ゴヲスト・パレヱド

雅彩ラヰカ

【序】幽し夜

プロローグ 幽し夜

 闇を疾駆する二つの影。


 一体は異形。


 青白い肌の表面を電気提灯のほのかな橙色が滑っていく。削ぎ落とされたような鼻の上には目がなく、口の周りに皮膚さえもなかった。そこには歯茎や筋繊維が剥き出しで、異質な雰囲気を感じさせる。

 ヒトに近しいプロポーションでありつつも奇怪で異様なそれは、ヒトが魍魎もうりょうと呼び恐れ忌み嫌う生物だった。


 岩戸に飲み込まれた巨岩の中は島に灯された銀色の神炎と電気提灯・電気灯篭で常にぼんやりと、かそけし雰囲気を漂わす。

 朱に染まる地上を走る魍魎を追うのは一人の妖狐。三本の尻尾と狐耳は赤みがかった金色で、瞳は美しい紫紺の色である。


 人々が悲鳴を上げて魍魎から遠ざかり、人垣が邪魔で前に進めないことに女妖狐は舌打ちを一つして建物の壁を蹴って壁面を走り、吊るされたカーボンファイバーの紐の上を翔る。電気提灯がぶらんぶらん揺れるが構わない。

 やがて袋小路に迷い込んだ魍魎は雄叫びをあげ、最後の抵抗に踏み切った。


 出入り口を塞ぐように立っている女妖狐に鋭い爪と一体化した腕を向ける。女もすぐに腰から刀を抜いて構えた。

 両者が睨み合い、岩戸の中を潮風が吹き抜け、


 一閃。


 すれ違った魍魎の胴から大量の黒い血が溢れ、どばっと路面にぶちまけられた。女の前髪が二、三本切れて落ちるが、彼女に外傷はない。

 魍魎が喘ぐように腹を掻きむしり、やがてぶちまけたもの共々霧散して消えた。


「………………」


 消えた魍魎から落っこちた、赤くも青くも見える奇妙な石を拾った女はそれを腰のポーチに入れて刀を納める。そこに、エレキテル・フォーン——エレフォンの着信を知らせるバイブ。


「もしもし、稲原いねはらです」

天城あまぎだ。そっちはどう?」

「この程度の相手に私を呼ぶのはやめてほしいなって思っただけ。彼氏とのデートすっぽかしてるし、愛想つかされたら労災申請出すから」

「すまないね。でも君の可愛いオタク君は理解があるんだろう?」

「一緒に『退魔伝たいまでん』で遊ぶ約束してたのに。ほんと間が悪い」

「つむじを曲げないでくれよ。そろそろ新入生が来る時期だし、やっぱり新生活へのストレスで負の感情が吹き溜まりやすいのさ。って、極東なんて年がら年中魍魎が湧くけど」


 天城——女の声音がやや低くなったが、すぐにいつもの人を食ったような口調に戻った。


「何はともあれ魍魎の祓葬ばっそうは済んだんだろう? 愛しの彼氏の元に帰るといい」

「言われなくても」


 通話を切る。エレフォンの画面を見て、彼氏に連絡するか悩んでから直接会えばいいと、それをしまった。


「新入生……もう春になるんだ」


 空は暗く、路地裏に光はささない。

 岩戸の中の街にある退魔師育成学校、燦月学園さんげつがくえん

 目蓋を閉ざして深呼吸し、稲原何某は路地を出た。


 ここは妖怪の国、この街は岩戸の都。

 ——それが日輪と月輪が交わる燦月市と呼ばれる土地だった。

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