なぜかシンジくんが勤め先の会社に新入社員として入社してきた件 作:早川エル
「う、嘘だろ…」
2021年3月8日。山口県宇部市の映画館のとあるスクリーンにて。
俺は絶句していた。
「本当に完結しやがった…」
照明が点き、徐々に明るさが増していく。
スクリーン内は満席だったが、誰も一言も言葉を発さない。
みんな様々な表情で立ち上がり帰り始めていた。
涙を流しながら歩く者。
スッキリとした顔で帰る者。
なんとも言えない顔で帰る者。
怒りで顔を歪ませている者。
____そして。
「…」
半開きの口で何も考えてない顔をする俺。
その日はえらく快晴だった。
仕事先に休みの電話を入れ、心の準備をしていた。
「どうなってもおかしくないぞ…」
俺はある作品のファンだ。
その作品は「エヴァンゲリオン」シリーズ。
1995年の「新世紀エヴァンゲリオン」から始まり、作品に作品を重ね、延期に延期を重ねて…。
来るこの日。長く続いたエヴァのサーガが完結する。そう言う日だった。
玄関で靴紐を結んで…、車で映画館に向かい終わりを見届け、複雑な気持ちで帰る。
それは怒りかもしれないし感動かもしれない。
どんな気持ちになるか予想できなかった。
_____そして、今。
俺はFXで全財産溶かした人みたいな顔をしている。
いやいやいやいや、マジかよ。
本当にちゃんと完結させやがったよ。
めちゃくちゃ終わっちゃったよ。
Qの前例があったから批判してやろうと思ったけど何も言えないよこれ。
なにこれ。
え。
まじ?
ずっと座ってても仕方ないからとりあえずその場から立つけど、足がうまく動かない。
よろけながら帰路についた。
☆
「はぁ…」
時刻は夜。
俺は家でなんとも言えない息を吐きながらネットで「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の感想を読み漁っている。
映画を見てこんな気持ちになったのは初めてだ。
小さい時に旧劇を見た衝撃から早15年以上。
新世紀エヴァンゲリオンはリアタイで追えていないが新劇場版シリーズは必ず公開日で見てきた。
どんな作品でも受け入れる覚悟はしていた。だけど…
「…」
この喪失感と言うか…悲しいというか何というか…映画を見て変な気持ちになったのは初めてだ。
ふと棚に飾ってあるアスカのフィギュアに目を向ける。
「まじかよぉ…」
そんな声が漏れる。
俺はアスカ推しだ。そしてLAS信者。
だからシンエヴァでも二人はきっとくっ付くと思っていた。
…シンジくんの選択は間違ってないと思う。彼なりに考えた選択だったと思う。
…でも。
「二人がイチャイチャしてるのが見たかったよぉ…!」
部屋で一人、嘆息の声を出す。
まるで俺がフラれたみたいだ。
「…ずっと嘆いててもダメだな。」
少し気持ちを切り替えようと思い、料理をしようとキッチンに向かおうとした時。
「!」
ゴゴゴゴ…と部屋が大きく揺れだした。
「地震…!?」
急いでテーブルの下に潜ろうとするが、あまりの揺れに動けない。
ただ床で這いつくばることしかできない。
クローゼットが倒れ、テレビが倒れ…家の中にある、ありとあらゆるものが倒れる。
ただそれを見ているしかできない俺の後ろにあったタンスがこちらに傾き始める。
「や、やば…!」
逃げようとするがあまりの揺れにもう本当に動けない。
傾きをやめないタンスがこちらに倒れてきて…!
「っ…」
思わず目を瞑った俺に何の感触も来ることはなかった。
そのままゆっくりと目を開ける。
「あれ…?」
そこにはさっきの地震など無かったかのように俺の部屋が綺麗に広がっていた。
ただ一つさっきまでの俺の部屋と違うことがあるとすれば…
「あれ、アスカのフィギュアは…!?綾波のやつもない!!」
棚に飾ってあったアスカやレイ、シンジくんや初号機のフィギュアやプラモがごっそり消えていた。
と言うか棚自体が消えていた。
「あれェ!?俺の円盤コレクションがァ!?」
本棚に敷き詰めていたエヴァ関連の円盤がごっそりと消えている。
エヴァに関する本も全部消えている。
俺の部屋からありとあらゆるエヴァのグッズが全て消滅していた。
何かとてつもなく嫌な予感を感じ、スマホでGoogleを開き検索をかける。
「無い…」
予感は的中した。
ネットからも、「エヴァンゲリオン」が消えている。
今までの歴史なんて何事も無かったかのように。
世界から、エヴァの全部が消えていた。
☆
「あれ、どうしたんですか門川さん?そんな気落として。」
「…なあ、樋山。エヴァって、知ってるか?」
「どうしたんすか急に。…エヴァ…?何ですかそれ、なんかの食いもんですか?」
「そうだよなあ…」
会社のデスクで落ち込んでいるところに、後輩の樋山が話しかけてきた。
やっぱりエヴァは知らない。
あの後TwitterやらYouTubeやら、どんなに探してもエヴァに関連する情報は一切出なかった。
監督は全く別のアニメを作ってるし、シンジくんの声優さんも全くエヴァの声優と言う情報が出なかった。
グッズも消えてるし誰もエヴァを知らないし、散々だ…。
「そう言えば知ってますか?門川さん。今日新入社員来るらしいっすよ。」
「女?」
「男です」
「はあ…」
「不幸だ…」
そんなどっかのトゲトゲ頭みたいなセリフを呟く。
そのまま始業の時間になり、各々がそれぞれのデスクにつき仕事を始める。
俺もデスクにつきパソコンの電源を付け仕事を始めようとした時。
「はいみんな注目!今日から我が社に新たに社員が入る。ほら、ここに立って。」
「は、はい!」
部長がそんな事を言って一人の青年を連れてくる。
「っが、ぁぇ?」
その青年を一目見て思わず変な声が出る。
だって、だってあれは…!
「え、ええと、今日からこの会社で働きます、碇シンジと言いますっ、よろしくお願いします!」
何度もこの目に焼き付けたあの顔。
昨日聞いたばかりのあの声。
何度も見て聞いた名前。
我らの主人公。
昨日まで画面の向こうの住人のはずだった彼は。
今、確かにこの現実に存在していた。
「イエスタデイ」の丸パクリと俺がシンエヴァに対して思ったことを主人公に喋らせる小説です。