………『さらばだ、少年』
『魔術なんて大嫌い』
『君たち大好きだ!』
『最悪を期待すれば失望しない』
『大いなる力には…』
5年前の記憶。大切な家族。大切な兄弟。大切な親友。大切な仲間。
今はもう、何もかも。
……あれから5年が経った。僕はユニバースを救うことと引き換えに全世界から忘れられることを選んだ。
そして僕の存在はまるで最初から無かったかのように消えて、全ての人の記憶から僕はいなくなった。
ドクターからも、ハッピーからも、ネッドからも。……MJからも忘れられて…
僕は全てを失った。
それから僕は高卒認定試験を受けて現役で大学に入学。
そしてある出来事から日本に行くことを決意し、日本語の勉強を始め…。
時が経ち、
僕は日本の大地を踏みしめていた。
今いる場所は東京、府中。中央トレセン学園と呼ばれる場所に僕は来ていた。
校門の前に立つ。
季節は春。色んな出会いがあり、色んな別れがある季節だ。
僕は今日からトレーナーとしてこの場所で仕事をすることになる。
ピーター・パーカー23歳、僕の新たな門出が待っていた。
「…行くか。」
その場で一度ビシッと姿勢を正す。
学園内に入る前に、ふと周りの景色を見てみる。桜が咲いている…舞って…散って…アメリカにはこういう自然の桜はないから、すごく綺麗に思う。
そして今度こそ学園の敷地内に入ろうとしたとき。
「やばい、遅れる…!」
僕の横を1人のウマ娘が通り過ぎた。…風が、吹いた。僕はその姿に見入ってしまっていたのだ。
なぜかは分からないけど、運命的な何かなのか、はたまた何かに引っ張られているのか。少し、立ち尽くしてしまっていた。
…と、周りの視線に気づいた。そりゃそうだ、校門の前にスーツ姿の外国人が立ち尽くしているのだ。好奇の視線、不審者を見るような視線、いろんな視線を向けられているだろう。
「少し考えすぎかな…いけないいけない。早く行かないと…」
三度目の正直だ、と今度こそ学園内に入ろうとしたとき、後ろからお姉さんに声を掛けられた。
「あら、お困りですか?ピーターさん。」
「あ、すいませんっ、えっと、今日からここで働くピーター・パーカーなんですけど…ちょっと景色が綺麗で…」
「ふふ、この時期のここは色んなものがありますからね…」
お姉さんは瞳越しに昔の景色を思い出すかのように校舎を見つめて懐かしそうに呟いた。
…と、こちらに向き直り、彼女が言う。
「さて、改めてまして、ピーター・パーカーさん。私はトレセン学園の理事長秘書をしております、駿川たづなと申します。」
駿川さんは緑を基調とした服、頭には小さくした麦わら帽子のような帽子を付けていて、清楚な雰囲気を漂わせていた。
「初めまして、駿川さん。よろしくお願いします!」
「たづな、で良いですよ。」と、彼女がにこやかにはにかむ。
この人は良い人だな、と直感で思った。
初めての日本で、しかも初めての職場。まあ職場みたいな、家族みたいなチームには所属してたけど…少し不安だった気持ちは、たづなさんのおかげでほぐれていた。
「では、理事長室まで案内いたします」
「はい」
たづなさんがすたすたと歩きだす。僕もその後ろを着いていく。
「広い…」と思わず呟いてしまうほど、この学園は大きかった。アベンジャーズ本部のあの基地よりだいぶ広い。理事長室まで向かっている間、周りの建造物を見ていた僕は思う。
プールや食堂、体育館。そして広大な芝生とダートのレース場。
ここでウマ娘たちは日々、練習に勤しんでいる。
校舎に入ると、靴箱にはたくさんのウマ娘たちがいた。仲良く談笑していたり、すたすた教室に向かって行ったり。
どんな娘たちが居るんだろう…そして担当になった子とどんな3年を過ごすのか。考えていると、たづなさんがドアの前で止まった。理事長室に着いたみたいだ。
「理事長、新任のトレーナーがいらっしゃいました。」
たづなさんが理事長室のドアをコンコン、とノックする。部屋越しに中でドタドタ物音が聞こえる。
理事長はどんな人なのだろうか。やっぱりこんな広大な学園を纏めている人なのだから厳しそうな人だったりするのだろうか…
そんな考えとは裏腹に、ドアの向こうからは聞こえてきたのは子どものように可愛らしい声だった。
「感謝!案内ありがとうたづな!ではパーカートレーナー、入りたまえ!」
「し、失礼します…」
それはそれとして緊張していた僕は、恐る恐る理事長室に入る。するとそこにいたのは、僕より一回りも二回りも小さい少女。
「え、小学生?」
Oops,思わず口から出てしまった。
「失礼!小学生よりは上だ!」
「あ、すいません…」
「こほんっ、自己紹介が遅れたな。私はこの中央トレセン学園の理事長、秋川やよいだ!パーカートレーナー!これからよろしく頼む!」
高らかな声と共に扇子がバサッ、と開かれる。見ると、そこには『歓迎!』と書いてある。どんな一芸だ。
そして僕も丁寧に返す。
「初めまして、ピーター・パーカーです!よろしくお願いします!担当と切磋琢磨していけるよう精進します!」
「驚嘆!パーカートレーナーは日本語が上手なのだな!」
「ああ、まあ…色々努力したので…」
少し昔を思い出す。戸籍も無いような僕はスパイダーマン活動も続けながらギリギリの生活の中必死に働くしかなかった。10代後半で始めた仕事はヒーロー活動とはまた違う苦痛があったなあ。
人助けでお金貰えればいいじゃん、と言われがちだがスパイダーマンは基本ボランティアで働いている。だからしつこくあげると言われれば貰うが自分から要求することは絶対しない。見返りを求めればそれは正義とは言わないと昔テレビで聞いたことがある。
「それでは頑張ってくれ!パーカートレーナーの活躍を期待しているぞ!」
また扇子を出し高らかに言った。扇子には『激励!』と書いてある。早業…なのか?
「はい!」
そのまま僕はお辞儀をして理事長室から出る。すぐにたづなさんからも激励の言葉を掛けられた。
「学園では色々あるかと思いますが、頑張ってくださいね。応援しています!」
「はい!ありがとうございます!頑張ります!」
たづなさんとお別れして、次に向かうのは職員室だ。
★
「じゃあピーター君は寮に行ってていいよ〜」
「ありがとうございます!行ってきます!」
職員さんたちへの挨拶やミニ歓迎会が終わった。仕事内容の説明諸々を受けて、今から向かうのは自分が暮らすトレーナー寮の自室だ。
「早く早く、置いてっちゃうよ〜!」
「あぁ〜待ってよ〜」
寮へ向かう途中、いろんな生徒たちとすれ違う。さっき靴箱で見たような子ばかりだ。
僕はどんな子を担当するのだろうか。思考を巡らせていると、目的地に着く。
「ここか」
目の前にあるドアを見つめる。
僕は今日からここで今日から生活することになるんだ。
未来への期待に胸を膨らませ、自室のドアノブを回そうとした時、5m後ろにハンカチを落としていることに気付いた。いつものようにウェブで取ろうとした。
…したのだが。
「…あれっ?」
出ない。糸が出ない。と言うかシューターのスイッチの感覚が無い。
……What the f「ガァーーーーーッッッ!!!!!」
頭上からカラスの鳴き声が響く。そしてとんでもないことに気付いた。
「ウェブシューター