ハリー・ポッターと黒い魔法使いの孫   作:あんぱんくん

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秘密の部屋。封じられた部屋。

後継者を求める部屋の怪物は、今は静かに眠っている。

傅くに能う者が封印を解く事を夢見て。



#021 マンドレイクと失礼な後輩

 怒濤の如く面倒事が連続した歓迎会から一夜明けた翌日。

 ボクはセオドールやミリセントと雑談しつつ、城の外にあるという魔法植物の植えてある温室へと向かっていた。

 念の為に言うと脱走とかではない。

 本年度初の授業である薬草学は城外で行われるのだ。

 

「今日の朝食は凄かったね。吠えメールなんて初めて見たなぁ」

 

「あーアレか。ウィーズリーの奴、顔真っ青だったぜ。分かっていても吠えメールは心臓に悪いから」

 

「ありゃあ凄まじい怒声だったねぇ。耳がジンジンしてしょうがないったらありゃしない」

 

 ボクら三人の話題が何の事なのか気になる人もいるかもしれない。

 でも別に誰かに嬉々として聞かせるほど珍しい話でもない。

 馬鹿が馬鹿やって当然の報いを受けただけってことだ。

 今朝、朝食を食べに大広間に訪れた時の話である。

 突如、グリフィンドール寮のテーブル席で爆発が起きた……もちろん比喩だ。 

 でもそれくらいには衝撃的だったし、五月蠅かった。

 

 ────まったく車を盗み出すなんて何を考えているの! お前もハリーも下手を打てば死んでいたかもしれないのに!! 退校処分になっても当たり前です! 首を洗って待ってらっしゃい! 

 

 大広間いっぱいに響き渡る女性の怒鳴り声。

 なんと、今回の“空飛ぶフォード・アングリア騒動”を知ったウィーズリーのママが、吠えメールを作成して送り付けてきたのである。

 

 ────昨夜ダンブルドアからの手紙が来て、お父さまは恥ずかしさのあまりに庭で穴を掘り始めたのですよ! こんなことをする子に育てた覚えはありませんッッ!!! 

 

 吠えメールの事は知識にはあったものの、実物を見たのはあれが初めてだった。

 魔法で本物の百倍に拡張された怒声の凄まじいこと凄まじいこと。

 テーブルの上の皿やスプーンがガチャガチャ揺れ、天井からバラバラと埃が落ちてくる程だ。

 

 ────まったく愛想が尽きました! お父さまは役所で尋問を受けたのですよ! みーんなお前のせいです! 今度ちょっとでも規則を破ってごらんッ!! 家に引っ張って帰りますからねッッ!!! 

 

 言いたいことを言うだけ言うと、吠えメールは炎となって燃え上がり灰になった。

 不死鳥の寿命が尽きる時もあんな感じなのかもしれない。まぁ、あんな騒音兵器が灰の中から再生されても困るが。

 

「まるで津波の直撃を受けたみたいに真っ青な顔をして椅子にへばりついていたよな。自業自得とはいえ、流石に不憫だったぜ」

 

「へぇ。破戒神父にも慈悲はあったんだね」

 

「おいおい人聞き悪いこと言うなよ。俺はまだ見習いだぞ。殺しも酒も博打もやってる親父と一緒にしないでもらいたいね」

 

「カスかクズかの違いじゃん。似たようなもんでしょ?」

 

 まぁな、とセオドールが頭を掻いて照れたように笑う。

 何故だろう。今の会話の中に照れる要素は一欠片もなかったように思うが。

 やっぱりボクの友人はちょっとズレている。

 そんな事を思いながら野菜畑を横切ると、スプラウト先生の城である温室が見えてきた。その前にいるいつもよりも数の多い生徒達の姿も。

 今年のスケジュールは意外にもグリフィンドールとの合同授業が多い。

 今から行われる薬草学もそうだが、昼食後に控える闇の魔術に対する防衛術の授業も彼らと合同だった。

 

(嫌い合っている者同士仲良くやれってことかな? ボクはともかく、大抵の生徒は水と油の関係だし無駄だと思うけど)

 

 先生はまだ来ていないのか、温室の前でかなりの人数がお喋りをしながらたむろっている。

 

「お、噂をすればだね」

 

 右端の隅っこにウィーズリー、ポッター、ハーマイオニーの三人が縮こまっているのが見えた。

 ハーマイオニーこそいつも通りの顔であったが、残りの二人はまだ授業が始まってもいないというのに、実に辛気臭い顔をしている。

 ミリセントとセオドールから離れ、ボクは三人組へと近寄っていく。

 

「やぁ三馬鹿トリオ。元気にしてた?」

 

「お久しぶりねメルム。私は元気よ。私はね? それとこの二人と一緒にしないでもらえるかしら。少なくとも私は、車で空を飛ぶ旅がファンタジーの中でしか許されないって分別はつくもの」

 

 なじるような視線をポッターとウィーズリーに向けて辛辣な一言を放つハーマイオニー。

 相変わらず真面目な堅物だ。

 しかし忘れてはいけない。至極真っ当な事を述べている彼女もまた去年校則をちょくちょく破っていた一人である。 

 まぁ今回、彼らが破ったのは校則ではなく歴とした魔法界の法なのでレベルが違うかもしれないが。

 のろのろと顔を上げたウィーズリーがボソボソと言う。

 

「一体全体、君はどうやって学校に行ったの? 皆からの話だと、組み分けの儀の時にはもう到着してたらしいじゃないか。ふくろう便を出したところでそんな早くに着くとは思えないよ。どんな魔法を使ったんだい?」

 

「魔法なんて使ってないよ。お偉いさんとのコネを使って、魔法省の煙突飛行ネットワークを校長室に繋げただけ」

 

「そんな無茶苦茶な……まさか煙突飛行ネットワークを繋げるなんて……あれ各国の首脳会議や緊急事態でしか許可が下りないってのに」

 

 おや、博識なことで。

 そういえばウィーズリーのパパはマグル製品不正使用取締局局長だったか。

 魔法省の裏話には事欠かないだろう。

 ウィーズリーとのやり取りを聞いていたポッターが恨めし気にボクを見上げた。

 

「ジーザス! どうして僕らがいる時にそれを言ってくれなかったんだいメルム! お陰で車から落ちかけて僕は死にそうになったし、ロンは杖が折れちゃったよ!」

 

「だって聞かれなかったし。それに一応、ボクは君らを止めたよ? どうなっても知らないよとも言ったよね。ポッターはそろそろ人の話を聞かない癖を治した方がいいねぇ」

 

 完膚なきまでに論破されたポッターは、居た堪れなくなったのか再び項垂れるように地面へと視線を落とした。

 そんな彼の隣では、同じように俯いたウィーズリーが真っ二つに折れた自身の杖を擦っている。

 

「ウィーズリー、杖の具合はどうだい?」

 

「どうこうもないよ、見たまんまさ。よりによって大当たり。僕らの乗った車は、あそこにある当り返しする木にぶち当たったんだ」

 

 ウィーズリーが指した先には立派な巨木である”暴れ柳”があった。

 去年まで悠然と佇んでいた”暴れ柳”は、車の直撃をモロに喰らっただけあって相当ボロボロだった。なんと枝のあちこちに吊り包帯がしてある。

 

「折れたのが首じゃなくて良かったね。杖の回復を祈ってるよ」

 

「そんなクソみたいなもん祈らなくていいよ。どうせこの杖は御役御免さ……それよりも、そのお得意のコネとやらで無料で杖を作ってくれる杖職人を紹介してよ」

 

 そんな都合の良い知り合いいるわけないだろう。

 寧ろこっちが紹介してほしいくらいだ。

 そう告げると、ウィーズリーが奇声を上げながら折れかけた杖をブンブン振る。杖の裂け目から火花がパチパチと鳴った。

 

(日本で見た線香花火がこんな感じだったなぁ……ん?)

 

 ふと彼女の膝に置かれた読みかけの本が目に留まる。

 まだ新しい表紙に書かれた著者名はギルデロイ・ロックハート。

 

「”狼男との大いなる山歩き”、ねぇ」

 

 本の内容は、旅の道すがらに立ち寄った村で、作家で魔法戦士でもある主人公が一宿一飯の恩に報いるために狼男の退治の依頼を引き受け、魔の山へと向かうというものだ。

 魔の山にて群れを率いて猛威を振るう狼男達の首領。

 彼による一切無駄のない統率された動きにて翻弄される主人公達。

 読者を呑み込む物語の導入、中盤から最後までのスピード感とその重厚な内容は凄まじいの一言に尽きる。

 ちなみに何故ボクがギルデロイの本の内容を知っているかと言うと、それは買わされたからに他ならない。

 

(あの馬鹿、闇の魔術の防衛術の教科書をよりにもよって自分の小説一式に指定しやがったんだよね)

 

 商魂逞しいというかなんというか。

 そんな事をしなくても今ある印税だけで死ぬまで遊んで暮らせるほど稼いでいるというのに。

 まぁ仕方ない、ギルデロイは虚栄心の塊であるし。

 しかし、ボクが事態にいち早く気づいて指定した教科書をリストに潜り込ませたから良かったものの、彼はあの小説一式でどうやって授業をする気だったのだろうか。

 考えるのは止めよう。きっとろくでもない結末が待っている。

 現実が彼の小説のように必ずしもハッピーエンドを迎えるというわけではないのだから。

 そう、触れない方が良いこともあるのだ。

 ハーマイオニーが本を手に取って目をキラキラと輝かせる。

 

「ギルデロイ・ロックハート! 彼って素晴らしい人だわ! メルムもそうは思わない?」

 

「……うーん?」

 

 ギルデロイの人物像を知っているボクとしては難しい質問だ。

 ボクが答えあぐねていると、ハーマイオニーが捲し立てるように話を続ける。

 

「本にある数々の冒険譚だけじゃないわ! 勲三等マーリン勲章も授与して、闇の力に対する防衛術連盟名誉会員でもあるのよ! リストにある教科書もほとんど彼が執筆しているし!」

 

「それは凄いねー」

 

 ボクの感情が入っていない棒読みにも、熱狂的なギルデロイ信者は気づく様子はない。

 

「本当に凄いわ! 彼の処女作”泣き妖怪バンシーとのナウな休日”は鮮烈なデビューを飾り、続く”グールお化けとのクールな散策”も大ヒット! 自分の活躍を記した数々の著作は、それまでの作法的に凝り固まっていた純正文学とは全く違う新しいジャンルを文芸界に作り出したのよ! それからそれから……」

 

 とめどなく流れ続けるハーマイオニーのギルデロイ自慢。

 しまった。どうやら彼女の地雷を踏んでしまったらしい。

 ボクは横で座り込むポッター達に視線で助けを求めるが、彼らも既にこの状態の彼女を何とかするのを諦めているらしく、肩を竦めて力なく首を横に振っていた。

 こうなった彼女は放っておくしかないようだ。

 

「物凄く勇敢な人だわ! メルムはもうこの本読んだかしら? 私だったら狼男に追い詰められて電話ボックスに逃げ込む羽目になったら冷静でいられないわ! それなのに彼ときたらクールにバサッと……素敵だわ!」

 

 その素敵な彼とやらが、仮にもし同じ状況になったら泡を吹いて失神するだけの口だけ野郎と知ったら、一体彼女はどんな顔をするのだろうか。

 

(あー早く来ないかなスプラウト先生)

 

 そんなボクの願いは意外にもすぐに叶えられた。

 ハーマイオニーの話に適当に相槌を打って聞き流していると、スプラウト先生のずんぐりむっくりとした小さな体が芝生を横切って大股で歩いてくるのが見えた。

 髪の毛がふわふわ風に靡き、その上に彼女のシンボルである継ぎ接ぎだらけの帽子が陽に当たって輝いている。

 救世主の御登場。しかしボクの口から出たのは呻き声だった。

 

「うわぁ……マジかぁ」

 

 隣に余計なオマケがついてきていた。

 風に靡くトルコ石色のローブに、金色に輝くブロンドの髪。

 そしてトルコ石色の帽子を完璧な位置に被った小説家兼詐欺師。

 ギルデロイ・ロックハートの姿が何故かスプラウト先生の隣にあった。

 

「やぁ、皆さん!」

 

 ギルデロイは集まっている生徒を見回して、こぼれるように笑いかけた。

 

「彼女が授業に遅れた事に文句を言ってはいけませんよ! スプラウト先生に暴れ柳の正しい治療法をお見せしていましてね! でも私の方が先生より薬草学の知識があるだなんて誤解されては困りますよ? たまたま私、旅の途中に”暴れ柳”というエキゾチックな植物に出会ったことがあるだけですからね!」

 

 スプラウト先生が遅れたのはギルデロイのせいらしい。

 ”暴れ柳”の修復も通りで雑なわけだ。

 スキャマンダーさんが包帯だらけのあの木を見たら、ビックリしてひっくり返るレベルである。

 

「みんな、今日は3号温室へ!!」

 

 その事をスプラウト先生も分かっているのだろう。

 彼女は普段の快活さはどこへやら、不機嫌さが見え見えだった。

 きっと昼休みにでも”暴れ柳”の修復のやり直しをするに違いない。本当にご苦労さまです。

 

「3号室だって!」

 

「マジか! どんなのかな?」

 

「今までの1号温室とはワケが違うらしいぜ。3号温室はもっと不思議で危険な植物が植わってるんだって!」

 

 興味津々の囁きが流れる中、スプラウト先生が大きな鍵をベルトから外しドアを開ける。

 天井からぶら下がった傘ほども大きさがある巨大な花の強烈な香りと、湿った土と肥料の臭いがボクの鼻を突く。臭い。

 

「さ、行こうよ」

 

 ボクはポッター達と一緒に中に入ろうとしたが、ロックハートの手がすっとポッターへと伸ばされる。

 

「ハリー! 君と話がしたかった! スプラウト先生、彼が少し遅れてもお気になさいませんね?」

 

 スプラウト先生のしかめっ面には、お気になさるとでっかく書かれている。

 ポッターも嫌そうな顔をしている。

 だというのに、どういうわけかギルデロイはそれをお許しいただけたと勘違いしたらしい。

 彼女の鼻先でピシャッとドアを閉めようとした。

 

「はいダメでーす」

 

 閉められそうになったドアにボクは足を挟み込んだ。

 予想外の邪魔に、ギルデロイがボクを不思議そうに見下ろす。

 

「どうしました? ……えぇとミス・グリンデルバルド」

 

 ほう、咄嗟に一生徒への呼び名に戻したね。偉いぞぉ。

 まぁそれくらい頭は回して貰わなければ困るが。

 ボクは彼に擦り寄って、ニッコリと笑いかける。

 

「ギルデロイ・ロックハート先生ですよね? 今年の闇の魔術の防衛術の!」

 

「え、えぇ……まぁ」

 

「お噂は兼ね兼ね! 色々な体験を為された先生の授業、とっても楽しみにしています!! ……ポッターと大切なお話があるんですよね? でも今はちょっと御遠慮いただけますか? ご存知の通り授業も遅れていますし。それに大切なお話なら尚のこと昼休みにでもゆっくりとした方が良いですよ?」

 

 ボクのとびっきりの笑顔にギルデロイが笑みが引き攣った。

 ボクと一緒に旅をしていた間柄だった彼は、ボクがこの笑顔を浮かべている時がどんな時だか知っている。

 それともローブ越しに彼に当てている杖のお陰だろうか? 

 まぁどっちでもいい。

 ”邪魔者は引っ込んでろ”というボクの遠回しな言葉は、彼に無事伝わったようだ。

 

「そ、それもそうですね! ハリー、話は後ほど昼休みにでもゆっくりしましょう!」

 

 お利口さんのギルデロイは、半ばハリーを突き飛ばすように温室の中に戻し、ドアの向こうへと急いで消えた。

 マルフォイと同じで逃げ足は早い。

 臆病者と小者の意外な共通点を見つけたボクは、はぁと溜息を漏らす。

 

「……ふむ」

 

 腕を組んでボクらのやり取りを見守っていたスプラウト先生。

 先程と違う点があるとすれば、それは表情だろう。

 不機嫌全開だった彼女の顔は、今や天井にぶら下がる巨大な花のような満面の笑みを讃えていた。

 

「ミス・グリンデルバルド! よくやりました! スリザリンに20点!」

 

 やったぁ。

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 

「ったくマンドレイクには酷い目に遭わされた。声を聞いたら死ぬってなんだよ。ふざけんなよな」

 

「いや、先生の言うことをちゃんと聞いてなかったセオドールが悪いよ」

 

「それもそうだけどさー、普通マンドラゴラの植え替えなんか教えねぇよ。危ないだろあんなん」

 

 セオドールが昼食を掻き込みながらぶつくさ言う。

 あの後、スプラウト先生による講義が行われたのだが、彼はその時間の殆どを寝て過ごす羽目になった。

 薬草学の講義はマンドレイクの植え替えだったのだ。

 

 ────マンドレイク、別名でマンドラゴラ。

 

 これを使った回復薬の効能は一級品で、姿形を変えられたり呪いをかけられた者を元の姿に戻すことが出来る。

 欠点を上げるとすれば、この植物が頭に葉っぱの生えた酷く醜い男の赤ん坊の姿を模している事だろうか。少なくともボクはドン引きした。

 それともう一つ致命的な欠点。

 悲鳴だ。マンドレイクは人のように動き、引き抜くと悲鳴を上げる。

 引き抜かれた際の絶叫は命取りで、まともに聞いた人間は発狂して死んでしまうのはマグルですら知っている者が多い。

 だというのにセオドールは……

 

「せっかく耳当て支給されてたのに何で着けなかったの?」

 

「暑かったんだよ」

 

 これである。

 確かに温室は密閉された空間で、生徒の数も多く非常に暑苦しかった。

 だけどそんな事、マンドレイクの悲鳴を直に聞くリスクに比べればなんてことはない。

 悲鳴を聞いたら死ぬのだ。

 古来より死なないようにマンドレイクの収穫を行ってきた古の魔法使いの知恵と工夫。

 それをセオドールは一切合切無視したのである。

 

 ────よいしょぉーッッ!!!! 

 

 止める暇もなかった。

 皆が耳当てを着けて植え替えに臨む中、耳当てを着けることなく彼は徐にその手を伸ばし、マンドレイクの葉を鷲掴みにして掛け声と共に一気に引き抜いたのだ。

 マンドレイクがまだ苗で、本当に良かった。

 結果としてセオドールは死なずに済んだ。数時間、気絶はしたが。

 

「なぁ、そういえばさ。俺の隣のベッドでロングボトムが寝込んでたんだけど。なんか知ってる?」

 

「あぁ……君も気絶してたもんね」

 

 事態を引き起こした人間がそれを知らないとは。

 仕方の無いことだとはいえ、呆れてものが言えなくなったボクは嘆息した。

 

「なんかもなにも君のせいだよ。巻き込まれたんだ。こんな初っ端からつまづいてネビルも可哀想に。これで彼の魔法薬学の成績はガタ落ちだよ」

 

 そう。ネビルはセオドールの考えなしの行動に巻き込まれて犠牲になった。

 鈍臭い彼は皆よりも耳当てを着けるのが遅かったのだ。勿論、彼も医務室行きである。

 

「なんだよアイツも気絶したのか。ははッ、ウケる」

 

「ウケないよ」

 

 まったく悪気がないというのはタチが悪い。

 よくこれで神父見習いを堂々と公言出来るな。

 

「まぁメルムも負けず劣らずヤバかったけどねぇ」

 

 セオドールの隣でサンドウィッチを食べながらミリセントがボソリと呟く。

 む。何の話だろうか。ボクの授業態度は完璧だった筈だが。

 彼女の言っている意味が分からず、ボクはこてんと首を傾げる。

 

「どうゆうこと?」

 

「いや、どうゆうことって……分からないのかい?」

 

 分かりやすくミリセントが引いている。

 一体何だというのだろうか? 友達なのだからハッキリと言って欲しい。

 そう伝えると、彼女はボリボリと困ったように頭を掻いた。

 

「あーその……なんだろうねぇ。マンドレイクに猿轡を噛ませるってのはどうも」

 

 そんなにおかしな行動だっただろうか? スプラウト先生など逆に凄いって褒めてくれたくらいなのに。 

 マンドレイクの悲鳴は、その口から出て初めて脅威となる。

 だからボクは考えたのだ。

 なら悲鳴を上げる口を無理矢理塞いでしまえば、マンドレイクを無力化できるんじゃないか? と。

 結果は良好も良好。

 なんと、猿轡を噛ませたマンドレイクは怯えて暴れなくなったのだ。

 他の生徒達が土の中から出るのを嫌がったマンドレイクに蹴られたり殴られたりと散々な目に合わされる中、お陰でボクは比較的スムーズに植え替えを終える事が出来た。

 

「悲鳴を上げさせない為に猿轡を噛ませる……それってもう犯罪者の思考だと私は思うんだがねぇ」

 

「結果良ければ全て良し、だよ」

 

 スプラウト先生も白目を剥いて親指立てていたし。

 しかしミリセントは何が引っかかるのか、うーんと首を傾げたまんまだ。

 彼女には悪いが、ボクとしてもこの新発見の議論において引く気はない。

 昼食を終え、中庭に出たボクらがマンドレイクの植え替え方法についてあーでもないこーでもないと言い合いながら昼休みを過ごしていると、そこにおずおずと近づいてくる小さな二人組がいた。

 

「「ノット先輩、ミリセント先輩、お久しぶりですー」」

 

 二重に響く高音のビブラート。

 昨日組み分けの儀式の時にセオドールが話していた双子の一年生だ。

 議論するボクらから少し離れた所で爺みたいに日向ぼっこしていたセオドールが、彼女達にヒラヒラと手を振って挨拶を返す。

 

「おー、ヘスティアにフローラじゃねぇか。久しぶりだな、昼食はもう食ったのか?」

 

「「はい! めちゃくちゃ美味しかったです!」」

 

 二人揃ってのにっかり笑顔。眩しい。

 茶髪のロングにブルーグレーの瞳の少女達をセオドールがボクらに紹介する。

 

「こいつらが昨日話したカロー姉妹だ。右がヘスティア、左がフローラ」

 

「「よろしくお願いしますー!」」

 

 元気な挨拶。良いね。

 それにしても、何故この娘達は一言一句同じ言葉を同じタイミングで喋る事が出来るのだろうか? 

 フレッド&ジョージ先輩達もそうだが、以心伝心というレベルを超えている気がする。

 

「ミリセントは昔、会った事あるよな?」

 

「あぁ。親同士の食事会で顔を合わせたっきりだが……まぁインパクトが強かったし覚えているさね」

 

 ふむ。そうなると、この場で顔見知りじゃないのはボクだけという事になるのか。

 出来るだけにこやかに微笑んだボクは、カロー姉妹に手を差し出して自己紹介をする。

 

「初めまして。セオドールやミリセントと友達をやってるメルム・ヴォーティガン・グリンデルバルドだよ。これからよろしくね」

 

「「昨日、食事会の時に真っ青になって過呼吸起こしてたちっちゃい先輩ですよね! よろしくお願いします!」」

 

 ……ん? なんだと? 

 失礼極まりない挨拶に一瞬、ボクの笑顔の仮面が剥がれ落ちそうになった。

 セオドールが慌てたように口を開く。

 

「馬鹿お前ら! やっぱりまだ思った事がそのまま口に出る癖治ってなかったのか! メルムはちっこいけど俺らの学年で誰よりも危ない奴なんだぞ! 口には気をつけろ!」

 

「んー? それはフォローになってないぞ間抜け」

 

 というかそんな風に思われてたのか、何気にショックだ。

 そして、カロー姉妹はセオドールの焦りなど微塵も気にする事なく、笑顔の引き攣ったボクの両手とそれぞれ握手をしてブンブン振り回す。

 

「「かのグリンデルバルドの末裔なんですよね! 私達もあの極悪人カロー兄妹の姪なんです! お揃いですねー!!」」

 

「う、うん、そうだね……」

 

 なるほど、悪意は無い。

 ボクは会って一分もしない内に、カロー姉妹の事を少し理解した。

 きっとコイツら何にも考えてないんだなって。確かにぶっ飛んでいる。

 

「まぁ見ての通りのアホだ。何にも考えず思った事を口にするから、純血の名家の食事会にもあんまり顔を見せない」

 

「てか顔を出させないのさね。親が恥をかくから」

 

 ミリセントとセオドールの言葉にボクは納得して頷いた。

 純血の名家の食事会とはただの食事会ではない。腹の探り合いでもある。

 そんな所にこの双子を連れていけば、どんな惨事が引き起こるか容易に想像が出来る。

 犬に繋がれたマンドラゴラ並みの危険物だ。

 ボクから手を離したカロー姉妹が二人にぷんすかと怒る。

 

「「もう! ノット先輩もミリセント先輩も酷いですよ! 私達はアホじゃないです! 魔法薬学のスネイプ先生にもさっき褒められたばっかりなんですから!」」

 

 ボクは戦慄した。

 あの容姿性格最悪ネチネチメンヘラのスネイプ先生が、初回の授業で生徒を褒める? しかもこの双子を? 

 流石に嘘だと言って欲しい。信じたくない。

 同じ心境だったのだろう。

 いっつもスネイプ先生に教科書の角で頭を叩かれているセオドールが、恐る恐るカロー姉妹に尋ねる。

 

「ちなみにどういう経緯で褒められたんだ?」

 

「「今日はおできを治す簡単な薬を調合する実習だったんですけど、何でか私達の班は”生ける屍の水薬”が出来ちゃって。それを見たスネイプ先生が褒めてくれたんですー」」

 

 一体どうしたらあの素材でそんなもんが出来上がるのだろうか。

 生ける屍の水薬とは、服用者を死んだような深い眠りに落とすので有名な魔法薬である。

 非常に強力で高度であり、ホグワーツでは六年目のNEWTレベルの魔法薬学の授業で扱われるくらいだ。

 ボクらも一年の時に同じ道を通ったから話の流れはある程度理解出来るものの、その薬が出来上がった謎は解明出来ない。

 内心首を捻りながらボクは彼女達に話の先を促す。

 

「それで、なんて褒められたの?」

 

「「見事だ。ただただ見事だ。どうやら君達の聡明な頭脳は、吾輩にも理解の及ばぬ領域に達しているらしい。吾輩が導くには少々荷が重い。吾輩よりも丁寧かつ英語をちゃんと君達に伝えられる人間を師と仰ぐ方がいいのではないのかね? って言ってくれました!」」

 

「それ褒められてないよ」

 

 どうやら我が寮監様の慧眼は鈍っていなかったようだ。

 しかも彼の発言から察するに、ちゃんとこの双子を危険人物認定している。

 しかし悲しいかな。スネイプ先生の遠回しな皮肉は、カロー姉妹にそのまま褒め言葉として受け取られてしまったようだ。

 スネイプ先生、本当にご愁傷様です。

 

 

 

 




皆さん感想ありがとうございます!
書いていただけるとモチベーションマジで上がりますね笑
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