408話 女子会での提案
ペイスとリコリスの若夫婦。
二人は、自然と同じようにお茶に口を付けた。
「こうしてリコとゆっくりするのも久しぶりですね」
「そうですね」
モルテールン家主催のお茶会。
参加者は、モルテールン家の女性陣達。
モルテールン家の肝っ玉母さんことアニエスは王都に居る為不在だが、リコリスを筆頭に家中の女性が集まって華やかな場を作っている。
ビオレータやコローナといった、先輩格の従士も座ってお茶を楽しんでいるのは、今回のお茶会の目的が新人たちとの親交を深める為だからだ。
「皆も、今日はゆっくりとお茶とお菓子を楽しんでください」
「はい」
リコリスとペイスの呼びかけに、参加者からは気楽な返事が返ってくる。
女性の、
ペイス以外は、全て女性である。男性従士の中には、ペイスを心底から羨んだ者も居たりするのだが、当のペイスは女性ばかりの中で脇役に徹している。
今日の主役は、新人の女性従士たちだ。
そもそも女性の従士というのは数が少ない。
有事となれば第一線で戦うかもしれないのが従士である。戦いで命を懸ける戦士の仕事となると、どうしても男女比率は男性優位になりがちだ。生物学的な体格や筋力の違いも有るし、子供の死亡率の高い社会では、より多くの子供を産むことが女性に求められているという社会的事情もあるだろう。
しかし、モルテールン家では女性も積極的に採用している。
これは、ペイスが現代的な感覚を持ち合わせているという事情も勿論あるのだが、モルテールン家の持つ特殊事情も影響していた。
まず、モルテールン家は元々領主家に女性比率が高い家であったこと。
嫁いでいった娘たちがモルテールン家に出戻ってくる、或いは実家に長期滞在するということも十分にあり得る。
女性の身の回りの世話は侍女として雇った領民でも構わないだろうが、すぐそばで護衛するとなると戦える女性が必要となるだろう。
また、そうでなくともアニエスやリコリスという女性が家に居る。家族愛の深いカセロールやペイスとしてみれば、彼女たちを常時守れるだけの体制は作っておきたい訳で、女性従士を一定数雇い入れておくのは必須だ。
他の家であれば、女性を家の奥に囲い、家の周囲を護衛するというような形で守ることも多い。高い壁に囲まれた家を用意するであるとか、人の出入りが無いような辺鄙なところに家を建てて人払いをするという極端な事例もある。女性の安全を守るということだけ考えるなら、それはそれである程度の筋は通るだろう。ペイスに曰く、豪勢な刑務所である。
しかし、モルテールン家は娘が五人居た。ヤンチャな子供たちが、家の中だけで大人しくしていられるだろうか。そんなことはあり得ない。
愛する娘たちに、安全の為だからと不自由を強いるようなことが、親馬鹿に出来るだろうか。出来る訳がない。
必然、モルテールン家では女性を建物に閉じ込めておくような護衛は馴染まなかったという訳だ。建物で守らないなら、人で守るしかない。
また、慢性的に人手不足といった事情もある。
優秀な従士はどこだって欲しがるだろうが、先の通り女性従士の役割は家人の護衛に限る場合が殆ど。女は家に居ろという方針の貴族家も多いが、開明的で女性を従士として採用している家であっても、やはり役割は大事な女性の護衛となる。
これは、もっと活躍したい、もっと自分を活かしたいと思っている女性からすれば不満があるだろう。
例えるなら、女性採用を活発にしていますと謳っている企業でも、実態は秘書課や経理課のようなサポート部署にのみ配属が固定されているようなもの。
しかし、モルテールン家は違う。
そもそも合理的かつ実力主義なカセロールが当主であり、同じく合理主義のペイスが次席の権力者であるから、能力さえあるなら当人のやりたい仕事をさせる。
腕っぷしに自信が有るなら兵士を率いて治安維持活動もさせるし、やりたいと希望すれば外交の職責を預かることだって可能だ。何故か、なりたいという希望者は出てこないが、従士長の地位について領主代行を補佐することだって出来なくはない。希望者が出てこないのは実に不思議だが。
女性だからと、使える人材を護衛だけに使うような勿体ないやり方はしない。それが合理的というものだろう。
勿論、給与も仕事と職責に見合うだけ、男性従士と全く同じ給与体系になっている。
男女をえり好みする人的余裕がなく、家の事情があり、かつ当主たちが待遇面でも整備を進めるというモルテールン家。
結果として、自分に自信のある従士希望の女性にとっては、神王国でぶっちぎり一位で働きやすい職場が出来上がった。
女性に対する福利厚生が手厚いということもあってとても人気の就職先なのだが、やはり女性ならではの問題や不安もある。これはモルテールン家だからという訳では無く、人間が有る程度集まると生まれる人付き合いの面倒臭さの問題だ。
故にこそ、領主家の人間に直接顔を覚えてもらい、また意見を忌憚なく伝え、先輩たちにも名前を覚えてもらうことで、不平や不満を抱え込まないようにしよう、という訳である。
お茶会という名目で新人たちも呼んだのは、その方が気楽に親交を深められるとリコリスが考えたから。
「随分と華やいでいますね」
「ペイスさんも準備を手伝って貰ってありがとうございました」
きゃあと庭の一角から悲鳴にも似た歓声があがる。
それを遠目に見ながら、リコリスとペイスはお互いに言葉を交わし合う。
「今日は僕も久しぶりにたっぷりお菓子作りが出来ました」
「嬉しそうですね、ペイスさん」
「はい。毎日こうだと嬉しいのですが、くれぐれも今日だけとシイツに釘を刺されています。残念なことです」
「ふふふ、相変わらずですね」
お茶会に先立ち、ペイスが厨房に籠って幾つかのお菓子を作り上げた。
シュークリーム、べっ甲飴、りんご飴、タルトタタン、チョコレートにクッキーなどなど。今までモルテールン家で作ってきた、そして今でも販売しているお菓子の数々。
その道のプロであるペイスが技巧を凝らして作ったのだ。どれをとってもこの世界では間違いなく最高峰。従士たちも、自分の給料だけならばそうそう手が出せないような金額のスイーツばかり。
それが、今は食べ放題。
お茶会の会場は、それはそれは華やかで甘い、スイーツパラダイスになっている。
「こんなにスイーツがいっぱいあるなんて、凄いと思います」
ビオレータが、感嘆するようにつぶやいた。
産休中は暴飲暴食を戒める為に食事の指導が有った為、好きなだけお菓子を食べられるというのも久しぶりなのだ。
自分が少し現場を離れていた間に、モルテールン家の製菓事業はそのレパートリーを増やしたらしいと、感心している。
実は彼女も、大人しそうで清楚な見た目とは裏腹に、かなりの大食漢だ。
「ビオも、遠慮せずに食べてください。これらの味を知ることも仕事ですから」
「そうなんですか?」
新人の為の催しと聞いていたせいか、遠慮がちなビオ。
気にせずにどんどん食べるように、リコリスは促していく。
これも仕事のうち。
お菓子を食べることが仕事になるのかと疑問に思ったビオは、ペイスの方を見た。視線を向けられたペイスは笑顔で頷き、リコリスの言葉を肯定する。
「ええ。新人たちも、これから当家で働くにあたって、お菓子に関わることは増えるでしょう?」
「そうですね」
お菓子で財を為したモルテールン家では、現在の稼ぎ頭も製菓部門である。
製糖産業も領内に抱えているが、ただでさえ砂糖の加工品は付加価値が大きい。更に、ブランド化も成功している為、利幅はとても大きいのだ。
酒造部門や農産品部門も輸出項目としては存在するが、やはり製菓事業の前には霞んでしまう。
必然的に、新人たちもお菓子に関わる知識を求められることが多くなる。ペイスがモルテールン家に居る以上、確定事項だ。
自動車を売りに来るセールスマンが自社の車に詳しくないなどあり得ないように、モルテールン家の人間が、自分たちで売っているお菓子の味も知らずにいて良い訳が無い。
そして、新人を指導する立場の先輩も、知らずに済ませることは出来ないのだ。
産休中だった間に出来た新商品も、残らず口にしておくのがビオの義務だとペイスは断言する。
「これが、マシュマロですか?」
「はい。白いのがプレーン。こっちのがラズベリー風味。そっちのはブドウ味です」
新商品の中には、つい先日作ったばかりの新作もある。
ふわふわのマシュマロ。
色合いは白を基調とするパステルカラーであり、香りは仄かに蜂蜜と果物の香りが混じる。
目にも可愛らしく、手に取ってみた感触も新感覚だ。
そっとひとつまみ。口に入れるビオ。
「むぐ、美味しいです」
「気に入ってもらって良かった」
今までに食べたことが無い食感。もきゅ、もきゅっと不思議な感触のマシュマロは、舌で押せば柔らかいのに適度な弾力を感じる。
噛めばしっかりと甘みを感じ、蕩ける様な美味しさが口の中で広がっていく。
生まれて初めての味に、ビオは目を丸くして驚いた。
美味しい。これは良いと、ついついもう一つ、もう一つと手が進んでしまう。
「ビオも落ち着いて食べると良いですよ」
「はい。あ、コロちゃんも食べようよ。美味しいよ」
コロちゃん、と呼ばれたのは、コローナ=ミル=ハースキヴィ。
ハースキヴィ家を飛び出してモルテールン家に雇われた先輩格だ。
質実剛健にして
「いや、私は……」
「いいから。ほら」
ビオの押しに負け、マシュマロを食べるコローナ。
どこかを睨みつける様なキツイ目つきが、ふっと緩む。
「ね、美味しいでしょう?」
「そうだな」
友人同士としておススメのお菓子を堪能し合うビオとコローナ。
それを見ていたペイスが、コローナに声を掛けた。
「ところで、コローナ」
「何でしょう」
主家の人間に声を掛けられたことで、即座に姿勢を正して敬礼する武人。
どこまで行っても真面目な彼女に対し、ペイスは柔和な笑顔のまま。
「貴女、村長になる気は有りませんか?」
「は?」
長身女性がきょとんと呆ける。何を言われたのか理解が及ばない顔つき。ぽかんと間の抜けた顔になっている。
日頃は子供が泣くほどにキツい目つきをしているのだから、珍しい表情だ。
「今、魔の森を開拓中なのは知っていますね?」
「はい」
「開拓の端緒となる駐屯地。ここに近々入植を考えています。入植する人間は、魔の森を恐れずに集まる者たちになるでしょう。必然、血の気の多い人間が集まる」
「はい」
ペイスは、コローナに対して村長になって欲しい理由を滔々と語る。
今後魔の森に人を入れるとするなら、その人間は恐らく普通の良民という訳にはいくまい。
魔の森でも恐れない剛の者か、或いはリスクが有ろうとも利益を優先させる欲深い人間か。はたまた、腹に一物抱え込んだスパイという可能性もある。
どういう人員が集まるにせよ、他所で行っている入植とは違った形になるはず。
「入植地を任せる人間は、どうしても腕っぷしの強さが求められる場面が出てくる。新村でも治安維持を担ってきた貴女であれば、その点で不安は有りません」
「ご評価いただきありがとうございます」
「更に、今後魔の森の村は、交易の中継地点ともなり得ると思っています」
「はい」
「交易先として考えられるのは、ボンビーノ領やリハジック領。いえ、新ハースキヴィ領です。モルテールン家の従士でありながらハースキヴィにルーツを持つ貴女であれば、村を預かる代官として交易面でも他領の人間が安心できるというもの」
「はい」
段々と、ペイスの言いたいことが分かってきたコロちゃん。
要するに、自分の持つ能力と血筋が評価されている。
今まで真面目にこなしてきた仕事ぶりが評価されている。
自分自身が真っ当に評価されている。
そう、感じた。
「今すぐに決めろとは言いません。しかし、魔の森の開拓が進めばいずれ貴女の力が必要となるでしょう。その日が来るまでに“自分の答え”が出るように、考えておいてください」
コローナは、ペイスの言葉にじっと考え込んだ。