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特別鼎談「ジェンダーバイアスと表現についての考察」~後編〝表象の中のジェンダーバイアス〟
漫画家の楠本まきさんが、2019年1月にnoteに書いた少女漫画の中のジェンダーバイアスについての問題提起、それを受けたウェブ媒体でのインタビュー記事が反響を呼びました。 数々のメディアで、そして社会的にも、ジェンダー格差に対する関心は非常に高まってきています。ですが、まだまだそうした問題についての考察や意見自体が、批判や偏見、中傷の対象となりやすいのも事実。そこで、ジェンダーについての議論の風通しをよくし、改めて「ジェンダーバイアス」とは何か、また「表象の中のジェンダーバイアス」に注目し、これからの表現のあり方について考えようと集まった、楠本まきさん、社会学者の小宮友根さん、タバブックス代表の宮川真紀さんによる鼎談をお届けします。

特別鼎談「ジェンダーバイアスと表現についての考察」~後編〝表象の中のジェンダーバイアス〟

前編では、そもそも「ジェンダーバイアス」とは、といった用語の正確な定義に始まり、現在の日本における問題、認識について三人三様の意見が交わされました。そして、終盤に話題となったのがメディアやクリエイティブにおけるジェンダーバイアスの存在。後編では、この視点が鼎談の軸に……。

メディアの責任と役割

宮川 実際にメディアの表現におけるジェンダーバイアスに関して注意喚起するような動きというのはあるんですか?

小宮 メディアによって違いはあると思うんですよね。行政が作るもの、広告会社が作るもの、マスメディアが流すもの、漫画雑誌、それぞれどの程度の公正性が求められるのかというのは、そのメディアによって変わってくると思います。漫画の編集の過程を詳しく知っているわけではないですが、差別的な表現をしないようにというチェックは現在でもやっているのですよね? それと同じような形でジェンダーバイアスが入らないようにするということは当然考えられるはずで。そこに対して反発がくるというのは、ジェンダーバイアスが性差別の問題だとは捉えられていないのかなと思います。

楠本 そう思いますね。

小宮 漫画の場合は有害コミック規制の歴史があったりもするので、自主規制みたいなものに対して警戒する気持ちというのはわからなくはないんですね。形式的な基準を押し付けるようなことはやっぱりいけないし、意味がないと思うのですが、そうではない形で編集部、作家、それから読者も含めてどういう表現がより差別的ではないのか、また無意識的に差別的な表現にならないようにするにはどうしたらいいのかっていうことについて考えるということはすごく大事だと思いますね。

楠本 もともと編集部は、差別的な表現についてはもちろんのこと、語法、事実かどうかなど、いろいろな視点から確認や校正をしているんですよね。作家から原稿を受け取って、ただ唯々諾々とそのまま掲載するわけではなく、こうしたチェック機能を果たすことは、作品を練磨することに加わる編集部の標準のプロセスです。私の知る範囲ですが、文芸部門の出版物では、編集部の校正の他にさらに校閲が入り、公正さの確認やチェックをしているそうです。ただ漫画の場合ですと、その性質上、作画まで終えた段階でなにか言われてもなかなか対応できるものではないので、 作画に入る前の段階で編集部が気づいて指摘してくれることが作家にとっても重要ですね。(※1)
それはもちろん自主規制でもなんでもなく、公に作品を送り出すために踏んでいる手順であり、時には作家を守ることにもなります。作家側もそこに信頼を置いているのが一般的です。

 

「物語上の必然としてあえてやっているか確認する」(楠本さん)
「物語上の必然としてあえてやっているか確認する」(楠本さん)

思い出したのですが、以前私が連載中の漫画の中で「ガラスのタッパーに入っている」というセリフを書いたら「タッパーウェアというのは会社名、または商品名で、プラスティック製品なので、『ガラスのタッパー』はありえません。『ガラスの容器』にしてはいかがでしょうか」という校正者による指摘が入ったことがありました。「なるほど」と思い、直しました。
でももし、「この登場人物はガラス容器もタッパーと呼ぶようなキャラクターである」ということを意識的に描いていたとしたら、そう説明して、そのままにしたと思います。ですから、編集部もまずは、タッパーがガラス製品でないということを指摘するように、無意識のジェンダーバイアス、ジェンダーに限りませんが、も指摘してくれるようになればいいんじゃないでしょうか。 先ほどの小宮さんの指摘にもあったように、それが差別の問題だと編集部が認識するかどうかにかかってきますが。
物語上の必然として、あえてやっているのかどうかお互いに確認する。発しているメッセージや時代の中でその表現の持つ意味に対して、より注意を払う。そうすれば、作家は自分では気づかなかった不必要なバイアスを描かずに済みますよね。誰だって気づかずにバイアスを持っている可能性はいくらでもあるので。

小宮 そうですね。仰るとおりバイアスは無意識に出てきてしまうことがあるので、チェックができる仕組みがあるのはすごく大事なことだと思います。けれどそのチェックが、担当の編集、校正・校閲さん個々人の力量にかかっているということになると、人によってばらつきも出てしまうと思うので、何のために何を気をつけなきゃいけないかということについての共通了解があるといいと思うんですよね。

楠本 そう思います。それが本来の意味でのガイドライン(指針/手引き)だと思うんですが、「ガイドラインを作る」=「取り締まること」と受け取る人がどうも多いようなので、小宮さんがおっしゃった「共通了解」と言い換えてもよいと思います。ただ、この共通了解も一朝一夕にできあがるものではなく、議論の積み重ねと精査が必要になってきますよね。共通の了解を得るのは難しそうだからといって現状維持で放置しておくのではなく、どうすればよりよいものが作れるかを共に考えつつ、時代に応じて更新を重ねていく必要があると思います。そして、その共通了解、あるいは判断基準といってもいいのかもしれませんが、その基準も「規制」に用いるのではなく、気づきのための「指摘」であるべきかと思います。編集部が、判断できないものを一律にNGとしてしまう可能性がある、と危惧する声もあるようですが、もしも現時点で編集部が本当にわからないのだとしたら、むしろそのことの方にこそ危機意識を持つべきでしょう。

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楠本まき

くすもと・まき
漫画家。1984年、『週刊マーガレット』でデビュー。代表作に「KISSxxxx」「Kの葬列」「致死量ドーリス」「赤白つるばみ」など。最新作「赤白つるばみ・裏」の単行本は2020年春頃集英社より刊行予定。2021年には原画展開催の予定も。ロンドン在住。
Twitter:@makikusumoto

小宮友根

こみや・ともね
社会学者。東北学院大学経済学部共生社会経済学科准教授。社会学(ジェンダー論、エスノメソドロジー/会話分析、理論社会学)を専門とし、刑事司法とジェンダー、裁判員評議の会話分析を研究キーワードとしている。2011年 の著書『実践の中のジェンダー―法システムの社会学的記述』(新曜社)で西尾学術奨励賞(ジェンダー法学会賞)受賞。Twitter:@frroots

宮川真紀

みやかわ・まき
合同会社タバブックス代表。PARCO出版にて書籍編集、2006年よりフリーに。2013年6月、出版社タバブックス設立。近年、『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』小川たまか著、『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』イ・ミンギョン著などジェンダー・フェミニズム関連書の発行を続けている。
http://tababooks.com

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