【箱根駅伝】いい気持ちではなかった「ハンカチ王子」、でも今は…原晋監督×斎藤佑樹氏SPトーク後編

青学大・原晋監督が発する斬新なアイデアの数々に目を輝かせて応じた斎藤佑樹氏(カメラ・泉 貫太)
青学大・原晋監督が発する斬新なアイデアの数々に目を輝かせて応じた斎藤佑樹氏(カメラ・泉 貫太)

 箱根駅伝で2年連続7度目の優勝を狙う青学大の原晋監督(55)と、昨年12月に「株式会社斎藤佑樹」を設立した元日本ハム投手・斎藤佑樹氏(34)のスペシャルトークが実現した。学生スポーツの花形といえば、箱根駅伝と甲子園。指揮官として、エースとして、その頂点を極めた2人が語る学生スポーツの未来とは。後編では、言葉がチームにもたらすプラスの力について語り合った。(構成・竹内 達朗、加藤 弘士)

◆理不尽な厳しさはいらない

原「僕が高校時代は『練習中に水は飲むな』という時代でした。でも根性論だけの世界に嫌気がさしてね。違うやり方はないのかなとずっと思っていました。指導者になって、それを実現できています」

佑「そこが原監督のすごいところです」

原「私のような箱根駅伝に出たことのない人間が、実業団でも実績がないのに監督になれること自体、珍しいんですよ。僕は『名選手が指導者になる』というこの文化もおかしいと思う。名選手が監督になると、成長するプロセスが分からないんです。挫折をしていないから。挫折している人間が本物の指導者になれる。斎藤さんも順風満帆ではなかったと思います。成功体験もあって、挫折も経験しているからこそ、間違いなく指導者として大成すると僕は思います」

佑「原監督の世代の方が、指導においてこういう新しい感覚を持っているって、すごく素敵なことだと思います」

原「だから勝てているんだよ(笑)」

佑「その感覚って、どこから来たんですか」

原「幼少期の過ごし方かな。広島の漁師町(三原市)の出身なんだけど、ヤンチャなヤツもいたし、いろんな人とふれあった。人にはいろいろな価値観があると根の部分で体験したんです。集まった様々な人たちが、みんなで勝つために頑張るには、前向きにやらないといけないと、育った環境で学んだのかもしれないな」

佑「高校の上下関係は、今よりも厳しい時代だったと想像します」

原「寮では3年、2年、1年と同部屋なんだけど、夏休みの間、3年生は練習が終わってガーガー寝ているのに、2年や1年は寝ちゃいけないというルールがあった。僕がキャプテンになって、1、2年生には『お前らが先に寝ろ』と言いました。風呂に入るのも1年は一番最後だったけど、『一緒に入ろう』と。強くなるためには、厳しい練習も大切。でも理不尽な厳しさはいらないと思ったんです。理不尽な厳しさは、悪にしかならない」

佑「名門校でそれを実行したことも凄いですし、現在も青山学院という強豪で行動に移しているのも、原監督の強さだと思います」

原「学生たちのつらい顔、悲しい顔を見たくないじゃん。喜ぶ顔を見たいし、やりたいことを応援したい。僕はサポートするだけです」

◆恒例「大作戦」の狙いとは

佑「箱根では『ピース大作戦』を発令しました。恒例の『大作戦』の狙いは何でしょうか」

原「我々のライバルチームは野球界であり、サッカー界です。スポーツ報知の紙面も1面はほとんどがプロ野球。駅伝の話題で1面を取りたいんですよ。その可能性を少しでも増やしたい。そして駅伝に割かれる紙面の中でも、青山学院が一番のシェアを取って、注目を集めたい。そこには言葉の定義が必要になるんです」

佑「作戦名は常にシンプルでメッセージ性にあふれています。だから頭に入ってきます。原監督は、例えばこの対談中にも、いろんなアイデアが浮かんでいるような気がします。日頃から意識していらっしゃるんですか」

原「意識していますね。僕はワイドショーのコメンテーターをやるでしょ。なぜかといえば、日頃から社会の事象を自分事として捉えるようにしているんです。『これを陸上界に置き換えたら?』と常に考えるような、頭の構造になっているんだよね」

佑「短くて伝わりやすい言葉だから、インパクトがあります。それがあることで、選手のみんなが同じ方向を向いて、一緒にゴールに向かえる。チームワークが芽生えて、団結できる。チームビルディングですよね」

原「おっしゃる通り。大会前にチームを結束させるため、コンパクトな言葉で最後にまとめていくんです」

佑「ポジティブな言葉なのがいいですよね。僕は現役時代、けがをした時期があって、周りも暗くなりがちでした。作り笑いでもいいから、なるべく笑顔でいようと思ったんです。あとは人を悪く言わないようにしようと。そうすると、周りが話しかけやすくなります。それは今でも、すごく意識しています」

原「コンパクトな言葉といえば、『ハンカチ王子』って言われるのは、どう感じていたの?」

佑「当時は甲子園の優勝投手としてフォーカスして欲しかったんです。ハンカチにはあまりフォーカスして欲しくなかった。だから、いい気持ちではなかったです。今はそれがキャッチーなフレーズとして、いろんな方々に浸透していることをうれしく思っています。さあ、いよいよ箱根のスタートが近づいてきました」

◆管理型から自律型のマネジメントへ

原「今、我がチームは管理型のマネジメントから、自律型のマネジメントに変わっているんです。それをさらに推し進めるためにも、箱根の舞台では勝たなければいけない。青山学院の学生は、どの位置でタスキをもらっても、何かをやってくれる。それはなぜか。自分で考え、行動に移してトレーニングして、試合に向かっていけるからです」

佑「選手一人ひとりが自らを律することができるチームは、強いですよね」

原「自分でムーブメントを巻き起こすメンバーに仕上がっているんで、ワクワクドキドキするような走り、期待して下さい」

佑「今までもずっと注目してきましたが、さらに箱根駅伝への興味が高まりました」

原「子供たちにとって魅力なスポーツ界になるよう、今後もお互い頑張っていきたいね」=終わり=

 ◆原 晋(はら・すすむ)1967年3月8日、広島・三原市生まれ。55歳。世羅高3年時に全国高校駅伝4区2位。中京大3年時に日本学生5000メートル3位。89年、中国電力陸上部に1期生で入社。27歳で引退後、アイデアと行動力で実績を残し「カリスマ営業マン」と呼ばれた。2004年、青学大監督に就任。19年から地球社会共生学部教授を兼務。妻・美穂さん(55)は寮母としてチームを支える。

 ◆斎藤 佑樹(さいとう・ゆうき)1988年6月6日、群馬・太田市生まれ。34歳。早実3年時に春夏連続で甲子園出場。夏は決勝で駒大苫小牧との延長15回引き分け再試合を制して優勝。早大では東京六大学リーグ通算31勝15敗。リーグ史上6人目の30勝&300奪三振を達成。2010年ドラフト1位で日本ハム入団。12年に西武戦(札幌D)で開幕投手を務め完投勝利。21年シーズン限りで現役引退し、同年12月に「株式会社斎藤佑樹」を設立した。

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