「効かないゾコーバ」塩野義礼賛は虚報!/医療ガバナンス研究所理事長・上昌広

真に有効な薬剤を開発すれば、政府にすがらずとも世界中で売れるはず。ゾコーバの問題は、世界から見向きもされないことだ。

2023年1月号 BUSINESS [濡れ手で粟]
by 上 昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

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「1100億円の売り上げを見込んでいる」と明かした手代木功社長

Photo:Jiji Press

塩野義製薬が開発した国産コロナ治療薬ゾコーバが緊急承認された。「国産初の飲み薬を第8波対策に生かせ」(日本経済新聞社説11月25日)が示すように期待は大きい。

私は、このような論調に違和感を覚える。それは、ゾコーバと似たような薬は既に存在し、その薬と比べて、ゾコーバの方が効くとは思えないからだ。私はゾコーバを処方したいとは思わない。マスコミが報じないゾコーバの問題点を解説したい。

まずは、ゾコーバのライバル薬だ。米ファイザーが販売するパキロビッドパックである。ゾコーバと同じ3CLプロテアーゼ阻害剤に分類される薬で、基礎的検討ではゾコーバより効きそうだ。薬効は、薬物の最大効果の50%を示す濃度EC50の値で比較する。コロナに対するパキロビッドパックの主成分ニルマトレルビルのEC50は78ナノモルだが、ゾコーバは220~520ナノモルだ。EC50は値が低いほど薬効は高いから、ゾコーバは、パキロビッドパックほどの有効性が期待できない。21年11月、ファイザーは重症化リスクが高い外来患者774人を対象とした第3相臨床試験で、パキロビッドパックの投与により、入院や死亡のリスクが89%も低下したと発表している。特効薬と言っていい。

ところが、パキロビッドパックが国内で余っている。厚労省によれば、200万人分を確保したが、22年10月31日現在、処方されたのは、約5万人に過ぎなかった。同薬の適応は「重症化リスク因子を有する等、本剤の投与が必要と考えられる患者(添付文書より)」だ。この薬が承認された2月以降、約2千万人がコロナ感染と診断されている。そのうち、少なくとも10%、つまり200万人は60歳以上の高齢者だ。実際には、これに持病を有する人なども適応となる。適応を有する患者に対する処方率は2.5%以下だ。

なぜ、処方されないのだろうか。それは、22年1月以降、オミクロン株が流行の中心となり、ワクチン接種や実際の感染で免疫を獲得した人なら、感染しても軽症で自然治癒するようになったのも理由の一つだ。10月27日に東京都モニタリング委員会が公開した資料によれば、第7波(7~9月)のコロナ感染者数は約148万人で死者は1342人だった。致死率は0.1%程度。季節性インフルエンザとほぼ同じだ。

「恣意的な解析」の疑いを拭えない

一面トップで凱歌をあげる公明新聞(11月27日)

では、なぜ、厚労省は、ゾコーバを承認したのだろうか。その理由について、厚労省は軽症例にも使えることを挙げる。ゾコーバの添付文書の「効能・効果」の欄には「SARS-CoV-2による感染症」と記されているだけで、パキロビッドパックのように「重症化リスク因子を有する」患者に限定されていない。マスコミは「既存の飲み薬に比べて対象者が多くなる」(日本経済新聞11月25日)と報じるが、本当にそうなのだろうか。オミクロン株の流行下では、重症化リスクが高い高齢者に対してですら処方されないコロナ治療薬が、果たして重症化リスクがない若年者に処方されるだろうか。

6月にファイザーは、重症化リスクが高くも低くもない中間リスクの患者を対象としたパキロビッドパックの臨床試験の中間解析で、有効性が示されなかったため、臨床試験を中止している。塩野義製薬の臨床試験は軽症者も対象だ。なぜ、ファイザーは失敗し、塩野義製薬は成功したのだろうか。

薬の有効性は、臨床試験によって厳密に評価される。では、ゾコーバの臨床試験の結果はどうなっているのだろうか。塩野義製薬は軽症・中等症の患者1821症例を対象とした臨床試験を実施した。主要評価項目は、「鼻水又は鼻づまり」、「喉の痛み」、「咳」、「倦怠感又は疲労感」、「熱っぽさ又は発熱」の5症状の消失までの時間で、その中央値はプラセボ群では192.2時間だったのが、ゾコーバ群では167.9時間と24.3時間短縮していた。この差は統計的に有意だった。このデータから、塩野義製薬は、軽症・中等症患者を対象として、ゾコーバの有効性が推定できると主張し、厚労省も認めた。

私は、この主張に賛同できない。なぜなら、塩野義製薬が実施した臨床試験は、看過できない構造的問題を抱えているからだ。最大の問題は、臨床研究の主要評価項目を途中で変更していることだ。7月8日に改訂された研究計画書では、発熱や頭痛など「12症状が快復するまでの時間」を主要評価項目としていたが、9月20日に倦怠感、発熱、鼻水、喉の痛み、咳の5項目に減らしている。この時期に研究計画書が変更されたのは、8月に厚労省がゾコーバの緊急承認を見送ったためだ。

なぜ、塩野義製薬が従来の12症状から5症状に主要評価項目を変更したのだろうか。同社は頻度の多い症状に限定したとあるが、それなら、同じく頻度が多かった「筋肉痛又は体の痛み」、「頭痛」、「悪寒又は発汗」を、なぜ、入れなかったのだろうか。塩野義製薬が医薬品医療機器総合機構(PMDA)に提出したデータによると、当初の12症状を主要評価項目として分析した場合、有効性は証明されていない。もし、頻度が多いが除外された3項目も追加して解析したら、果たして、同じような結果になったのだろうか。このあたりの解析結果が公開されなければ、「恣意的な解析」との疑いは拭えない。

牽引車は公明党と長崎大学OB

問題は、これだけではない。塩野義製薬は、日本発の国産治療薬であることを強調するが、日本人に対する有効性は示されていない。この臨床試験は、日本・韓国・ベトナムで実施されているが、日本人に限った解析では6時間しか差がなく、その差は統計的に有意ではない。解析全体で有意差が検出されたのは、日本人と比べて、韓国人、ベトナム人のプラセボ群の回復が遅かったためだ。

さらに、この6時間すら、ゾコーバの効果を過大評価した可能性がある。それは、この臨床試験では、アセトアミノフェン(解熱剤)以外の症状緩和のための処方が認められていないからだ。臨床医は咳には鎮咳剤、喉の痛みには抗炎症剤、鼻づまりには抗ヒスタミン剤などの薬を処方して、できるだけ早期に症状の緩和に努める。塩野義製薬は総合感冒剤PL顆粒を販売している。なぜ、併用を認めなかったのか。もし、日常診療と同じように、対症療法を認めていたら、症状回復までの時間に差が付いたかはわからない。

このあたりの状況について、PMDAで医薬品審査の経験がある谷本哲也医師は、「あまりの破茶滅茶ぶりに目を疑った」という。さらに、「米国では研究デザイン以前に、こんな開発はそもそも認められない」という。その根拠として挙げるのは、21年2月に発表された「コロナ治療薬・生物製剤開発のための製薬企業に対するガイダンス」だ。この中で「臨床試験はハイリスク患者を含まなければならない」、「重要な臨床的転帰は死亡、呼吸不全、人工呼吸の導入、血栓症、ICUでの治療、入院を指す」とある。重症化リスクのない軽症者を対象に鼻水や咳程度の臨床症状の快復の速さを評価するなど、パンデミック対策で意味をなさないというわけだ。

今回の問題が根深いのは、そのおかしさを誰も指摘しないことだ。科学的な議論そっちのけで、政官財学、さらにマスコミが一致団結し、ゾコーバの承認を後押しした。最大の牽引車は公明党だった。そのホームページには、「公明党は、国産飲み薬の早期実用化を政府に提言」、「(22年)7月の審議で承認が見送られた際には、デルタ株からオミクロン株への置き換わりを踏まえ、変異に応じた審査が必要だと政府に主張」、「薬の確保でも昨年9月に、国内外で開発中の飲み薬が実用化された際に国費で買い上げて迅速に確保するよう提言」と記している。

公明党で、ゾコーバの承認を推進したのは、高木美智代・コロナ感染症ワクチン・治療薬開発推進プロジェクトチーム座長と、秋野公造・医療制度委員会委員長である。21年9月22日には、迎寛・長崎大学第二内科教授や手代木功・塩野義製薬社長を招き、合同会議を開催している。迎教授は、日本感染症学会、日本化学療法学会の理事を務める人物だ。両学会は四柳宏理事長(東京大学医科学研究所教授)、松本哲哉理事長(国際医療福祉大学教授)の連名で、22年9月2日、加藤勝信厚労相に、ゾコーバの緊急承認を求める要望書を提出。一致団結して動いているかのようだ。

彼らの経歴を調べると面白いことがわかる。公明党の秋野議員、迎教授、松本理事長は、いずれも長崎大学医学部出身の医師だ。秋野議員は厚労省医系技官を経て、2010年に参議院議員に当選した。迎、松本両氏は同大学の第二内科の出身。日本を代表する感染症内科で、日本感染症学会前理事長で、政府のコロナ対策分科会の委員である舘田一博東邦大学教授らも長崎大学出身だ。長崎大OBが政官学にまたがり活躍していることがわかる。

塩野義製薬に途方もない利益

塩野義製薬は、抗生剤からインフルエンザ治療薬まで、感染症治療薬の開発をリードしてきた製薬企業だ。感染症の専門家との関係は深い。迎教授は、ゾコーバの臨床試験の医学専門家を務め、「(ゾコーバは)薬の相互作用が少なく、使い勝手が良さそうだ」(読売新聞6月22日)とコメントしているし、舘田教授は「ポテンシャルのある薬は早く使える方がよい」(日本経済新聞10月22日)と承認を後押ししている。もちろん、彼らは製薬マネーとも無縁ではない。例えば、2016~20年の間に、塩野義製薬から講師謝金などの形で、迎教授は約278万円、松本教授は約88万円を個人的に受け取っている。これがゾコーバ承認をめぐる関係者の実態だ。

ゾコーバは塩野義製薬に途方もない利益をもたらすだろう。手代木社長は、11月24日の記者会見で、23年3月までに200万人分を製造し、1100億円の売り上げを見込んでいると明かしている。パキロビッドパックが5万人分しか処方されていないのだから、随分と強気だ。現時点でゾコーバが欧米で承認される予定はないから、国内で売るしかない。一体、誰が買うのだろう。それは政府だ。既に100万人分の契約を済ませている。

塩野義製薬にとって好都合だったのは、コロナパンデミック、米中対立、ウクライナ戦争で戦略的物質の確保が喫緊の課題となったことだ。医薬品もその中に含まれる。政府は、23年度予算編成の基本方針に、医薬品などの重要物資の安定供給確保を盛り込んだ。もし、医師がゾコーバを処方しなければ、残りは政府が備蓄に回せばいい。手代木社長は「研究の成果が出ても投資を回収できない。持続可能なビジネスモデルの構築が必要だ」と訴え、有事対応のため国家による買い上げを求めてきた。まさに、その通りの展開となった。手代木社長は、24年3月期以降は「国内で年1千万人分をつくれる」と公言している。

果たして、これでいいのだろうか。真に有効な薬剤を開発すれば、政府にすがらずとも、世界中で売れるはずだ。ゾコーバの問題は、世界から評価されないことだ。軽症患者の発熱を一日短縮しても、パンデミックの克服には貢献しない。科学的議論そっちのけで、国産にこだわれば、利権が生まれるだけだ。最終的にツケを払うのは国民だ。国産ワクチンにこだわった中国の現状を見ればいい。ゾコーバについては、もっと冷静に議論しなければならない。

著者プロフィール
上 昌広

上 昌広

医療ガバナンス研究所理事長

1968年兵庫県生まれ。特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長 東大医学部卒、医師。2016年まで東大医科学研究所特任教授を務める。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論。

   

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