チャプリン没後45年映画祭、喜劇王秘書が紡いだ広島との縁

戸田和敬
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 喜劇王チャプリンの没後45年を記念した映画祭が、広島市中区の映画館「八丁座」で開かれている。チャプリンの命日の25日、「日本チャップリン協会」の大野裕之会長が来場し、チャプリンの全盛期の秘書・高野(こうの)虎市(とらいち)(1885~1971)が広島出身という縁などを語った。映画祭は1月5日まで。

 大野さんは、親族の話や公文書などで調べた高野の足跡を紹介した。高野は現在の広島市安佐南区から15歳で米国に移民し、チャプリンの運転手や秘書を務めた。一時はチャプリンの使用人全員が日本人で、広島出身者が多かったという。34年にチャプリンのもとを離れるまで、日本の俳優との縁を取り持つなど日米交流に尽力した。

 大野さんは「チャプリンは広島の人に囲まれて全盛期を過ごした」とし、「高野はチャプリンと一緒に広島を訪れ、故郷に錦を飾る夢はかなわなかったが、広島との深い縁を築いた」とみる。

 戦後、高野は日系人の市民権回復のための運動を支援し、57年に広島に帰郷。その後は渡米する移民の渡航手続きを手伝った。

 晩年の高野を知る福岡県春日市の下村ますみさん(79)は中高生のころ、高野と広島市内で一緒に暮らしていた叔母の家に遊びに行った。高野が部屋で英語の書類を書く姿を見た。「何かの執念にかられたように、渡航の手助けを黙々と続けていた。米国に強い愛着があり、最後まで日米をつなぐ仕事に努めた」と話す。

 大野さんは「チャプリンと高野が映画界の発展のみならず、日米交流に寄与した側面も知り、映画を鑑賞してほしい」と話す。チャプリンの出演作「独裁者」や「キッド」などを連日上映する。問い合わせは八丁座(082・546・1158)まで。(戸田和敬)

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