2009/03/23(月)B・B'sコラム

【#64】球界のバリアフリー

 ここんとこWBCの話題に押されてすっかり陰が薄くなっちゃってるけど、日本でもプロ野球のオープン戦やってること、皆さん知ってました?(笑)――とまぁ冗談はさておき、まだまだ寒いここ札幌でも、もう既にオープン戦が行われています。ところで、今年札幌ドームにちょっとした変化がありました。「フィールドシート」が導入されたんです。
 フィールドシート――球場によって呼び方は様々ですけど、ファウルグラウンドにせり出した、選手目線でプレーを間近で見られる観客席のことを、日本ではこう呼ぶことが多いですね。日本の場合、広く空いていたファウルグラウンドにフィールドシートが増設されるケースがほとんどですが、野球の本場アメリカでは、元々内野スタンドは腰の下くらいの高さのフェンスで仕切られているだけの球場が当たり前になっています。選手がフライを追ってスタンドに飛び込んだり、ファウルグラウンドに転がったボールを観客が身を乗り出して取ろうとしてる映像、見たことありませんか?マスコットも、フェンスをヒョイと乗り越えてグラウンドとスタンドの間を行き来したりしてる。ああいうのを見て、「グラウンドとスタンドが近くていいな…」ってうらやましく思ってたんですよね。だから2003年、神戸のスカイマークスタジアム(当時の名称はヤフーBBスタジアム)に日本で初めてこのスタイルの座席が取り入れられた時、日本の球場も一歩進歩したかな――と、ちょっとした感慨を覚えたものです。
 そしてその後、Kスタ・千葉マリン・ヤフードーム…とどんどんフィールドシートが取り入れられていきました。西武ドームも今年からの導入が早くから決まっていたし、パ・リーグでは札幌ドームだけ取り残されちゃったなぁ…みたいな気持ちがあったから、遂に札幌ドームにもフィールドシート!と聞いた時は嬉しかったですね。札幌ドームは全体的にフェンスが高過ぎて、グラウンドからフェンス越しに観客とふれ合える場所が全くないんですよ。だからこれで、グラウンドにいてもファンとの距離がグッと縮まるな、と期待してました。ところが…。

 お披露目されたフィールドシートは、僕の期待とはだいぶ違ったものでした。まず席数が少ない。1塁側と3塁側にそれぞれ101席ずつあるんですが、元々ダダっ広い札幌ドームのファウルグラウンドに計202席ってのは、かなり寂しく見えるんですよね。まぁ札幌ドームはサッカーとの共用なので、座席収納スペースとかの問題もあるんでしょうけど…。
 でも何よりガッカリしたのは、フィールドシートのフェンスの上にネットが張られていた事なんですよね。観客の安全確保の為、ネットを付ける事がフィールドシート設置の為の前提条件だったとか。これは全くの想定外でした。日本の球場でもほとんどの場合、フィールドシートにネットなんてありません。「たかがネット」と思う方もいるかもしれませんけど、僕にとってネットという存在は、僕達と観客との間をその物理的な距離よりもずっとずっと大きく隔ててしまう、ものすごく大きな「障害」なんです。
 数年前、札幌ドームの内野席フェンスにあった高い防球ネットが、ファイターズ主催試合では取り外される事になりました。その時、「ただネットがなくなっただけで、こんなにもスタンドが近く感じられるものなのか――」って目からウロコが落ちる思いだったのを覚えています。フェンス自体の高さはそのままでも、それまではネットにしがみ付いてこちらに声を掛けるしか出来なかった観客が、フェンスから身を乗り出して思い切り手を伸ばす事が出来る。それを見て痛感したのは、ネットというのはその高さの分だけファンとの距離を遠ざけるものなんだな、と。つまり高さ1mのネットがあったとすれば、すぐ目の前にお客さんがいても「心の距離」は1m分離れてしまっているのと変わらない、と僕は思うんです。
 実際試合をやってみると、案の定「ネット付きフィールドシート」の感触は今ひとつでした。グラウンド上でフェンス越しにサインをする事も、ファンと肩を組んでツーショット写真を撮る事もままならず、握手すら出来ない。正直なところ、今までより「ファンとの距離が縮まった」という感触は、あまり持てませんでした。恐らく実際フィールドシートに座ってみた方や、客観的に見ていた方も、同じような物足りなさを感じたんじゃないかと思います。
 このフィールドシートについては、選手からも異論は出てるみたいですね。ファンにとって試合が見づらくなるというだけでなく、選手がファウルボールを追ってネットや支柱に激突した際、ケガにつながる恐れがある、と。現在は公式戦開幕に向けて、選手・球団・球場の三者間で話し合いが行われている状況のようです。

 これまでいろんな球場を見てきましたが、アメリカと比べると日本の球場は全般的にグラウンドとスタンドとの距離が遠いですね。フェンスは高いし、おまけに高い防球ネットが張り巡らされている場合がほとんど。最前列の本来一番良い席が、ネットが邪魔だという理由で敬遠されたりするのも、ちょっと悲しい。フィールドシートのある球場でも、試合中は安全の為ヘルメット着用が義務付けらたりしているのを見ると、なんかあんまりスマートには見えないなぁ…と。
 こういった「安全最優先主義」って、日本とアメリカの観戦文化の違いなんでしょうか?アメリカは訴訟社会だから、ファウルボールが当たって観客が大ケガでもしたら、天文学的な額の慰謝料を請求されそうな気がするんですけど、向こうの球団はその辺をどう対処しているのか、そしてフェンスが低い事がケガ人の多さにつながっているのか、知りたいところです。

 ――とまぁ、ここまで書くと、僕が防球ネットを目の敵にしてるように取られると思います。実際、今まではこれが僕の偽らざる気持ちでした。ところが正直なところ、最近その考えが正しかったのかどうかちょっと迷いが生じています。と言うのも先日、とあるファンからの訴えを目にする機会があったんですね。球場でボールが当たって大ケガをされた方なんですが…実際の経験者からの悲痛な訴えでしたから、少なからずショックでした。もし自分がその方のような思いをしたら、きっと一生野球が嫌いになってしまうんじゃないか?だからただ単に「ネットを外せ!」とばかり主張するのも無責任なのかなぁ、と…。
 安全性を取るか、「近さ」を取るか――難しいテーマです。僕らみたいな立場としては、バリアを小さくして極力ファンと「近く」ありたい、という気持ちになるのは自然な成り行きなんです。でも残念ながら、両者は得てして反比例してしまうもの。結局僕達に出来る最大限の事と言ったら、観客が飽きて集中力をなくす事のないよう、常にファンを楽しませる為にベストを尽くすこと、としか言えないんでしょうか。なんだか、無難な答しか導き出せなくてすいません…。

 今後札幌ドームのフィールドシートがどうなるのかはまだ何とも言えませんが、注目しながら推移を見守っていきたいと思います。取りあえず今は、フィールドシートが出来ただけでも一歩前進としておきましょう。スタンドからフィールドシート経由で直接グラウンドに下りられるようになった事で、僕の動きの幅が大きく広がった、なんてプラス面も確かにありますしね。
 これから先、日本の球場もネットのない低いフェンスが当たり前になり、観客もより一層グラウンドに注目し、マスコット達も自由にグラウンドとスタンドの間を行き来している――そんな「バリアフリー」が根付いていってほしい。実現するかどうかはわからないけれど、やっぱり僕は、そう願っています。