【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~   作:からんBit

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第32章~悠久の黄砂(後編)~

真っ暗だった

 

真っ白だった

 

世界も、時間も、仲間も、敵も、戦いも、平穏も、何もかもが塗りつぶされてしまった。

自分が目覚めているのか、眠っているのかもわからない。

生きているのか、死んでいるのかすら定かではない。

 

俺は誰で、俺はなんなんだ?

 

その疑問に答えをくれる人はいない。

 

「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「どうしたんだい?もう降参か?」

「・・・やぁぁぁぁ!!

「おお、いい気合いだな」

 

俺は後ろを振り返った。

 

暗闇の中に切り取られた風景が浮かび上がっていた。

どこかの訓練場で短い金髪の女性が黒髪の子供に稽古をつけている。

だが、その景色は動く絵画を見ているかのような虚無感に溢れていた。

 

視界の隅で別の何かが動く気配がして、そちらを向く。

 

次の瞬間、俺の体が切られた。

だが、切られただけだ。痛くはない。

 

自分を切り捨てた相手を無感動に見つめ返す。

 

目の前にいたのは赤い髪と青い瞳を持つ青年。柔和な頬に冷酷な笑みを浮かべてエリウッドが剣を振りあげていた。

 

俺の身体に再度振り下ろされる剣。噴き出た血の温もりだけがなぜか明確に感じ取れてしまった。

 

ああ、またこれか。

 

周囲を見渡せばヘクトルが民家から略奪をはたらいていた。リンディスが笑いながら赤子を殺していた。ウィルが逃げる村人を射抜いて遊んでいた。エルクがそこらに火を放って恍惚に酔いしれていた。

 

俺はそんな人達に囲まれて道の真ん中で血だまりの中に倒れている。

 

ああ、またこれだ。

 

真っ暗で、真っ白な、地獄のような風景だった。

 

自分の体に刃物が振り下ろされるのも何度目だろうか。

矢を何本も打ち込まれるのも何度目だろうか。

俺の胸の中心を雷が貫いたのは何度目だろうか。

 

動くことも億劫で、恨むことにも疲れ果て、闘う意志は擦り切れた。

 

それでも俺はここから抜け出ることはできない。

 

俺はどこにいるんだ?ここはどこなんだ?

 

やはり答えはどこにもない。

 

ふと右に首を向けた。

 

地獄の中に別の景色がまた浮かんでいた。

 

「今日こそ私から一本とってみなさいよ」

「ああ!やってやらぁ!」

 

木がぶつかるような甲高い音を響かせて髪の長い女性と黒髪の男性が打ち合いをしていた。

 

あれは誰だ?

 

どこかで見たような気がする。

 

あの二人は誰だ?

 

「そのせいでいつも木板で叩かれていた。一回は僕もとばっちりを受けた」

「なるほど、お前が打たれ強いのはそのせいか!」

「お前ら!言いたい放題言いやがって!」

 

草むらに腰を下ろして笑い合っているあの三人は誰だ?

 

わからない。

 

俺はここにいる。エリウッドもヘクトルもリンディスもここにいる。

ここで俺の産まれた村を滅ぼしている。

 

なら、あそこにいる人達は誰だ?

そして、彼等の真ん中にいるあの黒髪の男は誰なんだ?

 

あれは誰だ?俺は誰だ?

 

その時だった。

 

不意に全く別の場所から声がした。

 

「・・・ネルガル様からの伝言を伝えます。私は【魔の島】で、お前たちを待っている・・・」

 

その声はまるで自分が呟いたかのようにはっきりと耳に届いた。

 

唐突に周囲の村が歪んだ。世界が反転する。

そして、その中から浮かび上がる一人の顔。

 

痩せ細った顔に歪んだ目元。闇に落ち、闇に呑まれ、闇の中から見返してくる者。

 

ネルガル

 

俺は背後を振り返った。

歪んだ風景の中には誰もいない。

だが、そこで誰かが俺を呼んでいた。

 

俺の『仲間』が俺を呼んでいた。

 

「・・・ネルガル様からの伝言を伝えます。私は【魔の島】で、お前たちを待っている・・・」

 

自分の体がようやく動いた気がした。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

真っ白だった。

真っ白なベットシーツだ。

俺は背もたれに上半身を預けた状態でその上に寝かされていた。

 

ハングは目だけで周囲を確認した。

 

「リン!私が来たからにはもう安心しなさい!どんな奴が来ても私の光魔法で追い払っちゃうんだから!」

「セーラ、君はまだそれほど上達していないだろ。どうせ返り討ちに会うんだから僕とウィルの後ろに下がってくれよ」

「そうそう、セーラのことは俺達がしっかり守ってやるからな。とはいっても、前線はリンディス様にお任せすることになりますが」

 

三人?いや、四人だった。

 

「もう、三人とも。もう少し緊張感を持ちなさい」

「でもリンディス様、ここに続く階段はヘクトル様達が抑えたみたいですし、もうここは安全地帯と言えると思いますよ」

 

体の感触を確かめる。

 

右手は動く。左手も動く。足は少し弱っている。呼吸はしている。

 

ハングは深く、深く息を吸い込んだ。

 

声は出るだろうか?

 

「・・・・り・・・・す」

 

掠れて出てこない。

 

「ちょっと待ちなさい!ネルガルの転移魔法があるんじゃないの!?そしたらこの部屋にいきなり現れることなんてことになるんじゃないの!?」

「アトス様が障壁を張ってくださってるからその心配はいらないよ」

 

もう一度試してみる。

 

「・・・りん・・す・・・」

 

少し出るようになった。

 

「なによ、それならそうと言いなさいよ」

「君が聞かなかったからだろ」

「相変わらず、二人は仲がいいな」

「ちょっ!ウィル!何を言ってるんだ!?」

「そうよ!私とこんな根暗のどこが仲がいいっていうのよ!!」

 

喉が湿ってきた。

 

「・・・りんで・・す・・・」

 

足が少し動いた。

 

「喧嘩する程仲がいいっていうじゃん?リンディス様もそう思いますよね?」

「ええ、そうね。二人とも大分息が合ってきたみたいだし」

「ええっ!どこがよ!?私とこいつのどこが合ってるって言うのよ!」

「そうですよ!いい加減なことを言わないでください!」

 

もう一回。

 

「・・・りんでぃす・・・」

「・・・え?」

 

不意に部屋が静かになった。

 

「誰か・・・私のこと・・・呼んだ?」

「・・・いいえ・・・私じゃ・・・ないわ・・・」

「俺も・・・違うぞ・・・」

「僕でもありません」

 

俺はもう一度声を出した。

 

「・・・リン・・・ディス・・・」

 

視線が自分に向いた。

 

「・・・え・・・今・・・」

 

俺の左腕に力が戻ってきた。

だが、体はまだ動かさない。

 

「・・・リンディス・・・」

 

部屋に風が吹き込んだ。

 

「・・・ハング・・・なの?」

「リンディス・・・」

 

駆け寄る影、衝撃、そして体温。

 

「ハング!ハング!!ハングハングハング!!」

 

肩にかかる重み、体に乗る痛み。

 

「ハング!!ハング!!今・・・私を呼んだの!?」

 

彼女が顔を覗き込んでくる。

 

俺は何も反応を示さない。

 

彼女はそれを見て一度は落胆したが、すぐに希望を見出したような顔をした。

 

「いいの・・・いいの・・・少しずつでいいから・・・ハング・・・ゆっくり・・・ゆっくりでいいから・・・戻って・・・きてくれるのよね?」

 

緩慢な動きで、無表情な顔のまま俺は彼女の瞳を見つめ返す。

 

「・・・ハング」

 

彼女の顔は喜びに満ちていた。

俺が反応を見せたのがそんなに嬉しかったのか。

彼女は無表情の俺に笑いかけてくる。

 

その時、彼女の笑顔が凍り付いた。

 

「ぐっ・・・は・・・はっ・・・」

 

鈍い音がして、彼女の目が大きく見開かれる。

そして、彼女の希望に満ちた顔が切り替わる。

現れたのは『絶望』の一色だった

 

「はん・・・・ぐ・・・どう・・・して・・・」

 

俺は彼女の腹に打ち込んだ左腕の拳を引き抜いた。

彼女は呼吸ができず、意識が遠のきかけている。

 

それでも彼女は倒れまいと、俺の服を掴んだ。

 

「・・・・どう・・・・して・・・・」

 

見上げる彼女の耳元に俺は口を寄せた。

 

「・・・ッ!!」

 

俺の返事に彼女がどういう顔をしているのかなど、見なくてもわかる。

彼女の全身が震えるほど動揺しているのを見れば十分だ。

 

そして、俺はもう一発左腕を鳩尾にめり込ませた。

 

「・・・ッァ・・・・」

 

彼女の体から完全に力が抜けるのがわかった。

俺は彼女の体を押しのけて、立つ。

 

弱っていた体だが少しは動けるようだ。

 

「・・・ハング!!君は・・・なにをしてるんだ!!」

 

エルクが魔導書を持ったまま開くことが出来ずにいた。

 

「・・・おい・・・おいおいおい!ハング!!嘘だよな!!今ならまだ冗談で済むんだぞ!」

 

ウィルは弓を持ち出しているが、矢を引き絞ることができない。

 

「なんで・・・なんでこうなるのよ!!!なんであんたはそんなことしてるのよ!」

 

セーラが泣きそうになりながら杖を投げつけてきた。

 

それに対するハングの答えはもう一つだけだ。

 

「・・・我は・・・ネルガル様のもとへ・・・」

 

ハングはベットから三人に向けて襲いかかった。

 

 

 

――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――

 

 

 

マシューがいた。

 

「ハングさん!気がつい・・・嘘でしょ!!ちょっ!」

 

ヒースがいた。

 

「ハング!!・・・・・・どういうことだ!ハング!俺のこともわからないのか!?」

 

レイヴァンがいた。

 

「お前は・・・このクソ軍師が!」

 

ハングを相手に誰もまともに刃を向けられない。

ハングは左腕を使って暴れ、廊下を突き進む。

 

そして、両開きの扉に手をかけて、開いた。

扉の先は眩い光の中。

そこは戦いの激戦区へと続く道だった。

 

エリウッドとヘクトルが弓兵達との距離を詰めようと奮戦している。

相対するのは無表情というより、無感情と思われる【モルフ】達。

 

ハングはその戦闘の中心を進み、【モルフ】の側へと歩いて行った。

 

ハングに矢を射る【モルフ】はいない。

ハングに目を向ける【モルフ】はいない。

 

「・・・おい・・・あれは・・・」

「・・・ハング・・・だと・・・」

 

視界の隅でヘクトルとエリウッドが驚愕しているのがわかった。

 

だが、残念ながらそんなことはどうでもよかった。

 

ハングは【モルフ】の中でも首領格と思しき奴に向かって歩いていく。

 

「ハング!!お前、どこに行く気だ!!」

「行かせない!!君を・・・行かせるかぁ!!」

 

戦場の中を走り出した二人。安全性も確実性も度外視して無策な突撃へと至る。

二人は敵を薙ぎ払い、踏み越え、ただハングへと手を伸ばす。

 

「どけぇぇえぇぇぇえええ!!」

「邪魔だぁぁぁぁぁあああ!!」

 

ハングは彼らの絶叫を聞きつつも、決して歩幅を緩めはしない。

 

「ハング!!てめぇぇえ!止まりやがれぇぇぇ!」

「こっちを向いてくれぇえ!ハングぅううううう!」

 

それは無理な相談だった。

 

ハングは【モルフ】の前に立った。

 

「ネルガル様からの伝言を伝えます。私は【魔の島】で、お前たちを待っている・・・」

 

同じ言葉を繰り返し続ける【モルフ】に対し、ハングは問う。

 

「ネルガル様のもとへ・・・連れて行け」

「ネルガル様からの伝言を伝えます。私は【魔の島】で、お前たちを待っている・・・」

 

永遠と同じ言葉を繰り返しつつ、その【モルフ】は城門の外を指差した。

ハングはその方向へと足を向ける。

 

「いくなぁぁぁあぁああ!」

「待ちやがれぇぇぇええ!」

 

城門の外。

 

そこにたどり着いたハングの足元に魔法陣が現れた。

 

ハングは最後に後ろを振り返る。

 

「ネルガ・・・様からの・・・伝・・・えま・・・」

「ハング!!」

「ハング!!」

 

【モルフ】を打ち倒し、必死に駆けてくるエリウッドとヘクトル。

 

ハングはその二人を冷めた目で見つめていた。

 

ハングに向けて伸ばされる手。ハングが掴めば、届く距離にまで二人は迫っていた。

それを見て、ハングは唇の端で笑い、消えた。

 

エリウッドとヘクトルの伸ばした手は空を切る。

 

彼等の目の前でハングは消えた。

 

「くそぉおおおおおおおおおお!!」

 

ヘクトルの絶叫がただ虚しくオスティアの城の中に響き渡っていた。


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