山中浩之(以下、編集Y):(パソコンの画面を見ながら)峰宗太郎先生、はじめまして。ずっとツイッターでフォローさせていただいてまして、ネット越しですがついにお会いできました。よろしくお願いいたします。最初に簡単に先生のバックグラウンドを教えていただいていいでしょうか。
峰:よろしくお願いいたします。米国の医療・医学研究機関に所属していまして、今ワシントンにおります。自分のテーマとしましては、ヘルペスウイルスをはじめ、人とウイルスの免疫状態の関わり具合といったものを研究しています。
編集Y:今回は所属機関の公的な立場を離れてのご発言ということですね。ただ、お仕事上、この事態には相当深く関わられている。
峰:はい、このCOVID-19騒ぎが始まってからは私も現場に動員されていまして、BSL-3(biosafety level 3、レベルは4が最強度)という施設の中でこのウイルスを扱って、実際に患者さんの抗体ができているのかを調べたり、ウイルスそのものの性状を調べたりもしています。
バックグラウンドと今の仕事から、一番得意な分野は分子生物学的な分子ウイルス学、免疫学という、基礎的なところです。ウイルスとは何であるかとか、ウイルスに薬をどうやって効かせるかとか、そういった仕組み、そして、それを利用したワクチンの開発です。
それから、私は病理診断医なので、検査と、「診断」とはどういうものかということについてはある程度経験と知識があります。けっこう医師としては特殊ですね。日本には医師は28万人いますが、病理医って全国で2000人ぐらいしかおりませんので。
編集Y:病理医! 一度お会いしてみたいと思っていたジャンルのお医者さんです。先生、『フラジャイル』(漫画・漫画原作:恵 三朗 原作:草水 敏、講談社「アフタヌーン」連載)というマンガ、もしかしてお読みじゃありませんか。
峰:はい、全部読んでいます。大変面白いですね。というか、病理医としては読まないわけにいかないですよ。
編集Y:そうですか! ……この話もお聞きしたいのですが、腰を折ってすみません。続きをどうぞ。
長期展望を述べる根拠はありません
峰:では、それはそれとしまして(笑)、何を申し上げたかったかと言いますと、私は病理医ですので、内科の医者としては本当に初期研修しかやっていない。ですので、治療、これについてははっきり言って分かりません。私の知り合いには臨床医がたくさんいますので、その方たちからよくお話を聞いて、勉強させていただいています。
編集Y:なるほど。
峰:あと、こういう流行感染症に関しては、やはり数理モデリングとか疫学の知識が極めて大事です。そして、これに関して、私は本当に専門外ですし、おそらく、テレビに出ている人で専門の人はいません。
編集Y:いませんか。
峰:いません。なので、「この流行はいつまでに終息するか」という予測とか、長期的、中期的展望を述べる人は全部、根拠の薄弱な発言をしていると思っています。端的に言えばうそつきです。
編集Y:うわぁ。
峰:あっ、訂正します。尾身先生(尾身 茂自治医科大学名誉教授、新型コロナウイルス感染症対策専門家会議副座長)だけは述べる資格があると私は思っていますけど、尾身先生でさえも、そこは丁寧に回避して触れられていません。あとは北海道大学の西浦先生(西浦 博教授)はこの疫学モデリング分野の第一人者なので、西浦先生が述べているモデリングとか短期的な予測はかなり精度が高いと思います。私も勉強しながら、追い掛けているところです。
あと、私のバックグラウンドとしては、病理診断医としての活動を通して、多くの解剖を手掛けています。それを通して、若い方の子宮頸(けい)がんの問題に気がつきました。
編集Y:え? どうしてでしょう。
峰:私は赤ちゃんからおじいちゃん、おばあちゃんまで、仕事で解剖してきたんですけれど、若い、ちょうどお子さんを育てている世代の女性が亡くなるのって、子宮頸がんとか脳腫瘍ぐらいなんですよね。
編集Y:ああ……死因を知るために解剖をしていくと、子宮頸がんの多さに気がつくと。
峰:でも、子宮頸がんは実はワクチンで防ぐことができるんです。この病気はヒューマンパピローマウイルス、HPVというウイルスで起こるんですね、このウイルスも私は専門に加えまして、ワクチンの普及活動をここ3年ぐらい、けっこうまじめにやっております。こんな話でいいんでしょうか(笑)。
編集Y:ありがとうございます。いろいろな専門のお仕事をされている方のお話を、専門は何もない自分が伺っていて思うのは、「コメントとして出てくる一言は、その方が持っている見識の文字通り氷山の一角で、水面下には膨大な思考や経験がある」ということなんです。
ご本人はそれを所与のものとしてお考えなので、あえてお話しにはならないけれど、門外漢がコメントに出てきた部分だけを受け取ると、案外、容易に誤読したり、「分かりやすい」部分だけが、話し手の意図を外したバズり方をしたりする。
峰:なるほど。
編集Y:ですので、インタビュイーの方からは余談、回り道、と思えるような初歩的な情報や個人的な経験談でも、できるだけ詳しく伺って、読む方が話者の方の「水面下」をある程度は共有できるようにしたい。そうなると、当然話がえらく長くなるんですが、簡にして要を得た記事は他にもたくさんございますので、逆張りでやってみたいと思うわけです。幸いウェブなので、紙幅はいくらでも使えますし。
峰:(笑)いくらでも突っ込んでくださって大丈夫ですよ。どこから始めましょうか。
編集Y:おそらくこのインタビューを読む方は、すでに大量の新型コロナ関連の情報に触れていると思います。その中には峰さんからすれば「?」というものもあるでしょう。まずは、ウイルス、免疫の研究家として、「現状確実に言えること」を、整理していただくのはどうでしょうか。「私はこういう考えをしています」という、峰さんの自己紹介にもなると思います。
峰:では「知っているわい」と思う方もたくさんいるでしょうけれど、最近の状況まで含めて簡単に。
(おすすめはしませんが、とにかく早く「どうすればいいか」を読みたい方はこちらへ飛んでください。なお、5ページ目だけは有料読者の方限定です)
41件のコメント
久世
>ノートはドイツ語の「ゼロ」より
英語のnaught
ドイツ語ではNull
はっきり間違いなので、訂正すべし
a.u.
良い記事だと思いました。また峰さんの話も良く分かりました。流石Yさん、ええ仕事しはります。臨床医の話は奈良医大病院の医師の密着のドキュメントが先日NHKで放映されていました。ものすごく良く理解できましたよ。一見の価値有りと思います。
それと
、文中の「氷山の一角」のくだり、とても良い話しだと思いました。そのものの見方とだからこその行動の部分は感銘しました。実勢していきたいものです。...続きを読むおるどまん
河合さんの記事と比較して申し訳ないけど、河合さんは「弱者に寄り添う」ことを主題としていて「共感」を求めているのに対し、山中さんの記事は「客観性」を主題に「判断」に自主性を求めているように感じました。
同じ日経ビジネスの記事でありながら読後の
違いがなんだとろうと考えていましたが、こちらのコラム「「弱者に寄り添う」系の人は「共感」の危険性に気づいていない」ttps://cafejiro.com/entry/2019/01/02/jakusha-kyoukan で腑に落ちました。
...続きを読むマスメディアが「弱者への共感」を求めることにより自粛警察みたいなものが生まれる理由がよくわかります。
まぁ、慈悲の心は持てそうにもありませんが。
いつも良い記事をありがとうございます。
昔の日経が好き
こんな記事出てたのか。今気が付いた。素晴らしい。
itoh5588
ソフトウェア開発
この中でさらっと「子宮頸がん」のワクチンに関して峰先生が触れてますが、日本は副作用らしいと言われ、厚労省は薬害のトラウマで「現在、子宮頸がん予防ワクチンの接種を積極的にはお勧めしていません。」ってレベルになり、1%位しか普及してないそうです
。...続きを読むこの記事は有料会員限定です。リゾーム登録いただいた日経ビジネス電子版有料会員のみコメントいただけます。詳細今すぐ会員登録(有料)
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