default
pixivは2022年7月28日付けでプライバシーポリシーを改定しました詳しいお知らせを見る
この作品「頼むよ、ダーリン」は「まほや腐」「ブラネロ」等のタグがつけられた作品です。
頼むよ、ダーリン/杏里の小説

頼むよ、ダーリン

21,803文字44分

ブラネロwebオンリー「そういうことにしてるつもり!7~Summer Carnival~」展示作品です。

お越しいただき、ありがとうございます!
webオンリーの展示にしては、不親切な文字数になってしまいました…。
非公開にはしないつもりなので、お急ぎの方はしおりだけ挟んで、他の方のスペースを回ってください!←
楽しみましょう!よろしくお願いしまーーす!!

●追記●
webオンリーお疲れ様でした〜!感想までいただき、うはうはでした!
主催さまや、関係者さま、並びにご覧いただいた皆さまに、この場を借りてお礼申し上げます!
ありがとうございました!!ブラネロ尊い!!



ボスに振り回されたくないネロと、関係を隠されてモヤモヤするボスが、新しい関係を探す話。
セフレ時代があるブラネロです。全裸になったりしますが、未遂なので全年齢です。

友情出演は、東の魔法使い、北の魔法使い、リケ&ミチルです。
ファウスト先生がかなり出ますが、ネロと友達以上の感情はないです。(建国の英雄に夢見てる)
ほとんど要素がないのですが、わずかにヒスシノとレノファウを含みます。

素敵な表紙をお借りしました。
ありがとうございます!
[illust/95630461]

新米賢者で、読めてないストーリーがいっぱいあります。ご容赦ください。
何番煎じだと思いますが、「付き合い始めるブラネロはなんぼあってもええですからね!」の精神で許してください。(癖なんです…)



ステ版ボスのあの台詞の言い方に「この男、こうやって500年ネロに言うこと聞かせてきたんだ!ずるい!すけこまし!悪い男!すーーーきーーー!」となったのと、
推しカプにダーリンって言わせるのが性癖で、こういう感じになりました。
もうさ、『相棒』がそれにしか聞こえんのよ…。幸せにな…。

感想とかいただけましたら、むせび泣いて喜びます!
[https://marshmallow-qa.com/anri_maho]

●追記●
12/18賢者のマナスポット10にて、後日譚(ファウスト先生が「ネロにブラッドリーは相応しくないだろ!」とちょっとぷりぷりしてる話)を追記し、配布します!
もしもあまったら通販しますので、その際はまたお知らせいたします。

●さらに追記●
通販ページできておりました!
もともと冊数が少ないので、残りわずかとなっておりますが、よろしくお願いいたします!
[https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040031037042/]

2022年8月27日 15:00
1
white
horizontal

 ──髪紐をほどかれる。かつて、それが合図だった。
「え……?」
 ネロがキッチンで洗い物をしていたら、はらりと毛束が落ちてきた。覚えのある感覚に振り返れば、二度と会うことはないと思っていたはずの男が、白い髪紐を握っている。
 その男は笑うでもなくからかうでもなく、ネロを見下すと、当然のように言い放つ。
「俺の部屋な」
「なっ──!?おい、ブラッド!」
 制止も聞かずブラッドリーがキッチンを出て行こうとするものだから、ネロは思わず声を張り上げた。
「行かねえからな!」
 するとようやくブラッドリーは足を止め、ネロを振り返った。観察するようにネロをじっと見て、そしてなんと鼻で笑った。カチンときてネロは「行かねえから」と強い口調で繰り返し、洗い物を再開する。
 ブラッドリーは大股で戻ってくるなり、馴れ馴れしくネロの肩に手を置いた。
「つれねえーな、相棒?」
「うるせ。もうてめえの相棒でもなんでもねえ」
「そうかよ」
「そうだ」
 ネロは頷く。……そう、もうなんでもない。同じ賢者の魔法使いというだけで、多少知り合いなだけで、特別な間柄でもなんでもない。
 ネロが黙り込むと、ブラッドリーも口をつぐんだ。カチャカチャと食器の合わさる音だけが響く。ネロが食器の泡を流そうと水を出すと、ブラッドリーはネロの髪に指を通した。ネロの身体が大袈裟に跳ねる。
「おい」
「んだよ。大したことしてねえだろ?」
 ネロはわずかに迷ったが、どうせ言っても聞かないだろうと洗い物に手を伸ばす。
 ブラッドリーの指が気まぐれにネロの髪を滑っていく。そういえば髪紐を取られたままだ。
「ブラッド、紐──」
 返してくれと続くはずだったそれは、途中で切れてしまった。赤い瞳に射抜かれて、ネロは言葉を失った。ブラッドリーに真っ直ぐ見つめられると、ネロはときどきどうしたらいいかわからなくなってしまう。上手く呼吸もできなくてネロが視線を逸らすと、咎めるようにブラッドリーは彼の名を呼んだ。
「ネロ」
「……っ」
 ネロが躊躇いつつも顔を上げると、ブラッドリーはよくできましたと言いたげな顔をして、ネロの顎を掬い上げた。
「あ……」
 その顔が近づいてきて、『キスされる』そう思ったネロは、反射的に目を閉じた。だが、待てども待てども触れる感触がない。目を開けた彼の眼前に広がったのは、頬を緩ませたブラッドリーだった。ネロは顔を朱に染め、声を荒らげる。
「おい!」
「なんだよ、勝手に期待したのはおまえだろ?」
「してねえ!」
「じゃなにされると思ったんだ? 言ってみろよ?」
 ネロは閉口し、ブラッドリーを睨んだ。ブラッドリーは声を上げて笑うと、キッチンの外へ向かう。そのまま出ていくのかと思えば、扉の前で足を止めた。
「やっぱ止めた」
「あ?」
「おまえの部屋で待ってる」
 目を瞬かせるネロに対し、ブラッドリーは艶っぽく目を細め、髪紐を握った手を振ると、今度こそ本当に厨房を後にした。
 ネロは強張っていた身体に酸素を取り込み、頭を抱えた。
「……くそ」
 キスされると思って咄嗟に目を閉じてしまった。思い切り間違えた。最悪だ。というかキッチンでキスなんて、誰が見てるかわからないのにダメだろう。ブラッドリーのことを、とっとと追い返しておけばよかった。──いや、それを言うなら再会した時に、今のような関係を拒めばよかったのだ。
 ネロがうつむくと、束ねていない髪の毛が落ちた。
 髪紐は言わば種火だ。材料があれば、あっという間に燃え広がる。こちらの都合などお構いなしに。


 ブラッドリーがネロを「相棒」と呼ぶ様になった頃、二人は一線を越えた。酒の勢いだったが、ネロはぼんやりと気持ちよかったことだけ覚えていた。だから再び酒の勢いで誘われた時、迷わなかったといえば嘘になるが、拒まなかった。
 そしてそれが何度か続いてしまうと、素面の時でさえ拒む理由をなくしてしまった。ネロはまともな倫理観など持ち合わせている男ではなかったし、ブラッドリーは良い意味でも悪い意味でも、魅力的な男だった。
 ネロの嫌いな言葉がある。それは、あの男がときどき口にする。『頼むよ、相棒』というフレーズだ。
 身体の関係に限ったことではないが、必要とされると、ネロはブラッドリーの頼みを断れない。自分の言うことを、なにひとつ聞いてくれない相手だと知りつつも、求められると感激してしまう。喜んで相手の思う通りに行動してしまう。
 だからネロは、ブラッドリーのあの台詞が嫌いだ。『頼むよ』と言われれば、その願いを聞いてやりたくなる。『相棒』と呼ばれると、瞬時にあの頃の感覚に戻ってしまう。騒いで、馬鹿やって、それを楽しいと思っていたあの頃に。


「…………」
 ネロはシンクに戻ると、再び洗い物を始めた。髪紐がなくて落ち着かない。だからさっさと終わらせて、取られたものを取りに行く。ただそれだけだ。




頼むよ、ダーリン



「はい。おまちどうさん」
「レモンパイだ」
「美味しそう」
 シノとヒースクリフが口元をほころばせる。訓練終わり、東の魔法使いたちはテラスでお茶会を開催していた。ネロが焼きたてのレモンパイを切ろうとナイフを取り出すと、シノが珍しく待ったをかける。
「ネロ、オレが切る」
「ん? そうか?」
 ネロからナイフを受け取ると、シノは「ヒースに一番大きなやつをやる」と笑い、真ん丸のレモンパイを迷うことなく半分にした。これに驚いたのはヒースクリフだ。
「シノ、俺に気を遣わなくていいから」
「主に一番いいのをやる。当然だろ?」
「当然じゃない。俺と二人だけならまだしも、ファウスト先生とネロにも小さいパイを切り分けるつもり?」
「まあ、そうだな。ヒースが一番偉いし」
「偉くないよ」
 ヒースクリフがため息を吐く。悩まし気に眉をひそめる姿さえ美しい。そんな風にシノが思っていると、ヒースクリフはシノを咎めるような視線を送った。
「東の魔法使いの中なら、俺じゃなくてファウスト先生が敬われるべきだろ」 
 ヒースクリフがそう言うと、名前を挙げられたファウストは少し目を丸くし、居心地の悪そうな顔をする。
「僕なんかに気を遣わなくていい」
「ほら。ファウストもこう言ってる」
「シノは先生にもっと敬意を持って接して。レモンパイを焼いてくれたネロにも」
「ファウストもネロもいいやつだ。でもそれとこれは別の話だ。ヒース、どのくらい大きいのがいい?」
「だから──」
 だんだん舌戦が鋭くなっていく。本来、主従関係である二人は、友達だからこそ喧嘩をする。ヒースクリフを立てようとシノ。それを良しとしないヒースクリフ。主従関係であるからこそ、二人の友情はたまにちぐはぐしてしまう。
 いつもはヒースクリフの方が、シノの主張に折れることが多い。しかし今回は、ヒースクリフもなかなか引かなかった。話の着地点が見えない。どうしたものかとネロが迷っていると、ファウストがひとつため息を吐き、重い腰を上げた。
「シノ、ヒースクリフ。妥協案をやろう」
「妥協案?」
 シノが聞き返すと、ファウストはシノの手にあるナイフを見つめた。
「まずシノがレモンパイを切り分ける」
「まかせろ」
「その後ヒースクリフが、誰がどのレモンパイを食べるかを決める」
 するとシノは一瞬、訳がわからないという顔をして、その意味を察したヒースクリフは手を叩いた。
「なるほど。あからさまに大きなパイがあれば、それシノにあげてしまえばいいんですね」
「そういうことだ」
「おい。それだと意味ないだろ」
「それが嫌なら、シノはなるべくパイを均等に切り分けるんだな」
「……」
 ファウストの発言に、シノはうつむき小さく唇を噛んだ。大きな深紅の瞳が揺れている。不満そうというより、シノは迷子のような顔をしていた。
「……いやだ。ヒースに一番いいのをやる」
 今度は提案したファウストが黙り込んだ。ただの子供のわがままだと、突っぱねることもできたのかもしれない。しかしファウストは、傷ついた表情をする生徒を無下にする男ではなかった。だからこそなにを言うかを迷っていたら、シノの手を取った人物がいた。ヒースクリフだ。
 ヒースクリフはシノの手のナイフを握り、恥ずかしそうに笑う。
「だったら、俺が切り分けるよ。そして俺に食べさせたいパイを、シノが選んでくれる?」
 ヒースクリフの声に、シノの目が輝いた。シノはうんと力強く頷き、ヒースクリフはレモンパイに向き合った。均等に切るために、どこにナイフを入れるかを迷っている。シノは先ほどの自分の態度などなかったように「早くしろ」とヒースクリフに詰め寄った。
 ネロが安堵の息を吐き出すと、ファウストが席に戻ってくる。ネロは紅茶を注ぎながら、ファウストをねぎらった。
「お疲れ、先生」
「ああ。まったくだ」
 ファウストは椅子に背中を思い切り預けた後、「いただくよ」と一言断りを入れ、紅茶を口に運んだ。ネロは頬杖をつき、シノとヒースクリフのやり取りを見守る。ヒースクリフは、まだレモンパイにナイフを入れられていない。
「名采配だったな。さすがは建国の英雄」
「茶化すな」
 ファウストは苦々しく言うと、シノとヒースクリフに視線を移した。じっと二人を見て黙り込むファウストに、ネロは首を捻る。
「先生、どうした?」
「……昔、たまにああやって解決していた」
「昔?」
「ああ」
 ファウストはカップをソーサーに戻すと、背もたれに身を預ける。
「食べ物とか分けられるものなら、あれで解決するんだが。見張りを僕もすると言ったら、断られたり。自分も怪我をしているくせに、僕の手当てを優先したり……。僕なんかに気を遣わなくていいのに」
 ファウストは先ほどと同じ言葉を口にしたが、ニュアンスは大分異なっていた。
 文句を言い合う幼馴染を眺めつつも、そこに居ない人物を捉えている。誰とは口にしなかったが、ネロはレノックスのことではないかと思った。かつて彼の仲間で、従者だった男。
 二人の過去を垣間見てしまったような気がして、ネロは誤魔化すように笑った。するとファウストが首を傾げる。
「どうした?」
「いや? 魔法使いに歴史ありだと思って」
「またそうやって茶化す」
「茶化したわけじゃねえよ」
 ファウストがじとりとネロを睨んだ。ネロは知らんふりを決め込んだが、ファウストは唐突に「きみは?」と訊ねた。困惑顔のネロに、ファウストは言葉を改める。
「きみは遠慮して、大きなパイを譲る側だったか?」
 その問いに、今度はネロがシノとヒースクリフの二人を見つめた。
 シノがレモンパイを見下し、うんうん唸っている。おそらくヒースクリフの切り分けたパイに、明確な差がないのだろう。だからこそ、どれが主に一番ふさわしいレモンパイなのか、迷っているらしい。
 その時、ネロの目の端に見慣れたモッズコートが現れた。ブラッドリーだ。
 ミチルとリケと共に、何やら雑談しながら通り過ぎていく。ふとブラッドリーがネロたちに気づいた。しかし、わずかに視線を動かしただけで、また正面を向き、その場を去っていった。
 ネロは自分のカップを持ち上げると、それをぐびりと飲み干した。目を伏せ、先ほどのファウストの問いかけに答える。
「そうだな。譲る側だったし、真っ先に一番大きいパイを欲しがる上司だった」
「それはそれでどうかと……」
「いいんだよ。一番いいものはボスに献上する。そうすりゃ揉めないだろ?」
「まあ、理屈はわかるが」
「だろ?」
 ネロはからからと声を上げて笑った。
 ファウストの優しさも理解できるが、北の国という土地は、強者がすべてを攫っていく場所だ。だからこそ、ボスが上物を持っていくのは当たり前だった。納得できない連中がいれば、ボスが黙らせる。それができるからこそ、あの男がボスだった。
 ふいに、ファウストとネロの前にレモンパイが置かれた。サーブしたヒースクリフは、申し訳なさそうに眉を下げる。
「すみません。お待たせしてしまって」
「ヒースがサーブしたレモンパイだ。有り難くいただくように」
「なぜシノの方が偉そうなんだ?」
 シノの発言にファウストは呆れた顔をして、ネロのカップに新しく紅茶を注いだ。紅茶を注がせてしまったことに、ネロが申し訳なさそうな表情を見せる。ファウストはそれを疑問に思いながらも、必要ないと首を振った。
「僕はきみの上司じゃない」
「え?」
「一応、僕が先生役をしているが、へりくだる必要もない。賢者の魔法使いという意味で、僕たちは対等だ。貴公子もパイをサーブするし、先生だって茶を注ぐ」
 そして、ファウストはサングラスの位置を正して、いたずらっ子のように微笑んだ。
「一番大きなパイをねだったっていいんだぞ?」
「ネロ、でかいのがよかったのか? でも今日は全部同じだぞ?」
「俺のと交換する?」
「いや、いい。いいから」
 ネロは火照る顔を隠しながら、ヒースクリフの申し出を断った。
 同じ大きさのレモンパイ。たとえどれかが特別大きくても、彼らとなら取り合うのでなく、譲り合うのが簡単に想像できた。ネロはそれを少し気恥ずかしく思いながら、レモンパイにフォークを刺した。


 〇


 夕食後、ネロは洗い物を手伝ってくれたリケとミチルに礼を述べる。
「リケ、ミチル、手伝ってくれてありがとな」
「いいんです。いつもネロには、美味しいご飯を作ってもらっているので」
「お手伝いくらいさせてください」
「はは。ありがとな」
 ネロがふたりの頭を撫でると、ミチルは照れた顔をしたが、リケは「軽率に僕の頭に触らないでください」と怒った。ネロは悪い悪いと言いつつも、あまり悪いとは思っていないようで、リケはまた頬を膨らませる。その時、靴音を鳴らしブラッドリーが現れた。
「ネロ、腹減った」
「おいおい。夕飯足んなかったんなら、もっと早く言えよ」
 ネロは文句を言いつつも、戸棚を開く。リケとミチルは、おやすみなさいと二人に声をかけ、キッチンを後にした。ブラッドリーは空いた椅子にどかりと腰かける。
「ちっちゃいのに懐かれてるな」
「うるせ」
「ま、もともと面倒見がいい男だったもんな。おまえは」
「そうか?」
「そうだよ」
 ブラッドリーはそう言って、じっとネロの顔を見つめた。なにか言いたげな表情でこちらを見るくせに、なにも言わないブラッドリーに首を傾げながらも、ネロは食材を切り始める。
 玉ねぎはみじん切りに、ジャガイモは千切りにして水にさらしておく。温めたフライパンにひき肉、玉ねぎ、ジャガイモを入れ炒め、塩、胡椒で味を調える。一方ではボウルに卵を割り、牛乳、塩を加え溶きほぐす。さきほど炒めたひき肉らと一緒に混ぜあわせ、再びフライパンの中へ。それらを素早く焼き、形を整えたら、ひき肉入りオムレツの完成だ。
「はい、お待ち」
「おお。美味そうだ」
 ブラッドリーはいただきますと呟いて、大きな口を開けそれを頬張る。彼の正面に座ったネロは、少しだけその様子を眺めていたが、明日の朝食の仕込みために、芋の皮を大量にむき始めた。
 キッチンにはスプーンが食器に触れる音と、ジャガイモの切れる音だけが響く。ネロはどこか既視感を覚えた。
 そういえば昔もこうやって、ブラッドリーが料理を食べているそばで、仕込みをしていた。懐かしいとネロが口を開こうと顔を上げると、ブラッドリーはまた、じっとネロを見つめていた。ネロは首を捻る。
「どうした?」
 ブラッドリーは手の中のスプーンを弄ぶ。口にするのを迷っているようだ。
 珍しいとネロは思う。欲望に忠実で、遠慮や配慮などない。気に入らないなら自分の好きなように捻じ曲げ、従わせる。それが北の魔法使い、ブラッドリーだ。その男がなにかを躊躇っている。
 だからこそネロは、そのなにかが気になった。やがてブラッドリーが閉ざしていた口を開く。
「今日、東の奴らとテラスでなんかしてたろ?」
「ん? ああ、お茶会な」
「呑気なもんだな」
「うるせえよ。おまえに関係ないだろ」
「……そうだな」
 ブラッドリーの瞳に寂しさが見えて、ネロは驚き目を丸くした。やっぱりなにかがおかしい。
 再びネロが口を開く前に、ブラッドリーはオムレツを口の中にかき込んで、腰を上げた。そのまま立ち去るのかと思えば、ネロの元へ近づいてくる。
「ブラッ──」
 ブラッドリーはネロの顎を掴んで、キスをした。唇を重ねると当然のようにネロの口内を割り、好き勝手に暴れまわる。咄嗟にネロはナイフと芋を手放し、ブラッドリーの身体を押した。
「……ん、ふっ。……ばか、や……めッ」
 身をよじると、ネロは椅子から転がり落ちてしまう。けれどブラッドリーはネロを離さず、追いかけるように膝を付き、またキスをした。
 誰に見られるともわからない場所で、いけないとわかっているのに、ネロは目の前の男の顔がちらついてまともに抵抗できなかった。
 理由はわからないが、ここで突っぱねてしまったら、また悲しそうな顔をされるのではないか。そう思ったら、無下に押し返すことができない。力なく、ネロはブラッドリーのスーツをひっかく。
 ふいに、ブラッドリーがネロの髪や耳を弄び始めた。ネロの身体がびくりと跳ねる。
「おい、待──」
 制止しようとしたネロの言葉は続かなかった。自分を見つめるブラッドリーの朱色の瞳。それに射抜かれて、鳴りを潜めていた種火は種火でなくなり、あっという間に燃え上がってしまった。そしてブラッドリーは、燃え上がる熱にネロが身を焦がすさまを見て、思わず唇を舐めた。
 何度も見た顔だ。禁欲的な東の魔法使いでもなく、品行方正な東の飯屋でもない。誰も知らない、ブラッドリーだけが知っている、ネロ・ターナーだ。
 ブラッドリーが火照った頬を撫でると、ネロはまつ毛を震わせながら視線を合わせた。揺れる瞳に、ブラッドリーは囁く。
「来い。ネロ」
「……」
 ネロは閉口して、積まれたジャガイモを見上げた。まだ明日の仕込みが終わっていない。しかし、ブラッドリーにはそんなこと関係ないので、ネロの手を引き厨房を後にする。ネロはそれに文句を言いたそうな顔をしつつも、掴まれた手を振り払うことも、引き離すこともしなかった。
 ブラッドリーはそれに安堵した。まだこの男に、相棒に、愛想を付かされてはいないと。


 〇


 たまにネロはファウストと晩酌をする。場所は、食堂だったり厨房だったり様々だが、その夜はファウストの部屋だった。
 人との距離感を心得たファウストとの話は、軽快に言葉が飛び交うわけではないが、居心地がよかった。取り留めのない話をして、緩やかに穏やかに時が過ぎる。そういう時間を悪くないと、ネロは思っていた。
「それ、おかわりいる?」
 空になりそうな食器を見つめ、ネロは訊ねる。ファウストはすぐさま首を振った。
「いや、大丈夫だ」
「そう?」
「ああ」
 その返答に、ネロはなんとなく違和感を覚えた。いや、本当は「もらおう」と言われると思ったのにあっさり断られたことを、変だと感じてしまったのだ。しかしおかしなことはない。ファウストはもともと小食な方だ。
 ネロはワインをあおる。どうしてそんな違和感を覚えたのか、その理由がよくわからない。そのネロに、ファウストが訊ねる。
「きみのそれは、くせみたいなものか?」
「くせ?」
「飲んでる時も相手を気遣うだろう? 別にいいんだぞ。前も言ったが、僕ときみは上司と部下じゃない」
 そう言ってファウストがグラスを傾けるが、ネロはやはり、なにか違うと思った。気を遣ったのかと言われると、それも違う。本当におかわりが必要だと思ったのだ。
 そこでようやく、ネロは違和感の正体に気づいた。あ、と声を漏らすと、ファウストは目を丸くし、ネロを見やる。目線だけでどうしたのかと訴えるものだから、ネロは罰が悪そうに答えた。
「えっと、その……あれだ。確かにくせみてえなもんだ。飲む時は大抵、上司が相手だったから」
 ブラッドリーはよく飲むし、よく食べる。だからネロは、ブラッドリーと飲む時は料理をたくさんこしらえて向かったし、足りなければまた作っていた。だが、目の前の男はブラッドリーではなくファウストなのに、まるで勘違いしたようで居心地が悪い。しかし、ファウスト本人は気にした様子もなくふーんと頷いた。
「酒の席でも気遣いが根付いているとは、大変だな」
「いや、大変っていうか。あいつが食べたいって言ってくんだよ」
「あの一番大きいパイをねだる上司か」
「そう」
 ネロは小さく笑い、一口チーズをかじった。すっかりわがままな元上司というイメージが定着してしまった。間違いではないが。
 するとファウストは何故か「よく食べるならいいんじゃないか?」と口にした。ネロが首を捻ると、ファウストは当たり前のように述べる。
「きみ、食べてる相手の顔をつまみにしてるところがあるから」
「…………」
 ネロが目を丸くすると、ファウストは「小食で悪いな」とからかった。ネロは顔を赤らめ、テーブルに突っ伏す。しばらく悶絶した後、のそりと視線だけ上げた。
「……マジ?」
「ああ」
「それ恥ず……」
「指摘しない方がよかったか?」
「いや、知らないままなのも恥ずかしい」
「なら、今知られてよかったな」
 ファウストはくつくつと喉で笑って、グラスを傾けた。ファウストもこちらの顔を肴に酒を飲んでいると感じ、ネロはじとりとファウストを睨む。
「先生はもうちょっと食った方がいいよ」
「そうか? きみのおかげで、かなり食べるようになったが」
「……さいですか」
 だめだ。元中央の天然男、ファウストに勝てそうもない。早々に判断したネロは腰を上げる。
「俺が食べたいからなんか作ってくる」
「行ってらっしゃい」
 ファウストは微笑み、ネロを送り出した。火照った顔が熱い。急ぎ足で自室へ向かうネロに声がかかった。
「……ネロ?」
 ネロが視線を上げれば、そこにはブラッドリーが居た。驚きに目を見開き、ネロを凝視している。どうしたのかと訊ねるネロを他所に、ブラッドリーは舌打ちすると、階段を下りていたネロの腕を掴み、逆に上り始めた。
「はあ!? ちょ、おい! ブラッド!」
 騒ぐネロになにも言わず、ブラッドリーは自分の部屋に入ると、ネロをソファーに放り投げた。なんとか受け身を取ったネロはブラッドリーを睨みつける。
「てめえ、なにしやがんだ!?」
「なにしてた?」
「ああ!?」
 声を荒らげるネロに怯むことなく、むしろネロより低い声でブラッドリーは問いかける。
「呪い屋の部屋でなにしてた?」
「なにって、別に……。飲んでただけだよ」
「……へえ?」
 ブラッドリーの視線にネロはぞくりとした。それは随分久しぶりに見る『名前を聞いたら、震えて眠れ』と謳われた、まごうことなき北の魔法使い、死の盗賊団の首領、ブラッドリー・ベインの眼光だった。
 だが、ネロはずっとブラッドリーの下に付いていた男だ。ある種、その視線には慣れていた。怯えることなくネロはブラッドリーを見据える。
「なんだよ? てめえに文句言われる筋合いねえぞ?」
「ああ、そうかよ」
 ブラッドリーが指をパチンと鳴らす。すると、ネロの衣服がなくなった。裸にされ、ぎょっと目玉をひん剥くネロを他所に、ブラッドリーはその身体を観察する。
「跡ねえな。ねちっこそうな男なのに、跡はつけねえのか?」
「はああ!?」
「いや、おまえが突っ込む場合もあんのか。どっちがどっちをしたんだ?」
 その問いかけでようやくネロは、ブラッドリーがなにを勘違いしているのかを悟り、同時に怒りの沸点を超えた。ネロはブラッドリーを怒鳴りつける。
「ふざけんな! うちの先生、馬鹿にすんのも大概にしろ!」
「……はっ! 『うちの』先生ときたか」
 ブラッドリーは鼻で笑い、キスをした。舌を絡ませてくるくせに、色気もなにもない。物理的な方法でネロを黙らせる。押しても叩いても離れていかないものだから、腹が立ったネロは思い切りブラッドリーの舌を噛んだ。それでようやく離れたブラッドリーは、苛立ちのままネロを睨みつける。
「なにすんだ、ネロ?」
「そりゃ、こっちの台詞だ。ファウストと俺はそういう関係じゃねえ」
 ネロはファウストとのやり取りを反芻する。ファウストは言った。僕はきみの上司じゃない、と。かなり照れくさいが、ファウストとの関係を例えるなら──。
 ネロはブラッドリーを見据え、言い放つ。
「ファウストは友達だ。無理やり言うこと聞かせようとする、てめえとは違う」
 するとブラッドリーは、一瞬なにを言われたのか理解できない表情をしたが、しばらくした後、腹を抱えて笑い出した。ネロは怒りに震え、ブラッドリーの胸倉を掴む。
「なにがおかしい!?」
「その先生は、おまえが元盗賊だって知ってんのか? 話してみろよ、ネロ。そのお友達に」
 ネロの動きがぴたりと止まる。信じられないという驚きと、もし知られてしまったらという恐怖がネロの容貌に浮かんだ。狼狽するネロの頬をブラッドリーはするりと撫でる。
 ──目の前の男は『東の国の魔法使い』として賢者に召喚された。たった百年しか離れていないはずなのに、五百年は北の地で暮らしていたはずなのに、北の国の魔法使いではなくなっていた。
 そして、北の国出身ではありませんという顔で、東の国の魔法使いたちと何事もなく仲良くやっている。他の国の魔法使いたちと穏やかな毎日を送っている。それが、ブラッドリーの胸をひどくざわつかせる。
 長い間、共に過ごしてきた。騒いで、馬鹿やって、それが楽しかったあの頃。ネロが賢者の魔法使いとして召喚され、ブラッドリーはまたあの日々が過ごせると思っていた。だがネロは魔法舎で、新たな関係を築き始めた。そして、ブラッドリーと過ごしていた日々なんて、最初からなかったかのように振舞った。
 わかっている。ネロはもう足を洗った。知られた場合のリスクもある。だがそれでも、子供のように叫び出したくなる瞬間がある。
 この男は俺のものなのだと、叫びたくなる瞬間が。
「なあ、ネロ? 先生より俺の方がいいだろ?」
 ブラッドリーはネロをソファーに押し倒すと、その裸体に指を這わす。喉から、胸、腹と通り、へその下を軽く押せば、ネロの瞳が不安と期待に揺れた。ブラッドリーは直感的に、押せば頷くと思った。今目の前に居るのは、なんだかんだ折れてくれる、相棒のネロだ。こてりと首を傾け、ねだるように囁いた。
「頼むよ、相棒」
「……」
 そう言って、ブラッドリーはネロに顔を近づけた。甘い甘い囁き。ネロの頭の中で、それが幾度もこだまする。
 何度も頷いてきた。何度もブラッドリーの望む通りにしてきた。だがふと、ネロの脳裏にある想いがよぎる。──この男は、俺の願いは叶えてくれただろうか?
「俺は──」
 唇が触れる直前、ネロが口を開き、ブラッドリーは身体を離す。琥珀色の瞳は躊躇いながらも、ブラッドリーから視線を逸らすことはせず、はっきりと答えた。
「俺はもう……おまえの相棒じゃねえ」
 ブラッドリーは思わず身体を強張らせた。今までも言われたことのあるその言葉は、今回初めて、明確な拒絶を持っていた。ブラッドリーの脳に、じわじわと血が昇っていく。ブラッドリーはネロの脚を掴み、無理に開かせようとした。突然の暴挙にネロが慌てる。
「ブラッド! やめろ!」
「うるせえ!!」
 ブラッドリーは語気を強めると、ネロの顎を鷲掴み、不遜な態度で言い放った。
「てめえは俺の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」
 カッと頭に血が昇り、ネロはブラッドリーの手を払うと呪文を唱えた。現れた胡椒を遠慮なく振りかざす。
「おい、てめっ……! は……はくしょん!」
 次の瞬間、ブラッドリーは居なくなっていた。ひとりになった部屋で、ネロは身体を起こす。腹の上にも落ちた胡椒が、ぱらぱらと黒いソファーを汚していた。
 しかし、ネロにはそんなことどうでもよかった。
「……っ、くしょん!」
 胡椒のせいか裸なせいか、ネロは盛大なくしゃみをした。主の居ない部屋にそれは大きく響き、反動から一層静けさが増す。
 ネロは唇を噛むと、さらに口元を覆った。視界がにじむのも、鼻の奥がツンとするのも、口から嗚咽に似た声が漏れるのも、ネロは気づかないふりをした。けれど我慢はできなくて、目から落ちたそれがネロの手を濡らす。
 二度と会いたくなかった。だが、賢者の魔法使いとして召喚され、再び出会ってしまった。監獄にぶち込まれたところで、あの男はなにも変わっていない。自分本位で、傍若無人。人の気持ちを理解していない男のままだ。
「……ひ、くっ……うぅ……」
 ネロはさらに唇を強く噛んだ。──運命の神様とやらは、性格が相当悪いらしい。


作品一覧を見る

コメント

コメントはまだありません
センシティブな内容が含まれている可能性のある作品は一覧に表示されません
人気のイラストタグ
人気の小説タグ