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おかしな転生 作者:古流 望

第34章 ふわふわお菓子は二度美味しい

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401話 父親の懇願

 モルテールン家王都別邸。

 貴族街の他の家と比べればこじんまりとした屋敷の中、いつもであれば夫婦二人に、僅かな部下と限られた使用人という小所帯であるこの家に、賑やかしが増えていた。

 モルテールン子爵カセロールが、息子を呼び出しているからだ。

 一人で三人分は賑やかになる息子。ペイストリーは、執務室で父親と相対していた。


 「例の一件、陛下の内諾を得た」

 「おお、それは朗報ですね」


 例の件とは、ペイスが主導していたボンビーノ子爵家の婚約者騒動である。

 下手をすれば内戦まであり得た大貴族同士の衝突を、ペイスが一策をもって解決した問題。

 もっとも、解決と言っても関係者同士で合意が得られただけの段階だ。そこから各所に根回しをして了承を取り付けねばならないと思っていたところ。

 関係者の同意、親族周りの同意、領地替えに伴う隣近所への配慮、王宮貴族への根回しに、王家への了承願いなどなど。

 人間というものは社会性の動物であり、疎外される、仲間外れにされるということは嫌悪感を伴う。ハブられても気にしない人間は居ても、気持ちよくなる人間はまずいない。意図的に特定の人間を仲間外れにすることがイジメと呼ばれる程度には、疎外行為は嫌なことだという共通認識があるだろう。

 どんなに合理的で、関係者に同意を得ている提案だったたとしても、後になって「聞いていなかった」と怒り出す人間というのは、珍しくないのだ。自分も仲間になっているべきなのに、自分を無視して決められた、疎外されたと憤る。

 なまじそういった人間ほど権力をもって居たりする。

 大事なことであるからこそ、ことが本格的に動き出す前に、あちらこちらに挨拶へ出向き“了承”を形だけでも受けておく必要があるのだ。貴族社会というしがらみの、厄介なところだろう。

 それがまず最初に、一番上の国王陛下から承諾を貰えたというのは確かな朗報である。

 少なくとも最後の最後でひっくり返される心配は無くなった。あとは、じっくりと既成事実を積み上げていけば大丈夫だろう。

 国王も了承したことを、駄目だと面と向かって突っぱねることはなかなか難しいのだから。

 今後の宮廷工作もやり易くなるだろうし、根回しも順調に進むはず。


 「多少騒いだ連中もいたが、流石にレーテシュ家とフバーレク家を揃って敵に回す度胸の有る人間は居なかったようだな」


 今の神王国においては、レーテシュ伯とフバーレク伯は地方閥の二大巨頭と言って良い。北のエンツェンスベルガー辺境伯家や西のルーラー辺境伯家と比べて、最近では一段上の影響力を有している。

 フバーレク伯は軍事閥と非常に縁が深い地方閥のトップであるが、先ごろは隣国の一部を併呑し、領土拡張を果たした。領土拡張の余地がそもそも海に阻まれている南部は言うに及ばず、大国二つと向かい合っている北部や、軍事的に劣勢を言われる西部では、軍事的功績を尊重する軍部に対しての影響力が違う。

 勝馬に乗りたがるのが賢い貴族の習性というもの。事実として軍功をあげ、現実に領土を手にしたフバーレク家は、先の大戦で領土を失陥したまま他の人間に取り返してもらったという汚名を雪げずにいるルーラー辺境伯や、専守防衛に徹して領土拡張を欠片も考えていないエンツェンスベルガー辺境伯と比べても軍人としては仲良くし甲斐がある。

 領地が増えれば管理する人間の数も増えるし、管理者として貴族が必要となるならば自分たちのポストも増えると考えるからだ。軍人として活躍し、手柄をたてて領地を貰おう、と考える人間ならば、領地を獲得しやすい人間とは仲良くするに越したことは無い。


 また、レーテシュ家は外務閥に顔が利く。海運と交易によって巨万の富を得ているレーテシュ家であるからして、対外貿易における外交折衝の重要さは何処よりも理解している。

 海洋貿易は、海を持つ国全てと関りが有り、また一つの国の中に幾つもの勢力が混在する場合も多い。神王国とて一枚岩ではなく、幾つもの思惑が重なってバランスを保っている。

 況や、他の国でも同様。

 外国との交易で接触を持つ以上、何時だって揉め事は大小様々に起きる。脳筋軍人のように、何でも力で解決、戦いで白黒つけるという訳にはいかない。

 込み入った他国の事情を理解しつつ、神王国の利益を考え、かつ当事者にも納得できる配慮をする。

 外交交渉の難しさの中には、専門家の出番が幾らでもあるということだ。

 レーテシュ家が外務閥に含まれるのも、この専門性を知悉しているからである。

 貿易という膨大な富の源泉と、それに必要とされる外交の専門家。自分の能力に自信のある外務系貴族は、レーテシュ家とは何時だって懇ろになっておきたいと思うものだ。

 仲良くしておけば、いざという時にお声が掛かるかもしれないし、声が掛かればそこには必ず大きな利益がある。

 利に敏い人間にとっては、仲良くするに越したことは無い。


 フバーレク家が“頼み事”をすれば前向きに動いてくれる人間、レーテシュ家が“お願い”すれば喜んで手伝ってくれる人間が、王宮貴族の中には一定数存在する。

 つまり、フバーレク家もレーテシュ家も、中央政界に強い影響力を有しているということ。


 それぞれに地方閥トップとして確固たる地位を得て、更には中央の宮廷にも影響力を有する二家。

 幾らなんでも、両家を相手取って喧嘩する覚悟の有るような家は無い。

 どちらか一方ならばやり様も有るかもしれないが、同時に相手どれるとなるとそれはほぼ国家の半分を相手にするようなものである。


 「皆さん、根性がありませんね」


 事情は理解しているが、それでも多分に打算的な宮廷貴族たち。彼らを根性なしと評するペイス。


 「そうは言うが、私でも両家を同時に敵にしたくは無いぞ? お前もそうだろう」

 「まあ、そうですね」


 したいか、したくないかで言えば、したくないと答えるペイス。

 彼は自称平和主義者なので、避けられる揉め事は避けたいと(のたま)った。


 「これで、南部と東部のごたごたは避けられる目途が立った。この件が有る間は、ある程度安定するはずだ」

 「そうですね」

 「ならば、今こそ内政に本腰を入れる時期だ。そうは思わんか?」

 「同意します父様。ヴォルトゥザラ王国とは伝手も出来て安定した関係性を作れたと自負します。南部と東部も、同じく安定するとなれば、モルテールン領にとって取り急ぎ解決せねばならない外的要因はほぼ無くなりました。外に不安がない今、内を固めるのは正解だと思います」

 「うむ」


 カセロールは、息子が自分の意見に賛同してくれたことを心強く思った。

 この息子が同意してくれるのならば、自分の意見は正しいと確信できる。


 「それで、ペイスの考えはどうなんだ?」


 父親は、ペイスの意見を聞こうと体を椅子に預ける。


 「現状を整理しますと、まず経済的に、当家は向こう二年は無税でいけるだけのゆとりがあります」

 「うむ」


 現在、モルテールン領はタックスフリーである。

 大龍の売却益が膨大であった為、いきなり大油田が湧いた砂漠国の如く、住民に対する租税は低い。

 人手が慢性的に不足していることから移民を歓迎しているという事情も有るし、モルテールン家だけが金を抱え込んでいることによる神王国全体としての経済悪化を懸念しているという事情も有る。

 実に当たり前の話だが、お金というものは使わなければ誰の懐も潤さない。使ってこそ経済が循環する。モルテールン家が大金を稼いだ以上、それを有効に使うのも領主としての仕事であるという理由があって、一方的に持ち出しで領内の運営を行っていた。


 「その上で、多少の大型予算であっても対応できるだけの予備もある」

 「そうだな」


 無税というのも永遠に続く訳では無いのだが、ある日から急激に重税を課すようなことも有りえない。緩やかに通常の運営に戻していくにあたり、大事なのは領民の懐を温めること。

 いわゆる“実入りのいい仕事”をきちんと提供することで、多少の税金を払ってもモルテールン領に住む方が他所に住むより良い、と思わせる。

 無税という大看板で人を呼び込み、徐々に税負担を通常に戻しつつ経済的な活況で定住を促し、世代を跨げば愛郷心も芽生え、モルテールン領の国力が増す。

 実に長期的なプロジェクトだ。

 経済的な活況。好景気を作ろうと思うなら、公共工事を始めとする雇用創出は有用だ。

 いつ何時、大規模な公共プロジェクトが必要になるかも分からない。臨時支出に備えておくのは必要な施策。

 モルテールン領では、金貨五万枚という大金をこの予備費に宛てている。

 町の一つや二つを丸ごと新しく出来るぐらいの予算だ。

 予備費としては過剰なほどであり、相当な大型プロジェクトでもドンとこいと受け止められる。予算面での不安は皆無に等しい。


 「やはりここは、将来を見越した投資を行うべきだと思っております」


 ペイスが、きっぱりと断言した。

 これから為すべきことを、しっかりと考えて来たのだろう。

 息子の様子から説得力のある腹案が有るのだろうと察したカセロールは、その内容を尋ねる。


 「具体的には?」

 「まずは、魔の森の開拓を続けます」

 「うむ」

 「国軍が協力してくれる間に、せめて村の一つも作って、橋頭保を確保したい」

 「そうだな、いい考えだと思う」


 魔の森には、既に魔物の存在が確認されている。

 普通の領主であれば、何をわざわざそんな危険な場所に、予算を投じてまで手を出すのかと笑うだろう。

 モルテールン領には、未開地もまだまだ多い。魔の森に限らずとも開拓する余地はあるのだ。

 しかし、ペイスは魔の森に手を付けるべきだと断言した。

 そこに不純な動機が見え隠れしているものの、危険だからこそ予算が潤沢である時に手を付けておき、せめて一区切りつけられる部分まで形にすべきだという意見はカセロールにも理解できた。

 将来何かあった時でも、しおりを挟んでおけばそこから再開できる。橋頭保を作っておくのは、悪いことでは無い。


 「更に、魔の森の新しい村と、ザースデンを結びたいと思っています」

 「道路付設か。なるほど」


 ただ単に切り開いて村のようなものを作れたとしても、それを維持できなければ意味がない。

 更に、維持だけでなく発展させなければ投資が回収できない。

 ならば、既存の領都と結ぶことで発展の道筋を作りたいとペイスは言う。

 村を大きくしたいなら、交通網の整備は必須である。


 「ええ。その為には、外敵対策を行う必要がある」

 「何か考えは有るのか?」

 「多少は」


 自信ありげに頷くペイス。


 「まあ任せよう。お前がそこまで言うんだ。領地のことは任せたのだから、好きにすると言い」

 「はい」


 魔の森は、外敵がうじゃうじゃいる。

 それも、普通の兵士では対処できないような外敵が、である。

 普通の軍ならば相当な人員を割いて、常に張り付けておくのが最善となるわけだが、まだ利益を一ロブニも産まない場所に、そこまで投資する価値が有るのか。

 常識的に考えれば、費用対効果の面からも相当に投資回収が難しいと思えるのだが、ペイスは考えが有ると断じた。

 ならば、信じる。そして任せる。

 カセロールは、生来の豪胆さで息子に一任と決めた。


 「そして……いずれは、南部街道(サウシーロディア)へも道を繋げたいと考えています」

 「……それはまた大胆な試みだな」


 前々から構想自体は聞いていたが、ペイスの言葉を聞いて改めて驚くカセロール。

 魔の森を通って海まで抜ける大街道構想。

 実現することが出来るならば、経済波及効果は大きい。


 「それが出来るかどうかは、これからの開拓次第ですが」

 「出来るか?」

 「やって見せます」


 むん、と両手を握るペイス。

 気合十分、やる気十分、お菓子への欲望十二分である。


 「むしろ、開拓が出来た後の方が問題かもしれません」

 「開拓した後?」


 ペイスの言葉に、続きを促すカセロール。


 「開拓ですから、入植を進めねばなりませんが、無秩序な入植は極めて危険です。誰かしら、入植者の統率を執れる人間を頭に置いておく必要がありますが……」

 「適当な人間が居ないか?」

 「はい。急場を凌ぐだけならばシイツあたりに見てもらうことも考えていますが、恒常的にというのは無理です」


 魔の森の開拓地への入植ともなれば、トラブルは幾らでも考えられる。そこに置いておく人材となると、モルテールン家でも適格者は少ない。

 シイツ従士長は腕っぷしの強さや政務への理解度という点で申し分なく、置いておくには良い人材。しかし、彼ほどの人間を開拓地にずっと張り付けるのも問題が多い。


 「当たり前だ。当家の従士長だからな。他に心当たりは無いのか?」

 「これは、と思う人材が一人。居るにはいるのですが……。当人側に幾つか問題も有りそうです」


 ペイスの含みのある言葉に、怪訝そうにする父親。


 「問題? よくわからんが、解決できるのか?」

 「やって見せます。あとは、当人の覚悟が決まるかどうか。上手く人選が嵌れば、きっと開拓も成功します」

 「ならば、何も言わん。領地のことはお前に任せる。頼んだぞ」

 「分かりました。ご期待には、必ず応えて見せましょう。父様も驚くような成果を出して見せます!!」


 勢いよく請け負うペイス。


 「いや……普通で良いぞ、普通で。くれぐれも、驚くような結果にはするなよ。いいな、くれぐれもだぞ」


 カセロールは、ペイスの勢いに水を差す。

 無駄であることを承知しながら。

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