竜王戦挑戦者差し替え事件その後9

―改めて4対局の棋譜を確かめる

 【2017年7月4日】

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4対局の棋譜

 今回の事件を語るにあたり、まさか疑惑を持たれた4対局の棋譜を並べてみたことがないとか、一致率や悪手率の数字しか見ていないなどという方はいないと思いますが、念のため、改めて4対局の棋譜を確かめておきたいと思います。いわゆる一致率や悪手率の話も、ある程度まとまった対局数を対象にして統計的なデータを見るならそれなりに意味がありますが(例えば、羽生三冠の一致率が他の棋士より高いといったようなこと)、将棋はサイコロではなく、戦型や事前準備、展開などによって自然に高くなる将棋もあればそうでない将棋もあり、内容も見ずに1局1局や数局程度の数字を取り上げて高いとか低いとか言っても、まったくナンセンスです。
 疑惑を持たれた4対局に竜王戦挑戦者決定三番勝負第1局も加え、計5局の棋譜を掲載しておきます。kif形式のファイルも付けたので、ダウンロードすれば大抵の将棋ソフトで並べられるはずです(そちらのファイルを見れば、1手ごとの考慮時間も分かります)。

第29期竜王戦決勝トーナメント(2016年7月26日、東京・将棋会館特別対局室)
先手:久保利明九段、後手:三浦弘行九段
▲7六歩、△3四歩、▲7五歩、△4二玉、▲6六歩、△6二銀、▲7八飛、△6四歩、
▲4八玉、△6三銀、▲3八銀、△3二銀、▲3九玉、△3一玉、▲6八銀、△8四歩、
▲6七銀、△5二金右、▲2八玉、△3三角、▲5六銀、△2四歩、▲5八金左、△8五歩、
▲7六飛、△1四歩、(昼食休憩)▲7七角、△2二玉、▲1六歩、△5四歩、▲9六歩、△5五歩、
▲4五銀、△2三銀、▲6五歩、△同歩、▲7四歩、△同銀、▲3六飛、△6二飛、
▲3四銀、△同銀、▲同飛、△6六歩、▲6四歩、△7五銀、▲6三銀、△同金、
▲同歩成、△同飛、▲5四金、△6五飛、▲4三金、△5一角、▲5四飛、△6三銀、
(夕食休憩)▲5一飛成、△同金、▲6七歩、△4二歩、▲5三金、△6七歩成、▲5六角、△5八と、
▲6五角、△4九と、▲3二飛、△1三玉、▲6三金、△3九銀、▲1七玉、△2五金、
▲3六飛成、△1五歩、▲2五竜、△同歩、▲1五歩、△2四玉、▲1六銀、△2八飛、
▲2五銀、△同玉、▲2六金、△2四玉、▲2一角成、△1八飛打、▲同香、△同飛成、
▲同玉、△1六香、▲同金、△1七歩 まで92手で後手三浦九段の勝ち
 kifファイル

第29期竜王戦挑戦者決定三番勝負第1局(2016年8月15日、東京・将棋会館特別対局室)
先手:丸山忠久九段、後手:三浦弘行九段
▲2六歩、△3四歩、▲7六歩、△8四歩、▲2五歩、△8五歩、▲7八金、△3二金、
▲2四歩、△同歩、▲同飛、△8六歩、▲同歩、△同飛、▲3四飛、△3三角、
▲3六飛、△8四飛、▲2六飛、△2二銀、▲8七歩、△5二玉、▲6八玉、△7二銀、
▲4八銀、△7四歩、▲1六歩、△7五歩、▲同歩、△8五飛、▲5九金、△7五飛、
▲6九玉、△1四歩、(昼食休憩)▲1五歩、△7七歩、▲同金、△1五歩、▲1二歩、△同香、
▲7六金、△8八角成、▲同銀、△7四飛、▲6五金、△1四飛、▲7八玉、(夕食休憩)△4四角、
▲3六飛、△3三桂、▲8二角、△7三歩、▲9一角成、△2七歩、▲4六歩、△2八歩成、
▲4五歩、△8八角成、▲同玉、△3八と、▲4四歩、△同飛、▲4七香、△1四飛、
▲7四歩、△2三銀、▲4四歩、△同歩、▲5五金、△4八と、▲同金、△3四飛、
▲5六飛、△3五飛、▲4四金、△5五銀、▲5三金、△同玉、▲4四角、△6四玉、
▲3五角、△5六銀、▲同歩、△8六歩、▲6六飛、△6五銀、▲5五銀、△7四玉、
▲9二馬、△8三銀、▲7五歩、△8四玉、▲8六飛、△8五歩、▲同飛、△同玉、
▲8三馬、△7四歩、▲8六銀、△7六玉、▲7七銀 まで101手で先手丸山九段の勝ち
 kifファイル

第29期竜王戦挑戦者決定三番勝負第2局(2016年8月26日、東京・将棋会館特別対局室)
先手:三浦弘行九段、後手:丸山忠久九段
▲7六歩、△3四歩、▲2六歩、△8八角成、▲同銀、△2二銀、▲4八銀、△7二銀、
▲7七銀、△3二金、▲6八玉、△7四歩、▲5八金右、△9四歩、▲3六歩、△8四歩、
▲7八金、△3三銀、▲7九玉、△9五歩、(昼食休憩)▲2五歩、△7三銀、▲6六歩、△6四銀、
▲6七金右、△8五歩、▲8八玉、△5八角、▲4六角、△4九角成、▲6五歩、△7三銀、
▲6八金引、△7五歩、▲同歩、△8四飛、▲6九金、△8六歩、▲同歩、△9四馬、
▲8七金、△6七馬、▲3七桂、△4四飛、(夕食休憩)▲7六銀、△6六馬、▲7七金、△同馬、
▲同桂、△6六金、▲8七銀、△4六飛、▲同歩、△9六歩、▲同歩、△同香、
▲5五角、△6七金、▲9二飛、△3一金、▲4五桂、△4四銀、▲同角、△同歩、
▲5三桂成、△5二歩、▲7二銀、△5三歩、▲6一銀成、△同玉、▲5二金、△7一玉、
▲7八銀、△6六金、▲9六飛成 まで75手で先手三浦九段の勝ち
 kifファイル

第29期竜王戦挑戦者決定三番勝負第3局(2016年9月8日、東京・将棋会館特別対局室)
先手:三浦弘行九段、後手:丸山忠久九段
▲7六歩、△3四歩、▲2六歩、△8八角成、▲同銀、△2二銀、▲4八銀、△6二銀、
▲3六歩、△3二金、▲7七銀、△7四歩、▲6八玉、△8四歩、▲7八金、△9四歩、
▲5八金、△7三銀、▲6六歩、△8五歩、▲6七金右、△6四銀、▲5六歩、△7五歩、
▲4六角、△9二飛、▲7五歩、△同銀、▲6五歩、(昼食休憩)△8四銀、▲5七銀、△3三銀、
▲7九玉、△4二玉、▲8八玉、△3一玉、▲6六銀右、△5一金、▲3七桂、△4四歩、
▲1六歩、△4五歩、▲5七角、△8二飛、▲2五歩、△4二金上、▲2四歩、△同歩、
▲2三歩、△4三金直、▲4五桂、△4四銀、▲4六角、△7三歩、▲2四角、△4一玉、
(夕食休憩)▲4六歩、△3七角、▲2七飛、△4八角成、▲5五銀、△同銀、▲同歩、△8六歩、
▲5四歩、△8七歩成、▲同金、△8六歩、▲同銀、△8五歩、▲5三歩成、△8六歩、
▲同金、△7五銀、▲5二銀 まで75手で先手三浦九段の勝ち
 kifファイル

第75期名人戦A級順位戦4回戦(2016年10月3日、東京・将棋会館高雄の間)
先手:三浦弘行九段、後手:渡辺明竜王
▲7六歩、△8四歩、▲2六歩、△3二金、▲7八金、△8五歩、▲7七角、△3四歩、
▲8八銀、△7七角成、▲同銀、△4二銀、▲3八銀、△7二銀、▲4六歩、△6四歩、
▲6八玉、△6三銀、▲3六歩、△5二金、▲3七桂、△4一玉、▲1六歩、△1四歩、
▲2五歩、△3三銀、▲4五桂、△2二銀、▲2四歩、△同歩、▲同飛、(昼食休憩)△4四歩、
▲7一角、△7二飛、▲5三桂不成、△5一玉、▲6一桂成、△同玉、▲4四角成、△2三歩、
▲2五飛、△8二飛、▲3四馬、△7四歩、▲5六馬、△4三金右、▲7九玉、△5四金、
▲9六歩、△7三桂、▲7五歩、△6五桂、▲6六歩、△3三桂、▲3五飛、△7七桂成、
▲同桂、△5二角、(夕食休憩)▲8五桂、△8四銀、▲8六歩、△5一玉、▲5五桂、△7二銀、
▲7四歩、△8五銀、▲6三桂成、△同角、▲8五飛、△同飛、▲同歩、△6五歩、
▲7一飛、△6一桂、▲7三歩成、△同銀、▲7二銀、△同角、▲同飛成、△6二飛、
▲8一角、△5三金、▲7四歩、△7二飛、▲同角成、△7四銀、▲6二飛、△5二銀、
▲6一馬、△同銀、▲3二飛成 まで91手で先手三浦九段の勝ち
 kifファイル

 なお竜王戦については、「竜王戦中継」サイト「過去の対局」コーナーに、コメント付きの棋譜ファイルがあります。対局者の局後の感想なども入っているので、非常に参考になります。上記のkifファイルよりこちらをお勧めします。
 ・決勝トーナメント 久保・三浦戦
 ・挑戦者決定三番勝負第1局 丸山・三浦戦
 ・挑戦者決定三番勝負第2局 三浦・丸山戦
 ・挑戦者決定三番勝負第3局 三浦・丸山戦

 さらに中継ブログ「竜王戦中継plus」の記事も読むことができます。写真が豊富で、こちらもお勧めです。
 ・「第29期竜王戦決勝トーナメント」の記事
 ・「第29期竜王戦挑決第1局」の記事
 ・「第29期竜王戦挑決第2局」の記事
 ・「第29期竜王戦挑決第3局」の記事

 A級順位戦の三浦・渡辺戦については、朝日新聞、毎日新聞のウェブページに観戦記が掲載されていますが、現在はどちらも会員限定有料記事になっています。

第三者調査委員会の調査報告書(概要版)から

 疑惑をかけられた4対局について、第三者調査委員会の調査報告書(概要版)(連盟ホームページ掲載のpdf版pdf版を元に作成したhtml版)には、何人かのプロ棋士に対してヒアリングを行った結果が載っています。その内容をまとめると、次の表のようになります。

(1)久保戦
不正を疑われた手疑う見解疑わない見解
60手目△4二歩(大多数)三浦九段レベルのプロであれば指すことができない手ではない
(認定事項)この手を指す前、消費時間43分のうち約30分間離席したというのは事実誤認(実際は6分弱、3分20秒、5分弱の3回で合計約14分間)
62手目△6七歩成(大多数)三浦九段レベルのプロであれば指すことができない手ではない
(全体)(大多数)人間が指せないような不自然な指し手はない

(2)丸山戦第2局
不正を疑われた手疑う見解疑わない見解
73手目▲7八銀に関する感想戦発言「△7六桂なら▲8七玉~▲7六玉で大丈夫」(大多数)特殊な読みは含まれず、当たり前の内容
(全体)4対局の中でどれが最も怪しいかといえば丸山戦第2局(具体的に掘り下げた根拠を伴うものではない)(多数)三浦九段レベルのプロであれば指すことができない手はない
(認定事項)対局した丸山九段自身が疑念を持たなかった/連盟による監視によっても不審な行動は確認できなかった

(3)丸山戦第3局
不正を疑われた手疑う見解疑わない見解
42手目△4五歩に関する感想戦発言「△1四歩なら▲7二歩」指しづらい手あり得ない読み筋ではない
(認定事項)三浦九段の直前の離席は1分半のみ
50手目△4三金直に関する感想戦発言「△同金だと思った」(大多数)三浦九段レベルのプロの読みとして違和感はない
56手目△4一玉に関する感想戦発言「△4五銀は▲5一角成、△3七角に▲2九飛」違和感がある指し手プロとして考える読み筋
(認定事項)三浦九段は50手目から56手目まで自分の手番では離席していない
59手目▲2七飛に関する感想戦発言「▲2五飛、△1九角成、▲7二歩、△同飛、▲5五銀、△3三銀も考えた」、「▲7二歩はかなり厳しい。取るしかないんですけど」などなかなか浮かばない指し手(大多数)三浦九段レベルのプロの読みとしてあり得ないものではない
(全体)ミスがあまりにも少ないため違和感を持った(多数)人間が指せないような不自然な指し手はない
(認定事項)対局した丸山九段自身が疑念を持たなかった/連盟による監視によっても不審な行動は確認できなかった/仮に三浦九段が不正行為をしているとすれば、わざわざ感想戦で「技巧」の読み筋を述べることは考えづらい

(4)渡辺戦
不正を疑われた手疑う見解疑わない見解
27手目▲4五桂ソフトによる事前研究がないと指せない全く新しいものではなく一定の研究等が存在する
(認定事項)若手棋士と事前に研究を行っていたという三浦九段の説明を裏付けるキャリアメールが確認された
53手目▲6六歩(複数)三浦九段レベルのプロの手として違和感はない
60手目△8四銀に関する感想戦発言「△8一桂を考えていた」考えづらい一手(複数)普通の手である、または指しにくい手ではあるが考える手である
81手目▲8一角考えづらい一手(複数)三浦九段レベルのプロの手として違和感はない
(全体)悪手が極めて少ない(具体的に掘り下げた根拠を伴うものではない)(多数)人間が指せないような不自然な指し手はない
(認定事項)仮に三浦九段が不正行為をしているとすれば、わざわざ感想戦で「技巧」の読み筋を述べることは考えづらい

 まず久保戦。今回の事件の発端とされる将棋です。
 三浦九段の32手目△5五歩(64分の長考)が従来、先手のさばきを誘発して危険とされていた手でした。三浦九段の38手目△7四同銀で前例を離れ(前例は△同歩)、▲3六飛に△6二飛とまわって△6六歩を見せます。この構想が第1のポイント。ここで▲6四歩に△7五銀と立つ(銀を活用しつつ▲8四飛を消しておく)のが第2のポイントで、この手は控え室でも発見されていました。

 少し進んで、▲4三金、△5一角、▲5四飛に△6三銀と打ち、後手陣は薄くて怖いものの、6六の歩で角道を止めているのが大きく、先手の攻めも細く見えます。▲5一飛成、△同金と飛角交換した後、久保九段が59手目▲6七歩と打って角道をこじ開けにいった局面が本局のハイライト。久保九段の局後の感想に「▲6七歩でダメなら負けです」とあり、これが成立しないなら先手の攻めは息切れでしょう。
 ここですぐに△同歩成は▲5六角で危な過ぎますが、いったん△4二歩が利いて4三の金の位置がずれるなら△6七歩成で手勝ちにならないか―というのは誰でも考えます。そうなると▲6七歩が1手パスに加えて歩を1枚渡す大悪手になります。こういう時、人間なら相手を信じて心理的に△6七歩成とはいきにくい―というのは勝手な理屈です。
 棋譜コメントには「(将棋プレミアム生放送の解説で)△4二歩は村中六段が予想の本命に挙げていた」とあります。ここが約30分の離席があったとかなかったとかの問題の局面ですが、別に「技巧」に聞かなければ指せない手ではありません。果たして三浦九段は43分の考慮で△4二歩。そこから▲5三金、△6七歩成の2手のやりとりで将棋は終わりました。もうどちらかが倒れている局面でしょう。

 久保九段は▲5六角と打っていけると思っていたようで、局後の感想に「ここは少しいいと思っていたのですが」、「△6七歩成にはびっくりしました。一直線に進めて先手玉は詰まないし、後手玉には詰めろがかかります。それで先手が勝てないとは思いませんでした」とあります。しかし、その読みが甘かったのではないでしょうか(▲5三金はノータイム、▲5六角は1分)。
 ▲5六角と打てば△5八と、▲6五角、△4九との取り合いまでは一直線。ここで先手玉は詰めろではないので、後手玉への詰めろが続けば優勢ですが、▲3二飛(本譜)も▲5五角も後が続きません。久保九段の形勢判断が間違っていました。しかし、ここで詰めろが続かないということは、▲6七歩と打ったあたりでプロに読めないほど難しい話なんでしょうか。
 75手目▲2五竜から何手か互いに詰めろ逃れの詰めろの応酬が続きますが、78手目△2四玉が決め手で、はっきりしました。この後、最後の詰み手順までプロなら読めて当たり前で、全体を通じて「衝撃的な勝ち方」とか、一部で流れた「不利な将棋を人間では思いつかないような絶妙な一手で逆転した」とかいうような将棋ではありません。

 なお、この対局での三浦九段の「約30分の離席」なるものが事件の発端になり、10月11日の常務会の聴き取りで、三浦九段の説明がはっきりしなかったことから関係者が疑いを深める主因にもなったわけですが、その離席は実際にはありませんでした。なかった離席の説明を求められても、合理的な説明ができるわけがありません。三浦九段自身にもその時の正確な記憶がなくてうまく説明できなかったのですが、切迫した局面で棋士が自分の行動を覚えていないのは普通のことです。

 次に丸山戦第2局。三浦九段の快勝譜で、75手の短手数で終わっています。
 丸山九段の後手番で一手損角換わりは当然予想される戦型ですが、27手目▲8八玉のあたりで、すでに後手の指し方が難しい展開になっています。丸山九段が28手目△5八角と打ち込み、ここで三浦九段は83分の長考で▲4六角。これは丸山九段や控え室の予想になかった手でした。局後の感想で、丸山九段は「▲4六角に切り返しがないとだめですね。いまはわからないですが、序盤に問題があったかもしれません」、三浦九段は「自信があったわけじゃないが、悪くなる変化もわからない」。
 以下は特別なこともなく先手が指しやすい形勢になりました。
 その後、三浦九段が61手目▲4五桂から決めにいったのは少し危険だったようで、72手目△7一玉の局面で寄せの決め手がなく、73手目▲7八銀と自陣に手を戻して持ち駒の補充を図るようでは変調に見えます。
 しかし丸山九段は△6六金と引いた後、75手目▲9六飛成と香を取られたところで7分考えて投了してしまいました。棋譜コメントには「控え室では驚きの声が上がった」とありますが、丸山九段は攻防とも見込みがないと判断したのでしょう。

 上表のとおり、疑った側の見解に「4対局の中でどれが最も怪しいかといえば丸山戦第2局」とありますが、これは三浦九段の個別の指し手がどうと言うのではなく、全体を通じてミスがほとんどないのが怪しいと言っているのでしょう。しかし、三浦九段の指し手にこれといって特別な手があるわけでもなく、当たり前の手の連続で、それらがほとんど「技巧」と一致したからといって、「それが何か?」という感じです。
 むしろ、終盤の決め所で61手目▲4五桂のような危険な手を指していることのほうが、三浦九段がソフト不正などしていない証拠と言っていいのではないかと思います。この部分については次項『「渡辺明竜王を弁護する」と題する弁護士の文書』でも触れます。

 次に丸山戦第3局。これも三浦九段の快勝譜で、手数も第2局と同じ75手です。
 第2局に続いて丸山九段の後手番で、戦型も同じ一手損角換わり。丸山九段は今度は△3三銀と△9五歩の2手を省略し、居玉で壁銀のまま右銀を6四に繰り出して24手目△7五歩と突っかけました。しかし三浦九段に今回も▲4六角と打たれて動きが封じられ、うまくいきませんでした。
 局後の感想では結局、この24手目△7五歩の仕掛けがまずかったという結論で、以下は終始、手得で陣形が厚い先手のほうが指しやすく、丸山九段が一方的に時間を使う将棋になりました。
 49手目▲2三歩と垂らされたところは、後手はともかく△同金と取らなければだめで、最終的にこの歩が後手玉の死命を制することとなりました。その後は、先手は駒損しても攻めて良しの形勢です。
 最終盤は、64手目△8六歩の突き捨てに手抜きして▲5四歩、70手目△8五歩の銀取りも手抜きして▲5三歩成で、きれいに決まっています。終盤の三浦九段の指し回しはミスがなく完璧ですが、形勢も残り時間も開いていて、プロなら普通に読める手順でしょう。

 丸山戦第2局、丸山戦第3局とも三浦九段のミスが少ないことが不正を疑われた理由ですが、2局とも後手番の丸山九段が手損の上に自分から動いていって失敗した将棋で、三浦九段の快勝は何も不思議ではありません。

 丸山九段との竜王戦挑戦者決定三番勝負は、3局とも夕食休憩後、常務会の理事が三浦九段の行動を監視していましたが、何も不審な行動はありませんでした。また第2局の観戦記の担当者だった藤田麻衣子氏は、松本博文氏のcakes連載記事「 ソフト指し不正疑惑2・観戦記者に聞く」の中で、「控室も検討を打ち切るほどの局面でしたが、三浦先生は最後まで時間を使って考え、時に空を見つめたり、没頭している様子でした。手にした魔法瓶をそのままにしたまま、考えが閃いたのか固まった様子もありました」と、終盤に盤の前で読みふける三浦九段の様子を振り返っています。
 そういう中で三浦九段がミスのない指し回しで勝ったということは、むしろ三浦九段の実力と潔白を証明する材料と言うべきでしょう。

 こうした事実や将棋の内容に目を向けず、ソフトとの一致率を根拠に三浦九段が不正を行ったと決め付けた常務会に対し、丸山九段は「発端から経緯に至るまで(連盟の対応は)疑問だらけです」「僕はコンピューターに支配される世界なんてまっぴらごめんです」(スポーツ報知2016/10/21)と、極めて強い調子で批判しました。

 最後に渡辺戦。
 角換わりで、▲2五歩、△3三銀の直後に三浦九段が27手目▲4五桂と跳ねたのが、「え?」と目がテンになるような驚きの仕掛けでしたが、これは事前研究だったことが分かっています。従来は無理とされてきた仕掛けで、毎日新聞や朝日新聞の観戦記によると、三浦九段は研究会で若手棋士から「この手はどうですか?」と聞かれ、後手側を持って指してみたところ難しいことが分かり、実戦で試してみたとのこと。
 順位戦はあらかじめ先後が決まっているので、角換わりになればこうしようと決めていた作戦でしょう。自宅のパソコンで「技巧」を使って研究したことも言うまでもないと思います。

 先手はすぐに桂損になるものの、▲7一角から▲4四角成で馬を作って3歩を手持ちに。対して後手は悪形を強いられて玉を囲えず、さらに歩切れ。理屈では優劣の判断が難しいバランスでも、現実には後手の指し方が難しい将棋になりました。
 渡辺竜王が△4三金右から△5四金と守り駒のはずの金を前線に繰り出したのは、他に動かせる駒がないとも言えますが、相手の研究をはずす意図だったのかもしれません。間もなく先手は桂損から銀損になりますが、後手陣の弱みを突いて飛車交換を含みに駒を進め、一方的に攻めが続きます。

 夕食休憩のあたりで、三浦九段はまだ難しいと思っていたのに対し、渡辺竜王は完全に悲観していたようで、その後の指し手はまったく粘りがなくなりました。毎日新聞の観戦記には「渡辺はもう考えても仕方がないといった調子」「集中力が切れたように、渡辺が暗い窓の外を眺めた」「すでに戦意を失っていた渡辺は、別にどれでもいいといった感じ」といった描写が並びます。
 午後9時半過ぎ、順位戦としては比較的早い終局。感想戦は中盤までで打ち切られ、ごく短時間で終わりました。毎日新聞によると「終盤の感想戦は一切なし。形式的に一礼を済ませると、渡辺はぶぜんとして対局室を立ち去った」、朝日新聞によると「感想戦は20分と短かった。三浦は控室で、棋士や奨励会員に改めて読み筋を披露した」。

 第三者調査委員会の調査報告書(概要版)(連盟ホームページ掲載のpdf版pdf版を元に作成したhtml版)によると、「渡辺棋士は、この対局中に、三浦棋士の離席数が多いと感じたが、ソフト指しをされたという印象は持たなかった」「しかし、翌日以降、観戦記者との意見交換、将棋ソフトに詳しい千田棋士らとの意見交換、自らの技巧を用いた検証等により、三浦棋士の離席の多さや、三浦棋士の指し手と技巧の指し手との一致率に基づく疑惑を深め、さらに久保戦についての情報を得ていたこと等から、三浦棋士が渡辺戦でソフト指しをしたのではないかという疑いが確信に近づいた」とされています。
 対局中にはソフト指しをされたと思わなかったのに、10月4~7日の間に疑いが確信に近づいたというのはどういうことでしょうか。

 それと並んで重要なのが週刊文春の動きで、それが常務会に挑戦者差し替えを決断させる大きな要因になりました。渡辺竜王が週刊文春の動きを知ったのも10月7日以前のはずですが、いつ、どのような形で知ったのかは明らかにされていません。

 一方、調査報告書(概要版)には、9月26日の連盟の東西合同月例報告会で電子機器の規制について話し合った際、三浦九段が「私は疑われること自体が心外、対局前に余計なことを考えるよりは、いっそ丸裸にしてもらった方がすっきりして竜王戦に打ち込める」などと発言したことが記されています。
 三浦九段は9月26日の時点ではっきりと自分が疑われていることを知っているのに、10月3日の対局で衆人環視の中で不正を働くということは、常識的にありえない話です。

「渡辺明竜王を弁護する」と題する弁護士の文書

 2月末にあった番外編のできごととして、ある弁護士が小暮克洋氏の依頼を受けて「渡辺明竜王を弁護する」と題する文書を法律事務所ウェブページに掲載し、すぐに削除するという一件がありました。ことの顛末は次の記事を見てください。

 The Huffington Post(2/27)
 「渡辺明竜王を弁護する」弁護士が文書公開も「怪文書」と物議⇒削除 どんな内容だったのか?
 (この記事は当初、文書の全文を掲載していましたが、事務所側の削除を受けて削除しました)

 この記事にあるように、ⅰRONNAインタビュー『「どうしても言いたいことがある」三浦九段が初めて語った騒動の内幕』の中で三浦九段に「許せない」と名指しされた観戦記者の小暮克洋氏が、なぜか自分ではなく渡辺竜王の弁護を友人の弁護士に依頼したという経緯です。考えてみれば、自分の弁護を依頼すれば、事件に自分がどう関わったのかを自ら暴露することになってしまうので、できなかったのでしょう。
 また、これも記事にあるように、文書に添付された資料の作成者が「渡辺明」だったことも、かえって事態を悪くし、いろいろな意味で失笑を買うことになりました。

 問題の文書はまだネット上にころがっていて、それを見て三浦九段はまだ疑わしいと勘違いする人もいるようなので、念のために批判をしておきます。この文書は疑った言い訳だけにとどまらず、三浦九段の行動について新たな邪推を付け加える内容まで書いているので、徹底的に批判します。

 前項「第三者調査委員会の調査報告書(概要版)から」で見たように、渡辺竜王など一部の棋士が三浦九段を疑った理由は、丸山戦第2局、丸山戦第3局などで三浦九段のミスが非常に少ない(悪手率が低い)ことです。
 それに加え、渡辺竜王は週刊文春10月27日号(2016年10月20日発売)の中で、疑う根拠について「ソフトとの指し手の一致率が90%だとカンニングしているとか、そういう事ではありません。(略)一方で、一致率が40%でも急所のところでカンニングすれば勝てる。一致率や離席のタイミングなどを見れば、プロなら(カンニングは)分かるんです」と述べています。

 問題文書の主眼は、この「急所のところでカンニングすれば勝てる。プロなら分かる」という部分を、アマにも分かるように説明することです。そのために渡辺竜王が用意した資料が、4対局の三浦九段・対戦相手の指し手と、4つのソフトの候補手を並べた表です。
 この資料に基づく問題文書の分析方法は、4ソフトの候補手が一致している箇所は「この一手の局面」、一致していない箇所は「手の分かれる局面」(急所のところ)と分類し、その「手の分かれる局面」だけを取り出して対局者と「技巧」の一致率を見るという方法です。

 この資料に基づく問題文書の主張は、はっきり言うとペテンです。さらに、その主張の中身を見る前に、この資料には問題点が山ほどあることを指摘しておきます。

 問題点① 各ソフトともどのバージョンか(いつ公開されたものか)不明ですが、「浮かむ瀬」は「Apery」の第4回電王トーナメント(2016年10月8~10日)版で公開は10月12日、「読み太」の公開は10月24日で、どちらも10月10日のいわゆる「極秘会合」以前には使えませんでした。この資料は、渡辺竜王が告発した時点での疑いの根拠を示すものにはなりえず、言い訳のために後から用意したものに過ぎません。

 問題点② ソフト的には「この一手」でも人間にとっては紛らわしい局面があったり、逆にソフトの手が分かれていてもそんなに難しくない局面(すでにどちらでも勝ちの場合など)、ソフトの手が分かれやすい局面(すでに不利な場合など)があります。
 実際、この資料が言う「手の分かれる局面」と、調査報告書(概要版)で渡辺竜王など疑った側が問題にした局面とはかなりずれがあります。そもそも検討対象にする箇所が大きくずれているのだから、一見もっともらしく見えたとしても、告発当時の渡辺竜王の考えを説明することにはなりません。

 問題点③ この資料では、4対局とも一律に初手から40手目までと最後の10手をカットし、41手目から収束に入るあたりまでを対象にして、対局者の指し手と4ソフトの候補手を比較しています。これは序盤や最後の収束部分の指し手を比較してもあまり意味がないからでしょう。しかし、丸山戦第2局と丸山戦第3局はともに75手で終わった短手数の将棋で、早くから中盤戦に突入し、また一方で丸山九段の投了が早いため収束手順に入る前に将棋が終わっており、前方も後方も大事な部分がかなりカットされています。
 恣意的に都合のいい部分だけを切り取ったわけではないらしいので目をつぶれないことはありませんが、本当にカットが恣意的でないかどうか、この資料では判別できません。

 問題点④ そもそもサンプル数の少ない数字を取り上げて一致率が高いとか低いとか言っても、あまり意味がありません。

 問題点⑤ 「技巧」以外のソフトとして「やねうら王」、「読み太」、「浮かむ瀬」の3つを選ぶことが適切なのかどうかも、本来は検討する必要があります。

 このように問題点がたくさんありますが(理系の論文ならハナから相手にされません)、とりあえずこれらの問題点には目をつぶって資料と主張の中身を見ましょう。論理展開と結論は笑えるものですが、将棋好きには面白い内容で、また、よく見ると、むしろ逆に三浦九段の潔白を示唆する材料も出てきます。

 以下の表は、資料を元に、見やすいように私が整理したものです。元の資料には対局者の指し手が書かれていませんが、書き込んであります。また先手と後手で左右に分け、三浦九段と対戦相手の指し手を分けて見られるようにしました。
 黄色は4ソフトの候補手が一致した部分、ピンク色は一致しなかった部分、緑色は4ソフトの候補手が一致しているのに人間が違う手を指した部分です。

(1)久保戦
久保九段技巧やねうら読み太浮かむ瀬 三浦九段技巧やねうら読み太浮かむ瀬
413四銀 42同銀
43同飛 446六歩
456四歩6三歩 467五銀2三銀7五銀打2三銀7五銀打
476三銀 48同金
49同歩成 50同飛
515四金3三飛成 526五飛6二飛6二飛6二飛6一飛
534三金 545一角3二銀3二銀
555四飛 566三銀4二銀
575一飛成 58同金
596七歩7四歩7四歩5三金 604二歩
615三金6六歩6六歩6六歩 626七歩成
635六角同金同金同金 645八と
656五角 664九と
673二飛同銀同銀 681三玉
696三金5五角5五角 703九銀4八金3九金3九金
711七玉 722五金1五歩
733六飛成 741五歩
752五龍 76同歩
771五歩 782四玉
791六銀3五金3五金 802八飛1五香1五香
812五銀3六金3六金3六金 82同玉
832六金

(2)丸山戦第2局
三浦九段技巧やねうら読み太浮かむ瀬 丸山九段技巧やねうら読み太浮かむ瀬
418七金 426七馬6四歩7二馬4四飛4二玉
433七桂 444四飛4二玉4二玉4二玉4二玉
457六銀 466六馬4九馬4六飛4六飛4六飛
477七金 48同馬4六飛4六飛4六飛4六飛
49同桂 506六金3五歩3五歩3五歩3五歩
518七銀 524六飛
53同歩 549六歩7七金5五角3五歩
55同歩 56同香7七金
575五角 586七金7七金7七金7七金7七金
599二飛9六香9六香9六香 603一金4一玉4一玉4一玉4一玉
614五桂9六飛成9六香9六香9六香 624四銀
63同角 64同歩
655三桂成

(3)丸山戦第3局
三浦九段技巧やねうら読み太浮かむ瀬 丸山九段技巧やねうら読み太浮かむ瀬
411六歩7二歩2五桂2五桂 424五歩1四歩4二金上4二金上4三金
435七角 448二飛4二金上4二金上
452五歩7四歩 464二金上
472四歩7四歩 48同歩
492三歩 504三金直同金同金同金同金
514五桂 524四銀
534六角2四角5三桂成 547三歩
552四角 564一玉4五銀4五銀4五銀4五銀
574六歩7二歩7二歩 583七角8六歩8六歩8六歩
592七飛2九飛 604八角成1九角成1九角成
615五銀 62同銀
63同歩 648六歩2六歩2六歩
655四歩同銀同銀

(4)渡辺戦
三浦九段技巧やねうら読み太浮かむ瀬 渡辺竜王技巧やねうら読み太浮かむ瀬
412五飛 428二飛
433四馬 447四歩4三角3三金4三金右3三金
455六馬2九飛 464三金右7二玉5三金5一玉5三金
477九玉5八金6六歩6六歩6六銀 485四金7二玉5二玉
499六歩5八金6六歩 507三桂6二玉7二玉6二玉
517五歩6六銀6六歩 526五桂4一角
536六歩 543三桂7七桂成7七桂成7七桂成
553五飛 567七桂成
57同桂 585二角7五歩7五歩
598五桂4五歩 608四銀8一桂8一桂8一桂8一桂
618六歩7四歩7四歩7四歩 625一玉7五歩7五歩7五歩7五歩
635五桂 647二銀
657四歩 668五銀6一桂6一桂6一桂6一桂
676三桂成同歩同歩同歩同歩 68同角
698五飛 70同飛
71同歩 726五歩6一桂8一桂8一桂6一桂
737一飛 746一桂
757三歩成7三銀7三銀7三銀7三銀 76同銀
777二銀 78同角
79同飛成 806二飛6二桂
818一角

 それでは、問題文書の主張の内容を見ていきます。

 例えば久保戦。ソフトの候補手が分かれた局面で、「技巧」と指し手が一致したのは、三浦九段は7箇所のうち5箇所(71%)=問題文書には5箇所のうち3箇所(60%)と書いてありますが、間違い=、久保九段は9箇所のうち3箇所(33%)でした。問題文書は、だから三浦九段は怪しいと主張しているわけですが、そもそも勝った側と負けた側で一致率が大きく違うのは当たり前で、こういう方法で三浦九段と久保九段の一致率を比較しても、まったく意味がありません。
 その理由は、そもそも負けた側はミスが多かったから負けたのだということが1つ。それに加え、不利な局面での思考は人間とソフトではまったく違い、人間は勝負手を指したり、形作りをしたり、あるいは渡辺戦の渡辺竜王のように途中で戦意喪失して投げやりになったりで、ソフトと一致しなくなります。また、基本的に不利な局面ではソフトによって候補手がばらつきやすくなります。

 以下、丸山戦第2局、丸山戦第3局、渡辺戦も同様で、最後に4局の合計を出して同じ間違った説明を繰り返し、それをもって「プロなら分かる」の根拠だと言っているのだから、ペテンにも程があります。これが問題文書の最もお粗末で笑止千万なところです。

 具体的に対局者の指し手とソフトの候補手を比較すると、いろいろ面白い部分があります。

 久保戦。前項で示したとおり、疑った側が怪しい箇所として挙げたのは60手目△4二歩と62手目△6七歩成ですが、いずれも4ソフト一致の「この一手」なので、渡辺竜王の言い訳資料ではスルーです。一方、ここから先で4ソフトの手が分かれたのに三浦九段と「技巧」の指し手が一致した5箇所(54手目△5一角、56手目△6三銀、70手目△3九銀、72手目△2五金、80手目△2八飛)は、いずれも誰が見てもまったく普通の手。これらが「技巧」と一致したからといって、いったい何だと言うのでしょうか(違う手を示すソフトがあったのは、それでも勝ち筋だからでしょう)。
 ちなみに60手目△4二歩と打たれた局面で、久保九段はノータイムで▲5三金と寄りましたが、「技巧」、「やねうら王」、「浮かむ瀬」の3ソフトは▲6七歩と打った以上は△4二歩には構わず▲6六歩と取り込め、また62手目△6七歩成とされたところでも▲5六角ではなく▲同金と取れと言っています。

 丸山戦第2局。42手目△6七馬からの丸山九段の5手はソフトとまったく一致しませんが、三浦九段の指し手は41手目▲8七金から1手を除いて「技巧」と一致しています。疑った側はそれを怪しいと思ったのかもしれませんが、先手の候補手は「技巧」だけでなく4ソフトがほとんど完全に一致。渡辺竜王の論法で言うなら、「この一手の局面」ばかりということです。
 後手の指し方が難しいのに対して、先手は後手の指し手に普通に対応しているだけなので、ソフトと一致しているからといって、別にどうということはありません。強いて言えば51手目▲8七銀が強気に見え、▲5八角と打つほうが安全そうですが、ここも4ソフトそろって▲8七銀です。
 その中で、前項で触れたとおり、急所の61手目▲4五桂がどのソフトとも違う手だということは、むしろ三浦九段がカンニングしていない証拠と言っていいでしょう。

 丸山戦第3局。久保戦と同様、疑った側が怪しい箇所として挙げた50手目△4三金直に代えて△2三同金は、4ソフト一致の「この一手」です。
 三浦九段の感想戦発言に出てくる▲7二歩も、いろいろな局面で各ソフトの候補手に出てきて、普通に考えられる手の1つだということが分かります。

 渡辺戦。これも久保戦と同様に、疑った側が怪しい箇所として挙げた53手目▲6六歩、60手目△8四銀に代えて△8一桂、81手目▲8一角の3箇所は、いずれも4ソフト一致の「この一手」です。
 一方、終盤の決め所での67手目▲6三桂成、75手目▲7三歩成の2箇所、「技巧」を含めた4ソフトが一致して違う手を「この一手」の候補手にしているのに、三浦九段がソフトと違う手を指しているのは、やはり三浦九段がカンニングしていない証拠に挙げていいでしょう。

 以上のように、久保戦の60手目△4二歩、62手目△6七歩成、丸山戦第3局の50手目△4三金直に代えて△2三同金、渡辺戦の53手目▲6六歩、60手目△8四銀に代えて△8一桂、81手目▲8一角の6箇所は、いずれも「技巧」だけでなく4ソフト一致の「この一手」で、しかも調査報告書(概要版)でもプロの多数が違和感はないと言っています。つまり「技巧」だけが挙げた手でもないし、人間では考えつかないような手でもない、普通にある手ということです。それらを「違和感がある」とか「考えづらい手」とか言うのは、渡辺竜王のほうが感覚がおかしいか、あるいは、うがった見方をしているが故の偏見・言いがかりでしょう。

 問題文書で多少なりとも意味がありそうなのは、4ソフトの候補手が分かれた局面で、三浦九段は「技巧」と指し手が一致した箇所が多いという指摘ですが、それは4局の合計で22箇所のうち15箇所(68%)です。勝った将棋でこのくらい一致しても別におかしくはなく、むしろ、実際にカンニングしているとすれば、7箇所(32%)も違うことのほうが説明しにくいでしょう。

 もう1つ、問題文書は、三浦九段が離席した後は一致率が高いと書いていますが、それはどの手のことか、具体的に書かれていないので分かりません。実際に多くの手が一致しているとしても、必然手が多い可能性もあります。しかし、この資料と問題文書ではまったく中身が分かりません。

 なお問題文書は、三浦九段が復帰した後の羽生戦、先崎戦についても同様に調べ(それ自体ナンセンス)、4ソフトの候補手が分かれる局面での「技巧」との一致率が40%くらいしかなかったと言っていますが、三浦九段は事件のせいで将棋の駒に触れることさえなかった長いブランクの後、さらに上に述べたとおり負けた将棋で一致率が低いのは当たり前で、比較対象としてまったく意味のない数字です。

 以上が問題文書の主要な主張に対する批判です。これ以外にも、この文書には随所に問題点があります。

 まず最初のほうに書かれている「トップ棋士たちが覚えた違和感」なるもの。10月10日の「極秘会合」では、渡辺竜王や千田五段の説明に正面から異を唱える棋士はいなかったでしょう。しかし、多くの出席者にとって「一致率」の説明などそこで初めて聞くもので、その場では反論を持ち合わせていなかったのは当然です。
 その後、多くの棋士の間で、一致率は不正の証拠にはならないという認識が一般的になり、さらに前項で示したとおり、第三者調査委員会の調査報告書(概要版)では、大多数が三浦九段の指し手に「違和感はない」と言っています。

 それから、三浦九段の一致率を予備校のテストにたとえている部分。
 そもそも三浦九段は順位戦A級・竜王戦1組(当時)というトップ棋士の1人で、テストで85点取ったらおかしい生徒ではありません。第三者調査委員会の調査報告書(概要版)によると、三浦九段の棋譜で「技巧」との一致率が「疑惑の4対局」並みに高い棋譜は35局中に9局(26%)ありました。
 それについて問題文書は「短期間に、4局も出現していることになる(略)常識的にはめったに生じない事態」と書いていますが、それは間違いです。サイコロのように純粋に確率的な事象でさえ、ある程度の長さの期間の中で見た場合、それぞれの事象は満遍なく散らばって起きるわけではなく、しばらく起きないこともある一方、どこかで何回か続いたり固まって起きるのが普通です。
 ましてや将棋はサイコロではなく、前項で述べたとおり、4対局の内容を見れば、この4対局の三浦九段の一致率が高く悪手率が低いことに何も不思議はありません。

 さらに、最後のほうに書かれている、トイレに通信機器を隠しておいて外部から情報を流してもらえば短時間の離席でカンニングが可能だとか、三浦九段のセーターについての話は、完全に邪推による言いがかりで、三浦九段を貶める悪意そのものだということを付言しておく。低レベルな週刊誌にも劣る書き方です。これは本当に弁護士が書いた文書なのでしょうか。
 ちなみに、三浦九段が極度の寒がりだということは昔からよく知られています(例えば、将棋ペンクラブログ2016/02/19「不思議な魅力をたたえた挑戦者、ゴルゴ13、将棋の虫、寒がり」と言われて)。竜王戦挑戦者決定三番勝負では、三浦九段はセーターだけでなくひざ掛けまで使っていました。

(おまけ)24と一緒にしてはいけない

 インターネット将棋道場の将棋倶楽部24は、ソフトとの指し手一致率によってソフト指しを取り締まり、ソフト指しと認定された場合は永久会員停止になります。トップページに「ソフト指しで毎月多くの方が永久会員停止になっています。ぜひされないようにお願い致します」という注意書きが掲げられているので、実際にソフト指しがあるのでしょう。
 この例を引いて、一致率によってソフト指しを判定できると主張する向きがありますが、これはプロの対局には当てはまりません。

 将棋倶楽部24の場合は、
 ①会員の大半がアマで、レベルの高い指し手を続けることは難しい。
 ②会員がネットの先で何をしているか、まったく見えない。
 ③現にソフト指しが横行している。
 ④会員停止くらいなら、金銭的被害や名誉毀損などの深刻な問題はほとんど起きない。
 といった条件のもとで、冤罪が起きる可能性がゼロではないことに目をつぶっても、多くの会員のために取り締まりを行うことに利益があり、会員も納得して認めているわけです。目の前に対局相手がいて、しかも衆人環視の中にあるプロの対局とは条件がまったく違います。
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