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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

国民的アイドルの、そっくりさん

作者:九條葉月



 プロローグ




 ――もしも魔法が使えたら。

 もしも奇跡を起こせるなら、あなたは何をしますか?


 空を飛んでみる?

 瞬間移動してみる?

 過去に戻ってみたり、時間を止めてみたり、自然を操ってみたり……。

 もしかしたら。死んだ人を蘇らせたい人もいるかもしれませんね。


 ……私は、きっと。妹を探すでしょう。

 生き別れた妹にもう一度会いたいと願うでしょう。


 他には何も望みません。

 一度だけでもいいのです。

 元気で幸せに過ごしていることが確認できれば、それだけでいいのです。


 だから、神様。


 もしも魔法があるのなら。

 もしも奇跡が起こるなら。


 お願いです。

 もう一度、私の妹に会わせてください。








「――あの! 待宵(まつよい)リナさんですよね!?」


 登校中。

 今日も元気に寝ぼけ眼で歩いていると、背後からそんな声を掛けられた。


 待宵リナ。

 一年ほど前、国民的な美少女コンテストで優勝しデビュー。現在放送中の連続ドラマで人気が爆発した現役女子高生アイドルの名前だ。


 もちろん私はアイドルなんてやっていないし、コンテストに応募したことすらない。赤の他人。全くの別人。だというのに『待宵リナ』と間違われてしまうのだから私と彼女は相当似ているらしい。


 しまったなぁ。いつもは友人と一緒に登校しているおかげか『ファン』の人はあまり寄ってこないのだけれど、今日は二人とも日直で早出してしまったのだった。


 めんどうくさーい。


 ここでアイドル本人ならファンサービスで写真でも撮ってあげるところだし、私としても写真くらいは何でもない。


 でも、赤の他人なのに『待宵リナ』のふりをして写真を撮るのは気が引ける。ここは声を掛けてきてくれた少女のためにも真実を告げるべきよね。


「いいえ、違います」


「へ? でも、どこからどう見ても待宵リナさんですよね?」


 手慣れたもので私はポケットから生徒手帳を取り出した。そのまま迷うことなく声を掛けてきた少女に差し出す。


「これ、生徒手帳です。別人でしょう?」


「……神成(かみなり)杏奈さん……ですか?」


「すぐ近くの赤城学園に通っています。まだ疑うようなら学校に問い合わせてください」


 この辺はもはや流れ作業。対応に慣れてしまうくらい『待宵リナ』に間違われているのだと察して欲しいところ。


 大抵の人間はこの時点で自分の勘違いを察するのだけれども。さて、彼女はどうだろうか――


 私の生徒手帳を見て、顔を見て、また生徒手帳を凝視し始めた少女は小声で何事か呟き始めた。


「……えぇ? うそ? 別人? じゃあ、昨日の番組で言ってたことは本当で……?」


 自分で自分を納得させてくれそうなのでとりあえず静観するとして。改めて観察してみると少女の制服は見慣れないものだった。


 焦げ茶色のブレザーに、暗めの色合いのチェック柄スカート。うちの制服じゃないし、近くの学校のものでもない。たしか電車とバスで一時間ほどの場所にある学校の制服だったはず。制服が可愛いとうちの学校でも評判だ。


 まさか電車とバスを乗り継いでここまでやって来たのかしら? しかも朝も早いこの時間に……?


 よく考えてみたら、この辺の人にはもう私が『人気アイドルのそっくりさん』であると認識されているはずだから、必然的にこの少女は遠くから来たということになる。


 たぶん『待宵リナが赤城学園に通っているらしいよ』という噂を信じてはるばるやって来たんだろうなぁ。学生の身の上では電車賃も安くないだろうに。


 なんだか申し訳なさを感じてしまった私はちょっとした『サービス』をすることにした。


「……こんなことを言われても信じられないかもしれません」


 まだ考え事をしていた少女の手を取り、引き寄せ、呼吸が感じられるほどの距離で見つめる私。


 アイドルのそっくりさん。


 ということは、つまり顔が良いのだ私は。自分で言うのも何だけど。


「ひっ、ひゃう!?」


 突然の事態にひっくり返ったような声を上げる少女だった。まぁファンであるアイドル(みたいな人)の顔が目の前にあるのだ。平常心を失っても仕方がない。


(……こうして見るとかなりの美少女よね。磨けば光るだろうに、もったいない)


 少し目立つそばかすも私から見ればチャーミング・ポイント。

 よく親友に呆れられる『悪い癖』が出てしまう私だった。その名もずばり女たらし。


 ……ちゃうねん。女をたらしたことなんてないねん。ただ、可愛い女の子が大好きなだけやねん。


 胡散臭い関西弁で誰かに言い訳をする私。ここで声を大にして主張したいのは、可愛いところがない女の子なんていないということであり、決して見た目だけで選んでいるわけではないことだ。


 内心で言い訳を積み上げつつ、得意の決め顔で少女を見つめながら私は言葉を続けた。


「私は、私なんです。待宵リナではありません。どうか、信じてはくれませんか?」


「は、はひ、はひ……」


 どうにも呼吸困難を起こしているっぽいけど、同意と解釈した私は少女を軽く抱きしめた。


「ありがとう。分かってくれて嬉しいわ」


「ひっ、っひっ、ふー……」


 なにやらもはやラマーズ法をやっている少女だけど、倒れる気配はなさそうなので私は微笑みかけてから踵を返した。


 追いすがってくる様子はない。

 どうやら『対処』には成功したみたいだ。

 よかったよかった。しつこい人は校内にまで押しかけようとするからね。


 ……抱きしめる必要はなかったんじゃないかって?


 こっちは間違えられて迷惑しているのだから、ちょっとくらい役得があってもいいじゃないの。







「――同性でもセクハラは成立するんやで?」


 登校後。今朝の出来事を語って聞かせると親友その一・ハルカが呆れたようにため息をついた。


 日本人にしては色素の薄い髪を後ろで一つに纏めていて、ちょっと垂れ気味の目やチラリと覗く八重歯が可愛らしい美少女だ。うん、胡散臭い関西弁(関西出身ではない)がなければ完璧な美少女なのにねぇ……。


 ハルカの残念美少女っぷりはいつものことなので、ここはセクハラ扱いに反論しましょうか。


「失礼な。セクハラじゃないわよ。遠くから私に会いに来てくれた感謝を行動で示しただけで」


 私が至極真っ当な反論をしていると、


「……杏奈ちゃんじゃなくて『待宵リナ』に会いに来たんでしょう? どさくさ紛れすぎませんか?」


 遠慮がちながらもズバッと言い切ったのは親友その二・佐那。今では創作の中でも中々お目にかかれない前髪目隠れっ子。烏の濡れ羽色をした後ろ髪も腰まで伸びているので、黒セーラー服も相まって全体的に真っ黒な印象の女の子だ。


 黒髪、敬語、目隠れと。特徴だけ見ればオドオドしていそうなものだけど実際はツッコミのキレが鋭かったりする。


 そんな親友二人に対して私は肩をすくめてみせた。


「ふふっ、あんなに可愛い子が向こうから寄ってくるのだから『待宵リナ』のそっくりさん扱いも許せる気がするわね」


「即物的やなぁ」


「普段はあんなに文句言っているのに。現金ですよねぇ」


「顔もつやつやしとるし」


「可愛い女の子から精気でも吸い取ったんじゃないですか?」


「杏奈ならやりかねんなぁ」


「杏奈ちゃんですしねぇ」


 親友二人から悪霊(?)扱いされてしまう私だった。……私たち、親友よね?


「そもそもなぁ、そっくりさん扱いが嫌ならその特徴的な“銀髪”を染めればいいだけやしな」


「髪色と髪型が違えばずいぶんと印象も変わるでしょうしね。それをしないのだからやはり寄ってくる美少女目当てなのでは?」


 なぜだか冷たい目で見られてしまう私。


 わかってない。

 わかってないわね親友。

 わかってない親友二人に説明するために私は立ち上がり、胸に片手を当てながら叫んだ。


「待宵リナのそっくりさんであるせいで一方的に迷惑を掛けられているのに! 私の方から髪を染めたら“負け”でしょう!」


「……いったい何の勝負をしとるんや?」


「負けず嫌いが変な方向に暴走してますよね」


 呆れの視線にめげることなく私は続ける。


「むしろ待宵リナの方が髪を染めるべきよね常識的に考えて!」


「お前さんの常識はどうなっとるんや?」


「まぁ、杏奈ちゃんに常識を求めてもしょうがないですし……」


 今日も佐那のツッコミのキレは抜群であった。泣いていいかしら?


「ま~杏奈がアホなのはいつものこととして、やな。昨日の『おしゃべり9』見たか?」


 おしゃべり9とは日曜夜9時からやっている人気番組だ。大御所お笑い芸人がゲストを招いての軽快なトークが好評である。らしい。


「見てないわねぇ」


「なんや、昨日は例の『待宵リナ』が出とったのに見てないんか?」


「だからこそよ」


 彼女、私でも自覚してしまうほどに『そっくり』なのだ。毎朝鏡で見ている顔がテレビに出ている違和感、ぜひとも理解してほしいところ。


「私は見ましたよ。泣けるお話でしたよねぇ特に生き別れになった双子の妹さんの話とか」


 じろじろ、じーろじろと私に視線を寄越す佐那。私がその『生き別れの双子』じゃないのかってこと?


 う~ん。

 私はちょっと特殊な人生送ってきたから可能性はゼロじゃないと思うけど……。

 ほら、あれじゃない? 世の中には似た顔が三人いるってヤツ。


「世にも珍しい“銀髪”で、しかも顔までそっくり。トドメとばかりに同い年。そんで双子じゃなかったらビックリやな」


「ふふふ、分かってないわねぇハルカ。この世には不思議なことがいっぱいあるものなのよ?」


「不思議の爆心地である杏奈が言うと説得力あるわぁ」


「爆心地って何よ爆心地って。こんな平凡で不思議要素の微塵もない私を捕まえて」


「……平凡ってのはな、普通の人間をさして言うもんなんやで? 杏奈は知らんのかもしれんけど」


「普通じゃないの。私なんてちょっとアイドルに似ててちょっと霊感があるだけの普通の女の子(ノーマルピーポー)なんだから」


「いやキャラ濃いわ。霊感がある時点で普通やないし」


「そもそも杏奈ちゃんの霊感は『ちょっと』どころじゃないですし」


 親友二人からの大合唱だった。まったく二人は冗談が下手ねぇ。


 私が肩をすくめていると先生が教室に入ってきてホームルームが始まった。







 今日は一日同級生やら先輩やら後輩やらから『双子の妹なの?』と聞かれて大変だった杏奈ちゃんである。いつか待宵リナに会ったら迷惑料請求しましょう。大人気アイドルなんだからいっぱいくれるでしょう。たぶん。


 固く決意した放課後。普通の生徒が部活や帰宅にいそしむ中、私は一応生徒会長なので役員であるハルカ・佐那と一緒に仕事をすることにした。とはいっても今は急ぎの用事はないので目安箱の確認くらいだけれども。


「……加えて生徒会長。やっぱキャラ濃いわ杏奈は」


 朝のことをまだ引きずっているハルカだった。しつこい女はモテないわよ?


「ハルカちゃん、ほら、変人は自覚がないとよく言いますし……」


 相変わらず毒舌な佐那だった。もうちょっと容赦しないとモテないわよ?


「…………」


「…………」


 なぜだかジトーッとした目で見つめられてしまう私だった。えっと、なんかごめんなさい? やっぱりモテるとかモテないとか話題にしちゃいけないわよね、うん。冗談だとしても。


「……ま~杏奈の鈍さはいつものことやしな。目安箱の確認しよか」


「乙女心を爆砕するのもいつものことですしね。さっさと確認して帰りましょう」


 爆砕って何やねん。いつ爆砕したねん。おもわずハルカみたいなエセ関西弁になってしまう私だった。


 二人が仕事モードに入ってしまったので私も目安箱に入っていた紙を確認する。


「え~っと、部室棟の電球が切れています? 用務員さんに連絡しておきましょう」


「ん~、生徒会長が待宵リナちゃんの双子って本当ですか? やて。わざわざ目安箱に入れんでも直接聞けばええやん」


「まぁ杏奈ちゃんは黙ってさえいれば『高嶺の花』だから声を掛けにくい人もいるんじゃないですか?」


「そろそろダメ人間っぷりも周知されてそうなものやけどなぁ」


「それならそれで『近寄りたくない』と判断されている可能性もありますし」


 友情って何だっけ?


 私が友情と人生について考えているとハルカが面白そうな声を上げた。


「お、またこの手の相談が来とるで。友達が幽霊に取り憑かれているので助けてくださいやて」


「また? うちは生徒会であってお祓い屋じゃないのだけど?」


「ま~霊感少女が二人もいるもんな。しゃあないやろ」


「……あの、私を霊感少女扱いされるのはちょっと……これでも一応『本職』ですし」


 少しだけ不満そうな顔をする佐那だった。いや前髪で目元が隠れているから表情は分かりにくいけど、親友である私には分かるのだ。


 ちなみに佐那の実家は神社であり、実家や本庁関係の手伝いをするときは巫女服を着ている。現役女子高生巫女。何という萌えの暴力か。


 そんな『本職さん』がいるおかげか我が生徒会にはけっこう幽霊関係の相談も来るのだ。……うちの学校が古戦場&墓地跡に建っているのも一因かもしれないけれど。


「いや相談が来るのは杏奈のせいやろ」


「杏奈ちゃんのせいですよねぇ」


 なるほど私の人徳&心の広さ&人の良さが生徒たちからの相談を引き寄せていると? ちょっと照れるわね。


「杏奈のこの無敵なポジティブさは何なんやろなぁ」


「自称人生経験が豊富らしいですから、そのせいじゃないですか?」


 自称じゃないし。実際経験豊富だし。なにせちょっと前まで親の決めた許嫁がいたくらいだし。


 まぁ相手の浮気で破棄されたんだけれどね。未成年のくせにズッコンバッコンと。私には一切手を出さなかったくせに。やっぱり野郎はダメだわ。滅びればいい。


 それに比べて女の子はいいわよねぇ柔らかくてモチモチですべすべで。うんうん私が女の子好きなのは婚約破棄がトラウマになっているからで仕方のないことなのだそうなのだ。


「いや生まれつきやろ」


「いっそ前世からなのでは?」


 いっそって何よいっそって。前世とかファンタジー過ぎである。


「存在自体がファンタジーのくせによく言うわ」


「何から何まで奇奇怪怪ですものね」


 あなたたちは私のことを何だと思っているのかしら? こんな“普通”な私を捕まえて。


「ま、ええわ。依頼した生徒には明日の放課後空けておくよう伝えといたから、今日はもう帰ろか」


 スマホをいじりながらそんなことをのたまうハルカだった。当然のように依頼人の情報を把握して、当然のように連絡先も確保しているらしい。さすが『情報屋』を自称する中二病――ごほん、顔の広さよね。







 親友二人とのんびり女子高生らしい無駄話をしながら帰宅する。二人は色々あってうちに下宿しているので、夕食後のプライベートな時間以外は無駄話をしていることになる。

 親友相手とはいえ、我ながらよく飽きないものだ。


「杏奈と一緒だと飽きないからなぁ」


「杏奈ちゃんと一緒だと飽きないですからねぇ」


 それ。いい意味よね? 珍獣を見ていると飽きない的な意味じゃないわよね?


「……ノーコメントや」


「……黙秘権を行使します」


 友情って何だっけ?


「あ、そうや。待宵リナのファンだっていう子に話を聞いたんやけどな。待宵リナって本当に凄い人気らしいで?」


「ふ~ん」


 最近は『テレビで不意打ちそっくりさん登場』を避けるためにテレビを見なくなってきたのであまり実感のない私だった。


 あ、でも、そんなに大人気なら迷惑料も快く払ってくれそうよね。払ってくれそうじゃない?


「即物的やなぁ」


「俗物ですよねぇ」


 佐那、佐那、俗物はもはやただの悪口だからね?


「ま、杏奈って意外と金にがめついもんな」


「お嬢様らしからぬ、というやつですね。ほんとに待宵リナさんとは正反対みたいで」


 お金は大事なのよ?


 しかしまぁ興味が薄いとはいえ正反対とまで言われてしまっては気になってしまう。


「待宵リナってそんなに私と正反対なわけ?」


「なんでも清楚で謙虚、下品なことは絶対に口にはせず、大声で笑うこともなく、ドラマがヒットして大人気アイドルになった今でもファンサービスやスタッフへの気遣いを忘れない。と、ファンの子によるとほんまに聖人君子みたいな子らしいで?」


「絶対キャラ作ってる……と考えてしまうのはスレすぎかしらね?」


「ま~、芸能人やしな。あんま信じすぎんのもどうかと思うけど。……で、今やってる連続ドラマで人気爆発と」


「私も見てますけど、良いドラマなんですよ~。生き別れの妹を探す姉が主人公なんですけど、妹を思っての独白シーンが鬼気迫る演技で一気に話題になったんです」


 あ~はいはい実際に生き別れの妹がいるからこその演技でしたって展開ね? わかるわ。


「スレとるなぁ」


「スレてますねぇ」


 あなたたちほどじゃないわよ?


 と、深い友情によって築き上げたいつものやり取りをしていると――


 不意に、車道を走っていた車が私たちの真横で徐行し、少し手前で止まった。

 黒塗りの高級外車。一昔前の『ヤクザ屋さん』の高級幹部が乗っていそうな車だ。まぁ防弾ガラスじゃなさそうなので一般車だろうけど。


 高級外車の後部座席のドアが開き、誰かが降りてこようとして――後ろを走っていた車からのバッシングを受けて慌ててドアを閉めた。一車線しかないものね。道の真ん中で停まっちゃいけません。


「なんや、乗ってる車は高級なのに締まらない奴やなぁ」


「もしかして危ない人かもしれないと思いましたけど、そんなこともなさそうですね」


 この二人が私以外に毒舌するのは珍しかったりする。いつもは猫を被っているからね。


 高級外車は(後続車に押される形で)どこかへ行ってしまったのでとりあえず家路を急ぐことにする。


「杏奈がまた何か巻き込まれるんかなぁ?」


 にやにや、に~やにやと目を細めるハルカだった。この反応、もしやあの車から降りてくる人が誰か知っているのでは? 普通ならありえないけど『自称情報屋』だからねぇ。前科がありすぎるのだ前科が。


「可哀想ですよね。巻き込んでしまった人が」


 どういう意味かしら佐那? 普通は巻き込まれる私が可哀想なんじゃないの? なんで加害者(?)の方が可哀想になるのかしら?


「だって杏奈やし」


「だって杏奈ちゃんですもの」


 どういうことやねーん。

 ツッコミながら角を曲がると、さっきの高級外車がコンビニの駐車場に止まっていた。後部座席のドアが開き、誰かが降りてこようとする。


 面倒くさそうだから見ないふり。




「――やっと会えたわね!」




 なんというか、鈴を鳴らしたような声というか、それだけで美少女と分かる声だった。


 面倒くさそうだから見ないふり。



「え? ちょっと!?」



 見ないふり。聞こえないふり。



「ま、待ってよ! 神成杏奈でしょうあなた!?」



 名前を呼ばれてしまった上、佐那からも『ちょっと可哀想ですよ』とたしなめられたので仕方なく立ち止まる私。そのまま半眼で声の主へと視線を向ける。


 見たことのある顔だった。

 具体的に言えば鏡を見るたびに目にしてしまう顔。そっくりさん。双子疑惑。()もありなんという似通(にかよ)い具合。


 国民的アイドル。

 待宵リナ。


 ――息を飲むような美少女だった。


 風に揺らめく銀髪はまるで月の光を閉じ込めたかのように妖しく光り輝き。シミ一つない肌は白磁すら上回る美しさ。紺碧の瞳はブルーサファイヤのような光を孕みつつ、朱の差した唇が強烈なアクセントとなっている。


 ……と、彼女の美貌を褒め称えてみたものの。そのままずばり『そっくりさん』である私を褒め称えることに繋がるという罠だった。なんだこの自画自賛。さすがの私も恥ずかしくなってきた……おのれ待宵リナ……。


「な、なんだか理不尽な恨みを抱かれている気がするわね?」


「気のせいですよ。えっと、待宵リナさんですか?」


「えぇ! そうよ! 今をときめく超人気アイドル☆待宵リナとは私のこと!」


 なにやら奇っ怪なポーズを決める待宵リナだった。あなた『清楚で謙虚なアイドル』じゃなかったんですか?

 私が心の中で呆れているとハルカが参ったとばかりに自分の頭を叩いた。


「……あちゃ~、こりゃ間違いなく双子やわ。中身までそっくりやん」


「あの無意味なまでの自信満々さ。杏奈ちゃんと同じ“血”ですよね」


 納得しないでくれません? 私もさすがにあそこまでじゃないと思うんですけど?


「鏡見ろ」


「鏡見てください」


 鏡見たらアイドル級の美少女が映るんだけど?


 私たちがいつも通りすぎるやり取りをしていると、待宵リナが私に向けて両手を広げてきた。


「さぁ! 妹よ! お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい!」


 え? 嫌です。

 私は可愛い女の子を抱きしめる趣味はあるけど、抱きしめられる趣味はない。解釈違いです。


 きっぱり拒絶すると待宵リナは『ぐふっ!』と唸ってぷるぷる震え始めたけれど、しばらくすると何とか復活したようだ。


「……さぁ! 妹よ! お姉ちゃんの胸に飛び込んできなさい!」


 めげない人だった。

 なんかもぅ一回くらい抱きしめられてもいい気がしてきたけれど……その前に。『待宵リナ』に対して、どうしても言っておかなければならないことがある。


 私が強い目で見つめたせいか待宵リナはたじろぎ一歩下がった。


「な、なにかしら? やっぱり今さら私なんかがお姉ちゃん面するのは――」


「――今日。ひたすらに『妹なの?』と聞かれ続けました。後輩から同級生、先輩はもちろんのこと先生方から学園長に至るまで……。ひとのことを妹、妹と……。ここに本人がいるのなら丁度いいです。ハッキリ言っておきましょう」


「な、なにかしら?」


 先ほどまでの自信満々な様子はどこへやら。不安げに背中を丸める待宵リナだった。

 もはや涙目になっている彼女に容赦することなく私は叫んだ。


「どう見ても! 私が『姉』でしょうが! 常識的に考えて!」


 私の方が(たぶん)身長も高いし! 胸も(おそらく)大きいし! 人間的な器は圧倒的に大きい! 気がする! ほらどう考えても私が姉! お姉ちゃんですっ!


「……いや、本人前にしてまず叫ぶことがそれでええんか? もっと何かあるんとちゃうか? 両親のことか、生き別れのこととか……」


「ま、まぁ、初対面(?)の人に迷惑料請求するよりはマシですけど……」


 親友たちが小声でつぶやく中、待宵リナはショックを受けたように両膝をついた。


「わ、私が妹……? お姉ちゃんじゃない……? そんな、バカな……」


 うつろな目で呟きながら、とうとう両手を地面につく待宵リナであった。


 ふっ、勝った。

 勝利とはいつも虚しいわね。


「勝ち負けの問題なん?」


「似たもの同士と言いますか……間違いなく『姉妹』ですよね。どちらが姉か妹かは置いておくとして」


 いやだから私が『姉』だって。待宵リナが膝を屈したのだから確定でしょう。


 ちなみにここで言う『姉』に血縁は関係ない。何というか……そう、魂。魂の姉なのだ。自分でもよく分かってないけれど。


「……くっ! 私は負けない! 負けるわけにはいかないの!」


 少年漫画の主人公みたいなセリフをほざきながら再び立ち上がる待宵リナ。その不屈な闘志は正直好ましいかも。


 いやコンビニのお客さんとか通行人とかが集まってきて、


『あれは杏奈ちゃんと……まさか、待宵リナ?』

『本当に瓜二つじゃん』

『姉とか妹とか言っているよ』

『やっぱり姉妹だったんだね』


 とか話している現状は全然好ましくないけれど。うっわぁ、数日後には噂が町中に広まっていそう……。


 今後の学校生活やら日常生活に不安を覚える私。そんなこちらの苦悩など知りもしないで待宵リナはビッシィっと私を指差してきた。


「私は負けない! いつか、いつか『お姉ちゃん大好き♡』と言わせてみせるからね!」


 大声で宣言してから「うわぁああああん!」と夕日に向かって走り出す待宵リナ。まるで(コメディ)ドラマのワンシーンだ。


 ちなみに乗ってきた車は置き去りに。あのまま走って帰るつもりかしら?

 最後まで締まらない子だ。

 やっぱりアレが私の姉とかないわね、うん。



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