【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
吹き出す熱風、蒸せる毒霧
洞窟の中はまさに地獄絵図と言えた。
「ヘクトル様!そそ、そ、そこはだめです!」
「おっと、助かったぜ」
そこで活躍を見せていたのはヘクトル達の中で最も風に敏感な存在であるペガサスのヒューイだった。
ヘクトルも最初は自身である程度警戒して進んでいたが、ヒューイの方が何倍も正確にこの場の危機を察することができた。
ヘクトルはすぐに場の安全に関する判断をフロリーナに任せ、自分は通路の前に立ちふさがる敵兵を切り倒すことに全力を注ぐことにした。
「・・・ったく、これじゃあもうバカ羽馬なんて呼べねぇな」
ヘクトルはそうぼやく。
先程、ヒューイにマントを引っ張られて噴火口に足を踏み入れそうになったところを助けられていた。
「ヘ、ヘクトル様!右側の穴は注意してください!」
フロリーナはヒューイの僅かな動作と周囲の環境を見渡して、的確な指示を送ってくれる。
若干どもるのは変わらないが、いつもの気弱な態度はどこにいったのかというぐらいにはっきりとした声量であった。
そのおかげでヘクトルは目の前の敵に集中することができる。
「おらぁぁあ!!」
両手で剣を構えたヘクトル。
洞窟内という狭い空間の中では突きを主体とした剣技が最も使いやすい。
その前に立ちふさがっていたのは、見た目は人間と然程変わらない姿の守護霊だった。
ヘクトルはその鎧の隙間を縫うように剣を突出した。
肉を裂いた感触は確かに手に残るというのに、倒したという感覚が妙に希薄だった。
人体の急所を貫かれた守護霊は呻き声一つあげることなく、鎧だけを残して消え去ってしまう。
そして、彼らが身に纏う鎧は地に散らばった途端に何百年もの間放置されていたかのように、酷い腐食を受けた物に変わり果ててバラバラになってしまうのだ。
この洞窟の中では常識がまるで通じない。
ハングが一緒に来ていたら、喜々として調べ周りそうだ。
『なあ・・・この守護霊って一人連れて帰れねぇかな?』
ハングはきっとそんなことを言いだすだろう。
言ってることは呑気極まりないが、表情だけは割と本気なので、冗談なのかどうか判別しかねるのだ。
「・・・・くそっ!」
ハングのことを思い出し、ヘクトルは自然と剣を強く握りしめた。
ヘクトルは力任せに目の前の敵の兜を叩き割った。
筋肉に任せて振り下ろした剣が兜にめり込み、抜けなくなる。
ヘクトルはその剣を放棄し、守護霊を殴り飛ばした。
後ろにひっくり返った守護霊肉体は消え去り、残された鎧は腐食していき、粉々となって地面に散らばる。
ヘクトルは破片の中から自分の剣を拾い上げ、素早く別の敵に向けて投擲した。
手元から離れた剣は守護霊の喉元を直撃した。
その守護霊は数歩あとずさり、崩れ落ちる。そのおかげで後方に控えていた守護霊は前に出れない。
ヘクトルはその足が止まった守護霊に向けて一気に間合を詰めた。
斧を取り出し、腰を落として守護霊の足を払う。片足が飛んでいき、守護霊が膝をつく。ヘクトルはその回転力を殺さずに裏拳を叩き込み、身体をその場で一回転させる。
そして、遠心力を乗せた斧を横殴りに叩きつけた。
激しい金属音が響く。
斧は守護霊の盾を粉砕し、その勢いのまま胴体を両断した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
ヘクトルの息が上がっていた。息をつくことなく3体の守護霊を相手取ったのだ。
無駄な連戦がヘクトルの体力を削っていく。
そこにまたわらわらと守護霊が集まってきていた。
まるで、暴れるヘクトルへと引き寄せられているようだった。
なるほどな・・・『刺激する』ってのはこういうことかよ。
息が上がった体に鞭をうち、ヘクトルは武器を構えた。
その前をペガサスの白い身体が塞いだ。
「てめぇ!なにしてる!下がってろ!!」
「だ、だめです!ここは、私が戦います!!」
襲い掛かる守護霊の攻撃を槍でいなしながら、フロリーナはその場でヘクトルを守る姿勢を見せた。
「くそっ!!」
ヘクトルはペガサスの大きな体に阻まれて前に出ることはできない。
苛立つヘクトルには目もくれず、フロリーナは的確な槍裁きで守護霊を退けていた。
だが、フロリーナは牽制を加えるだけだ。下がる敵に深追いもしなければ、無茶な攻めも見せない。
ほとんど防御に徹しつつ、フロリーナは狭い道をふさいでいた。
「ああっ!もうそこをどけ!!」
ヘクトルが叫ぶも、やはりフロリーナは耳を貸すことはない。
ヘクトルは奥歯を噛み締め、仕方なく傷を負った箇所の止血を優先することにした。正確には今はそれしかすることがなかったのだ。
そんなヘクトルの後ろからマシューが現れた。
「いや~フロリーナさんもやる時はやりますね」
「・・・マシュー今までどこにいた」
「いえ、ちょっと偵察に。しかし、さっすが【神将】と言われた人達のねぐら。なかなかおいしい拾い物がありましたよ」
ほくほくとした笑顔でそう言ったマシューの背中には子供の一人でも入りそうな程の袋が抱えられていた。
ヘクトルは本当に頭痛がしてきた。
【神将器】が手に入るか入らないかという状況だというのに、なんだこの状況は?
本当に人選を間違えたんじゃないかと思うヘクトル。
「ですが、おかげでこの洞窟の地理は頭に入りましたよ」
ヘクトルが顔をあげた。
「この洞窟は随分と入り組んでますから調べみたんですよ。おかげであらかたこの洞窟の内部は把握できました。本当はあらかじめヘクトル様が指示出してくれなきゃいけないんですよ。まぁ、こういうのはいつもハングさんがやってましたからね」
マシューの顔を見ると、まるで鬼の首でもとったかのような顔をしていた。
「この洞窟で力を示さなきゃならないのは若様です。だから俺達のこともしっかり使ってください。俺達は若様の手であり足であり頭なんすから」
「それだと俺の要素が全くねぇじゃねぇか」
「若様は心ですよ」
「・・・良いこと言ったみたいにまとめやがって」
ヘクトルは深く息を吐き出した。
「そんで、どうします?迂回路見つけましたけど」
「はっ!俺の力を示すなら正面突破しかねぇだろ!!」
「・・・言うと思ってましたよ」
ヘクトルが再び斧と剣を手に取った。
その時、短い悲鳴が耳に届いた。
「きゃっ!」
槍を振り回しつつも後退してくるフロリーナ。
彼女の大腿から血が流れ落ちていた。
「このっ!!無茶しやがって!!あとでリンディスにどやされるのは俺なんだぞ!」
ヘクトルはそう言ってフロリーナと入れ違いに前に出る。
「マシュー!!」
「ほいきました!」
既に援護の準備は万端。
マシューに脇を固めてもらい、ヘクトルは一直線に目の前の敵を粉砕した。
「おいっ!!おめぇはもう下がってろ」
「・・・・あ、はい・・・」
「噴火口とか毒霧とかを見落とすんじゃねぇぞ!任せるからな!!」
「は、はい!」
力強い返事を受け、ヘクトルは両手に武器を構えた。
今のヘクトルは気負うでも苛立つでもなかった。
そして、高揚してるわけでも、消沈してるわけでもない
今はただ、目の前の敵を叩き潰すことに全神経を注ぐ。
純然たる戦闘意欲に身を染めて、ヘクトルは前に出た。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「ここが・・・玉座か・・・」
洞窟の中に急に空間が広がったと思ったら、そこには巨大な神殿が居座っていた。
ベルンにあった【封印の神殿】よりは小柄ながらも、迫りくる威圧感は上回るように思う。
「ヘクトル様・・・後ろは私達が御守りします!」
「えっ!俺もやるんですか!?って、睨まないでくださいよフロリーナさん。普段の男性恐怖症はどこにったんですか!?」
そんなやり取りを聞きながらもヘクトルは迷いなく階段を駆けあがった。
後方の心配など最初からしていない。
神殿の上。そこには荘厳な玉座が据えられていた。
そして、その玉座の前に一人の守護霊がいた。
その守護霊は脇の斧に手をかけたまま悠然と佇んでいた。その存在感は驚く程希薄で、色をなくした人形のようだった。
だが、これがただの人形ってことはありえない。
なぜなら、この守護霊から放たれる圧力が生半可ではなかったのだ。
「・・・・・・さすがにそう簡単にはいかねぇか・・・」
ヘクトルはそこから一歩たりとも足を前に出せずにいた。
獣の勘と戦いの経験が全力で警鐘を鳴らしていた。
ここから一歩でも踏み出せば、一撃必殺の間合いに足を入れることになる。
一人の守護霊から放たれる闘気がヘクトルの足を縫いとめたかのように止めていた。
「・・・ん?そういや・・・」
今更ながら、彼らを『一人』と言っていいのかどうかヘクトルは少し悩んだ。
そんな戦場に似つかわしくない疑問にヘクトルは素早く結論を出す。
「戦えるなら・・・一人でいいだろう」
そんなヘクトルの独白が聞こえたからというわけではないのだろうが、目の前の守護霊が動き出した。
ゆっくりと斧を手に持ち、構えをとる守護霊。
緩慢とも思えるその動きだが、決して隙はない。
「ワレハ、カイム。チカラヲモトムルモノ・・・ナンジガ・・・チカラワガマエニシメセ・・・」
「へっ・・・俺はヘクトル!手加減はしねぇぜ!!」
そしてヘクトルは左手に持っていた剣を捨てた。
相手が一撃必殺を狙う戦士なら剣で受け流すのは不可能だ。
やるならば、こちらも斧による全力の一撃で迎え撃つしかない。
それに、『力を示せ』と言われたのだ。
ならば全力を持って応えるまで。
「これが俺の全力の『力』だ!」
ヘクトルは斧を構え、足を踏み出した。
二人の間合いが詰まる。それはカイムにとっても、ヘクトルにとっても一撃必殺の距離。張り詰めた空気が周囲を取り囲んだ。
付近で噴火口が火柱をあげる。
硫黄の吹き出る音がする。
だが、二人は微動だにしない。
人っ子一人、虫一匹入り込めないであろう世界。
触れれば切れそうな程に漲った緊張感。
決着は一瞬だった。
カイムが前に出た。ヘクトルも飛び出す。
お互いの斧が振り下ろされ、交差し、激突した。
金属が割れるような甲高い音がした。
宙に斧の刃先が飛び、重力に従って落ちてくる。
そして、近くの柱に斧が突き刺さった。
それはカイムの斧だった。
カイムは色をなくした顔のまま、目の前のヘクトルが再び斧を振り上げたのを黙って見ていた。
「これで・・・しまいだぁぁぁぁ!」
最速の斧がカイムの体に振り下ろされた。
「スサマジキ・・・チカラ・・・マサニ・・・アノ・・・オカタノ・・・」
崩れゆくカイム。
それを見ながら、ヘクトルは斧を地面に突き立てて、それに寄りかかる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
ヘクトルの顔には玉の汗が浮かび、呼吸も荒い。
放った攻撃はたった二振りだけだったというのに、ヘクトルは酷く消耗していた。
それだけの集中力と体力を持って行かれた一戦だったのだ。
「ったく・・・」
それでも、ヘクトルが疲れを表に出していたのはほんの一分にも満たなかった。
なにせ、神殿の下ではまだフロリーナ達が戦っているはずなのだ。
休んでいる暇はなかった。
ヘクトルは重い体を引きずり、玉座の前に立った。
「よし!ここが玉座だな」
だが、あたりを見渡しても武器らしきものはどこにもない。
封印の神殿の時のように地下にでもおりるのだろうか。
それなら自分一人では無理だ。
ヘクトルはどうせ遠視で見ているであろうアトスに向けて声をあげようとした。
その時だった・
「・・・せろ・・・」
「何っ!?」
突如聞こえた声。
ヘクトルは再び斧を構えた。
だが、新たな敵影はない。
それでもヘクトルの頭に響くように声がし続ける。
「・・・戦わせろ・・・我を・・・戦わせろ・・・」
「な、なんだてめーは!?」
その声は玉座から発せられていた。
正確には玉座にいつの間にか座っていた一人の男から発せられていた。
何もんだ?
ヘクトルがそれを問う前に、男は名を名乗った。
「我が名はテュルバン・・・我が名はアルマーズ・・・」
「何だと・・・?」
一瞬、アトスやブラミモンドのように生きた伝説なのかとも思ったが、そうではないらしい。
この男からは確かに闘う意志のようなものは感じるが、生きているという心地を感じなかった。
「我は、力。この比類なき力こそ、我。我は、竜を狩るもの。肉を裂き、骨を砕き生命を断つもの」
「・・・・・・」
滔々と語るこの男。彼はテュルバン本人のようで、そうではない何かだ。
ヘクトルにわかるのはそれだけだった。
「我は、封印を望まぬ。平和という名の無為を望まぬ。使われぬ力は屍も同じ・・・誰でもいい・・・我に、戦いを与えよ」
「あぶねー奴だなこいつ・・・おい、テュルバン・・・いや、アルマーズか。どっちでもいい俺に力を貸せ」
「我を求めるか?ならば、心せよひとたび我が力手にすれば・・・安らかな床で生涯を終えることはかなわぬ。お前の死に場所は、戦場。血と鋼に満ちた狂乱の園となる」
脅しか、それとも忠告か
ヘクトルにとってはそれこそどっちでも良い話だった。
「・・・かまわねえ。俺は親友を助ける。そのためにここまで来たんだ」
エリウッドを
リンディスを
ハングを
彼らを助ける為にここにきた。力を得る為にここにきた。
「アルマーズ!お前の力、俺に貸せ」
それは自分の死に様などより、千倍も万倍も大事なことだった。
「・・・承知」
その言葉と共に戦いを求めていた幻影は消え去り、玉座に一振りの斧が残った。
【天雷の斧】アルマーズ
並みの斧とは桁が違う巨大さだったが、ヘクトルは尻込みすることなくそれを手にした。
肩に担ぐと確かな重みが足腰に響くが扱えない程ではない。
「これぐらいの破壊力が欲しかったとこだ」
ヘクトルはにやりと笑い、玉座に背を向けた。
階下では既に守護霊は消え失せていたようで、顔を見せたヘクトルにマシューとフロリーナが手を振っていた。
――――――― ※ ――――――― ※ ―――――――
「だ~か~ら~さっさと傷見せろっつってんだよ!!」
「い、いい、いいです!自分でできます!!」
「そういうことじゃねぇんだ!さっさと手当させろっての!」
そんな会話が全てが終わった神殿の下でなされていた。
フロリーナの怪我の手当てに関してのことなのだが、フロリーナは手持ちの傷薬を切らしており、そのまま帰るつもりだった。
正確には切らしていたのではなく、少しでも身軽にするためにわざと持ってこなかったのだが、それはヘクトルにとってあまり関係はなかった。
問題なのは彼女が傷を作ったまま帰るということなのだ。
フロリーナに傷をつけたと知った時に阿修羅のごとく怒り狂う女性がいることをヘクトルは嫌というほど知っていた。
もしここで彼女の手当をせずに戻ったりなどしてしまった日にはもう一度全体力を使い果たす一騎討ちをやる羽目になる。
ヘクトルも必死になるというものだ。
今のリンディスにそこまでやる程の気力があるかどうかはわからないが、警戒しすぎて困ることはない。
強いてもう一つ理由をあげるなら、フロリーナの傷はヘクトルが見ていても痛々しかったのだ。
守護霊によって作られた傷はフロリーナの太ももを大きく切り裂き、足先まで血を滴らせている。
彼女の血でペガサスの白い毛並みが赤く染まるので余計に彼女の傷が目立ってしまう。
「とにかく、馬から降りろってんだ!!いてぇんじゃねぇのか!」
「い、痛いですけど・・・」
「変な強情張りやがって・・・オラ!!」
「キャッ!」
これ以上押し問答はできないと踏んだヘクトルは強硬策へと出た。
フロリーナを馬から担ぎ上げた。
「わっ!わっ!へ、ヘクトル様!」
「暴れんな。そこに座ってろ」
ヘクトルはそのまま玉座の階段に彼女を座らせる。
ふと横眼にペガサスを見ると、やけに暖かな眼差しが返ってきた。
ヒューイという名のこのペガサスはフロリーナを担ぐとき、邪魔にならないように羽を畳んでいた。
ヘクトルが自分のご主人の手当をしようとしたことをわかっていたかのような行動だった。
こいつが人間ならいい部下になったかもしれねぇな・・・
ヘクトルはついそんなことを考えてしまった。
「末期症状だよな・・・」
「えっ?」
「おめぇは気にすんな」
観念したのかしおらしく座っているフロリーナ。
ヘクトルが大腿の傷に指先で触れると、フロリーナの体がビクリと震えた。
「痛かったか?」
「へ、平気です」
ヘクトルの指先についた血。
ヘクトルはその色を見て眉をしかめた。ヘクトルは傷口からもう一度血を取り、舌にその血を乗せる。
その味にヘクトルは血相を変えた。
「てめっ!毒入りくらってたのか!!」
「へ?毒・・・ですか?」
自覚が無い毒。ヘクトルの顔が途端に青ざめる。
ヘクトルは籠手を外し、フロリーナの額に手を触れた。
熱が出てないことを確認したヘクトルは唐突にフロリーナのブーツを引き下ろした。
雪のように白い彼女の肌だったが、傷口の周囲だけはその色が青白く変色していた。
まだ毒は全身に回ってない。傷が浅かったからか、毒が大きな血管に流れなかったのだろう。
だが、このまま放置すれば足の筋肉が死んでしまう。
「マシュー!毒消しは!?」
「ここにありますよ」
ヘクトルはマシューの手からひったくるように毒消しを奪い取り、そのままマシューのマントまではぎ取った。
ヘクトルはそのマントを切り裂き、傷口より上で足を縛る。
「へ、ヘクトル様・・・」
ヘクトルの動揺具合と自分の傷の周囲の酷さを見て、自分の危機的状況を自覚したのか、フロリーナの眼には涙が浮かんでいた。そんな瞳と目があったヘクトル。
「大丈夫だ」
ヘクトルはただそう言った。
彼はエリウッドのように安心させるような笑みを浮かべることはできない。
ハングのように元気づけるような笑顔を作ることもできない。
だからヘクトルは特に何かをすることはしなかった。
ただ、落ち着いた声音でそう告げたのだ。
「大丈夫だ。問題ねぇ」
その一言は、一本の大樹を思わせるような安心感を放つ。
それがヘクトルのやり方だった。
「ちょいと痛むぞ」
そう声をかけてヘクトルは傷口を短剣で更に大きく開いた。
「っ!!」
微かに彼女の体が震えた。ヘクトルは溢れてくる傷口に口を当て、血を吸い出した。
ヘクトルは口に溜まった血を吐き捨て、また血を吸う。
毒血を吸い出したヘクトルはその傷口に毒消しと傷薬を塗りこんだ。
「っっっつ!!」
「いてぇよな・・・もうちょい我慢しろ」
目元に溜めていた涙が彼女の頬を伝う。
ヘクトルはなるべく素早く治療を施し、その上から包帯で縛った
「よし、とりあえずはこれでいい。どっか他に痛むところはねぇか?」
「だ、大丈夫です」
それが強がりだとはわかっているが、ヘクトルは言葉通りに受け取ることにした。
そもそも『痛い』と喚かれたところで今のヘクトルには他にできることはない。
「さっさとここを出るぞ。ちゃんとした治療には杖がいる。マシュー案内しろ」
「わかってますよ。最短でここから出ます」
ヘクトルはフロリーナを再び担ぎ上げた。
「おい、フロリーナ。あの馬は手綱握ればついていくるか?」
「え、えと・・・私の後をついてくると思います。ヒューイ」
フロリーナが名前を呼ぶと、ヒューイはフロリーナに寄り添うように近寄ってきた。
「よし、ならさっさと外に出るぞ。エリウッドの方も心配だしな」
ヘクトルは荷物とフロリーナを担ぎなおし、マシューの後に続いた。
「・・・・あの・・・」
「あ?どうした」
「あの・・・・ありがとう・・・ございます」
「当たり前のことをしただけだ」
「・・・・・・・」
「・・・・まあ、礼は受け取っとく」
「はい」
ヘクトルは空いた手の袖で口元を拭った。
彼女の血の味がまだ口の中に残っていた。
「・・・・あの・・・ヘクトル様・・・」
「なんだ?」
「・・・・その・・・あの・・・」
「なんだよ?どっか痛むのか?」
「い、いえ・・・そうじゃなくて・・・」
「ん?」
「・・・さっき・・・名前・・・」
「あ?名前がどうかしたか?」
「・・・えと・・・その・・・」
しどろもどろのフロリーナと頭に疑問符を浮かべるヘクトル。
「どうしたんだ?」
「・・・・私の・・・名前を・・・」
「は?フロリーナだろ?」
フロリーナは驚いたようにヘクトルの顔を見た。
だが、ヘクトルは未だに怪訝な顔だった。
「そいつがどうかしたのか?」
「えと・・・その・・・」
「若様!こっからまた噴火口が増えますんで注意してください!」
「おう!」
ヘクトルは後ろに続くペガサスも確認しつつ、慎重に周囲を警戒した。
「とにかく、話は後だ」
「は・・・はい・・・・」
フロリーナは自分を支えるたくましい腕にそっと触れた。
私のこと・・・覚えててくれたんだ・・・・
胸を高鳴らせる浮遊感と居心地の良い高揚感。それらを胸にフロリーナはヘクトルの横顔を見ていた。