【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
樹海の中の行軍。【竜の門】までの道のりは前回来た際に目印をつけていたおかげか、滞りなく進んだ。
その間、ほとんどの時間を横になって過ごしていたハングであったが、3日目の夕方ごろにはある程度歩ける程には回復していた。
それが竜の腕が作り出す青い血の回復力のおかげなのか、【モルフ】であるからこその体力の賜物なのかはハング本人にもわからなかった。
日も傾きだしたころ。手頃な広さの平地を見つけたハング達はその場に野営地の設営を始めていた。
ハングはその野営地の片隅であぐらをかきながら、今日の斥候の統括をしているケントとセインに話をしていた。
「ここらの樹海の中で大部隊を配置できる場所はない。もうすぐ野原に出るからそこに至るまでに少人数で張るとするなら北東だろうな」
「なるほど、でしたらそこに向かうまでのルートは東側から回り込んだ方がよろしいですね」
「ああ、その辺は任すよ。その方向は森に慣れてる奴をいかせろよ」
「わかりました・・・ところで、ハング殿」
「なんだよ」
ハングは少し不貞腐れたような顔でケントの顔を見上げた。
生真面目な顔のケントの隣ではセインが大道芸人でも見ているかのような笑顔でハングを見下ろしていた。
「息苦しくはありませんか?」
「そう思うんなら外してくれねぇかな・・・」
ハングはそう言って、自分の首に括り付けられた縄を引っ張った。大きく息を吸い込んでも指一本分くらいの隙間はあけてもらっているが、結び目は固く、刃物を用いない限り外せそうになかった。
縄の先は一番近い大樹に括り付けられている。
ちなみに竜の左腕もロープで大樹に固定されている。しかも、3本。
この縄を結んでくれたのは帆船でロープの扱いになれているダーツであった。
彼はファーガスから『ハングがもしこれ以上ふざけたことをやりやがったら、これで問答無用でふんじばれ!!』との言葉と一緒にロープを贈呈されていた。
「申し訳ありません。リンディス様からの命令でありますので」
ケントはそう言って表情を崩さない。
隣のセインも軽薄な笑みを浮かべて、肩をすくめた。
「もし俺達が勝手に外したりしたら、お怒りがこっちに向きますので、例え脅されても外したりしませんから」
ハングは大きくため息を吐き出した。
「もう勝手な行動したりしねぇってのに」
「ははは、さすがにその言葉を信じることはできませんからねぇ」
「ネルガルにもう執着はないのにか?」
「こういう時は理屈じゃないんですよ。特に女性と接するときはそこをわきまえておかないと大火傷しますからね」
ハングは膝に頬杖をついて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
そこにケントが言葉を重ねる。
「ハング殿、これでもまだ妥協案なのですよ。会議では『両足を切り落とすべきだ』との意見も複数人から出ましたから」
「誰が言ったかだいたいわかるけど・・・誰が言ったんだ?」
「筆頭はヴァイダ殿」
「それは知ってる。直接言われたからな」
「賛同したのがヘクトル殿」
「それもわかる」
「リンディス様も同意しました」
「・・・あいつもかよ・・・」
「『足を切り落とした後の介護は自分が請け負う』とまで言っておりましたので、かなり本気であったようですよ」
「・・・・・・・」
さすがに言葉を無くすハングであった。
「エリウッド殿がとりなして、首に縄をかけることで了承を得たのです。とはいえ、エリウッド殿も最後には『次同じことをしたら足を落とそう』とおっしゃっていましたので、無理に縄を外そうとしない方がよろしいかと。怪我をすることになりますよ」
「ご忠告感謝するよ」
そんな時、ケントとセインを探してた天馬騎士達が近くを通り過ぎた。
「あっ!いた!ケントさん!ケントさん!!」
ケントを見つけて駆け寄ってきたのは天馬三姉妹の次女であるファリナであった。
「ケントさん!探したんですよ!今日、斥候に出るの、私とケントさんの組なんですから!!」
「ああ、わかっている。そのことでハング殿と斥候に出る方角を検討していたんだ。もう間もなく出発しよう」
「ふーん・・・」
ファリナは唇を少しとがらせて、ハングの方に視線を向けた。
「ねぇハングさん」
「ん?」
「もしかして、だけど・・・斥候の組ってハングさんが決めてる?」
「以前は決めてたけど、戻ってきてから仕事がもらえなくてな。今はエリウッドかマーカスかその辺が決めてるんじゃないか?・・・なんか問題でもあったか?」
「いや・・・そういうんじゃ、ないんだけど・・・なんかさ、私、ケントさんと一緒になること多くて」
ハングはファリナの後ろからついてきていたフィオーラの方に目を向けた。
彼女は過剰なスキンシップを取ろうとしてきたセインを見事に投げ飛ばしたところだった。
甲冑を着こむ相手を投げ飛ばす技量も随分と上達しているようである。
彼女はこちらの話を聞いていたのか、小さく微笑んで人差し指を口に当てていた。
ハングは彼女からケントとファリナのペアについて何度か相談をされていたが、そのことはファリナは知らないらしい。
「・・・一緒だと問題あるのか?」
「えっ!いや・・・えと・・・ほら!私達って性格が違いすぎるからさ、いっしょにいたって気詰まりなのよ・・・だから・・・その・・・ね?」
「そうなのか?それなら変更を検討してもいいが・・・」
「え・・・あっ・・・え・・・」
ハングが少し悩むふりをすると、ファリナの顔からすぐさま血の気が引いていた。
そんなファリナを見て、ハングは腹の奥から湧き上がりそうになる笑いを押し殺すのに苦労した。
ここまでわかりやすい反応をしてくれると、からかうのも逆に気の毒になる。
ハングは軍師としての顔を崩さずにもう一人の当事者の方に目を向けた。
「で、ケントの方はどうなんだ?ファリナとのペアは問題あるか?」
ケントの表情はいつもの生真面目な顔のまま。その顔をファリナが真剣そのものの顔で見上げていた。
「ファリナがそう感じてるのなら申し訳ないですが、私は彼女と一緒にいるのは嫌いではありません」
「ほう?」
「性格は確かにまるで違うとは思いますが。それは自分にない考え方のできるということでもあります。彼女といると改めて気づかされることも多く、良い刺激になりますので」
「・・・・・・」
ハングは表情を取り繕いながらも、ケントのその意見に少なからず驚いていた。
「へぇ・・・あの堅物がねぇ」
「は?」
「いや、なんでもないさ・・・」
ハングは改めてファリナの方へと目を向けた。彼女はケントの言葉も特に興味のないような様子を取り繕っていたが、真っ赤になった耳が口よりも明白に彼女の心情を物語っていた。
「だとさ。ってなわけで、ペアはこのままでいいか?」
「えっと・・・そ、そうね。別に、わざわざ離れる理由もないし・・・お給金は変わらないし?ケントさんと一緒なら・・・まぁ・・・安心だし?」
明後日の方向を見てそんなことを言うファリナ。
ハングは口元を隠し、我慢できずに喉の奥でクツクツと笑った。
「そうか。それじゃあ、そろそろ斥候に行ってくれ。まぁ、伏兵なんていないと思うけど。用心してな」
敬礼するケント。
彼はセインを引きずりながら、ファリナとフィオーラに方角や距離について説明しながら斥候に出るための準備に向かった。
することがなくなったハングは再び頬杖をついて設営中の野営地を眺めた。
この部隊も気が付けばここまでの大所帯になっていた。
最初にエリウッドと一緒にフェレを出たのが遠い昔のようだった。
そこからヘクトルやリンディスが加わり、他にも様々なところから縁が繋がって仲間が増えた。
思い返せばあまり友好的な関係じゃなかった連中もいた。
レイヴァンなどその最たる例であるだろう。
それが今では薪を担いで竈の準備をしているのだから、人間変われば変わるものだ。
「ハングさん」
「マシューか」
突如背後から聞こえてきた声にハングは振り返りもせずに答えた。
「もう、張り合いないですね。もう少し驚いてくれてもいいじゃないですか」
「とりあえず、縄抜けの方法を教えてくれに来たわけじゃないんだろ?」
「ははは、それ教えたら今度は俺が足を切り落とされちゃいますよ」
ハングは憤懣を鼻息にして噴き出した。
「それで、何の用だ?」
「ああ、いえ。野営地設営の報告ですよ。以前はハングさんが歩き回って確認していた箇所を把握しておきました」
「はいよ」
ハングはマシューに野営地設営時にいつも自分の目で確認していた項目を伝えたことはなかった。つまり、マシューが普段のハングの行動をある程度監視していた事実が判明したわけだ。
だが、ハングはそのことについて言及するつもりはなかった。何もかも今更である。
「こんなとこです。いいですか」
「ああ、ありがとよ」
「いえいえ。あっ、白湯かなんか持ってきましょうか?」
「別にいいよ・・・そのうち、誰かが持ってきてくれるだろ」
ハングとしては厩に繋がれた馬になった気分であった。
「そういや、マシュー」
「なんですか?」
「最近、ギィの悲鳴を聞いてねぇけど。あいつはもうお前の証書を取り返すの諦めたのか?」
「ああ、そのことですか。いや、多分諦めた訳じゃないと思いますよ」
マシューはそう言って野営地の片隅へと目を向けた。
ハングがその視線を追いかけると、そちらの方で何人かが武器を手に鍛錬に励んでいた。
その中にはギィがおり、相手は【黒い牙】の本拠地で出会ったカレルであった。
殺気が人の形を取ったような男であるカレルであるが、ギィに稽古をつけている間はその殺気が緩んでいるように見えた。
だが、彼の剣の教え方はこの部隊の誰よりも苛烈であった。
剣を振る速度も圧もまるで実践さながらだ。
下手をすれば命に関わるかもしれない。
それでも、ギィが辛うじて防御できるギリギリの線で剣を振っているのだがら、あれでも手心を加えているのだろう。
ハングは心底あのカレルが敵対しなくてよかったと思った。
「あのカレルって人の弟子になってから、俺を追っかけることもしなくなりましたよ。もはやそれどころじゃないんでしょ」
マシューの言葉にハングも納得したように頷く。
それほどまでにカレルの稽古はギィの技量の限界で執り行われている。
その上で斥候や不寝番もこなしているのだから、ギィにマシューを追いかけている暇などないだろう。
「・・・ギィの奴、よくあの剣について行けるな」
「ハングさんなら一合も打ち合えそうにないですね」
「うるせぇっての」
リンディス相手にハングが打ち合えるのは長い間稽古をしてきて手の内をある程度知っているからだ。
ハングは自分が初見でカレルの剣に対応できるとはまるで思えなかった。それに例え最初の一撃を受け止めたところで、ハングにはカレル相手に攻勢に出れる姿が全く想像できない。
それだけ剣の才能がハングとカレルとでは乖離しているのだ。
そして、そんなカレルについて行けているギィとの才能の差も見えてくる。
「ギィも・・・やっぱ才能はあるんだよな」
「ですね・・・」
ハングとマシューはギィがカレルの鋭い突きからの三連撃を最小限の動きで回避したのを見て、同意に「おぉ・・・」と声をあげた。
「ハングさん・・・ハングさんは自分に戦闘の才能がないことに気づいた時、どう思いました?」
「・・・・・・そうだな・・・最初は努力すりゃ、いつかなんとかなるって思ってたよ」
「ですよね・・・」
ハングはマシューが何を言わんとしているのかを悟った。
きっと、マシューも知っているのだ。オスティア侯爵、ウーゼル様が既にこの世を去っていることを。
「・・・才能の壁ってのは・・・残酷だよな」
ハングがどれだけ時間を費やしたところで、リンディスに剣ではまず勝てない。
100回斬り合えば、100回負ける。模擬剣でなら1回ぐらい可能性はあるが、真剣勝負となれば絶対に勝てないだろう。
それは決して覆ることのない事実だった。
「努力しても努力しても、越えられない。だから俺は軍師を志したんだけどな。お前は?」
「俺も似たようなもんですよ・・・自分に都合のいい言い訳をして、密偵なんて仕事してます。まぁ、おかげで自分の才能に気づけたわけですが。レイラにも・・・出会うことができましたしね」
「あぁ、確かにな・・・俺も軍師を志したからリンに会えたわけだ」
そんな話をしている間にもギィは肩で息をしながらも、カレルの隙を見出してそこから攻勢に転じていた。
カレルの早業に対応してきている証拠であった。
才能の片鱗とはそういうところに現れる。
「ハングさん・・・俺、オスティアを頑張って支えます」
「そうか・・・」
「レイラの分まで・・・剣の腕はないですけど・・・俺の密偵の才能はオスティアの為に捧げます」
「そう・・・か・・・」
それはネルガルを止めた先の話。保障の無い未来の話。
だが、マシューの口調はこれから先に未来が待っていることを信じて疑っていなかった。
それは信頼の証でもある。
ハングがいるから、ネルガルに勝てる。
言葉の隙間からマシューの心の声を聞きとり、ハングは頭をかいた。
マシューとも随分と長い付き合いになった。
思えば、友好的ではない縁で最初に仲間になったのはマシューなのかもしれなかった。
そんな時、ギィの脳天にカレルの一撃が落ちてきた。
「あ・・・」
パコンという子気味の良い音がして、ギィが地面に顔から落下した。
そんな状態でも剣だけは手放さなかった姿勢は立派だが、根性だけでは如何ともしがたいものがある。
「まぁ、まだまだってわけだ」
「ですね。これなら俺から証書を取り返すのも先になりそうだ」
「それで、今の貸しはいくつなんだ?」
「8つに増えてます」
ハングは声をあげて笑い声をあげた。
「あっ、そうだ。マシュー、一つ気になってたんだが?」
「なんです?」
「あそこでバアトルと真剣でやりあってる、黒髪美形のサカの剣士だけど」
ハングは気絶しているギィの隣で私闘紛いの訓練をしている2人を指さした。
バアトルの斧を華麗な動きでかわし、鋭い剣筋を刻んでいるのはサカの服装をした女性だった。
どことなく、カレルと雰囲気が似ているが剣の腕も殺気の鋭さも少し劣る。
だが、その技量が非凡であることには変わらない。
「あれがオスティアでバアトルが仲間に引き入れたカアラで間違いないのか?」
「ええ、そうですよ」
そう言って、マシューは唇の端を僅かに持ち上げた。
それは獲物を見つけた狐を彷彿とさせるような笑みであった。
「ハングさん・・・」
「なんだ?」
「浮気はダメですよ」
「ちげぇよ!!」
ハングは一瞬で顔を赤くして声を張り上げた。
「そんなんじゃねぇよ!俺は戦力の把握のためにだな」
「いやぁ、やっぱハングさんってサカの女性が好みなんですね。綺麗系で、凛として、芯が通ってそうな感じの?」
「違うって言ってんだろ!」
「安心してください。リンディス様には内緒にしておきますから。というわけで一つ貸しに・・・」
「なるわけねぇだろ!!」
リンディスと恋仲になったとはいえ、そう簡単に色恋の経験値が溜まるわけではない。
ハングをからかいながら、マシューは『やっぱり、ハングさんは【モルフ】なんかじゃないなぁ』と改めて納得したのだった。
「あっ、そうそう。あのカアラさんってカレルさんの妹らしいですよ。なんか訳アリで殺し合うような雰囲気っぽかったですけど、とりあえず両者納得したみたいです。それ以降はだいたいバアトルさんとああやって鍛え合ってますね。部隊の人達との関係はまぁ良好です」
「そういうことを先に言えっての!!」
「ちなみにあのヴァイダさんと割と五分な関係を築けてるみたいです」
「だから!そういうことを・・・・・・・・」
直後、ハングは丸々数秒間固まった。
「え?マジで?」
「マジです」
ハングは改めてもう一度カアラの方を見た。
「バアトル。また、腕を上げたな。強くなるといったお前の言葉、偽りではなかったようだ」
「まだまだ!おれはもっと強くなるのだ」
「ふっ・・・殊勝なことだ。その気持ちでいれば、遠からず私を追い抜く日も来よう」
「何を言う!お前もまた、強くならねばならん!おれもお前も共に強くなり、互いに腕を高め合うのだ!」
猪突猛進のバアトルとの会話を柔らかい物腰でいなし、楽しげに会話している彼女を見ながら、ハングは眉間に皺を寄せた。
「ハングさん、今考えていること当ててあげましょうか?」
「やめろ・・・」
「リンディス様と出会う前にカアラさんと出会ってたら、とか思って・・・」
「それ以上口にすんじゃねぇっ!!」
ハング自身もあり得ない仮説だとはわかっていた。
復讐に目を滾らせていたハングに光を見せてくれたのがリンディスである以上、彼女より先に会っていたとしてもそんな関係に発展する可能性は皆無なのだ。
だが、ほんの僅かでもそんなことを考えてしまった罪悪感からハングの表情が渋った。
その顔をマシューの前で見せてしまった時点でハングの負けなのだ。
「安心してください、リンディス様には言いませんから。でも、貸し一つということで」
「ふっざけんな!今すぐその減らず口叩き潰してやる!」
マシューはハングが繋がれているのをいいことに、ハングの手が届かないところにまで素早く避難しケラケラと笑い声をあげたのだった。