【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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エピローグ~軍師と騎士 ①~

ハングは疲れた足を前に出す。

手持ちの品は最重要なもの以外は全て捨てた。

水筒はとうの昔にただの革袋と化した。中に石でも詰め込めば鈍器には使えるかもしれないが、今はその体力は歩くために温存したかった。

 

「もう少し・・・もう少し・・・なんだ・・・」

 

ハングは見覚えのある景色を前に、精神力を頼りに足を前に進めていた。

 

口からは神に対する祈りが漏れる。

祈りが出てくる間はまだ平気だというのが、ハング本人の感覚。

これが本当に命の危機を感じるとハングの口からは恨み言が出てくる。

 

そんな時、自分以外の誰かが森の土を踏みしめる音が聞こえた。

音が軽いことから、女性と判断したハングはそちらへと足を向ける。

 

そして、森の中に現れたのはハングの顔なじみの狩人だった。

 

「・・・だれか死にかけてると思えば・・・やっぱりハングさんでしたか・・・」

「・・・よう・・・レベッカ・・・」

 

ハングは掠れ気味の声を出しながら右手をあげた。

 

「・・・また、行き倒れたんですか?」

「その直前ってとこだ・・・」

「歩けます?」

「なんとかな・・・」

 

安堵のため息を吐きながら、ハングはようやくフェレにたどり着いたのだった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

ハングはフェレにあるレベッカの実家で食事にありついていた。

 

「いやー・・・一時はどうなることかと思ったよ」

「それはこっちの台詞です。手紙が来てから完全に音沙汰なしだったんですから。エリウッド様は『どこかでまた、行き倒れたんだよ』って笑ってましたけど」

「だから、その直前だっての」

「たいして変わりません」

 

ハングはスープやパンを腹の奥に流し込みながら、ミルクで喉を潤した。

 

「そういや、まだここで暮らしてるのか?」

 

レベッカの実家はフェレにある村の一つ。

彼の父親が村長を務めていた。

 

ハングのその問いにレベッカは首を横に振る。

 

「いえ、今はお城でニニアンさんの身の回りの世話をしています。気心の知れた人が近くにいた方がいいと、エリウッド様が」

「なるほどな。でも、今のフェレに余計な女中はいらないだろ?そんなに大きな城でもないんだから」

「まぁ、そうなんですよね・・・エリウッド様もエレノア様も自分達の身の回りのことはほとんど自分でやっちゃうし・・・今は本当にニニアンさん専属みたいな感じです」

 

フェレで貴族的な血筋を持っているのはエリウッドとその母であるエレノアぐらいだ。高貴と呼べる人間がほとんどいないのがフェレの良いところであり、悪いところでもある。

 

「で、ニニアンの調子は?」

「今のところ特に問題はないですよ。お仕事もしっかりこなしてますし」

「政務をやってるのか?ニニアンが?」

「ああいうところを見ると、やっぱり何百年も生きてるんだなって思いますよね。あと時々踊りの練習をしていたるみたいです」

「健気だね・・・」

 

ハングはそう言って差し出された白湯に口をつける。

ニニアンの踊りは旅の間に度々見ることがあったが、今後はその踊りを間近で見れるのはエリウッドだけになるのだろう。

 

「で、ロウエンとはどうしてるんだ?」

「あ・・・えと・・・ですね・・・」

 

左指を見せるレベッカ。そこには銀色に光る指輪がはめられていた。

 

「おめでとさんと言えばいいか?それとも、ごちそうさま?」

「それなら食器下げていいですね」

 

笑顔でそう言ったレベッカ。

 

「・・・強くなったね・・・お前」

 

ハングは片付けられていくパンの入ったバスケットを少し残念そうに見送って、食卓から立ち上がった。

 

「・・・さてと、そろそろ城へ行くか」

「その前にドルカスさんとナタリーさんに挨拶に行った方がいいんじゃないですか?」

「そういえば、今はフェレにいるんだったか」

「はい。この時間なら広場にいると思います。私も後から追いつきますから、先に行っててください」

「わかった。世話になったな」

「いえ、私は今でもあの部隊の食事係ですから」

 

ハングは「なるほど」と頷き、マントを手に取り、外に出た。

 

あの戦いからもうすぐ一年の月日が経とうとしていた。

 

世代交代を済ませたリキアはようやく落ち着きを取り戻しつつあった。

 

ハングが一時的に統治していたラウス領はようやく繁栄の兆しを見せ始めている。オスティアはそろそろ新体制としての手腕が試される時期になり、サンタルス領は正式にフェレ領に統治が委託されることとなった。キアランではハウゼン様がご存命だが、もう永くはないだろうと言われている。今はリンディスが侯爵代行として頑張っている。

 

そして、ハングはというと、諸侯会議を経た後、そのままキアランに戻っていた。

ハウゼン様が執務が難しくなっているとの話を受けて、手伝いに出向いていたのだ。

それでも、オスティアやフェレやラウスから次々に飛び込んでくる案件は減ることはなく、忙しい日々だった。

 

そんなハングが今はフェレ領に出向いているのは単なるきまぐれではない。

今回はキアラン侯爵とリンディスの祝いの言葉を届ける使者である。

 

「俺も随分とまぁ毒された気もするな」

 

ハングは胸元にある手紙を思い出しながらそんなことを呟く。

 

竜騎士だった頃は『権力』というものに関わる気などまるでなかった。それが今やそのド真ん中で仕事をしている。

 

しかも、ハングの立ち位置は非常に曖昧だ。

 

身分は『客将』。だが、キアラン侯爵もその孫娘もハングに多大な信頼を寄せている。最近では宰相の案件も任されることも多くなってきた。権力闘争と言われるほどの競り合いはないが、嫉妬や羨望の視線にさらされているせいか、最近はキアランにいるのが少々息苦しいハングなのであった。

 

ワレスさん曰く

『有名税と思ってあきらめろ』

ケント曰く

『リンディス様との関係を公表したら少しは落ち着くかと』

セイン曰く

『え?そうなの?ハングも苦労してんだな』

ウィル曰く

『え?そうなんだ?へぇ・・・よくわかんねぇ』

 

何も考えてない後半二人は除くとしても、やはり経験とでも思うしかないようだった。

今後使える経験かどうかは差し置いて。

 

そんなことを考えながら歩いていると、村の広場へと差し掛かった。

 

「あ、いた。ナタリーさん」

「あら、ハングさん」

 

広場の片隅で椅子に腰かけていたナタリーはキャンバスへと絵筆を走らせていた。

 

「お久しぶりですナタリーさん。足の調子はどうですか?」

「おかげさまで、最近はすこぶるよくなりました」

「それはよかった」

 

あの戦いで得たお金で買った薬が効を奏したそうで、ナタリーは自分の足でキャンバスと絵具を運べるぐらいには回復していた。

 

「ドルカスさんは?」

「主人は今食事を買いに行ってもらってます」

「んじゃ、ちょっと待ちますか。隣いいですか?」

「はい」

 

ナタリーに差し出された椅子に腰かけて、ハングは絵を覗き込んだ。

フェレの景観を描いた絵。

ハングには絵心もなければ芸術に対する教養もないが、それでもその絵が放つ温もりというものは感じ取ることができた。

 

「柔らかい絵ですね」

「ありがとうございます」

 

ナタリーが見せた満面の笑みは本当に嬉しそうであった。

 

「ハングさんはいつからこちらに?」

「今朝方です。祝いの言葉を送りにね」

「ああ、なるほど・・・おひとりですか?リンディス様は?」

「今じゃあいつは侯爵代理ですからね。そう簡単にキアランを留守にできないんですよ」

「それは・・・おさびしいですね」

 

それはどっちのことだろうか。

 

リンディスと旅ができなかったハングに向けての言葉か。

それとも、ハングと一緒にいることができないリンディスに向けてのものか。

 

もしくは、両方に向けた言葉なのかもしれなかった。

 

ハングとしては自分は寂しくないので、きっとリンディスのことに違いないと勝手に結論をつけていた。

 

「1年ぐらい離れてた時間もあるんですから、それに比べれば平気ですよ」

「ダメですよ、奥様は大事にしないと」

「奥様って・・・まだ結婚してないんですが・・・」

 

ハングがそう言うと、頭上から別の声が降ってきた。

 

「・・・それは意外だったな」

 

顔をあげると、ドルカスの巨体が日陰を作っていた。

 

「意外ですか?」

「即断即決の軍師だったお前が、まだ踏み切っていないというのが・・・意外だ」

「・・・ああ・・・俺が忙しすぎて」

「・・・仕事を言い訳にしてないか?」

 

それに対しては少し思うところもあったが、ハングはそれを真っ向から認めることはできず、話題を別の方向に向けることにした。

 

「俺はあいつを愛してますよ・・・これでいいですか?」

「そういうことは本人に言ってやれ」

「ごもっとも」

 

ハングが唇だけの笑みを向けると、ドルカスは小さく笑った。

ドルカスも話題をズラされたことを察していたが、あえて追及はしてこなかった。

 

その時、広場の反対側にレベッカが姿を見せた。

彼女はハング達を見つけると手を振ってきた。

 

「ハングさん!迎えが来てますよ!!」

「おう」

 

ハングは右手をあげて椅子から立ち上がる。

 

「城にいくのか?」

 

ドルカスがナタリーに昼食を渡しながらそう言った。

 

「はい、今日はキアランの使者ですから」

「・・・そうか・・・ここにはどれぐらい滞在する?」

「・・・結構いる予定ですよ。任されてた案件を渡したりなんだりで、ひと月ぐらい」

「・・・時々・・・うちにこい・・・ごちそうする」

 

そう言ったドルカスにハングは太陽のような弾けた笑みになった。

 

「それは楽しみにしてます」

「・・・ああ」

「ハングさ~ん!行きますよ~」

 

ハングはレベッカに右手を挙げて合図し、ドルカス達と別れたのだった。

 

ハングはレベッカに連れられ街の入口に向かっていた。

そして村の大通りを歩いている時に意外な人物が似合わないことをしているのを目撃した。

 

ハングは足を止め、店の奥にいた男に怪訝な目を向ける。

 

「・・・・・・なんだ?」

「それはこっちが聞きたい・・・なにしてんだ?」

「・・・仕事だ」

 

ハングがのぞきこんでいたのは肉屋だった。

その店の奥で解体用の巨大な包丁を手にしていたのはジャファルだった。

 

「お前がそれ持つと別の仕事をしてるようにしか見えないぞ」

「・・・・・・この包丁は・・・大きすぎて不便だ」

「・・・いや、知らないけどさ・・・」

 

店先に吊り下げられているのは燻製済みの肉や、日持ちのきく干し肉。

もともと海の幸、山の幸が豊富なフェレ。

店に並ぶ肉の種類は豊富で、売上金を放り込む籠もそこそこの重さがありそうだった。

 

ハングはレベッカに一言告げて店に入って行った。

 

「・・・冷やかしか?」

「お前、その愛想でよく客が取れるな」

 

そう言ったハングに反論できる材料がなかったのか、ジャファルは黙って包丁を構えて鶏を解体していく。

そんな時、店の奥からこの店の看板娘が顔を出した。

それはエプロン姿でやってきたニノであった。

 

「あ、ハングさんだ!久しぶり!いらっしゃい」

「ようニノ。久しぶり」

「ハングさん、いつこっちに来たんですか!?」

「ついさっきだ。それより、肉屋なんか始めたのか?手紙にはそんなこと書いてなかったぞ」

「へへへ、エリウッド様から少し援助してもらったんだけど。正真正銘私達のお店だよ。へい!いらっしゃい!」

 

歴戦の店主のようにふるまおうとするニノ。残念ながら子供が背伸びをしているようにしか見えなかったが、客が集まるだけの笑顔であることは間違いなかった。

 

「でも・・・なんで肉屋なんだ?」

「私、アジトでよく保存食とか作ってたの。燻製にするために『ファイアー』で火加減を調節したりして。だから自分ができることをやりたいなって」

「へぇ・・・でも、肉を裁くのとか大変だろ。血抜きとか解体とか」

「それはジャファルがやってくれるの。ね?」

「・・・ああ・・・頸動脈を狙うのは・・・基本だ」

 

ハングは鶏の首をズバンと落として血抜きをしているジャファルの後姿を眺めて、曖昧な顔をした。ただ、魔法使いと暗殺者の肉屋というのは案外いい食い合わせだったようだ。

 

「二人はここで暮らしてるのか?」

「うん・・・ジャファルがね・・・私は特別って言ってくれたの」

 

ジャファルを見ると彼は何も言わずに羽をむしり、皮を剥いでいく。

照れた様子も、気まずそうな様子もない。

ハングからしてみればからかい甲斐の無い態度だ。

 

「そっか。まぁ、楽しそうでなによりだ」

「うん。楽しいよ。あっ!そうだ!ハングさん、お肉包むからもってって」

「いや、そんなことしてもらわなくても・・・」

「いいの!ハングさんはしょっちゅう行き倒れるんだから、一番日持ちするお肉包んであげる」

「・・・・・・・」

 

笑顔が引き攣るハングの後ろでレベッカが噴き出すのを必死にこらえていた。

ハングはニノからグぅの音も出ないぐらいに一本取られ、流石に自分の行動を改めようと考えた。

 

「はい、これぐらいなら邪魔にならないでしょ」

「・・・ありがたく受け取っとく」

「へへ、ハングさん。フェレにいるうちはまた顔出してね」

「そうするよ」

「毎度ありがとうございました」

 

元気な声に送られてハングは外に出る。

改めて看板を見るとそこには【狼と犬】と看板が掲げられていた。

 

【白狼】と【狂犬】か

 

「・・・犬の看板を掲げて羊の肉を売る・・・か、良い名前じゃねぇか」

 

ハングとレベッカはまた改めて町の入口に向かって歩き出した。

そこでは既にロウエンとマーカスのお二人が迎えに来ていた。

 

「お久しぶりですハング殿」

 

マーカスに気さくに手を差し出され、ハングはその手を握り返す。

 

「久しぶりですね。お元気そうでなによりです」

「なに、まだ若い者には負けませんぞ」

 

そう言って笑ってくれるマーカス。

 

出会った当初の警戒心むき出しだった頃を思い出し、ハングは自然と嬉しくなった。

最近はその時と似たような警戒心を向けられ続けている身としては救われる思いだった。

 

「それでは、城の方へ向かいましょう。馬は用意しております」

「了解・・・っと、レベッカはどうするんだ?」

「ハングさんの後ろに乗ります」

「え・・・」

 

ハングがロウエンを見上げると、そこには騎士としての面構えを見せるロウエンがいた。公私混同はしないということか。

それに、ロウエンという戦力がいざという時動けないのは困る。

 

ハングはそれも仕方なしかと思い、馬の背にまたがった。

手綱を操り、レベッカに手を伸ばす。

駆け上がるようにしてハングの後ろに乗ったレベッカを確認して、ハングはマーカスに目で合図を送った。

 

「それでは参りましょう。エリウッド様が首を長くしてお待ちですよ」

 

ハングは久しぶりに会う友人の顔を楽しみにしながら、馬の手綱を握りしめた。


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