【完結】ファイアーエムブレム 烈火の剣~軍師と剣士~ 作:からんBit
エリウッドは薄ぼんやりとした視界の中で目が覚めた。
見慣れぬ天井とベットの温もり。
自分が気を失っていたのだと把握するまでに随分と時間がかかった。
だが、自分がなぜ気を失っていたのかをはっきりと思い出すことができない。記憶は霞がかかったように朧気ではっきりとしない。
そんな中、部屋の戸が開き親友の大きな体が入ってきた。
「気がついたか、エリウッド」
鎧を脱いだヘクトルは顔に怪我を負い、腹に目立つ程の包帯が巻かれていた。
それ以外も全身傷だらけだった。
「ここは?」
「宿だ。お前はネルガルの『置き土産』にやられたんだ。覚えてるか?」
ネルガル、『置き土産』、ハング
エリウッドは目を見開き、身体を起こした。
「っつ!!」
「無理すんなエリウッド。あいつの左腕をまともに食らったんだ。お前も身体中ボロボロだぞ」
そう言われて始めてエリウッドは自分の身体に幾つも包帯が巻かれていることに気が付いた。確かに節々は痛むし、筋肉もやけに強張っている。
だが、エリウッドは無理して起き上がった。
「ハングはどうなった!?」
「・・・・・・」
返事は無い。沈黙の意味。
エリウッドは息を飲んだ。
「・・・まさか!」
「いや・・・生きては・・・いる」
生きてる。エリウッドはひとまず安堵した。
だが、その言い回しに引っかかりを覚えた。
「ハングは・・・どうなったんだい?」
「・・・俺の口で説明するより・・・見た方がはやい・・・と思う」
歯切れの悪い物言い。
普段なら決してこんな言い方をすることのないヘクトル。
ヘクトル本人もまだ整理がついていないのだ。
「・・・会おう」
「・・・覚悟は・・・しとけよ・・・」
「・・・ああ」
エリウッドは軋む身体を持ち上げて、部屋の外へと出た。
薄暗い廊下に出たヘクトルは奥へと歩き、最奥の部屋の前で足を止めた。
そして、一度深く呼吸をしてドアを三回叩く。
「・・・俺だ・・・エリウッドを連れてきた・・・入っていいか?」
「ええ、いいわよ」
中から返事をしたのはリンディスだった。
だが、その声は底抜けに明るい。それは、今日が誰かの誕生日であるかのような明るさだ。
エリウッドはヘクトルに問うような視線を送る。
リンディスがこんな声を出せるということは、もしかしたらハングは軽傷なのか?
そんな質問を無言で問いかけるが、ヘクトルは小さく首を横に振るだけだ。
エリウッドはその返答に無性にこの扉の向こうが怖くなった。
この部屋の中でハングが生きている。
そのはずなのに、不安が胸を叩き潰しそうだった。
「開けるぞ」
「・・・ああ」
ヘクトルはそんなエリウッドの心情を察していたが、躊躇う仕草は見せなかった。
どうせいつかは知らなくてはならない。
そして、どんな覚悟を決めようとどうせ無駄なのだ。
少なくともヘクトルはそうだった。
ヘクトルはドアノブを回し、部屋の戸を開けた。
そこは明るい部屋だった。
角部屋になっているらしく、複数方向に向けられた窓からは柔らかい日差しが入ってきていた。その日差しを常に享受できる位置にベットがあった。
そこにハングはいた。
壁に背を預け、手を力なく投げ出して、そこにいた。
「ハング・・・エリウッドが来てくれたわよ」
リンディスはそのベットの傍に座り、ハングに声をかけた。
だが、ハングから返事はない。動きもしない。
ハングは虚ろな目でどこか遠くを見つめていた。
その瞳には生気の欠片もなく、その顔には生きている人の温もりすら残されていなかった。無造作に投げ出された腕は動くことはない。外からの声に耳を傾けることもない。
心臓は動いている。呼吸もしている。
彼は生きてる。
エリウッドは無言の下で奥歯をかみしめた。
ハングは生きている。
なのに、ハングは死んでいた。
「心を閉ざしておる・・・」
突然声が聞こえ、エリウッドが振り返る。部屋の隅にアトスがいた。
顔に刻まれた皺が一層深まったように見えるのは、錯覚ではないだろう。
「心を・・・閉ざしている?」
「うむ・・・」
疲れたような溜息をアトスがこぼした。
「あのままでは・・・ハングは・・・壊れておった・・・・・・」
エリウッドはあの場でハングが何をしたのかを知らない。だが、脇腹に強烈な衝撃が走ったことと、黄金色に燃えたハングの瞳だけを覚えていた。
それだけで、だいたいの結末は想像できる。
「ハングは自分の心が壊れるのを防ぐために・・・心を閉ざしたのじゃ・・・何も考えず、何も思い出さず、何も感じず・・・そうして己が堕ちるを防いだ・・・闇に堕ちるのをな」
エリウッドの後ろでヘクトルが溜息をついた。
リンディスは落ち着いた表情のままハングの手を握り、こちらを振り返りはしなかった。
「ハングは・・・何をされたのでしょうか?」
「言動から察するに・・・おそらく・・・過去の・・・自分の両親や村の人達を・・・お主らに殺されたとでも・・・思わされたのじゃろう」
ネルガルに向けていた憎悪が全てこちらに向いたのだ。
過去と今の板挟み。憎悪と信愛に狂わされたハング。
心を閉ざすのも無理のないことのように思えた。
「アトス様は・・・」
エリウッドは口に出そうと思ったが、その言葉は喉元で止まってしまう。
その言葉をアトスは拾い上げる。
「わしは・・・知っておった・・・」
エリウッドが息を飲む。
「ハングがわしの前に現れた時・・・この者には・・・人が本来持つ『血』を持っておらなんだ」
「『血』ですか?」
「正確には少し違うが、この言い方が適切じゃとわしは思っておる」
アトスはもう一度溜息をついた。
「この者に・・・親はおらん・・・産まれも存在せん・・・あるのはただ・・・歪な肉体と闇より産まれし自我のみじゃ・・・命と称してよいのかどうかも・・・わからん」
エリウッドの目が強く見開かれた。
咄嗟に何か言い返そうとしたエリウッド。
だが、何かを言う前にエリウッドの肩に手が置かれた。
ヘクトルの手だった。
振り返ると、苦々しげに眼を背けるヘクトルがいた。
止めたくはなかったけど、止めなきゃならない。
そんな気持ちが彼の手から伝わってくる。
その時、エリウッドは悟った。
こんな会話はもう終えた後なのだ。
きっと、色々と怒鳴って、喚いて、泣いた後なのだ。もう、納得した後なのだ。
エリウッドはその場にいれなかったことが、今の自分が何の力にもなれないことが、言い返すだけの言葉を持ち合わせていないことが、何よりも悔しかった。
そして、視線はリンディスへと向く。
彼女はハングの口から零れた涎を拭っているところだった。甲斐甲斐しく世話をするリンディス。その静かな笑みが泣き顔よりも心に刺さった。
「じゃが・・・願わくば・・・このまま何も知らずに・・・いてくれればと思っておったのだがの・・・」
エリウッドの憤りが胸の中を焦がす。
固めた握りこぶしが行き場を失う。
歯から血が滲むほどに悔しさを噛みしめた。
事実がなんだ。真実がなんだ。現実がなんなんだ。
ハングはここにいて、自分達は彼と共にいた。
それを否定することなど、誰にもできはしないはずじゃないか。
「・・・・くそっ!!」
後ろでヘクトルが悪態をつく。
視界の隅でリンディスの頬を光の筋が伝った
エリウッドは何かを言いかけた口を閉じて、息を飲み、大きく深呼吸をする。
そして、思ったことはただ一つ。
『こんな時、ハングならどうする?』
答えは簡単だった。
エリウッドの脳裏に不敵に微笑むハングの顔が浮かんできていた。
「アトス様・・・ネルガルを倒すには・・・どうすればいいんですか?」
ヘクトルが後ろで息を飲む音が聞こえた。
リンディスが思わず振り返った。
「・・・ニニアンがさらわれました。彼女を助けるには、力が足りません」
『思考を凝り固まらせて身体まで強張らせるのはお前の悪い癖だぞ。たまには身体から先に動かしてみろっての』
嘆くのも、思い悩むのも今は後だ。
膝をつくのも、蹲ってしまうことも今はできない。
『ハング・・・君がそう言ったんだ。だから僕は・・・動き続ける』
「僕は神将器を手にします」
そう言い切ったエリウッドにアトスは驚いたように目を見開き、そして懐かしむような顔になった。
「おぬしは・・・随分と・・・強くなったな」
アトスにそう言われ、エリウッドは笑顔を見せた。
それは、ハングが戦いの前によく見せていた不敵な笑み。
こんな戦い楽勝だと言わんばかりに、皆を鼓舞していたハングの笑顔。
それを見て、ヘクトルがハッとしたような顔をした。
リンディスが泣きながらクスリと笑った。
ハングの不敵な顔は優男風のエリウッドには随分と似合わぬものだった。
はい。いかがだったでしょうか。
あちこちに張っていた伏線をようやく回収しました。
ここまで来るのに本当に長かったですよ・・・
ひとまず、ブーストはここで終わりです。
次回の投稿は反動で少し空けさせてもらいますのでご容赦ください。