我々の世代の男なら誰しもが
小さい頃、「これが大人の世界か!」と 心の中で叫んだ時があったに違いない。 つい先日、小網神社の”どぶろく祭り”を訪れた時の事だ。 ついでに立ち寄った、”甘酒横丁”の”草加屋” そこで、三代目、桂三木助師匠お好みの煎餅を求めた時 昔の在りし日を思い出したのだ。 その昔、麻布十番に寄席があった!!! 今や知る人は少なくなっているだろうが ”十番倶楽部”と言う寄席の定席があったのだ。 それは小学校の6年生の頃だったろうか? 父に連れられ初めて寄席に足を踏み入れた時、 「あっ、これこそが大人の世界か!」と、 胸が高鳴った。 今まで映画館しか知らなかった私にとって 目の前に広がる景色は まるで異質のものであった。 青畳が広がる大広間、 煙草盆を前に座布団に胡坐をかいた 大人たちがおもいおもいにたむろしている。 その様子は舞台の落語家の話を 聞いているような聞いていないような さっぱり分らぬ妙な光景だった。 それも道理で未だ前座の時間帯 熱心に聴くような噺の内容ではなかったからだ。 そのうちに時間が経過して 真打の噺家の登場 場内も徐々に熱気が帯びてくる。 当日、私のお目当ては春風亭柳橋だった。 しかしながら、先ずは印象的だったのが 先代の江戸家猫八だった。 まだ、彼が新進気鋭のころだったが、 ウグイスの鳴き声から始まって 馬のいななき、蹄の音、 更には鶏が卵を産む場面、 それは子供の私にとって 魔法のなせる業の如く映った。 そして、当日最も腹を抱えて笑い転げたのが 三代目、桂三木助だったのである。 演目は何であったか?覚えていない、 しかし、三木助が火鉢で焼いた餅を食べる時の 絶妙な仕草は未だにこの眼に焼きついている。 三木助師匠が最も眼に焼きついたのは 至芸の他にスマートな容貌にあった。 他の噺家が典型的日本のお爺さんであったのに対し 三木助師匠はバタ臭い雰囲気を醸し出していた。 当時、何でもござれの達者な芸で アメリカは勿論日本でも人気沸騰の ダニー・ケイをどことなく思わせる風貌をしていた。 その三木助師匠は一時期 酒と博打に溺れて 立ち直るのに大変な苦労をした時代があったという。 だからこそ、彼の十八番は人情噺の”芝浜”、 ”芝浜の三木助”との異名をとっていた。 私は残念ながら 師匠の”芝浜”を直に聞く事はかなわなかった。 今日は三木助師匠縁の煎餅でもかじりながら 落語のCDでも楽しみながら昔を思い出すとしようか。
by shige_keura
| 2007-12-01 20:38
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