うそつきササッキー
声を掛けられた直後は気が付かなかった。
「やぁ、キョン」
いつものように煩雑きわまりない駅前の駐輪場からなんとか空いているスペースを見つけて自転車を突っ込んでいると、不意に声を掛けられた。声を聞くだけで、俺にはその人物がすぐに誰かわかる。
「よう」、そう挨拶を返して振り向こうとしたとき、俺はふと思った。
――俺はここで自転車を止めてどこへいこうとしていたんだっけ?
「また、こんなところで会うとは奇遇だね」
「あぁ、そうだな」
俺は声の主に適当な相槌を打って、その疑問をふっと吹き消した。差し当たって、そんなことはどうでもいいことだ。どうせまた市内探索だのに駆りだされたのに決まっている。
声の主はショルダーバックを肩に携えて、ピンク色のブラウスと黒のミニスカート姿で立っている。すこし鼻を膨らませて、唇の端を引き上げて、得意そうに笑っている。
なんというか、子供っぽいな、と思った。普段のこいつのこういう場面での笑顔はもっと目だけで笑ってみせるとか、そういう感じのものだったはず。例えるなら、普段のこいつの笑顔が会釈なら、今の笑顔はまるで手を振って大声を張り上げているような感じだろうか。
そんな違和感に少し傾げようとした俺の頭は、次の言葉によってより大きく九十度近くまで傾けられることとなる。
「なーんて、嘘だよ。ほんとはキョンに会いたいから、ここでずっと待っていたんだ」
弾むような声で、本当に小さく飛び跳ねながら佐々木はそう言った。
なんだ? 何の冗談だ?
俺はからかわれているのかと思って、大きく見開いてしまった目でその顔をまじまじと眺める。そのときの佐々木の目は本当に、純粋に、無邪気にそう言っていた。まるでいたずらを仕掛けた小学生みたいに。佐々木はそんな俺の視線に気付くと、少し恥ずかしげに首を傾げてみせた。
「やだ、ちょっとからかっただけなのに、そんなにマジマジ見ないでよ。あ、それとも私の顔に何か付いてる? 何か変かな、私?」
本当に不思議で仕方がないというような声を上げると、胸元、服の袖、足元と、念入りに自分の姿を確認する。
俺はその姿をぼんやりと口を開けて、眺めていた。目の前の佐々木が自分のことを「私」と言った。その事実がお寺の鐘のように俺の頭でずっと鳴り響いていた。
――いや、確かに変だ。今日のお前は変だ。変じゃないから、変だ。
*
それから、俺はこの変じゃない変な佐々木(舌がまわりにくい)と二人で駅前を歩いていた。なんで、そんなことになっているか説明すると、それは駐輪場での会話までさかのぼる。
「今日は、キミはこれから暇だよね?」
「え、あぁ。そうだな」
「じゃあ、私と一緒に遊びに行こう」
そう言って佐々木は俺の腕を引っ張って駅前へと連れ出した。なんで、佐々木の問いかけに対して、俺がその瞬間今日自分が暇であるということを思い出したのかよくわからない。けれども、実際に俺は今日暇だったのだ。それだけは間違いない。根拠とか、そういうのがあるわけではないが、それだけは間違いなかった。
佐々木は今俺の左腕に抱きつくような形で歩いている。正直、佐々木がこんなことをするとは思えないし、天下の往来をこんな風にして歩くのは俺も恥ずかしい。出来ることなら、勘弁してもらいたいところだが、時折俺を見て嬉しそうに笑う佐々木の無邪気な笑顔を見ると何も出来ない。この手を振り払うことにどうしようもない罪悪感を覚える。
「ねぇねぇ」
佐々木がそんな風に考え込んでいる俺の腕を引っ張った。
「なんだ?」
「今日のこの服、どうかな?」
「え?」
「デートだと思って、気合を入れて来たんだけど、どうかな? かわいい?」
俺はもうただ口を開けるしかない。俺の知っている佐々木、少なくとも俺の頭の中にいる佐々木はこんなことを言うようなキャラクターじゃなかったはずだ。強烈な違和感が俺を襲う。
佐々木はそんな俺を無邪気な笑顔のまま嬉しそうに見ている。俺は佐々木から目を逸らした。そのまっすぐで純粋な視線に耐えられない。
「かわいい、と思うぞ」
そう言って、横目でちらりと佐々木の様子を窺う。佐々木の表情はまるで喜びの波が広がるように紅潮し、そして
「えへへ」
という声と共に俺の腕をより強く掴んだのだった。
こんなのも悪くないかもしれない。一瞬、俺はそう思ってしまった。
*
「ねぇ、キョン。プリクラ取ろー」
わかった。わかったから、そんなに顔を近づけるな。
「知ってる? 二人で映ったプリクラを携帯の電池の裏側に張ると、そのカップルは別れないんだって」
へー。っていうか、何当然のようにさっき撮ったプリクラを貼ろうとしているんだ、お前は。
「ねえ、キョン。あそこのアイスクリーム食べよう」
って、俺の返事を聞く前に走り出すな。
「あ、キョン。ほっぺたにアイスが付いてるよ」
だからって、指でアイスを取ってそれを舐めるのはなんか恥ずかしくないか……
「ねぇ、キョン。あそこの雑貨屋さんに寄ろう」
わかった、わかったから、その、もう少し離れてくれ。その、いや、当たってるから……
「これ、二人でおそろいの奴にしよう」
……なぁ、それ夫婦茶碗っていうんじゃないか?
佐々木が俺の手を引いて、そう言う度に俺はおとなしく付いていくだけだった。もう、これくらいになると最初感じていたような不信感みたいなものはもうない。むしろ驚くべきなのは、この佐々木の行動力だ。世の中の一般的にデートと呼ばれる行為の中でやるべきことを片っ端からやっていく。俺はそれに振り回されているだけ。無邪気に、俺に断られるということを全く考えていない誘いに、俺は抗うことが出来ない。
佐々木らしくない、ずっとそうは思っている。けれども、なぜか俺はそれを完全に否定できない。まるで散歩に出してもらったことが嬉しくて仕方がない犬みたいに、俺にくっついて離れない佐々木の姿を見ていると、これはこれで正しいのかもと思ってしまう。
いい加減、俺もこの状況に慣れてきてしまった。いつの間にか佐々木に誘われるまま、楽しんでいたりもする。
それでも、やはりおかしいと思う。俺たちの歩く街並みも何かがおかしい。いや、漠然といつもの駅前だということはわかっている。けれども、何かが違う。でたらめで、そしてなぜか都合がいいのだ。思った場所に都合よく思ったものがある、ような気がする。いつの間にか俺はゲームセンターの前にいて、そこの角をまがるとアイスクリーム屋があって、そこから振り向くと雑貨屋がある。
何なんだろう。夢なんだろうか、これは。嘘の世界なのだろうか。
アイスクリームの甘い感触を思い出しながら、そんなことを漠然と思う。けれども、佐々木の無邪気に笑う顔を見ていると、この世界全てが作り物であるとは到底思えなかった。
*
「ねぇ、キョン。久々に自転車に二人乗りしよう」
弾む声で、佐々木が指差す先。そこにあるのは見慣れた俺の自転車。いつのまにここに? いや、そんなことはどうでもいいか。どうやらこうあるのがこの世界のルールのようだ。何事もなかったかのように受け入れるしかない。
「ほら、早く」
「あぁ」
佐々木に急かされて、俺はのろのろと自転車に歩み寄る。
久々に二人乗り、か。そういえば中学時代はよくそうしていたな。
ハンドルを握って、回想に吹ける俺をよそに佐々木は自転車の後に腰を掛けた。
「それじゃあ、私が後ろね。ほら、キョンも早く座って」
「わかったよ」
佐々木はポフポフと音を立てて、サドルを叩いている。
そのとき、俺は思い出した。確か、自転車は駐輪場に置いたはずだ。それは間違いない。だって、そこで佐々木と出会ったのだから。じゃあ、なぜその自転車が都合よく商店街の道端にあるんだ?
やはりこの世界は変だ。間違いない。
「なぁ、佐々木」
「ん?」
俺が声を掛けると、佐々木は身を前に乗り出して、俺の顔を見つめてくる。漕ぎにくいからやめてくれ。
「自転車に乗せるのはかまわないのだが、行き先はどこだ?」
「あぁ、それかい。決まっているよ。もちろん――」
すまん、佐々木。ここからネズミさんのいる遊園地まで自転車で行くのは、それだけで一大冒険だ。
と思っていたら、自転車を漕ぐこと十分。目の前にあるのは、何回かテレビで見た事のある日本一の来場者を誇る遊園地。いつの間にキミたちはこんなうちの近所に引っ越してきたのかね。もう好きにしてください。
駐輪場に自転車を停めて(こんな巨大な遊園地に駐輪場なんてあったけ? などと思いつつ)佐々木と俺は自転車から降りた。入り口ゲートの前に人は大勢いるが、なぜか入場待ちの人はいない。にぎやかな雰囲気を味わえつつ、それでいてこちらは何の迷惑もこうむらないという、ここらへんが見事にご都合主義だ。
「じゃあ、チケットを買いに行こうか」
佐々木はまた俺の腕を掴むと、ぐいぐいと引っ張り始めた。
「あぁ、うん」
俺は佐々木が引っ張るのにあわせて、少し前のめりになりながら歩く。
「あ、やべ」
「うん、どうしたの?」
「俺、金持ってないわ」
そうだ。今日は一体どういうつもりで外に出ているのかはわからないが、俺は普段はこんな遊園地で遊べるほどのお金は持っていない。入園料やらアトラクション代やら土産代やらで一万円くらいはみておきたいところだ。もちろん、そんな大金が当然のように、一高校生である俺の財布に入っているわけがない。
「あぁ、それなら大丈夫だよ」
佐々木はそんな俺の心配を簡単に笑い飛ばす。
「大丈夫って、お前俺の財布の中身を知っているのか」
「大丈夫なものは大丈夫。だから、早く行こう」
またしても、俺は佐々木に引っ張られるだけだった。
……確かに佐々木の言うとおり、大丈夫だった。
「こういうところでは彼氏が彼女に奢るものだよ」
と笑いながら言ってのける佐々木を横目に、開いた財布から出てきたのは一万円札。遊園地のワンデイパスが五千円だからちょうど二人分。
もうどこから突っ込めばいいのかわからない。
園内はにぎやかだった。親子連れやらカップルやらが大勢いる。この光景だけ見れば普通のネズミさんの王国だろう。
佐々木の奴は俺の隣で真剣な表情で貰ったパンフレットを見ている。まずはどこのアトラクションへ行くかを決めているらしい。そんなことを考えなくても、目に付いたところに片っ端から行けばいいのにと思う。どうせ、この世界では待ち時間なんてないだろうし。
「よし。まずはここへ行こう」
しばらくパンフレットとにらめっこしていた佐々木が顔を上げた。右手で指差した先にあるのは、お化けマンションのアトラクションだった。
白状すると、俺は生まれてこの方この日本一有名である遊園地に来た事がない。ゆえに、ここのアトラクションがどういったものかも知らない。そう、確かに知らない、のだがこれはなんとなく間違っているというのはわかる。
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ぁ!」
隣で佐々木が気持ちよさそうに大声を張り出すと、その後に浮かんだ3DのCGもその声にあわせてパンチを繰り出す。そうして、ふわふわとよってくる敵をこれで薙ぎ払っているのだ。最新型のCGとかを駆使したお化け屋敷だろうな、とは思っていたが、これだと半分格闘ゲームじゃないか。
「あれ、どうしたの? キョンはやらないの?」
「いや、正直やり方がわからん」
俺は率直にそう言った。お化け屋敷というからてっきり普通にアトラクション内を歩いて抜けるだけだと思っていたので。
「あぁ、これのルールはね、襲ってくるこのお化けみたいなの、えっとスタンドというのだけれどもね、それを自分のスタンドを使って倒すんだ」
「まぁ、シンプルなルールだな」
絶対それもうお化け屋敷ではない気がするが。
「うん。スタンドはスタンドでなくちゃ倒せないからね」
「ふーん」
「ほら、キョンも私の隣に来る」
そう言って佐々木は俺を引っ張る。
「わかった、わかったからそんなに引っ張るなって」
「私が無駄無駄だから、キョンはオラオラだよ」
何の暗号だ、それは?
「じゃあ、行くよ!」
「あ、うん」
こうして俺はこのヘンテコお化け屋敷のアトラクションで遊んだ。そんなことをやりながら、ひょっとしてこれって佐々木の趣味なんじゃないか、と思った。
しかし、だ。敵を殴るたびにメメタァという効果音が鳴るのは何とかならんのかと思う。
この遊園地を夢の国などと言い出したのは誰かは知らないが、今まさに俺がいるのはその夢の国だろう。都合よくちぐはぐででたらめな世界。そんな世界で俺は佐々木と一緒にジェットコースターに乗ったり、ソフトクリームを食べながら園内を歩いたり、一緒にお土産を見たり。
何をやっているんだろう。俺もなんでこんな風に笑っているんだろう。俺を誘ってくる佐々木はどうしようもなく無防備だ。まるで、俺が断ると思っていない。俺は必ずついてくると、信じきっている笑み。だから、俺は抗うことが出来ない。こんなにも無防備だからこそ何も出来ない。
「なぁ、佐々木」
「ん、なんだい、キョン?」
左手にクレープを持って右手で俺の手を引きながら佐々木は俺を振り返った。
「なんで、ここへ来たいと思ったんだ? お前、この遊園地に来たかったのか?」
「え、どうして?」
佐々木はきょとんとした表情で俺を見つめる。
「いや、俺はずっとお前がこういうのに興味がない、と思ってきたから」
俺は自分の思っていることを素直に伝えた。
「私一人なら、興味はないよ。けど、好きな人と一緒になら来てみたかったんだ」
佐々木は笑う。無邪気に無防備に。俺はただ笑う。それを自分の顔に貼り付けたように。
冷たい水で顔を洗った。少し、頭の中がすっきりする。俺は一人になるために、一人トイレにいた。
「ふぅー」
洗面台に両手を突いて、俺は排水溝を見つめる。濡れた前髪から雫が落ちる。
こうして一人になると、胸を締め付けるような罪悪感が襲ってくる。なぜなんだろうか。一体俺は何に対して罪を感じているのだろうか。
佐々木の無邪気な笑顔は俺を追い詰めると同時に赦していた。俺は佐々木と一緒にいるときだけ、その赦されている安心感に身を委ねられていた。けど、今は違う。こうして一人になるとどうしようもない罪悪感に襲われる。
俺は嘘つきだ。きっと楽しいふりをしているだけだ。佐々木の無邪気さと無防備さから逃げているだけだ。――そして、それはきっと正しくない。
「あ、キョンー」
俺の姿を見ると佐々木は嬉しそうに手を振ってきた。俺も軽く右手を挙げて応える。
「ねぇ、キョン」
「なんだ」
「もうすぐ、夜のパレードが始まるんだ。一緒に行こう」
佐々木の言葉と共に、いつの間にか辺りには影が落ちていた。遊園地が光に包まれる。作り物の光に。
「ずっと、キョンと二人でこのパレードを見たいって思っていたんだ」
「そうか。わかったよ」
佐々木に引っ張られるままに歩き出す。舗装された道を歩く感触は本物。俺の手を引く佐々木の感触もぬくもりも本物。なら、今のこの佐々木も本物、なのだろうか。
流れていく電飾の列を俺は眺めていた。この遊園地では一日の最後に行われるこのパレードが見ものだと聞いたことがある。俺が今見ているものが『それ』であるかどうかはわからないけれども、きれいだとは思う。でも、それだけだ。
橙色の電球の光が、隣の佐々木の顔を照らす。佐々木は俺と目が合うと微笑んだ。
――なぁ、佐々木。これはお前の望んだ世界なのか? 俺はお前の望んだ世界でお前が望むように振舞い続ければいいのか?
「ねぇ、キョン」
佐々木が俺の服の袖を引っ張った。
「なんだ?」
振り向いた俺の顔を見て、佐々木は小さく鼻で笑う。そして、
「キス、してほしいな」
ここで初めて俺の顔から貼り付けた笑顔が剥がれ落ちた。
佐々木はそのまま無邪気に目を閉じた。俺が当たり前にそうすると信じきっているように。
俺は、佐々木の肩を掴んだ。そして、そのままゆっくりと上半身を近づける。佐々木の体が固くなったのがわかった。俺はそのまま、佐々木の肩に俺の頭を沈め、そして抱きしめた。
「え」
佐々木は自分の要求が受け入れられなかったことに短い声を上げた。それに構わず俺はそのままでいる。
「……どうして?」
ここで初めて佐々木は不安げな声を出した。こうすれば佐々木を傷つけることはわかっていた。それでも、俺はそうするしかない。
うまく言葉に出来ない。でも、きっと俺たちには嘘が必要だ。あまりにも裸過ぎる心なら、それがブレーキを持たずに全速力で向かってくるのなら、俺たちは衝突して砕け散るしかない。もしも、そうならなかったとしても、相手をずっと引きずりまわすことになる。それが正しいとも思えない。
俺はただ佐々木を抱きしめる力だけを強くした。
俺たちはとてもあやふやだ。お互い傷つけあわないでいるためには、無邪気ではいられない。意地も必要だ。見栄も必要だ。ひねくれた心も、嘘つきな言葉も。お互いぶつかり合って壊れてしまわないために。
抱きしめる佐々木の体から力が抜けていく。
「残念。シンデレラの時間は終わりだね」
そう佐々木の声が聞こえた。それはいつもの聞きなれた声だった。
*
「ねぇ、キョン。なんであんた朝っぱらからそんなにかったるそうな顔をしているわけ?」
「いや、なんでもない。ちょっと変な夢を見ただけさ」
教室。朝のホームルーム前の数分。俺がいつもハルヒと会話する時間。
「ふーん。悪夢でも見たの」
「いや、ちょっと違うな。疲れる、疲れるけど、でもまぁ楽しい夢ではあったな」
「ふーん。どんな夢?」
「かわいい女の子とデートする夢」
ハルヒはその瞬間、むっとした表情に変わる。
「なによ、このエロキョン。変態。色情狂」
なんで俺の見た夢でそこまで言われなくてはならないんだ。まったく。
けど、所詮夢は夢として終わる。跡形もなく何もなかったかのように。残念ではあるが、それが夢だから、仕方がない。
「あ、キョンちょっといいかい」
「ん、なんだ?」
そんな会話をしていると国木田が俺の席のほうへと歩いて来た。
「ちょっと伝言を頼まれたんだ」
「伝言、俺に?」
俺が人差し指で自分を指すと、国木田は頷いた。
「昨日、予備校で佐々木さんと会ってね。今日ちょっとキョンに用事が会って、放課後この高校へ来るから帰らずに待っていてだってさ」
「え?」
いきなり佐々木の名前を出されて、俺の表情は一瞬固まる。昨日のあれは夢だったとはいえ、俺の頭の中には昨日のあの佐々木がいるわけで……
「何て顔しているのかしら」
ハルヒのドスの聞いた声が聞こえてきた。俺の生存本能が危険を告げる。
「な、なんだよ」
「ひょっとしてさぁ、あんたの夢でのデートの相手って佐々木さんじゃない?」
「な、何を言って」
「やっぱりそうなんでしょ!」
それはそうなんだが、それはそうでもないとも言えなくもなくてだな……ってネクタイを引っ張るな。
「まぁ、あんたがどんな夢を見てもあたしの知ったことじゃないけど」
その割にはえらい表情が険しいのですが。
「じゃあ、伝言は伝えたからね」
待て、逃げるな国木田。助けろ。いや、助けてくれ。
「ほんと、頭の中で一体何を考えているのやら。油断ならないわね、このエロ」
そこまで言うか。っていうか、俺は昨日の夢の中でだな、無防備に自分の思うままに振舞うのはよくないとだな……
「なに。何か言いたいことでもあるの?」
誰か、ハルヒにも俺と同じような夢を見させてやってくれないか。
だんだんと遠のいていく意識の中そう思った。頭の中で、夢の佐々木がくすくすと俺を笑っている気がした。