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特別鼎談「ジェンダーバイアスと表現についての考察」~前編〝ジェンダーバイアスとはいったい何なのか〟
漫画家の楠本まきさんが、2019年1月にnoteに書いた少女漫画の中のジェンダーバイアスについての問題提起、それを受けたウェブ媒体でのインタビュー記事が反響を呼びました。 数々のメディアで、そして社会的にも、ジェンダー格差に対する関心は非常に高まってきています。ですが、まだまだそうした問題についての考察や意見自体が、批判や偏見、中傷の対象となりやすいのも事実。そこで、ジェンダーについての議論の風通しをよくし、改めて「ジェンダーバイアス」とは何か、また「表象の中のジェンダーバイアス」に注目し、これからの表現のあり方について考えようと集まった、楠本まきさん、社会学者の小宮友根さん、タバブックス代表の宮川真紀さんによる鼎談をお届けします。

特別鼎談「ジェンダーバイアスと表現についての考察」~前編〝ジェンダーバイアスとはいったい何なのか〟

漫画誌『ココハナ』で「赤白つるばみ・裏」を連載中の漫画家の楠本まきさんが、2019年1月にnoteに書いた少女漫画の中のジェンダーバイアスについての問題提起(※1)、それを受けたインタビュー記事での、少女漫画の未来への提言(※2)(ハフィントンポスト〈現ハフポスト、以下ハフポストと表記〉にて2019年4月に公開)が、大きな話題になりました。
その数日後には、上野千鶴子さんが東京大学入学式の祝辞で、東京医科大の不正入試問題などを挙げ、大学入試や様々な局面に性差別が存在することを指摘(※3)、社会的にも大きなインパクトを与えるなど、ジェンダー格差に対する関心は今非常に高まってきています。その一方で、ジェンダーにまつわる話題はいつも批判、中傷の対象となりやすい傾向にもあり……。

なぜ今「ジェンダーバイアス」について考えるのか

小宮 私は楠本さんの問題提起をハフポストの記事で知ったのですが、あの記事はどういう経緯で掲載され、ジェンダーバイアスという言葉で問題提起されることになったのでしょうか。

楠本 最初に私がnoteに「エンパワメント。」という記事を書いたのをハフポストの方が読んで、インタビューをしたいという話になったんです。

小宮 なるほど。ジェンダーバイアスという言葉は、もともとその中で楠本さんが使われていたんですね。

楠本 はい。

宮川 私は楠本さんがご自身のTwitterで、漫画の登場人物がジェンダーバイアスを語るコマの載ったnote記事を紹介していたのを見て衝撃を受けて、すぐ『ココハナ』を買い「赤白つるばみ・裏」を読みました。家族、恋愛、結婚、仕事などが本当に自由に描かれ、それはジェンダーバイアスがないからこその多様な表現だと感じましたが、その後思いがけず論争になっていて驚きました。
この作品は、ジェンダーがテーマの作品ですね。

楠本 そうですね。「赤白つるばみ」本編の方ではジェンダーに限らず、今の社会でいろいろなところからはみ出して、またははみ出さざるを得ず生きている人たち、生きにくさを感じている人たちに向けて描いたつもりです。それであと何をし残したかと考えた時に、続編の「赤白つるばみ・裏」では、今まで真正面からは取り組んでいなかったジェンダーのことに焦点を置いて描いていこうと。
息苦しさ、あるいは、それこそ小宮さんが『世界』に書かれていた(※4)ところでいう「抑圧」を常日頃経験している側の人たちのための、スカッとするようなエンターテインメントにしたいと思ったんですね。

宮川 小宮先生、その「抑圧」についてご説明いただけますか。

小宮 「抑圧」という言葉は日常的にはあまり使わないかもしれないですね。「差別」という表現はちょっと強いので、自分が「差別されている」とはっきり意識するのは特別な場合だと思うんです。けれども、女性たちやセクシュアル・マイノリティの人たちは、なにがしかの形でマイノリティゆえの生きづらさを、日常のさまざまなところでちょこちょこ感じながら生活をしている。はっきりとした差別体験というわけではなく、明確に言語化できるわけではなくても、何かしらの苦しさを感じているということはあると思うんです。
そうした生きづらさの集合みたいなものを、とりあえず「抑圧」という言葉にしました。もちろんそういう小さな生きづらさの集まりも立派な差別現象です。
そういう表現に感じるところがあったとおっしゃっていただけるならば、それは何かしらそうした人々の経験を表現しているのかなと思います。

ジェンダーバイアスを軸に、3人それぞれの疑問や意見が軽やかに飛び交う
ジェンダーバイアスを軸に、3人それぞれの疑問や意見が軽やかに飛び交う

楠本 「抑圧」と言語化された時に、ああそれだ、と、霧が晴れたように感じました。しかもその抑圧経験は「累積」していくというのが、まさにその通りだなと。
ある表現を「抑圧」と感じる人と感じない人の間には深くて大きな隔たりがあるんですよね。そこを埋めるのが難しい。

小宮 やはり人によって置かれている状況が違っていて、たとえば圧倒的に女性の方が家事を分担させられていることに普段からなんらかの疑問を持っているとか、出産・育児で自分がキャリアを手放さなきゃいけなかったといった苦い経験を持っていると、メディアの中で女性が当然のように家庭的役割を担うものとして描かれることに関して、そうした経験がない人よりも嫌な思いを持つんじゃないかと思うんですよね。
男性は子どもができることがキャリアに悪影響を及ぼすという経験を女性に比べて持ちにくいので、「自分の経験とメディアの中での女性の描かれ方がつながって嫌な思いをする」といったことについても実感として想像しにくいということがあると思います。
女性でも、私も大学生に教えていますが、大学生くらいだとまだそういう経験はないのであまりピンとこない場合もあったりするんですけど。そのへんは性別はもちろん、年齢や社会的地位など、その人が置かれている状況で感じ方が変わってくるところがあるんだと思います。
逆に言えば、社会の中のさまざまな場面で多くの女性がどんなふうに「女性はこうあるべき」という考えに苦しめられているかを考えれば、表象の中にもその考えがあることがどんな意味を持つかということも考えられるようになる。
「ジェンダーバイアス」に気をつけるというのもそういうことだと思うのですが、この点ハフポストの記事に対しては、そもそもジェンダーバイアスという言葉に対する、勘違いにもとづく反応があったと思います。

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楠本まき

くすもと・まき
漫画家。1984年、『週刊マーガレット』でデビュー。代表作に「KISSxxxx」「Kの葬列」「致死量ドーリス」「赤白つるばみ」など。最新作「赤白つるばみ・裏」の単行本は2020年春頃集英社より刊行予定。2021年には原画展開催の予定も。ロンドン在住。
Twitter:@makikusumoto

小宮友根

こみや・ともね
社会学者。東北学院大学経済学部共生社会経済学科准教授。社会学(ジェンダー論、エスノメソドロジー/会話分析、理論社会学)を専門とし、刑事司法とジェンダー、裁判員評議の会話分析を研究キーワードとしている。2011年 の著書『実践の中のジェンダー―法システムの社会学的記述』(新曜社)で西尾学術奨励賞(ジェンダー法学会賞)受賞。Twitter:@frroots

宮川真紀

みやかわ・まき
合同会社タバブックス代表。PARCO出版にて書籍編集、2006年よりフリーに。2013年6月、出版社タバブックス設立。近年、『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。』小川たまか著、『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』イ・ミンギョン著などジェンダー・フェミニズム関連書の発行を続けている。
http://tababooks.com

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