級に上がって5か月後。これで一つの目安となる初段が目前となる。奨励会員が級位から初段に上がることを入品(にゅうぼん)といい、意味は囲碁界からきている。囲碁界では「囲碁九品(いごくぼん)」という初段~九段までの品格を表す言葉がある。この品格に、「入る」ということで、囲碁界では初段になる事を、「入品」と呼ぶように、囲碁は初段がプロの始まりとなっている。
それに対して将棋界では、プロのスタートは四段となっているため、囲碁界のように、「入品」ほど特別な区切り意味はないが、使う人はいるものの頻度は少なくなっている。女流の里見香奈が入品したとき、褒賞金100万円が贈られたと朝日新聞が報じていたが、奨励会初段なんてのは長い道のりの通過点でしかない。連盟が出すはずがなく、おそらくはスポンサーあたりと思われるが、受け取る側に罪はない。こうしたところに女流への甘さがあり、贈呈者は罪を作っているかも知れない。
Kクンが昇級した同日、女性奨励会員の今井絢1級が年齢制限(21歳の誕生日までに初段)で退会した。女流棋士になる手続きは退会後2週間が期限となっており、おそらくはその道を目指すのではないか。昨日はKクンと対局したのでその辺のところを、ハッパをかける意味でいっておく。「女性はいいよな。退会しても女流で生きていける。男には受け皿がなくて厳しいけど、頑張るしかない」。三連勝の昇級の一局は何と260手という長手数で、スマホに入れてるのを見せてもらった。
互いが入玉模様でもなく、持将棋の様相もない将棋を受けたり攻めたりで必死で戦っているさまは、絶対に負けたくないという気迫以外のなにものでない。昇級のかかった一番は頑張るのは当然だが、相手にも事情は分かっているので、「昇級させてなるものか」の熾烈な戦いとなる。他人の不幸を喜ばない限り、明日はないという世界なのだ。プロ棋士たちはみんなそこを抜けてきた。メンタルが強くなければ生きていけない世界である。何の世界においても男の世界は厳しいものよ。
現在高3のKクンは、学校は昼までなので一時に待ち合わせてお好み焼きを食べ、それから対局をする。駒落を三番指した後に平手を三番と決めている。いずれも負けるが弱い相手とするより収穫は大きい。平手の二番は四間飛車で軽くいなされたが、最後の一局は居飛車で戦ってくれた。相手は弱いアマチュアなので不得意というわけでもないが、弱が強を倒すのは力よりも序盤の研究しかない。それを知識の差というが人間は誰しもミスをする。今回Kクンは思いもよらぬ大ポカを犯す。
第一図は先手番の私、後手番が奨励会一級のKクンによる角換りの序盤。Kクンは振り飛車党だが居飛車党の私につき合ってくれたが、とんでもない大ポカをして短手数で勝利したものの、勝ったなどとは到底いえない程に、居飛車を指し慣れないKクンのミスであった。先手番角換りなら誰もが狙う基本手筋をウッカリしたKクンは、▲5一角(後に表示)を打たれて固まった。第一図からの指し手は、▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲3四飛△2五角となって、先手の飛車が詰んでいる。
(第一図)
本来なら飛車を取って後手有利になるところが、罠というより知識の差であって、△2五角では△8一飛か△3三桂と跳ねて何でもない。時間を使わずに指し進めるKクンの気の緩み、サービス精神である。△2五角に▲5一角で将棋は終わっている。いかにへぼの自分でもこれは負けない。Kクンは泣く泣く△3一玉としたが、▲3二飛成から▲6二角成。指し続けたのは相手を侮った自身への見せしめで、本来▲5一角で投了だ。ポカというのは油断から起こるが、言って行くところなどない。
投げるのは簡単だが、そこはプロ棋士を目指す奨励会員は、どんな局面にあっても最善手を指し続けるのは彼らの習性であり勉強なのだろう。▲6二角成後の指し手は、△4五銀▲同歩△5五桂▲5八銀△同角成▲同金△2九飛▲7三馬△6九銀と勝負手を放って迫る。これが詰めろとなっており、後手の飛車を取る余裕はない。ここでビビッて、▲5九金打と受けようものなら、△5八銀成▲同玉△5七金▲6九玉△5九飛成で逆転。▲5九銀なら受かるが、後手玉の詰みを読んでいた。
第二図以下は、▲3三歩以下即詰み。△同桂は▲4二金から▲4四桂、△同玉も▲5一馬以下簡単な詰み。相手の大ポカで短手数で決着はついたが、喜べる将棋ではなかった。実質将棋は47手目の▲5一角で終わっている。あれだけリードをしながら、楽観したり弱気になったなら逆転もあった。それが▲5九金打であり、将棋の怖さを思い知らされる。第三図は手堅く▲5九金打と指した場合の投了図である。物の見事に罠にはまっている。大差だからと楽観して緩手を指すと逆転する。
(第二図)
将棋から学ぶことはいろいろある。あまりに局面がいいからと緩むとひどい目に合うが、逆に勝ち目のない将棋でも腐らず指していれば、いいこともある。どちらも人間として大事なことを教えてくれる。現にKクンは必敗の将棋に逆転の罠をかけていた。勝って浮かれることなく、そのことを学んだ一局だった。「勝って兜の緒を締めよ」と古人はいった。「楽は苦の種、苦は楽の種」ともいった。いい諺はたくさんある。すべてを実行できないにせよ、知らないと知る差は大きかろう。
▲3三歩を指されたときKクンは、「ありゃ~」と思わず声をあげた。こう指されたら負けを覚悟していたのだろう。おそらく心の中では、▲5九金打のまじないをかけていたかも知れない。その先には五手詰み(第三図)があった。「どうすれば将棋が強くなるのか?」は、プロ・アマを問わず自分を含めた万人の思いかも知れない。「いい年だけど、まだまだ強くなりたい」とKクンにはいっている。彼自身も彼なりにどうすれば強くなれるかを考えているだろうし、個々が独自に考えるしかない。
(第三図)