銀の髪と金の髪の綺麗な女の子達は姉妹だと言っていた。
金の髪の子は、穏やかで何処かぼんやりとした顔をしていた。
銀の髪の子は、いつも何かに怒っているような悲しい顔をしていた。
今頃、彼女達はどうしているのだろうか?今でも時々ふと考える。
「「あ、もう時間ですね! 名残惜しいですけど、これで失礼します! またお話しましょうねー!!」」
割と時間にはしっかりしているらしい。
授業の始まりを示すベルが鳴るまで十五分もあるというのに、カロー姉妹はトテトテとボクらの前から去っていった。
「嵐みたいな後輩達だったね」
「悪いヤツらではないんだけどなぁ……ちょっとアホ過ぎる。同じアホでもクラッブやゴイルとはまた違ったタイプなんだ」
悲しそうにセオドールが肩を竦めた。
ボクらとはまったく違う方を見ていたミリセントが笑いながら小声で話しかけてくる。
「後輩で苦労しているのは私達だけじゃないみたいさね。彼処をご覧よ」
ミリセントの指した方向を見ると、そこには困った顔をしたポッター達三人トリオがいた。
彼らが困っている理由は簡単に分かった。
「僕、あなたに会った事を証明したいんですッ!!」
それはマグルのカメラを構えた薄茶色の髪をした小さな少年だった。
昨日、組み分けでグリフィンドールに選ばれた一年生。
名前は確かコリン・クリービーだったか。
「僕、あなたのことは何でも知ってます! 皆に聞きました! ”例のあの人”があなたを殺そうとしたのに生き残ったって! その時の戦いの傷跡が稲妻の形をとって今でもあなたの額にあるって!」
クリービーは興奮に震えながら大きく息を吸い込むと、一気に言葉を続ける。
「同じ部屋の友達が、写真をちゃんとした薬で現像したら写真が動くって教えてくれたんです! あなたの友達に撮って貰えるなら、僕があなたと並んで立ってもいいですか? そしたら……そしたら……その写真にサインをしてくださいッ! お願いしますッ!!」
なんとも熱烈なポッターファンだ。サインを頼まれた当の本人はかなり嫌そうな顔をしているが。
魔法族の英雄というのも大変である。
しかもそれだけでポッターの不幸は終わらない。
いつの間にか、デカくて凶暴そうなクラップとゴイルを両脇に従えたマルフォイが、クリービーのすぐ後ろまで迫っていた。
「サイン入り写真だって? ポッター、君は自分のサイン入りの写真を配っているのかい?」
マルフォイの痛烈な声が中庭に大きく響き渡る。
彼は周りに群がっていた生徒たちに大声で呼びかけた。
「みんな並べよ! ハリー・ポッターがサイン写真を配るそうだ!」
近くにいたスリザリンの五年生の一団が声を上げて笑う。
怒って拳を握り締めるポッター。
しかし悲しいかな。彼はもう問題を起こせない。
その原因は何を隠そう”空飛ぶフォード・アングリア騒動”だ。
ポッターが次に何かをやらかせば、ダンブルドアから三行半を突きつけられる。
それを知ってか知らずか、マルフォイはまるで鼠を嬲る猫のような顔をして挑発を続けた。
「君のサイン入り写真を欲しがっている奴はもう1人いるんじゃないか? ウィーズリー! ポッターのサイン入り写真はきっと高いぞ! 売れば君の家一軒分よりも価値があるかもしれないなぁ?」
「黙れよマルフォイ!」
怒ったウィーズリーがセロハンテープだらけの杖をサッと取り出す。
まさに臨戦態勢といった様子だ。
しかしまぁ、ボロボロの杖を抜かれた所でどうという事は無い。
ただただ滑稽なだけだ。
彼の杖がもっとしっかりした状態なら少しは格好もついただろうに。
「くっだらな」
騒いでいる彼らにギルデロイが近づいていくのが見える。
新たな騒動の予感。
そういえば話したい事があるなら昼休みにでも話せと焚きつけたのはボクだったか。
(ちゃんと覚えてたってわけだ。ポッターも人気者で大変だね)
時計を見ると授業開始まで十分を切っている。
まったく昼休みだというのにロクに休めなかったな。
そうため息を吐いたボクは、騒いでいるポッター達を興味深げに眺めているミリセントとセオドールの肩を引いて、その場を後にした。
──────……
「いやー遅れてどうもすみませんね! ハリー君と大事な話をしていましてね!」
ポッターを捕まえてさぞや色んな話をしたのだろう。
彼を連れたギルデロイが現れたのは、教室にポッター以外の全員が到着してから十分も経った後だった。
ギルデロイに解放されたポッターがよろよろと一番後ろの席まで行く。
あの様子を見るに彼の昼休みは散々だったようだ。可哀想に。
「皆さん静粛に!」
初回の授業に遅刻してきたアホが大きく咳払いをし、それまで騒いでいた生徒達がシンと静かになる。
「よろしい」
偉そうに頷いたギルデロイは、ネビルの持っていた”トロールとのとろい旅”を取り上げ、ウインクしている自分自身の写真のついた表彰を高々と掲げる。
「私です」
ギルデロイが写真とまったく同じのにっかり笑顔を浮かべた。
「ギルデロイ・ロックハート。勲3等マーリン勲章、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、そして”週刊魔女”5回連続のチャーミングスマイル賞を受賞……もっとも私はそんな話をするつもりではありませんよ? バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」
何とも長い自己紹介だ。おまけにスベっている。
良心のある少数の女子が笑ってこそいるものの、他の大多数の生徒はつまらなそうな顔を隠そうともしていない。
己の渾身のギャグがイマイチな反応だったギルデロイは不満顔をしながら話を続けた。
「全員が私の本を全巻揃えたようだね? 大変よろしい。今日は最初にちょっとミニテストをやろうと思います……あぁ心配はいりませんよ! 君達がどのくらい私の本を読んでいるか、どのくらい覚えているかをチェックするだけですからね」
配られるテストペーパー。
一体これはなんなのだろうか。事前に打ち合わせした時にはこんなものを出すという報告は無かった筈だが。
(抜き打ちテスト? このボクに? 良い度胸じゃん)
どんな闇の魔術の問題だろうが、ギルデロイの思いつく範囲内の問題なら満点を取る自信がある。
だって知識を補充してるのボクだから。
「さぁてどんな問題が……ッ!?」
三ページにも及ぶ裏表に続くテスト。
その問題の内容に目を通したボクは息を呑んだ。
1:ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
2:ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?
3:現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、あなたは何が一番偉大だと思うか?
コイツやりやがった、とボクは思わず舌打ちをする。
恐らくテストを作ろうと思いついたは良いものの、質問らしい質問を何にも思いつかなかったのだろう。
なんとギルデロイは自伝の中から抜粋してテスト問題を作成したのだ。
確かにギルデロイの小説はその全てが教科書としてリストに登録されている。
教師としてのプライドや体面を度外視するならば、このテストは何ら問題ない。
(だとしてもやり過ぎだよ……これじゃあ私は馬鹿で無能で見栄っ張りの目立ちたがり屋ですって自白しているようなもんじゃん)
周りを見回せば、グリフィンドール生もスリザリン生も皆して怪訝な顔をしていた。
こいつ本当に大丈夫か? という疑問が透けて見えるようだ。
憤りも露にボクは最後の質問を睨みつける。
54:ギルデロイ・ロックハートの誕生日はいつで、理想的な贈り物は何?
知るかそんなもん。
残念な事に人の誕生日に興味がないボクは、両親の誕生日すら覚えていなかった。
「……はい、それまでです!」
大体の生徒達が数分で解き終わり眠りにつく中、ギルデロイの偉そうな声がすっかり静かになった教室内に虚しく響く。
ちなみにテスト時間は脅威の三十分だった。そんなに書くことないだろうに、まったく実に阿呆らしい。
答案を回収したギルデロイが、クラス全員の前でこれみよがしにパラパラと捲る。
「チッチッチ! 私の好きな色がライラック色だということを殆ど誰も覚えていないようだね……ミスター・ゴイル、君の回答では私は生まれてまだ4年しか経っていない事になりますよ? ミスター・クラッブも負けず劣らず酷い回答です。私の好きな昆虫はフンコロガシではありません……ミスター・ノット、私は誕生日に奴隷娼婦を貰っても反応に困ります。それとミスター・フィネガン! 君は私の本の何を見ていたのですか!? 私の好きな話が自慢話などとは! 失敬にも程がありますッ!!」
シェーマス君、大正解。
グリフィンドールの席から笑い声が上がる。
ギルデロイといえば、空欄を取り敢えず埋めました的な解答用紙に悲痛な声を上げ続けている。
それにしても面白い。答案内容からクラスメイト達の個性豊かな感性が伝わってくる。
(後で皆の解答用紙見せてもーらおっと)
絶対爆笑間違いなしだ。
夜に行われる憂鬱な授業の打ち合わせも、これで少しは楽しみになってくるというものである。
「ミス・グリンデルバルド」
読み上げられ続ける珍回答に、ボクが肩を震わせながらロリポップを咥えたその時。
じろり、と睨みつけながらギルデロイがボクの名前を呼んだ。
「何でしょうか? ロックハート先生」
「答案用紙が真っ白なんですが。これはどういう事ですかね?」
どういう事ですかね? か。面白い質問だ。
咥えたばかりのロリポップをゴリゴリッと噛み砕きながらボクはにんまりと笑った。
「不勉強で申し訳ありません。奇想天外なテスト内容に持ち合わせる答えが無かったんです」
「……だとしても先生の年齢くらい覚えておいて欲しかったです」
言外に秘めたボクの怒りを感じたのだろう。
ブルリと肩を震わせたギルデロイは、それ以上追求してこなかった。
(まったく、こっちの言うことを聞いてりゃ悪いようにはしないって言ってんのにさ。すーぐ調子乗るんだから)
再び解答を読み上げ始めるギルデロイに呆れ果てながらボクはため息を吐く。
まったくもって下らない時間だ。ボク以外の大半の生徒も同じ事を思っているだろう。
その証拠にポッターやウィーズリーが貧乏揺すりをしている。
だが、ギルデロイ信者にとってはそうでもないらしい。
彼女達は目を輝かせながら自分の答案が読み上げられるのを今か今かと待っている。
「ハーマイオニー・グレンジャーは素晴らしいですね! まさか私の密かな大望を知っているとは! そうです! この世界から悪を追い払いロックハートブランドの整髪剤を売り出すこと。その通りです! よくできました!」
馬鹿じゃないのか。
世界から悪を追い払うのは良いとしても、ロックハートブランドの整髪剤を必要とする奴など世界広しといえどスネイプ先生くらいしかいないだろう。
だというのに、ハーマイオニーはギルデロイの言葉にうっとりと聞き入っている。
ギルデロイが壇上で両腕を広げた。
「それに唯一の満点です! ミス・ハーマイオニー・グレンジャーはどこにいますか?」
「ここにおります!」
驚きで裏返った声と裏腹に震えながら挙げられる手。
それをガシッと力強く両手で包み込んだギルデロイは、その瞳を嬉し涙で濡らしながら劇的に叫ぶ。
「ミス・グレンジャー! 貴女は聡明叡智な魔女です! 貴女こそ文学の何たるかを解し、これからの魔法界を担っていく才女である事を私は確信しています!! このような……このような歓喜の瞬間がありましょうかッ! 私は……私は……感動と感涙の中、たとえる言葉を見つけることが出来ないッッ!!! グリフィンドールに10点ッッッ!!!!」
「感無量でありますッ! ロックハート先生ッッ!!」
まるで映画のワンシーンだ。
安い狂気に侵食された空間を前に、ボクは欠伸を噛み殺す。
彼は詐欺師兼小説家よりも新興宗教の教祖様の方が向いてるんじゃないだろうか。
少なくともホグワーツの教師よりもずっと向いているように思える。
「先生ぇ、答案の読み上げはもう良いんでそろそろ授業始めて貰えますかねぇ? 僕らも暇じゃないんで」
普段の二倍は意地悪な口調でそう言ったのはドラコ・マルフォイだった。
どうやら穢れた血である彼女がちやほやされる事にお冠らしい。
動機はどうあれ、その意見にはボクも賛成である。
「おっほん! ……そうですね。それでは始めましょうか。世にも恐ろしく奇妙な怪物、そして身を震わせるような闇の魔術から君達を守る栄誉ある講義を!」
芝居がかった口調でそう告げたギルデロイは、机の後ろに屈み込むと覆いのかかった大きなガラスケースを持ち上げ、机の上に置いた。
「さあ、気をつけて! 魔法界の中で最も忌み嫌われる生き物と戦う術を授けるのが私の役目なのです! この教室で君達はこれまでにない恐ろしい存在を目の当たりにすることになるでしょう! 私から言える事は1つ……心を落ち着け、目の前にある恐怖と対話をするのです!!」
一々仰々しい話し方をする奴だ。
その中身は
しかし効果は抜群だ。
ポッター達は貧乏揺すりを止め、眠りの海に沈んでいた生徒達もその瞼をしっかりと開けている。
「さぁ、迷える仔羊達よ! 檻の中に封じられた恐怖をご覧あれ!!」
パッと取り払われる覆い。
ガラスケースの中にあったのは、曇天を押し込めて固めたような黒い霧の塊だった。
魔法の泡で包み込まれたソレは、赤い核を持ち黒い靄をドロドロと放出し続けている。
まさかこんなガチモンが出てくると思っていなかった生徒達が小さく悲鳴を上げた。
「先生……それは何ですか?」
居眠りを誤魔化す為に積み上げた本の山。
その脇から顔を覗かせたセオドールが恐る恐るギルデロイに質問をする。
ギルデロイがニヤリと怪しく微笑んだ。
「さて、何だと思いますか?」
「いや分かんないから聞いてるんだけど……」
質問に質問で返されたセオドールが不服そうな顔をする。
他の生徒達もガラスケースの中のモノの正体に思い当たる節はないのか首を捻るばかりだ。
まぁそれもそうだろう。
まだ魔法使いがマグルから迫害を受けていたような大昔ならいざ知らず、魔法界とマグル界が分離されている今の時代にこれを目にする機会はまずないといっていい。
ボクのコレクションの中でもかなりのレア物だ。誕生日にスキャマンダーさんに泣いて縋ったのは記憶に新しい。
とはいえ、まったく知られていないというわけでもないらしい。
答えは予想もしない意外なところから出た。
「ぼ、僕それ知ってます……お、オブスキュラスだ」
午後になってようやく授業に復帰したネビルが、縮こまって震えながらそう言った。
良く分かったな。
てっきり誰も答えられないと思っていたボクは素直に感心した。
ギルデロイも意外だったらしく、手品の種明かしを客にされたマジシャンのような顔をして拍手をする。
「正解です! ミスター・ロングボトムは博識ですね。グリフィンドールに10点!」
途端にクラス全体がどよめいた。
無理もない。
ダンブルドアによる去年の追い込み得点を除けば、彼が自寮に初めて貢献した世紀の瞬間だった。
しかし、ネビルはといえば点数を貰ってもあまり嬉しくなさそうだ。
彼は顔を青くしながらガラスケースの中をじっと見詰めている。
そして、その瞳はここではない何処か遠くを見ているようにも思えた。
ふぅむ、とギルデロイが腕を組んで唸る。
「それにしても感心ですね。昔はともかく、今となっては成人してもその存在を知らずに生きている魔法使いがいるくらいなのに……ミスター・ネビル。君はオブスキュラスの知識をどこで手に入れたのかね? まぁ今のご時世だ。まさか実物を見たわけでもないんでしょうが……」
「……そのまさかです。子供の頃、偶に公園に遊びに来ていた女の子が……その……オブスキュリアルだったんです」
その言葉にギルデロイがハッと息を呑んだ。
道理でネビルが暗い表情をしているワケだ。ボクも思わず眉を顰める。
オブスキュラスとは、
そして、その闇の魔力を発現した子供の事をオブスキュリアルと呼称する。
その存在は色々な意味で危険であり、魔法省でもオブスキュリアルの出現を未然に防ぐ為、毎年のようにその出現率を報告させているくらいだ。
ちなみに今のところ百年近く、イギリス魔法界ではオブスキュリアルの存在は確認されていない。まぁ書類上では、だが。
今のイギリス魔法省はハッキリ言って腐敗しており、臭いものには蓋をするのが慣習となっている。未確認のオブスキュリアルが存在していたとしても何ら不思議では無い。
「ロックハート先生。さっきからネビルの言っている、オブスなんとかって何ですか? 今いち良く分からないんですけど」
講義内容に興味が出てきたのだろう。
挙手をしたポッターがギルデロイに話の先を促した。
無論それだけではない。
驚いた事に、いつの間にかクラス全体がギルデロイの一言一言に耳を傾けている。
ギルデロイがぼんやりと全生徒を見渡した。どの顔もギルデロイの方を向いている。
こんなに興味を示されるなどと夢にも思わなかったのだろう。
ギルデロイが完全にまごついているのが、ボクには手に取るように分かった。
「あー、よろしい。では皆さん、教科書である”黒魔術の栄枯盛衰”を出して下さい」
”黒魔術の栄枯盛衰”。
ボクがギルデロイに言って無理矢理リストに加えさせた本だ。
この本には死喰い人の事や闇の印は勿論、ボクの爺様の話まで載っている。
無論、それだけでなく闇の魔術についても浅く広くマイルドに書き記されており、値段は張るものの教科書としてはかなり質の高い一冊となっている。
「えー……いきなりオブスキュラスの話をしても、皆さんはちんぷんかんぷんでしょう。なので私が分かりやすく丁寧に説明します。よーく聞いていて下さいね?」
芝居がかった口調でそう前置きしたギルデロイが流暢に話し出す。
「通常、魔法族の力は7歳までに目覚めます。しかし、我々の力は複雑かつ繊細なものであり、杖や専門知識なしにコントロールすることは極めて難しい。その為、あたかも水が小さく溢れ出すようにその力を漏出させ、周囲の生物・無生物に異変を与えます。これは君達の大体が経験している事でしょう。私も昔、家中のトイレットペーパーをサイン色紙に変えてしまった事があります」
今度のジョークはスベらず、大体の生徒達が腹を抱えて笑った。
その反応にギルデロイは満足そうな顔をして話を続ける。
「無論、自分の力を自覚してある程度我流で操る子供も極めて稀ながら存在はします。ですがそんな人間は100人に1人いるかいないか。大半の子供達はその力を満足にコントロール出来ず、無意識に周囲に放出して力の調整を行います……さて。ここで問題になってくるのが精神的・肉体的なストレスにより自己の魔法力を抑圧してしまうケースです……それでは教科書の28ページにある写真をご覧下さい」
指定されたページを開くと、そこには体を不気味に振動させた幼い少女が、白目を剥きながら黒い暴風を纏っている写真が掲載されている。
「オブスキュラスとは抑圧された子供達の力の具現です。精神的あるいは身体的虐待などにより力が押さえつけられた結果、発症する闇の力であり……まぁ簡単に言ってしまうと病気みたいなものですね」
ふむ。最初はどうなる事かと思ったけど、やれば出来るじゃないか。
教師として振る舞う詐欺師の姿に、ボクは密かにほくそ笑む。
ただ一つだけ良くない点を上げるとすれば、まだ説明の噛み砕き方が甘い。
今でも充分分かりやすいっちゃ分かりやすいが、ウィーズリーやセオドールのような馬鹿には理解出来ないだろう。
ぶっちゃけボクには関係のない話なので放っておくのもありだが、折角の良い流れだ。
ギルデロイも頑張っているし、少しだけフォローを入れる事にしたボクは徐に手を上げて質問をする。
「何かね? ミス・グリンデルバルド」
「先生は精神的あるいは身体的虐待と仰っておられましたが、具体的にはどのようなケースがあるのでしょうか?」
ギルデロイは難しそうな顔をして顎に手をやる。
お願いだから分からないと言うのは止めて欲しい。
そんなんじゃ散々、オブスキュリアルについて教えたボクの立つ瀬がない。
一頻り唸った末にようやく彼も思い出したのだろう。
ニカッと笑みを浮かべたギルデロイが、ボクの質問に答える。
「そうですね……例えば両親がマグル生まれの魔法使いの場合、我々の常識には殆ど理解がありませんよね? そういった家庭の子供は、自分の力を意識して抑え込んでしまう事があります。他にも、運悪くマグル達のコミュニティーにその力が露見し、迫害を受けたショックで魔法力が子供の体に押し込められてしまう例もあると聞いたことがあります」
「なるほど。自己抑圧が継続されると、激しい感情やストレスによってその子供の中にオブスキュラスが宿る……そしてオブスキュリアルとは、このオブスキュラスを体内で発達させた幼い魔法使いや魔女を指しているのですね」
「その通りです、良く出来ました! スリザリンに10点!」
依頼人の手助けもしつつ、自寮の点数も稼ぐ。
実に良いマッチポンプだ。
ニヤリと笑うボクにウィンクをしたギルデロイは、順調に講義を続けていく。
「オブスキュラスとは、暴力や苦痛に満ちた怒りなどから出現し、オブスキュリアルとなった魔法使いの体内から放出されます。図にもあるように、オブスキュリアルが体内のオブスキュラスを放つ際の様子は特徴的であり、瞳は白くなり、肉体は振動して歪められます」
まるで恋敵を見るかのような目でボクを睨みながら、ハーマイオニーが天高く手を挙げる。
「どうぞ。ミス・グレンジャー」
「ありがとうございます……先生はオブスキュラスとは闇の力と仰っておられましたが、一体どのような被害を周囲に生み出すのでしょうか?」
「良い質問ですね! ……オブスキュラスは、主にオブスキュリアルの苦痛の源を攻撃します。ですが、その際に周りにも甚大な被害を与えるのです。皆さん、30ページを開いて下さい」
今度の写真は複数枚あり、そこには大嵐でも通り過ぎたような荒廃した街並みが写っている。
凄まじい荒れっぷりだ。
アスファルトの地面は尽く割れ、街路樹は軒並み薙ぎ倒されている。
「これは1926年、イギリスの魔法使いで魔法生物学者であるニュート・スキャマンダー氏が、アメリカ合衆国のニューヨークで撮った写真であります。暴れ回ったオブスキュラスによって街の至る所が壊れていますね……さて、この写真からも分かるようにオブスキュラスとは、街一つを大混乱に陥れて破壊するだけの力を持っています。この写真が撮られた際には、何人ものマグルが巻き込まれて死亡しました……まぁ、この騒ぎを起こしたオブスキュリアルは成人した前代未聞の個体なので、一概にもこうなるとは言い切れませんが」
「先生! その言い方だと、まるでオブスキュリアルのまま成人する魔法使いが珍しいように聞こえるんですけど」
「その通りですミスター・ポッター。オブスキュリアルの持つ闇の力は憑依された当人の身体を蝕みます。その為、彼らは非常に短命です。通常、オブスキュラスに侵食された子どもは10歳を迎える前に死亡します」
軽い気持ちで質問したであろうポッターが残酷な真実に絶句する。
ギルデロイは机の上に置かれたガラスケースをポンと叩いた。
「また子どもが死ねば、オブスキュラスも共に消滅します。この標本は、ニュート・スキャマンダー氏の手によって宿主が死んだ後に保存された貴重なものです。この標本の元になったスーダンの少女は、僅か8歳という幼さでその生涯を閉じました。彼女は魔力を示した為に村から迫害を受け、オブスキュリアルとなったのです」
シンと静まり返った教室内にギルデロイの張り上げた声が響く。
「しかし皆さん、安心召されよ! オブスキュリアルが頻繁に現れたのはもう中世の頃。つまりは昔の話なのです……とはいえ太古の昔にその存在があったのは純然足る事実であり、マグル界と魔法界が分け隔てられた要因の一つにもなるくらいには、オブスキュリアルの根絶が魔法族にとって重要な課題となっていたのも事実であります」
話が締め括られたのと、終業のベルが鳴り響いたのは殆ど同時だった。
長いようで短い、初めての講義の終わりの合図である。
慣れない講義をやった事の疲れからか、己の肩を揉み解しながらギルデロイが、教科書を仕舞い出した生徒達に無慈悲に告げる。
「さて。この話を聞いた皆さんは、今の自分がどれだけ恵まれた環境にいるかよく分かりましたね? では宿題です。オブスキュラスとオブスキュリアル、その生態についてのレポートを次の授業の始まりまでに皆さんに提出して貰います。長さは指定しません……以上、解散!!」
感想沢山ありがとうございます!
筆が思ったよりも進んで早く書き上げられました!これからもよろしくお願いします!