ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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挫けそうになった時、よく妹に連れられて公園に遊びに行った。

そこで名前も思い出せない男の子と、何度も何度も日が落ちるまで遊んだ。

今では顔もボヤけて思い出せない温かい記憶。

あれは一体誰だったんだろう。



#023 謎の声とファンレター

 闇の魔術の防衛術の授業が大成功を収めてから約一週間とちょっと。

 その期間のボクは、これからの授業スケジュールを組むことで手一杯だった。

 なんせ一教科とはいえ、一年生から七年生分の全てを網羅しなければならない。

 皆がのほほんと遊んでいる間、ボクは図書室や談話室で教科書と睨めっこだ。

 土日なんかはギルデロイにインプットした知識を教えなきゃならないので当然休み時間なんぞない。

 そんなボクの様子は傍から見ても異様だったらしく、友人達からは頭がどうにかなってしまったのか? という有難い質問を賜った。

 言い訳させて貰うと、大体の部分は闇祓いの訓練時代に授けられた知識で事足りたのだが、やはり魔法の専門学校なだけあって、そこまで掘り下げるのか? という箇所も多々あったりする。

 

「あ”ー頭が爆発しそうだよ……ったく君さ、学生時代に何やってたんだい? よく卒業出来たね」

 

 学生時代に習った事のほぼ全てを忘れていたギルデロイ・ロックハートはというと、ボクの気も知らないでニッコリと笑っている。

 

「暗記特化の短期決戦型だったんですよ。ほら……嫌な事は終わらせたら直ぐに忘れる感じのあれ」

 

「あーね。まぁそれを差し引いても、君の知識は忘却呪文を自分に掛けたんじゃないかって疑うレベルではあるけど」

 

「でも頭空っぽな分、飲み込みは早いから助かるでしょう?」

 

 自分で言うか。まぁその通りだけど。

 ボクにとって幸いだったのは、ギルデロイがゴイルやクラッブのようなアホンダラ野郎でなかったことだ。

 やはり小説家という知的な職業につくだけあって、ギルデロイの学習能力は低くはない。

 無論ハーマイオニーには劣るが、そこら辺の秀才並には集中力はあるし学習能力もある。

 恐らく本人の言う通り、学生時代はセオドールのような短期型暗記でテストを乗り切ってきたクチだろう。

 

「さて、と。今日までに一学期のスケジュールは大体組んだ。後は毎回の授業後の反省会だけで大丈夫だよね?」

 

「えぇ! お陰さまで授業もスムーズに進められそうです!」

 

 そうか。それは良かった。

 一先ず重要な課題はこれにて終了である。

 土日に開かれるミリセント主催のポーカー大会にも今日は出席出来そうだった。

 偉そうに椅子にふんぞり返るギルデロイの横にあったボトルを、ボクは無言で指さした。

 途端に彼はギョッと顔を顰める。

 

「え……飲むんですか?」

 

 それ以外に何がある。

 早く寄越せ、と手でジェスチャーすると、ギルデロイはため息を吐いてボトルを此方に投げ渡してくる。

 パシッと華麗にキャッチしたボクは、蓋をキュポッと開けて中身をぐびぐびと煽っていく。

 

「ぷはぁ……仕事終わりの”紅茶”は美味いねぇ」

 

「それは結構な事ですが。はぁ……でも良いんですかねぇ。学校でこんなもの呑んじゃって」

 

 少しの後ろめたさはあるのか、もう一つのボトルの蓋を開けながらギルデロイが珍しくマトモな事を言った。

 まぁ気にすることはない。

 現在、ボクらがいるのはギルデロイの教授室だ。

 そして、ここはただの教授室ではない。ボクが何重にも防音や盗聴防止の魔法を掛けている最強の密室である。

 ここで何が起きようが当事者以外の人間に知る術は無い。

 

「ギルデロイはこんな言葉を知ってるかな? ────バレなければ犯罪じゃない」

 

「まさに我々を体現したような言葉ですね」

 

「確かに!」

 

 ボトルを片手にギルデロイとボクは顔を見合わせて爆笑した。

 まったくもって末世だ。

 本当の悪党達はこうして何食わぬ顔で日々を過ごしている。

 もしボクが治安を司る人間なら、まず真っ先にボクらのような人間を逮捕しようとするだろう。

 

「しっかしこの部屋もまぁ……酷いね」

 

 壁を見れば、額入りされたギルデロイの写真。

 数え切れないほど飾ってあるそれらは、沢山の蝋燭に照らされて明るく輝いていた。

 クソ悪趣味である。

 

「ねぇ、自分の写真に囲まれて気持ち悪くないの?」

 

「何言ってるんですか。この世で一番イイ男に囲まれてるんですよ? 寧ろ高揚しますとも!」

 

 なるほど。ナルシストここに極まれりだ。

 どう生きたらそこまで自己愛が強くなるのだろうか。

 ボクはそんなに自分の事が好きじゃないから少し羨ましい。

 

「ボクだったら自分の写真よりも、もっと女性受けしそうな内装にするけどね。ほら、女子に大人気じゃんギルデロイはさ」

 

 ボクが冷やかし気味に言うと、ギルデロイは顔を顰めて首を横に振った。

 

「いや言っときますけどね。私、お子様には興味ありませんからね? そりゃあ世の中探せば幼い女生徒に手を出す卑劣漢も居るでしょうけれど」

 

 意外な反応だった。

 自己主張が激しく自惚れ屋の彼らしからぬ言動にボクは首を傾げる。

 

「君を慕って想いを募らせる女生徒が沢山いるんだよ? 前の授業の時なんて女子校に赴任した男性教諭みたいな感じになってたし。それでなくても君なら喜びのあまりに恋人の1人や2人作りそうなもんだと思ってたけれど」

 

「生徒に手を出したら捕まりますよ……まぁ確かに? 私も若い頃はそりゃあ派手に恋愛したものですよ。何せほら、顔が良いですから! ……でもね? 基本的に学生は収入がありません。金ばかりかかるんですよ。それに我儘だ。世界が自分中心に回っているって信じているタイプが多いんです」

 

「ほー。ギルデロイは包容力のある女性が良いんだ」

 

「うーん包容力ですか……それもありますけど、重要なのは会話の方ですかね。若い娘ってのは経験が浅いんです。2人きりの時の会話が絶望的につまらない。まぁ若い頃なんて誰しもそんなものでしょうが……というかそもそも授業中に、教室でぎゃあぎゃあ騒ぐようなお子様を前にして恋愛も糞もありませんよ」

 

 なるほど、中々に辛辣だがギルデロイの話も一理ある。

 人の本質は内面にある。

 若い頃の恋愛など外見や肩書きに左右される程度のものでしかないのだろう。

 

「それじゃあギルデロイはスプラウト先生やマクゴナガル先生みたいな女性が好みなんだ」

 

「いやいや発想が極端過ぎですよ。なんでよりによってその2人なんですか!? もうちょっとあるでしょう色々と」

 

「でもガキじゃないし年上ならではの包容力もあるよ?」

 

「片方は年上過ぎるし、もう片方は包容力というよりあれただの肉厚じゃないですか! そもそもあの人達、私が生徒の時から教授やってたんですよ!?」

 

 悲しいかな、ギルデロイには教師と教え子のシチュエーションはまだ早過ぎるようだった。

 まぁ一番悲しいのは、まったく知らない所でフラれた先生達なのだが。

 

「まぁそんな話は良いじゃないですか! 今日はこれから最高のイベントがあるんです!」

 

 ご機嫌良くニカッと白い歯を剥き出してギルデロイが笑った。

 唐突に告げられた不穏なワード。

 面倒事の予感がしたボクは若干眉を顰める。

 

「……イベント?」

 

「その通り! ほら! 8時まであと2分です! ぼちぼち来るんじゃありませんかね?」

 

 ギルデロイがそう言った時だった。

 コンコン……とノック音がした。

 

「おや、噂をすればだ! いたずら坊主のお出ましです。入りなさいハリー! さあ中へ!」

 

 ギルデロイの声に導かれ、そろーっと扉を開けて入ってきたのはポッターだった。

 何故か歯を食い縛った彼は、これから拷問でも受ける囚人のような酷い顔色をしている。

 

(なんでここにいるんだろ。ポッターってギルデロイのことは三頭犬並に嫌っていると思ってたんだけど)

 

 これまでに何度もギルデロイは説教と称してポッターに己の自慢話を聞かせており、その事に辟易とした彼からは何かと避けられていた筈だ。

 まさかいきなり心変わりしたという事もあるまい。

 一体何があったのだろうか。

 そんなボクの疑問に答えたのは、何故かポッターではなくギルデロイだった。

 

「車で”暴れ柳”に突っ込んだ件で彼は罰則を受けるんですよ。私のファンレターに返事を書くという光栄な罰を、ね」

 

 嬉しそうにギルデロイがウィンクをする。

 ポッターはといえば、ボクにだけ見えるようにオエッと吐く真似をしていた。

 

「ロックハートにきたファンレターに返事を書くなんて……最低だよ……」

 

 間違いない。

 ギルデロイのファンレターは、部屋の脇に積み上げられたダンボール箱の中にギッシリと詰まっている。

 これを捌くのは至難の業だろう。

 

「そういえばその件で罰則を受けるべき相方がいないね。ウィーズリーは何処に?」

 

「ロンはトロフィー・ルームでフィルチと2人きりで銀磨きだよ。おまけに魔法禁止だって」

 

 それもそれで悲惨だ。

 確かフィルチの部屋には銀杯が百個あった筈。

 ただでさえマグル式の磨き方は時間が掛かる。その上、退屈で体力も地味に消費する。

 きっと彼は一晩中銀杯を磨き続ける羽目になるだろう。

 

「メルムはなんでこんな所に?」

 

「ボクは授業でよく分からなかった所を聞きに来たんだよ。ロックハート先生は闇の魔術に対しての知識が深いらしいからね?」

 

 そう言ってボクがギルデロイをじっとりとした目で見ると、彼は気まずそうな顔をして頷くだけだった。

 まさかボクに次の授業のスケジュールを組んで貰っているなどとは口が裂けても言えないのだろう。露骨に話を逸らした。

 

「さ、さて! 無駄話はここでお終い! 何せファンレターは山ほどあるんです! 今日はハリー達に沢山働いて貰いますよ!」

 

「……は? なんて?」

 

 ボクの聞き間違いだろうか。

 今、このロクデナシはハリー”達”と言ってはいなかったか? 

 恐る恐るボクはギルデロイに聞き返す。

 

「すみません。まさかとは思いますけど、そのファンレターを書く人間の中にボクは入ってませんよね?」

 

「……ん?」

 

 不思議そうな顔をしてギルデロイが首を傾げる。

 まさかこの男、他の生徒の前ではボクが強く出られない事を利用して……。

 即座にギルデロイの企みを看破したボクは、慌てて荷物を纏めて逃げようとする。

 だがドアの前に立ちはだかり、その逃走経路を物理的に塞ぐ者がいた。

 

 ────何を隠そう、罰則を受けるハリー・ポッターその人である

 

 無言で此方を見つめる彼の顔は悪辣な笑みで歪んでおり、理不尽に指名された哀れな生贄を絶対に逃さないと言っている。

 

「ポッター……そこを退いてくれないかな」

 

「ん? どうして? だって先生に指名されたんだよ? まさか断るなんて言わないよね?」

 

 何を言っているのやら。

 こんなのは理不尽の極みだ。

 例えボクが強引にこの場から逃げ出しても、後で言い訳は幾らでも立つ。

 ボクがそう内心鼻で笑っていると、ポッターが口をパクパクさせ『ハーマイオニー』と伝えてきた。

 唐突に落とされた爆弾に一気に背筋が凍る。

 

(お前! それは卑怯だろうがッ!!)

 

 この二週間ちょっとでハーマイオニーはギルデロイのガチ信者になっていた。

 授業は完璧、知識は豊富、顔はイケメン、経歴は英雄。

 ボクのお陰で”理想のロックハート先生”を壊される事がなかった彼女は、茹で蛸みたいに顔を真っ赤にして彼に熱を上げている。

 ボクとギルデロイが夜中に二人っきりで話し合っていたなどと知れば、向こう一週間はジェラシーに塗れたダル絡みをしてくるのは間違いない。

 完全に逃げ道を塞がれたボクは怒りを噛み締めて苦笑いした。

 

「はははポッター、初めて知ったよ。君の性格がスリザリンにも向いているなんて」

 

「ははは、何を言ってるのか分からないなあ?」

 

 事実上の敗北宣言。

 苦し紛れに言った精一杯の皮肉も、自分以外の生贄をゲットしたポッターには効かなかった。

 

(ぢぐじょぅ……)

 

 ごめんミリセント。今日のポーカーはお預けだ。

 ガックリと崩れ落ちるボクを前にして、二人の鬼畜は溢れんばかりの笑みを讃えている。

 

 神よ、どうかこのロクデナシ二匹に天罰を。

 

 

 

 

 ──────……

 

 

 

 

 蝋燭が燃えて、炎がだんだん低くなり、ボクを見つめているギルデロイの憎たらしい写真の顔の上で光が踊る。

 もう返事を書いた封筒の数は覚えていない。

 百を超えた辺りで数えることが馬鹿らしくなったのだ。

 ポッターと近況の話をして気を紛らわしてなかったら、とっくのとうに狂っていただろう。

 

「はぁ……なんでボクはこんなことやらされてんだろ」

 

 今頃、ボクはミリセント達と久々にポーカーでもやって騒いでいる筈だった。

 今日は休日というのもあってカモが揃い踏みだから稼ぎ時だと聞いて予定も早めていた。

 なのに現実のボクは、目の前に積み重なる手紙の山を隣に座るポッターと一緒になって処理している。

 

「ファンへのメッセージくらい自分で書いたらどうですか?」

 

「無理ですよ。1日で百通以上来るんです」

 

 ボクの小言ににべもなく言い放つギルデロイ。

 ひたすら書面と向き合っていたポッターが顔を上げて言う。

 

「それじゃこれまではどうしてたんですか?」

 

「ファンレターを貯めて、1週間事に小人達に処理させてましたね……おっとそんな顔をしない! 誠意がないわけじゃないんだハリー。ただ私はこれでも忙しいのだよ。ファンレターの返信、記者への対応、次回作の構想を練る為の現地へ旅行。そうなるとどうしても効率的に動かないといけないんです」

 

 確かに過去のギルデロイは、ボクと旅をしていた時も慌ただしく色々な事をハイピッチで進めていた。

 今回の件も、少ない日数で闇の防衛術の知識を詰め込めというボクの無茶な要望に文句なくついてきていた。

 小説を書く為の詐欺紛いな手口といい、抜けている所はあるもののギルデロイは割と効率重視なのかもしれない。

 そんな事を考えていたボクに、ポッターが手紙を書きながら話しかけてくる。

 

「そういえばさ。マルフォイがスリザリンのシーカーになったんだ。チーム全員の箒を”ニンバス2001”にする代わりにね。どう思う?」

 

「へぇーその話は初耳だね。まぁ選択肢の1つとしてはありっちゃありかな。我が寮のモットーは”勝つ為なら手段を選ぶな”だし。でもマルフォイをチームの心臓であるシーカーに選ぶのはナンセンスだと思うね」

 

 今年はまた随分な博打に出たものだ。

 全員の箒を最新型の”ニンバス2001”にする代わりとはいえ、新人(マルフォイ)をシーカーに据えるとは。

 いくらなんでもデメリットの方が大きい気がする。

 まぁボク自身、クィディッチに興味は無いし負けようが負けまいがどうでもいいのだが。

 

「あ、でもその話が本当ならマルフォイの奴、また自分の箒に面白い名前をつけるかもしれないなぁ」

 

「面白い名前? 何それ」

 

 ポッターの不思議そうな顔に、逆にボクは首を傾げた。

 この話は結構有名なので誰でも知ってる筈なのだが。

 あ、でも内容的にスリザリン生の身内ネタかもれしない。

 ボクは事の顛末を一から彼に説明する事にした。

 

「1年の頃にある事件が起きてね。その発端がマルフォイだったんだ。いや正確にはマルフォイが箒につけた名前かな? ……奴は自分の箒に名前をつける癖があるのさ」

 

「そうなんだ。でもそれって別に珍しい話でもないよ。ウッドとかもそうしてるし」

 

 箒に愛着が湧いて、ペットのように名前をつける魔法使いはそれなりにいる。

 それはボクも理解しているし偏見はない。

 問題なのはマルフォイのネーミングセンスだった。

 

「そうだね。箒に普通の名前をつけるだけなら問題はない……普通の名前ならね。あいつ、前使っていた箒にどんな名前をつけたか知ってるかい?」

 

 いいや、と首を横に振るポッター。

 可哀想に。知ればこれだけ面白い話もないだろう。

 

「”ナルシッサ”だよ。あいつ自分の母親の名前を箒につけたんだ」

 

「うぇ〜! 本当かい? それ」

 

 ポッターが顔を引き攣らせて苦笑いしている。

 そりゃそうだ。幾らなんでもマザコン過ぎる。

 

「困ったのはここからでね。なんと由来を知らなかったセオドールが爆笑しちゃったのさ。安っぽい名前だって言ってね。それで殴る蹴るの大喧嘩」

 

「うわ……そりゃあ災難だ」

 

「本当にね。まぁ見てる分には面白かったけど」

 

 知らなかったとはいえ、母親の名前を安っぽいと笑われたマルフォイは今までになく激怒した。

 クラッブやゴイルも珍しく怒って、三人に囲まれたセオドールはボコボコにされていた。

 その時ボクは何してたかって? 

 少し離れたところでミリセントと一緒に爆笑してたとも。

 

「そういえばさ。錯乱したウィーズリーが自分にナメクジの呪いをかけたって本当?」

 

「いや、錯乱の呪いをかけられたわけじゃないよ……マルフォイが酷い悪口をハーマイオニーに言ってね。それで怒ったロンがマルフォイにナメクジの呪いをかけようとしたんだけど逆噴射しちゃったんだ」

 

 さもありなん。

 あんな折れた棒切れで呪いをかけようとすればそうなるのは当然だ。

 ウィーズリーは、マルフォイに呪いをかける前に新しい杖を買うべきだったのだ。

 そうすれば胃がもたれるほどナメクジを吐かなくても済んだかもしれないのに。

 しかし、そこまでウィーズリーを怒らせる発言というのも地味に気になる。

 

「ちなみにマルフォイの奴はハーマイオニーにどんな悪口を?」

 

「”穢れた血”って言ったんだ。僕もハーマイオニーもマグル暮らしが長かったもんで、どれだけ酷い言葉なのかあんまりピンと来なかったけど。ロンや周りの人達が凄い怒っちゃってね」

 

「ははっそりゃあそうさ。またヤバい事を言ったもんだね」

 

 ────”穢れた血”。

 

 それはマグル生まれの者を差別する侮蔑の言葉だ。

 両親共に魔法使いじゃない者を指す最低の汚らわしい罵倒。

 自分の低能さを棚上げした”純血”しか価値がない魔法使いは、大体その手の言葉を吐く。

 まったく……そんな馬鹿だから爺様やヴォルデモートに良いように使われるのが分からないのだろうか?

 

「ポッター、覚えておくといいよ。魔法使いの中には”純血”を尊ぶ連中が一定数いるんだ。マルフォイのように純血の自分達が誰よりも偉い、なんて思い上がっている連中が昔からいる」

 

「ハグリッドから聞いたけど、酷い話だよね」

 

「うん。魔法族が絶滅しないように、マグルと結婚して血を絶やさなかった昔の人達の努力を無下にしていると思うよ。卑しい血なんて表現は歴史を知らない馬鹿の戯言だ」

 

 他にも、純血の魔法族でありながらマグルやマグル生まれを擁護または支持する者を指す”血を裏切る者”なんて蔑称もあったか。

 まったくよく考えるものだ。

 昔の魔法使いはよっぽど暇だったに違いない。

 ボクが内心そう呆れていると、ボトルを空にしたギルデロイが徐に立ち上がった。

 

「メルムの言う通りです。小金を持った馬鹿な差別主義者(レイシスト)の戯言ですよ。差別に屈せず魔法族と繋がってくれる彼らがいたからこそ、今日の魔法界は成り立っているんです」

 

 酒も入ってなのか、珍しくギルデロイの顔が笑い以外で歪んでいる。

 彼は手にしていたボトルを乱暴に、小綺麗なゴミ箱に投げつけた。

 

「人に悪意を持たれるのは嫌な感覚だ。彼らはそれを無自覚に他人にやっている。良いですか2人とも? 我々魔法族は自由なんです。ホグワーツ魔法魔術学校、その一角を収めるゴドリック・グリフィンドールが千年も前にそう決めました。魔法は我々の象徴であり! それを使う限りすべからく皆同胞なのだと! 羽ばたく翼を広げる権利はマグル生まれ関係なく全魔法族にあると!」

 

 おぉ。ギルデロイがマトモな事を言っている。

 彼は酒が入るとロマンチックな事を言っちゃう派なのだ。

 とはいえ、このままだと危険だ。

 酔いに任せていらないことまで口にする可能性がある。

 ボクは興奮してカッカッしてるギルデロイの酔いを冷まさせるべく、ある質問をする事にした。

 

「そういえばロックハート先生って奥さんがいらっしゃるんですか?」

 

「ハハハ! 何を言うのかねメルム! 私は独身だよ! 無論、私を独占したいと思う女性は星の数いるんだろうがね! しかし、私はこの世全ての女性を平等に愛さなければならない! 有名人というのも辛いものだよ! ハハハハハハ!!!」

 

「へーそうなんですか。じゃあこれは?」

 

 ボクはニヤニヤ笑いながら、手元にある一枚のファンレターを彼らに見えるように広げる。

 

 

 ”愛しの白馬の王子様へ”

 

 ホグワーツでの生活にご不便はありませんか? 

 勘違いした女学生にコナ掛けられてないか妻として私は心配です。

 私なら貴方を苦しめる者から解き放ってあげられるのにと、この本を読む度に胸が締めつけられます。杖から死の呪文が飛び出そうなくらいです……

 王子様はホグワーツへ行ってしまったけれど、安心してちょうだい♡いつでもどこにいようと何をしてようと貴方のこと見てるから♡

 最新作の『私はマジックだ』感動したわ! いつか迎えに来てくれるって信じてる♡♡

 

 ”貴方への恋に囚われたファン より、愛を込めて”

 

 

「うわぁ……熱烈なファンレターだね。良い具合に頭の中が茹だってるや」

 

 ストーカー染みた手紙の内容にポッターがドン引きする。

 次いで彼は、ゴソゴソと己の机の上に並ぶファンレターを漁り出した。

 

「そういえば僕もさっきそんなの見かけたんだよね。えぇと……あった。これだよこれ!」

 

 

 ”ギルデロイ・ロックハート、わたしを忘れないで。

 わたしは、あなたなしでは生きられない”

 

 

 血文字で書き殴られたファンレター。その宛先は不明だった。

 代わりにリスカ直後の腕を写した写真同封されている。

 魔法で傷口から血がドクドクと流れている様は、見ていて気分が悪くなった。

 

「こ、困りましたね! 一応、感想文な筈なのですが……殆ど本の内容について触れられてないファンレターばっかりです! まったくけしからん!」

 

 引き攣った笑みを浮かべたギルデロイが、手紙をパッと取り上げてゴミ箱に放り込む。

 流石に生徒の教育に良くないと気づいたのだろう。

 生徒の扱いには口煩いマクゴナガル先生が、ボク達にこんな手紙の返信をさせていたなどと知ったら大変である。

 そして証拠隠滅に必死な彼には悪いが、こんなものはまだまだある。

 手紙の山からまた一枚取り出したボクは、次弾を投下した。

 

 

 ”私に気づいてくださらない貴方様へ”

 

 貴方を先日のサイン会でお見かけしました。

 あの日、貴方は私に声をかけてくれると信じていましたが、気がついていただけなかった。

 やはり私は、貴方に気がついて頂けるような価値はない女なのでしょうか? 

 太っているから? それとも子持ちだから? 

 いいえ。関係ありませんわ! それでも私はetc……

 

 だからこの手紙はイニシャルで出します。

 

 この手紙を読んで、私からだと気がついて頂きたいのです! 

 あの場所に私がいたことを、あなたにだけは気がついて欲しいのです! 

 

 ”檻の中のM・W”

 

 

「M・Wって……まさか……」

 

 名前と内容に思い当たる節でもあったのか、ポッターが顔を若干青ざめさせる。

 もし、この手紙の差し出し人が知り合いだったのならばご愁傷様である。

 

(さて、休憩はもう良いかな。こんなもんさっさと終わらせてやる。ったく早くベッドでぐっすり寝たいよ)

 

 複雑そうな顔をしたポッターの肩にポンと手を置いたボクは、退屈なファンレターへのお返事を書く作業に戻る事にした。

 

「.....」

 

「......」

 

 暫くは静かな時間が過ぎた。

 

 少なくとも、目の前の仕事を捌くことに全力を出したボクにとってはそうだった。

 ポッターのあー! とか、う〜! とかの悲痛な呻きは無視。

 ギルデロイがポッターに語る嘘か本当か分からない自慢話は耳を素通りした。

 

(......よし、これは終わった......お次はグラディス・ガージョンか....)

 

 もう帰りたい、ギルデロイ殺す、そろそろ時間になりますように......そんな心の悲鳴と共に、右から左へとファンレターを捌いていくこと一時間と少し。

 

「うわぁぁッッ!! 何だってッッ!!!」

 

 唐突にポッターが大きな叫び声を上げた。

 

「......あッ! ヤバッ......!」

 

 最悪なタイミングだった。

 その時、ちょうどボクはインク瓶に羽ペンを浸していたのだ。

 ビクッと驚いたボクの手元が狂い、大量のインクが机に撒き散らされる。

 

「驚きましたか!? この本はなんと六か月連続ベストセラー入り新記録で......あがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!! 何やってるんですかメルムぅぅぅッッッ!!!!」

 

 したり顔で自慢話をしていたギルデロイが、顔を真っ赤にして絶叫する。

 申し訳ないとは思う。思うが、今のボクのせいか? 

 言い訳ではないが、凄まじい声だったのだ。

 間違っても耳元で出す声量ではない。

 

「あぁぁぁ......手紙が......私のファンレター達が....」

 

 ボクの机の惨状を見たギルデロイが崩れ落ちるように膝をつく。

 どうせファンの感想なんて見ないのだし、そこまで落ち込まなくてもいいじゃないか。

 なんか罪悪感湧くだろうが。

 

「先生! そんなことはどうでも良いんです!」

 

「え、そんなことって......ハリー? 元はと言えば君が....」

 

 これまたバッサリと切り捨てたものだ。

 あまりにも無責任かつ容赦の無い言葉に、ギルデロイは唖然としてポッターを見る。

 非難の視線を浴びる彼といえば、いまだに我を忘れて何事かを叫んでいた。

 

「今の声です! あの声です! 聞こえなかったんですか!?」

 

「えっ? どの声?」

 

「あれです! 今の声! ほらッ!! また言った!! 聞こえないんですか?! こんなに響いているのにッ!!」

 

 響いているのはお前の声だ、馬鹿野郎が。

 そんな心の声を押し隠しながら、ボクとギルデロイはこっそり顔を見合わせて小声で話始める。

 

(君のせいだぞギルデロイ。あんな変なファンレターの返事をこんなに長く書かせ続けるもんだから......どうするんだよ、ポッターが狂っちゃったじゃないか!)

 

(何を馬鹿な。ただの感想への返事ですよ? あれしきで狂われたらどうしようもありませんよ!)

 

(そんなの知るか! 折角書いた返事は軒並み今のでおじゃんだし......時間返せよ!)

 

(私に言わないで彼に言えば良いでしょうが! ......まぁ伝わるかどうかは分かりませんが....)

 

 確かにその通りだ。

 ポッターはボク達の事なんか忘れてしまったかのように、真剣な顔をして壁に耳をくっつけている。

 あの様子では話なんか通じないだろう。

 

(クソッたれ! あぁ......もう分かった! その事は良いよ。今はとっととポッターを言いくるめて医務室に運ぶのが先だ)

 

(嫌ですよ! そもそもマダム・ポンフリーになんて説明するんですか? ファンレターの返事を書く罰則を与えたら狂っちゃいました! とでも!?)

 

(だったらどうするんだよ!)

 

 取り出したハンカチで額の汗を拭ったギルデロイがニヤリと笑う。

 

(......私に良い考えがあります。とっととハリーにはここから出てって貰って、帰りの最中におかしくなったことにしましょう! 私達が一緒にいた時は普通だったって事にしましょう! そうしましょう!)

 

(ふむ......それしかないか。分かった。狂人の相手は任せるよ、詐欺師なんだから上手く言いくるめてね?)

 

(お任せあれ!)

 

 作戦会議終了。

 ギルデロイがいつものような暑苦しいニッコリ笑顔ではなく、人当たりの良い爽やかな笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「ははは、ハリー! 君、ちょっと疲れてるのかな? 少しとろとろしてきたんじゃないのかい? そろそろ休憩でも挟もうか? どうだね?」

 

「先生! でも声が!」

 

「声か....声は大変だ。分かります、分かりますよぉ......おやまぁ! こんな時間だぁ! 4時間近くここにいたのかぁ! 信じられませんねぇ? まるで矢のように時間が経ちましたよぉ!」

 

 壁に張りついて何かに耳を澄ますポッター。

 その腕をギルデロイはグイグイと引っ張って、半ば強引にドアの向こうへと追いやった。

 

「処罰を受ける時、いつもこんないい目に会うと期待してはいけないよ? それじゃお休みハリー。マクゴナガル先生によろしくどうぞ」

 

 ぼうっとしたポッターが部屋を出て行く。

 ギルデロイはその後ろ姿をにこやかに見送ると、ドアをバタンと静かに閉め、途端にダッシュでこっちに戻ってくる。

 狂人を相手にした緊張でか、彼の手は重い荷物を持った時のようにブルブル震えていた。

 よし、とボクは頷く。

 

「それでこそボクの仲間たるクソヤローだ」

 

 これで一安心だ。漸く一息つける。

 急に疲れが出てきたボクは、どっかり椅子に腰を下ろし机に肘をついた。

 

 ────ベチャッ......

 

 そして、ボクの白シャツの袖にライラック色のシミがついた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 それは、古くから人によって”毒蛇の王”といわれていた。

 鮮やかな緑色の鱗を持ち、目視する者を即死させる瞳は黄色い。

 また獣は異常に強力な毒牙を持ち、そして狡賢な知恵を持っている。

 

 ────役目が来た......

 

 その獣は、常には住処に入り込んだ溝鼠などの獲物を狩っており、数年に一度だけ”禁じられた森”の奥深くに這い出ては狩りをする生活をこれまで繰り返してきた。

 威嚇してくる獰猛な獲物をせせら笑っては噛みちぎり、逃げゆく獲物の裏をかいて退路を塞ぎ引き裂いた。

 

 ────来るんだ......俺様の所へ......

 

 そんな森の王者は、久方ぶりに高揚していた。

 役目だ。役目が与えられたのだ。

 それがなければ、日常は形成されない。狩りの日々は疲労はないが退屈であった。

 そうだ。怪物は退屈していた。飽き飽きとしていたのだ。

 己は知性ある獣なのだ。同じ事を繰り返すだけの日々など耐えられはしない。

 

 ────血を寄越せ……血を......”後継者”に捧げる......”穢れた血”を......

 

 事が起こる。事が動く。

 獣は、分厚い緑の鱗に覆われた身体の奥深くから、震えが込み上がってくるのを感じていた。

 ほくそ笑む気分で牙を剥き、口角を吊り上げた......そう、獣は笑う事が出来た。

 

 ────開いたのだ......主の部屋が......

 

 霧を仰ぎ、それは呟いた。

 

 ────秘密の部屋は、開かれた! 

 

 

 獄は破られた。

 獣の中に封じられていた人を襲う”怪物”としての本能が目を覚ます。

 




更新と感想への返信、非常に遅れて申し訳ありません!

引越しやら新しい仕事への慣れやら色々ありまして......そして新しい仕事が、なんとYouTubeでの編集とカメラになりました。
この前のテレビの”笑ってこらえて”で紹介されました!

”ghost20”というチャンネル名でやっているので、良かったら登録&視聴の程、どうかよろしくお願いします泣
↓↓↓

https://m.youtube.com/channel/UClilXXst-6VQlmTC5HUFMeA

あ、あとこれからは通常の更新頻度に戻すので今後ともよろしくお願いします!

それとまた嗜好品様に挿絵を描いていただきました!!
載せるの遅れて申し訳ありません泣


【挿絵表示】



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